リオノツキ
理緒:
京都から関東へ帰ってきて、
就職もしただめ女。
元、だめ女と言い張りたい今日この頃。
奏:
かなで。
残念なイケメン。
理緒の彼氏で1個下。
残念?な理由は2つほど見えてきた。
仕事で忙しく、
あまり会えない日が続くこともある。
おきちゃん、沖:
理緒の姉の元彼、
中学時代の先輩、
奏の同期。
院卒のため理緒とは2つ、
奏とは3つ歳が離れている。
リオノツキ
時に淡く時に強く
照らされてこそ光る
それなのに、ねえ
何も見えない日もあるんだ
「トレーナーになったんだよね」
奏に言われて、私は首を傾げた。
「トレーナーって、じゃあ下に新人つくの?」
「うん…普通はまだ先なんだー。先輩2人すっ飛ばして俺につけるんだってー。そんでずーっとペアで仕事する」
「すごーい!それって飛び級的な感じなんじゃないー?」
「うーん…もしかしてさー、引継いだら、俺飛ばされるのかも」
「ええ」
「上に行くためには一回は地方見ておけとは言われんだけどね」
「そうなんだぁ…」
何処でも構わない。
私も一緒に行くよ。
そう伝えたらプレッシャーかな、と思う。
だけど私は、あえて笑った。
「何処にいても、私は会いに行っちゃうけどね!京都いたときみたいに!」
「…うん。海外は無いから大丈夫」
…今日は奏と夕飯を一緒に食べていた。
帰り時間が合ったので、奏の家のある駅で食べることにしたのだ。
ちなみに私はひとつ隣の駅なので、歩くことも出来るのが良い。
お味噌汁を飲み一息ついてから、奏は続けた。
「邪魔しないでくれたらそれでいいけどね」
「うーん、奏のレベルについていけるといいね」
「どんないい大学出たって、所詮新人は何も出来ないよ。それなのに自分は出来ると勘違いしてる奴が多すぎ」
「……あー、意味はわかる。私はやれるって天狗になっちゃうのね」
「だから、もっといい仕事やらせろとか言ってきちゃうんだよねー。けどさ、責任取れないじゃん?俺の部の仕事が何億持ってると思ってんの。一個ミスしたら首飛ぶよ。…まぁだからプランもそれなりに組まないとなんだけどさー余裕無いからなー」
「うん。あのね、奏はすごいって知ってるよー!それに、なんだかんだいい先輩なんだよね」
「……むー、理緒は今日もかわいい」
「な、なんで!」
「ま、頑張るか」
奏はよしよしと私を撫でて少しだけ笑った。
……それから少しした日のこと。
「沖縄出張に行く」
「ほあ?いつ?」
「再来週」
「また急だねえ」
「新人来るからさ、そういう楽しみもあるって教えておこうかと」
「そうなんだ、優しいね」
「でしょでしょ?…来週来るから、とりあえずは簡単なのから。お昼も最初くらいは出さないとな…」
「あは、いい先輩ー!」
「……いやー、女の子なんだけど、多少こじゃれたお店にすべきか悩んでて」
「……えっ?女の子?」
「言ってなかった?」
「聞いてない」
「…あ、そう?まぁそんななんだ。俺人見知りだし仕事じゃクールだからねー」
「……」
沖縄出張?女の子と?
……ずーっとペアで仕事…。
「理緒?」
「あっ、あ、ごめんぼーっとしてた」
いやいや、仕事ですから。
私は何を思ってるの……。
……。
「ええと!いいんじゃないかな、多少こじゃれたとこでも!最初はお給料も余裕無いだろうし!」
「だよねー」
…そう。
それでいい。
にこにこと笑いながら、過去を思い出す。
…最初の彼は、バイトを始めて。
トレーナーになって。
その子が好きになって。
それで遊びたい、と…言われて、
…振られたことを。
奏はもてる。
だから、奏にその気が無くても、オファーする女の子が多いと聞いた。
それを知っているから、だから、不安になった。
奏の心配はしてない。
でも、好きな人に擦り寄る女の子を許容できる度量は、私には無かった。
「仕事だからさ」
「えっ?」
「面倒でもやらなきゃって」
「…うん、わかってる」
「心配しなくてよろしい」
「奏の心配はしてない」
「うむ」
そうして、日は過ぎて行く。
「年末にさ。結婚するんだって、松本さん」
次の週。
帰りが合った火曜。
奏はいきなり切り出した。
誰だ、松本さんて…もしかして下についた女の子…?
眉を寄せていたのか、奏は笑った。
「ごめん、名前言ってなかったね。下についた新人で、でも同い年だった松本さん。年末にスペインの人と国際結婚。住むのは日本とは言ってるけど…」
「え…ええー??」
そ、それって、だって…。
結婚するとなると、色々あるだろうに…。
「俺の先輩2人、女の人でさー。どっちも独身なの。何でそこすっ飛ばして俺がトレーナーになったかって、結局は結婚なり子供出来たりがあるから、対応出来るようにってことー」
うん…そうだね…そう思う…。
「それはあるだろうね…。でも奏だから任されたのは絶対あると思うよ」
言うと、奏はまぁねーと相槌を打った。
…というか。
そうか、その松本さん?に彼氏がいるという想定を全くしてなかった…。
私はちょっと恥ずかしくなった。
やだ…奏に何か思うかもって、そればっかり思っちゃった…。
うう、ごめんなさい松本さん。
心の中で謝る。
「…理緒、俺ね」
「うん」
「しばらく土日無くなるくらい仕事忙しいから。…何て言うか、オンになったままだと思う」
「…うん」
「だからあんまり構えないかも、いや、ゼロではなくて、出来るだけ構うけど……」
「クールな奏くんのままってこと?」
「うん」
「ふふ、いいよ、どんな奏でもー。私のこと気にかけてくれるもの」
「うむ、よろしい」
笑って見せる。
私は大丈夫と。
けれど急に、暗雲が立ち込めた。
仕事で会えないのは、仕方ない。
そこはわかっていた。
けれど、私との時間は無いのに、奏は友達の相談に乗るとか、新人の歓迎会だとか、そう言って飲みに行っていた。
正直、友達と言うより…松本さんや同期の女の子と飲んでいるのはわかっている。
奏、男友達の時は言うのに、女の子がいる時は同期、とか、友達って説明するのだ。
気付いてないと思ってるのかなぁ。
まぁ、何かあるわけじゃないし、私に心配かけたくないとかいろいろ理由はあるのだろう。
ただ…羨ましくないわけないじゃない…。
土日もしかり。
そんな時に沖縄に飛び、この時期に出張とか間違ってたなー忙しいと言っていて。
…それでも、送られてきた写メには、楽しそうに観光する松本さんが映っていた。
…その奥に、50代の部長様(男性)もいらっしゃいましたけど。
…はあ。
知らずため息。
LINEも殆ど無い。
そんで何より…奏は好きと言わなくなった気がして…1度気になったらだめだった。
あ、だめだ。
沈んでいく…。
いや、大事にはされてるんだ。
でも私は好きと言ってしまうから、それが重いのでは?と勘ぐってしまう。
恐い。
重いと言われて振られるのは、だからと他の女の子に行かれるのは、もう2度と…。
最初の恋愛を思い出し、恋心なんてのはもう全く無いのに、あの「重たい」「遊びたい」と言われた時の苦味と痛みだけは込み上げてくる。
考えては首を振る。
今はだめだ、気持ちが落ちてるから。
これを奏に見せてはだめだ。
日に日に、奏は疲れた、忙しい、としか言わなくなった。
電話のトーンも、宣言通りクール奏くんのままだから、常に気を張ってるのはわかる。
…私じゃ、癒しにもならない…。
恐くてたまらない。
<松本さんは仕事は出来る。まだ新人のやれる仕事しかさせてないけど、その中でもそこそこ>
<そう、よかったね!>
<ただ、松本さんより先輩なんだけど、松本さんより年下がいてさ。接し方わからないとか言って敬語なんだよねー。松本さんはタメ語。これはマズイ>
<あぁ、うん>
<先輩を敬えとは言った>
<そだね…>
<あと、産休はいつ取るのがいいか聞かれた>
<え?ええと…仕事してたいからってこと、だよね>
…それ、奏に聞いちゃうんだ…。
女性の先輩ならまだしも。
<何て答えたらいいんだろう>
<奏も上司に振るのがいいと思う。もしくは既婚子持ちの人…>
<いや、でも相談されたの俺だし。それに松本さんのタイミングであって、誰かがじゃあいつ作れとか言うのはどうかと思うから、様子見たい>
<……>
結論出てるならなんで私に聞くの。
私は言葉を飲み込んだ。
仕事してたいと思うなら、やっぱり時期って気になるよなぁ。
いつ抜けたって迷惑はかけるけど、奏達の仕事の場合は数年を見越すこともある。
それなら、タイミングを教えるのもある意味選択肢なんじゃないかなぁと…私は思った。
けど、いつもならそれとなく伝えてみるのに、今回は出来なかった。
…だめだ…。
<まぁ奏の好きにしたら?最後は松本さんが決めることなんだし>
だめだ。
嫌味にしか聞こえない…。
私、だめだめ女だ!
そうして一ヶ月弱。
週に一回は顔だけでも見たくて、私は帰りを合わせたりした。
殆ど終電ギリギリになる最近の奏と帰れる回数は、雀の涙ほどだ。
奏は電車の中、言葉を発しない時もあった。
疲れた顔。
だるそうな動作。
私はこんな時、支えてあげなきゃならないのに。
…好きだよ。
言って、ぎゅってしたら…。
奏は腕を回してもくれなくて。
泣きたくなった。
「…ねぇ私、好きって言い過ぎかな?奏言わなくなったー。重かったらやめるよー?」
「…いや、言ってくれるのは嬉しいよ…なんだ、バランス?」
「私が言いすぎる分言わないってこと?」
「うん、バランス」
「じゃあずっとこのままだね、あはは…」
……やらかした、と思った。
言ってはいけなかったはずだ。
奏は困った顔をした。
泣きそう。
その日、結局私達はあまり言葉を発しないまま帰った。
次の日、夜に電話する機会があって。
「ねぇ奏…ごめん昨日」
「いいよ、理緒、大丈夫だよ」
なにが。
「大丈夫だから、大丈夫なんだよ理緒ー」
なにが、大丈夫?
「…うん」
貴方が大丈夫でも、私は…。
「大丈夫だよ…奏」
大丈夫に見えますか?
…ただ一言、好きだよと言ってくれたら。
行動だけじゃ足りないの…わがままだって知ってるの。
「…奏が重いのは嫌だ」
わかってるのに、言葉を聞きたい時もあるんだよ。
「…うん。ごめん、落ち着いたらちゃんと話そう。だから、今は…ごめん、この話はしたくない」
この話はしたくない。
…えぐられるような痛みが、胸に走る。
私は、きっと困ったように、自嘲の笑みをこぼしたはずだ。
奏は、それ以上話さなかった。
歯車が噛み合わなくて。
私の気持ちは変わらないのに、奏の気持ちは変わった。
それは燃えるような恋心から、内側でじっくり熱を蓄えるような、そんな恋心に、なのだろう。
それはわかる。
わかるのに、感情のコントロールがついてこない。
これ以上は、本当に奏のためにならない。
私が我慢すればいい…そうだよね?
そうだ、今までだってそうしてきたんだ。
その2日後くらいだろうか。
「お熱ですね」
久々に会ったおきちゃんに言われて、机に突っ伏した。
ファミレスで落ち合って、相談をしたのである。
「まあ、うん、まあね…」
「そんだけ奏が好きなんだろ」
「……わかんない。あ、いや、好きだよ?…けど…何だろ…私じゃダメなのかなぁって」
「ばーか。奏が好き勝手してんじゃん。お前に甘えてんだよ。あいつ子供だし。ほっときゃいーんだよ」
「うん…。あーーー。たった一言でいいのに」
「……まぁ、そうだよな」
「行動だけじゃ足りない…いや、本当に構ってくれてるとは思う…。ここ2日、連絡あんま無いけど」
「重症だな」
「……まぁねぇ」
もやもやしたまま突っ伏している私に、おきちゃんは笑った。
「けどいいなあ、恋愛してるって感じ」
「ええ〜。こんなしんどそうな私にそれ言うー?」
「ははっ、たまには怒ればいいんじゃん?構えって」
私は、奏との距離感を図り兼ねて気を遣っている自分に、ちょっと寂しくなった。
…そうだな…こんな気を遣う仲なんて…きっと良くない。
けど今は…奏の邪魔もしたくなかった。
…そのまま3日が過ぎて、私はだんだんと自分らしさについて考えるようになった。
…そもそも。
クール奏くんとやらが、仕事しているからって、私が気を遣いすぎる意味ある??
思い立ったら即行動の私が、何をこんなうじうじする必要があるのか。
…それで終わるなら、奏の気持ちはそれまでなんじゃない?
うん。
会いに行こう。
どんなに遅くても、私には関係ない。
<疲れた、帰る>
<私、迎えに行くよー>
<無理しない、もう時間遅い>
<私が会いたいの!悪いけど今日はわがまま聞いて?時間教えてね>
駅で奏を待っていると、思ったより元気そうな奏がやってきた。
スーツの奏はやっぱりかっこよくて、思わず微笑む。
うんー、好きだ。
そう、この気持ち。
突き動かされるような、この…。
「ただいま…おひめ」
「おひめちがう!……おかえり奏、今日もおつかれ、あとありがと」
にこりと笑えば、奏は一瞬私を見つめて、頷いた。
「…うん」
…奏の家はマンションで、一階は可動式の立体駐車場。
そこまで歩く間、私はたくさん笑った。
どんな小さな一言でも、奏が話せば全部笑顔で答えた。
あー、久しぶり。
きっとこれが私らしいところだ。
楽しいなって思う。
「折角来てもらったから車出す、どこか行こ」
「いいよ、疲れてるなら休みなさい。じゃあ帰るね」
「車、しばらく動かしてないし…」
…。
奏はそれ以上何も言わず、駐車場のキーを挿して車を自分の前に移動させた。
行きたいなら、そう言えばいいのに。
本当にプライドがあるっていうか…子供だと思った。
私は助手席に乗って、夜のみなとみらいまでのドライブと相成った。
2人で並んで座った静かな海辺の公園。
ここで奏が「誰にも渡したくない程度には好き」と悩む言い回しをした頃はまだ寒い時期だった。
今はちょうどいい風が吹き抜けて行く。
それだけ、一緒にいたんだな…。
思わず微笑んで、言葉を紡ぐ。
「気持ちいいね」
「……理緒」
「ん?…っん…」
いきなりだった。
キスがおちる……。
全身が、きゅっと強張る。
奏は私の腰を抱き寄せて、優しいキスを続けた。
やがて力が抜けて、私は泣きたくなるくらいの嬉しい気持ちがこぼれるのを感じた。
「…ん、…は」
離れる頃には、熱くて。
奏は私を覗き込んで、少し笑った。
「やっぱ外出ないとダメだ…」
「うん…?」
「デートっぽい」
「あは…うん、そだね。…奏」
「うん」
「私、楽しいよ」
「……うん」
そうだ。
こうやって、奏はいつも私を幸せな気持ちにしてくれてた。
やっぱりダメなんだ、うじうじしてたら。
私達は何度かキスをして、たくさんたくさん会話した。
ここしばらく、ろくに話してなかったのは…奏も距離を感じてたんだろうって、すごく思う。
めずらしくいっぱい仕事のことを話す奏に、私も一生懸命耳を傾ける。
波の音が、優しい音色で、私達を包んでくれた。
そう、悟った、っていうのかな。
私は漠然と思った。
私は愛されてる。
だからもう、平気だって。
駐車場へ戻りながら、腕をくんで歩いていたら。
奏が急に立ち止まった。
「?…どうし…ひゃ!」
引き寄せられて、抱きしめられる。
大きな柱の裏側で、周りに人はいなかった。
「理緒…不安にさせてごめん。忙しくて構ってなくてごめん。…俺…」
突然の、謝罪。
泣きそうなほど、切実な声で…奏は言った。
「…ううん、いいんだよ。ごめんね、もう言わない。私、もう平気なの」
「……仕事ばっかりでかまってなくて」
「いいのよ、奏の邪魔したくないって、そう思ってた」
胸に顔をうずめたまま、回された腕の強さにぎゅっと胸が詰まる。
私、ちゃんと愛されてる。
「……だから、いつも気にかけてくれてありがとう理緒」
「ううん。奏のほうが私のこと気にかけてくれてる。…ありがとう、一緒にいてくれて。もう気を遣いすぎないで私らしくいく。平気だってわかったのよ」
微笑むと。
奏は私を泣きそうな顔で見つめて、もう1度、深いキスをした。
甘い香り。
柔らかくて暖かい感触。
腕から伝わる優しさと、燃えるような熱。
好き…この人じゃないと、もうだめなんだ。
「ん…」
奏が離れる。
顔を見上げたら、優しい笑顔で見つめられた。
「…俺のかわいいお姫様…理緒、かわいいよ」
「……照れます…」
またくっついて顔を埋めると、奏は髪を撫でてくれた。
どきどきが止まらない。
きゅんとする、切ないほどの感情。
私は奏が好きだ…。
時に淡く時に強く
照らされてこそ光る
それなのに、ねえ
何も見えない日もあるんだ
けれど、また、私達を照らすんだ。
不安のループに陥り、
私のこと好き?と、
聞きたくなることもあるでしょう。
喧嘩らしい喧嘩ではなかったけど、
2人には苦しい期間だったのでした。
お読みくださった方、
続けて読んでくださってる方、
ありがとうございます!




