17.お約束だけどそれでも辛い
モニターに映し出された初老の男性は、こちらを見てにっこりと笑った。ふわふわしたひげのせいでサンタクロースみたいに見える。
『君がこの映像を見ているということは、私の試みは成功したということだね。初めまして異世界からの客人どの。私はアルバート・ロシェ』
異世界。彼のその言葉にみんなが息を飲むのが分かる。
『君はきっと「兵器ってなんだろう」と思っているだろうね。まずはその疑問に答えよう。アンナがジェフと開発した兵器……アムーレテルネルは、人のDNAに組み込むことで効果を発揮する形のない兵器だ』
アンナというのはパルフェット博士で、ジェフというのはクライスター博士だな。どっちもすごい天才だって聞いたことがある。
ここまではどうにか理解できた。そう思っているとロシェ博士はどんどんややこしいことを言い始めてしまった。
『そしてその兵器は、マーキノイドを統率する「マザー」の機能を模倣し、人間に応用することで周囲のマーキノイドの制御を奪うと共に、マザー自体に対する殺傷力を持たせたものだよ。彼らの得意とする分子生命学と機械工学を組み合わせた傑作だね』
ええと、まず「マザー」ってなんだろう。後でシロカさんに聞いてみよう。そしてこの兵器って、基本的にはマザー以外のマーキノイドを直接殴れないってことで合ってるかな。
私が必死で話を整理していると、画面の中のロシェ博士が少しだけ悲しそうな顔をした。
『けれど、彼らの兵器には一つ決定的な欠陥があった。この兵器を発現させられる要素を持つ者がどこにも見つからなかったのだ。彼らは各地にセンターを建設して適合するDNAを持つ者を探し続け、そして一つの結論に至った。この世界にはこの兵器を使える者はいない、と』
誰も何も言わず、ロシェ博士を見つめている。博士もこちらを真っすぐに見ている。
『そこで私に声がかかったんだ。ちょうど私が研究していた理論を用いれば、私たちの世界とは異なる世界と接触できる可能性があった。その世界になら、この兵器に適合するDNAの持ち主がいるかもしれない』
ロシェ博士が苦しげな顔をして頭を下げる。何かに詫びているような仕草だ。そうすると、この後に続く言葉は、もしかして。
『私はある装置を開発した。異世界を調べ該当するDNAの持ち主を探し、こちらに転移させる装置を。さらに転移の際、対象者のDNAに様々な情報を書き加え、兵器を完成させるために必要となる相手が分かるようにした』
私たちだけにステータス画面が見えていたのは、きっとその書き加えられた情報とやらのせいなのだろう。
頭を下げたままのロシェ博士の肩が震えている。嫌な予感がする。
『私が作ったその装置は全部で三つ。そしてその装置は片道の移動しかできない』
聞きたくなかった。薄々そんな気はしていたけど、はっきりと言葉にされたくなかった。
『私たちは自分の世界を救うために、他の世界で平和に生きていただろう君の未来を奪ってしまった。本当に、申し訳ない』
視界の端でシロカさんが崩れ落ちるのが見えた。サクヤが彼女を支えようとしているが、私から見れば彼も崩れ落ちたようにしか見えなかった。
私も自分の血の気が引いていくのが分かる。もはや意地だけで立っているような状態だ。私を勝手に連れてきて、勝手に哀れみをかけてきて。そんな相手に膝を折ってたまるか。
ほんの少しにじむ視界の中で、ロシェ博士がまた顔を上げた。
『身勝手な願いだとは分かっている。けれどどうか、兵器を完成させてこの世界を救って欲しい。その兵器はDNAに組み込まれた後、持ち主が特定の相手と愛情を育み、その思いが高まることで兵器が完成し、発動する』
頭ががんがんして話が入ってこない。駄目だ、まださっきのショックから立ち直れてない。仕方がない、後で誰かに説明してもらおう。
そんな風に冷静に考えている自分がちょっとだけおかしかった。人間、びっくりしすぎると逆に冷静になるって聞いたことがあるけど、そういうのってほんとにあるんだなあ。
『アンナはどうにかして兵器を完成させようとしていた。愛情などという不確かなものに頼らずに兵器を完成させる方法はないかと、試行錯誤を繰り返していた。けれどどうしてもその試みは成功せず、こんな方法に頼ることになってしまった』
まあそうだよね。愛で完成する兵器ってやっぱりどうかしてるよね。作った人たちもおかしいって考えてたようで、ちょっとほっとした。だって、真顔で「愛で世界を救って」とか言われたら引くし。
『私の知る情報は可能な限りこのデータベースに詰め込んである。君の助けになることを望んでいるよ。私にはこんなことしかできないから』
悲痛な顔のロシェ博士がもう一度まっすぐこちらを見た。今までと少し様子が違っている。何かをためらっているようにも見えた。彼は一瞬口ごもった後、はっきりと言った。
『最後にもう一つだけ。私は君に世界を救ってほしい。けれどそれ以上に君に幸せになってほしい。だから、もし世界と君の幸せを天秤にかけなければいけない時が来てしまったら、その時はためらいなく自分の幸せを選んでほしい』
ロシェ博士は穏やかな表情になり、かすかに微笑んだように見えた。
『さようなら、異世界の客人どの。君の幸せをいつも願っている』
そこで唐突に映像は終わった。
私たちは、シロカさんとサクヤがすすり泣く音だけが響く空間で、ただ立ち尽くしていた。
しばらくして二人が少し落ち着いてから、私たちはこれからどうするかについて話し合った。ロシェ博士のデータベースにはまだ有益な情報が残っているはずだけど、あれにアクセスするには異世界組の誰かがここに残る必要がある。
シロカさんはショックが大きかったようで、まだ涙ぐみながら「私、こんなところにいたくない」と拠点に帰りたがっていた。サクヤも「俺がシロカさんを支えるんだ」とか強がっていたが、ロシェ博士のデータベースの方を必死で見ないようにしているのは丸わかりだった。あいつに今あれを操作しろというのも酷だろう。
相談の結果、私がここに残ってロシェ博士のデータベースを操作し、レンがそれを記録することになった。カイとレイトも護衛として残る。後のメンバーはいったんT8に引き上げ、私たちの帰りを待つ。
私が起動したデータベースの内容を、レンが片っ端から映像として記録していく。直接ファイルをコピーできれば手っ取り早かったのだけど、このデータベースにはそういう機能はついていないようだった。
しばらく作業を続け、少し疲れたからちょっとだけ外の風に当たってくる、と言ってセンターの外に出た。正直、私もここにいるのはもう限界だった。
センターのすぐ外で、安全そうな物陰を見つけて座り込む。見る限り廃墟だらけで気が滅入るけど、あのセンターの中よりはよっぽどいい。
そうやって座ったまま景色をぼーっと眺めていたら、いきなり声をかけられて飛び上がった。
「ああ、驚かせたか? すまない」
そのまま私の視界に入ってきたカイが、小さく頭を下げる。彼はどうやら私を心配して来てくれたようだ。彼は私の隣に腰を下ろし、並んで景色を見始めた。こちらを見ずに、ぽつりぽつりと話し始める。
「……その、君は……君も辛いだろうに、センターに残ってくれてありがとう。君のおかげで、ロシェ博士の残したものを知ることができる」
「あ、はい。それなんですけど、三人の中で一番適任なのは私かなって思ったので」
「適任?」
彼がこちらを向いた気配がした。私も彼の方を向くと、戸惑った顔のカイと目が合った。
「シロカさんとサクヤの二人、元の世界での生活がすごく充実してたんですよ。二人ともすっごい人気者で。だから、帰れないって分かった時のショックが大きかったんだと思います」
「君は違う、と?」
「うーん、私は元の世界では、ごく普通の子だったんです。むしろこっちに来てからの方が充実してるかも。『鑑定』でマーキノイドの種類当てられるし、ビショップ・アルファとも互角に戦えるようになってきてますし」
これも紛れもない本心だったので、私はそう言って笑って見せた。それなのに、カイは目をそらしてうつむいてしまった。
「……それでも、戻れないというのは辛いだろう。すまない」
「カイさんは悪くないですよ」
「いや、悪いんだ。君が苦しんでいるのに、何もできない。自分の無力さが悔しい」
カイの口調に自分を責めるような響きが混ざった。言われた通り、私は今辛くて仕方がない。どれだけ前向きに考えてみたって、辛いという気持ちが消えることはない。けれど、そのことでカイまで辛い思いをするのは嫌だ。
「カイさんは無力じゃないですよ。今だって、こうして私を支えようとしてくれてますよね。それに、T21からずっと一緒に来てくれました。T19に行きたいって言ったのも、T8に行きたいって言ったのも、全部私の我がままなのに」
「それは……君を一人で放っておきたくなかっただけなんだが」
「それでも、あなたが一緒に来てくれて嬉しかったです。それに、カイさんが最初に戦闘の訓練をしてくれたおかげで、私は他の戦闘部隊の人と肩を並べて戦えるくらい強くなれました」
カイを元気づけるようににっこりと笑って見せたら、その拍子に涙が一粒こぼれおちた。かっこつかないなあ。
どうにか涙を止めようと苦戦していると、カイの手が伸びてきて頭の上に置かれるのを感じた。その重みが心地よくて、このまま少しだけ静かに泣くことにした。