リオノオト
時系列はあるので
順番に読んでいただくのを
お勧めしておりますが、
基本的には1話で区切りのある
恋愛小説です。
理緒:
主人公。
京都在住のだめ女。
元、だめ女と信じたい今日この頃。
奏:
関東在住の残念なイケメンことかなで。
理緒の彼。
残念とされる所以の1つは確認済み。
理緒の1個下。
おきちゃん、沖:
理緒の姉の元彼、
中学時代の先輩、
奏の同期。
院卒のため理緒とは2つ、
奏とは3つ歳が離れている。
森君:
理緒の仕事仲間。
ちょっと前まで気になっていた、
4つ下の男の子。
リオノオト
私の音は、届いてますか。
<おはよう奏>
<今日はまた一段と寒くなったよー!
あのね!霜柱があった!>
LINEを打って、スマホをポケットにしまう。
季節外れの春色…可愛い桜色のイヤフォンを、ポケットから耳に引っ張る。
はふ、と息をつけば、白くけぶって溶けていく。
木造の古い家屋が並ぶ京の町。
ああー、もうすぐお別れで、それはきっと…私が生まれ変わる第一歩なんだな。
そう思って辺りを見回し、私は自転車のペダルに足をかけた。
理緒。
改めて私のことを話そう。
京都在住、関東出身。
はっきり言おう、容姿は全くの普通。
細くもなく、かといって太いわけでもなく。
年齢は28、20からの8年を京都で暮らしている。
この8年は、奏の前の彼と共にあった。
4年学生、卒業しても4年ひもだったその彼は、私と同い年。
好きになったら簡単には嫌いになどならない私は、せっせと餌を運ぶ親鳥のようだった…のかもしれない。
気付けば母親のようにあれこれしていて、そもそもが彼氏彼女として破綻していた可能性も否めない…だろう。
こうして言い切れないでいる私もまた、だめだめ女なのであって、今でも思い出せば苦い気持ちになる。
…はふ。
そんな私が奏と出会った。
そんな私が奏の彼女になった。
そうしてまさに、転機が訪れようとしている。
たたたっ、たーん!
キーボードを叩いてドヤ顏をしてみせる…なんて茶目っ気は無いが、完成した書類に肩の力が抜けた。
総勢60ページに及ぶ引き継ぎ書類だ。
…時計を見れば22時が目前である。
私のいる会社は規模が小さく、人数も両手があれば足りてしまう。
そのため、1人の持つ仕事量は多かった。
かつ、自慢じゃないが処理能力はそれなりだと自負している。
その私が、夜な夜な仕事女してまでもこなしていた量だ。
簡単には引き継げない。
……それでも。
それでも、無責任に帰るわけにはいかなかった。
やり切らねばならない。
奏の隣に立つなら、無責任なことはしたくない。
それくらい、真剣で。
それくらい、大好きだから。
「理緒さん」
「あれ、森君。まだ帰ってなかったんだ、どうしたの?」
「どうしたのちゃいますよ。こっちがどうしたのですよ」
「はい?」
「頑張りすぎです。ほれ」
「…おあ」
置かれたのはサンドイッチとお茶。
「…どうしたの」
「あ、ひどいです。まだやってんだろな思て買ってきたのに」
「…いや、なんか森君変わったよね」
「なんや、惚れ直しました?」
「いや、まったく…」
「へんっ知ってますよそんなこと!…とりあえず食べましょう」
がさがさと袋をあさって、森君は自分のサンドイッチも取り出して見せた。
「…そんな目で見んでも、食べたら帰りますって」
そんな目ってどんな目だ。
疑いの眼差しでも送ってたんだろうか。
「とりあえず…ありがと」
そういえば食べてなかったなと、思い出したように空腹を感じた。
「引き継ぎ書類でしょ、やってんの」
「そだよー。正直、私の仕事量を1人に引き継がせるのはかわいそうかも」
「理緒さんいっつも残ってますもんね」
「まぁね」
「…理緒さんと仕事すんの、楽しかったんですよ」
「うん、それ前も聞いた」
「今やって、ホンマやったら引き留めたいです」
「しばらくは上手く回らないかもだけど慣れるでしょー」
「そうやなくて…理緒さんホンマ天然ですか?」
「はあ?」
「もーいいですよっ!でも覚えといてくださいよ」
「うん?」
「京都にきたら声かけるくらいはしてください。いい男なっときます」
「あははっ、奏に振られたらね」
「あ、それ絶対無いじゃないですか!…理緒さんはもう大丈夫ですよ」
「そかなー?」
「逃がした魚は大きすぎました」
「そっか」
それじゃ帰ります、程々にして下さいね。
森君はそう言って帰って行った。
それを見送って、ぼんやり思う。
普通の友達としてなら、いい奴なんだろーなと。
ただ、それ以上の気持ちになることは、もう2度と無いと思った。
たとえ奏に振られても、私は元の私にはなり得ない。
それくらい、奏のくれた今の意味が、私らしさの理由になるのだ。
そこから、引き継ぎの相手が研修としてやってくるのに半月。
引き継ぎ期間に至っては10日間しかもらえなかった。
辞める人間への風当たりは強くなり、何となく居心地が悪いまま時間が過ぎていく。
それでも。
それでも、前を向け。
<理緒なら大丈夫だよ>
奏がいる。
<俺が選んだんだから>
背中を押してくれる。
<えらいこ。さすが俺のお姫様>
私は甘やかされて、愛されることを知る。
けれど、それを当然とは思わない。
愛されるだけ、もっともっと返したい、そう思うのだ。
<おかえり理緒。今日もお疲れ様>
帰ると同時に届いたLINEに、疲れて乾いた気持ちが潤う。
ありがとう奏…。
布団に突っ伏してぐったりしながら、ああ、シャワーしなきゃと思った。
…寒い。
あと一週間弱で引き継ぎを終えて、その後の一週間で引っ越しもろもろの手続きをしなければ。
……寒いな。
家は見て回っていて、奏と一緒に探したりもしていた。
目星はつけてあるから、後はそこを押さえるだけだ。
……あれぇ…すごく寒い。
ゾクゾクと寒気が走る。
頭がぼんやりして重い。
<奏…ごめん、今日は先に寝るね>
<よしよし、いいこ。おやすみ理緒>
これはやばいな、と思った。
「うぅ」
自分の呻き声で目が覚めた。
身体は熱いのに、背筋に走る悪寒は凍えそうな程だった。
喉が痛い。
元々扁桃が腫れて高熱が出ることが頻繁にあった私は、またかーと頭を抱えた。
「ごほ…うー」
息を吸うのが辛い。
空気が肺に届いていない気がする。
これは…だいぶ酷く腫れたもんだな。
とりあえず熱を…
熱が出やすい体質から、体温計は手の届く位置に常に置いていた。
寝たまま手を伸ばし、熱を測る。
天井が回るー…ぐるぐるー
などと、思考までおかしくなったんじゃないかというテンションだ。
ピピッ
「……。……あー」
見なかったことにしよう。
体温計をケースにしまってみるけど。
「……」
結局、もう1度測るわけで。
ピピッ
「39.8」
何度見ても。
「さんじゅーきゅーてんはち」
…やらかしたーーー。
今更ながらに時計を見れば1時過ぎ。
日付が変わる頃に寝たけど、まだ1時間ちょっとしか経ってない。
「かなで…」
声が掠れている。
喉が痛い。
苦しい。
…無理してでもなんとかしないと。
<ごめんなさい…扁桃腫れてひどい熱…明日には治さなきゃ>
LINEをして、布団を深くかぶる。
奏。
私…もう少しだから、がんばらなきゃ。
寒くて寒くて震えながら朝を迎えた。
相変わらず熱は高く、ともすれば飛びそうになる意識を懸命に引き戻す。
<理緒、大丈夫?>
奏からLINEがきたのは7時頃だった。
私はそれがまるで燃料のように、私の原動力になるのを感じた。
<ごめん。正直だめそう…40度近い熱>
返して、病院に行くために準備を始める。
すると、すぐに返事がきた。
<俺、行こうか?>
…。
一瞬幻覚かと思った。
俺、行こうか?
…。
行こうかって……?
ええっ!??
<ここ京都だよ!?>
<知ってる>
<遠いよ!?>
<知ってる>
<だっ、大丈夫だから!病院行って、すぐ治して、そしたら関東帰るのよ!それに奏も仕事あるでしょう!>
<…知ってるよ。理緒はいいこ。…本当にだめなら言って?飛んで行ってあげよう>
<ふあぁ…!!ただでさえ熱いのに…>
<早く治しなさい>
<は、はい…>
<治ったら、その時はたくさん甘えさせてあげる>
<う、うー…きゅーってなるよ奏…>
<そうするために言ってる>
<ええーっ>
私はふわふわとした足取りで病院までたどり着くと、扁桃炎による風邪とされて抗生物質と共に帰された。
今日だけは、休ませてもらおう。
引き継ぎ相手のいい練習になりますよ、と職場の仲間が労ってくれた。
「…」
何度も何度も目が覚める。
意識は浮かび上がったり沈んだり、ひどく曖昧だった。
その度にスマホを見て、奏のLINEがあるとほっとした。
<いいこにしてる?>
<うん…ちょっと寝てた>
<何か食べた?薬は?>
<食べてないや…飲まないと>
<ちゃんと食べなさい>
<…あいすとぜりぃと…ぷりん食べたい…太るかなぁ…買いに行っていいー?>
<いいよ(笑)我慢しすぎることもない>
いざ外に出てみたら、風が強い。
その冷えた風が心地よく、意識がすっきりして、クリアになった。
はためくスカートを押さえて、奏とLINEしながら歩く。
<…スカートめくれそうだよー>
<スカートはめくれるためにあります。
むしろめくるためにあります>
<見えたらだめだよ!見えないからいいのであって…だからマリリンモンローは後ろがめくれすぎなのであって!程よいふわふわ感が…っていうかめくっちゃだめー!>
<面白い、まるで熱に浮かされているようだ>
<うぐっ…そりゃあ、熱がですね、ありましてですね>
<よしよし、気を付けるんだよ、理緒先輩❤︎>
<せんぱ……っわ、わあ!間違いじゃないけど!>
<可愛いなぁ理緒>
<むぐぐ>
アイスやら、プリンやら、ゼリーやら、おかゆやら。
とりあえず食べれそうな物を買い込んで帰ってくる。
すると…。
<おかえりなさい、理緒先輩>
撃沈である。
そしてそこに…。
<おかえり、俺の可愛いお姫様>
お、追い討ち!?
何故!!
<どっちがいい??>
うぐー、と呻く。
<た、ただいま奏…どちらも撃沈です!…ただのおかえり、だけでも嬉しいのです……>
<あー、今日も俺の理緒可愛い>
<もう!…ところで、たくさん返事してくれてるけど…>
<ああ、俺今、客先から移動中だから>
<客先…そか、気を付けて?>
奏は大手企業の第一営業部、期待の星である。
お客様は公的機関であって、もちろん守秘義務があるはずなので私も詳しくは聞かなかった。
<そろそろ事務所>
<わかった、ありがとう奏>
<ちゃんといいこしてたら、ご褒美をあげる>
<ご褒美…?>
<理緒が俺を好きってこと以外、何にもわからなくなるくらいめちゃめちゃにしてあげる>
<……!……っ、も、もお!奏!!>
<楽しいのである、じゃあ仕事戻る>
私の音は、届いてますか。
この、鳴り止まない鼓動は届いてますか。
私はゆっくり目を閉じる。
次の日、晴れ渡る空のようにすっきりと熱が下がったのだった。
理緒はもうすぐ関東へ。
この先も2人にはいろいろあるようです。
お読みくださってありがとうございます!




