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扉を開けると、明るく清潔な空間が広がっていた。窓際には大きめの書き物机と椅子が置かれ、壁一面には本棚と収納棚が備えつけられている。奥には柔らかそうな寝具の整えられたベッドがあり、その傍らには小さなテーブルと二人掛けのソファまで用意されていた。
華美な装飾こそないものの、家具はどれも質がよく、快適に暮らすことを考えて整えられた部屋なのだとわかる。
「まあ、とても居心地が良さそうだわ……」
森での野営を数日間経験した今は、柔らかなベッドはもちろん、安心して体を休められる場所があることが、ひどくありがたく感じられた。
スノウも気に入ったのか、当然のような顔で部屋へ入ってきた。
「ははっ。完全に君に懐いてるね」
「スノウと一緒にいてもよろしいですか?」
「もちろん。魔獣用の建物もあるけど、この子は君の側が一番安心できるみたいだからね」
奥へ視線を向けたエリーゼは、不思議な魔導具に目を留めた。
「なんですか、これ?」
浴室なのだろう。大きなバスタブが置かれている。だが、壁からは銀色の管が伸び、その先には見たこともない形の金属が取り付けられていた。
「それは蛇口。ひねれば、湯浴みにちょうどいい温度のお湯が出るんだ。せっかくだから、あとで試してみると良いよ。それから、洗い場に伸びているこのホースの先がシャワー。バスタブにお湯をためなくても、体を洗い流せるから便利なんだ」
「お湯が……出るのですか?」
エリーゼは目を丸くして、シャワーをまじまじと見つめる。
「不思議な形ですね。小さな穴がたくさん開いています。このようなものは初めて見ました。これもグレンヴィル殿下がお作りになったのですよね?」
「うん。さっきも言ったけど、トリスタン王国の民は生活魔法すら使えないからね。誰でも便利に暮らせるように俺が魔導具を作ってる。皆が喜んでくれると嬉しくてさ……まぁ、一番の理由は、発明するのが好きだからなんだけどね」
照れくさそうに肩をすくめた。
「グレンヴィル殿下は、本当にすごいです。魔導具開発者として一流だと思います。わたくし、尊敬しますわ」
「……それは照れるなぁ。王子だから持ち上げられるのには慣れてるけど、開発者としてそんな真っ直ぐ褒められることって、あんまりないんだよね 」
照れ隠しのように頭をかきながら、グレンヴィルは笑う。
「とりあえず、夕食までゆっくり休んで。時間になったら迎えに来るし、そのとき副所長にも紹介するよ」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきますわ。えぇっと、この蛇口をこうひねれば、バスタブにお湯が……きゃあっ!」
次の瞬間、シャワーから勢いよくお湯が降り注いだ。突然のことでエリーゼは慌ててしまう。グレンヴィルはお湯を浴びながらも、急いで蛇口をひねって止めた。
「蛇口が二つあるでしょう? こっちがバスタブ用で、エリーゼがひねったのはシャワーのほう。間違えると今みたいになるから気を付けて」
「す、すみません! 私ったら……グレンヴィル殿下までずぶ濡れにしてしまって……申しわけありません」
「いや、大丈夫。それより――」
そう言いかけたグレンヴィルの視線が、一瞬だけエリーゼへ向く。
「あっ……ご、ごめん。俺、これで失礼するよ。夕食の時間になったら迎えに来るから」
どこか慌てた様子で部屋を出ていく背中を見送り、エリーゼは小さく首を傾げた。
「どうしたのかしら? ……ん?」
何気なく浴室の鏡へ目を向けた瞬間、エリーゼは息を呑む。
「きゃあっ……!」
服が濡れ、薄い生地が体にぴたりと張り付いている。下着の線はもちろん、女性らしい体のラインまではっきりと浮かび上がっていた。
(だから慌てて出て行ったのね……どうしましょう……次にお会いするとき、気まずいわ……)
頬がみるみる熱くなり、エリーゼは両手で顔を覆った。
そんな彼女を、スノウは「何をしているのだろう」とでも言いたげに、不思議そうな瞳で見上げていた。
「まあ、裸を見られたわけではないし、これ以上気にしても仕方ないわね」
エリーゼは軽く頬を叩いて気持ちを切り替え、微笑んでスノウへ手を伸ばす。
「とにかく湯浴みをしましょう。スノウ、あなたも体を洗ってあげるわね」
浴室に固形石鹸はなく、代わりに液体の石鹸が置かれていた。ボディ用、ヘア用などと書かれていて、泡立ちもよく良い香りがした。スノウも泡だらけにし、シャワーで洗い流す。
その後は浴室に備え付けられた送風機と表示されたボタンを押す。一気に髪と体を乾かすことができ、エリーゼは感嘆の声を上げた。
「ここでは生活魔法すらいらないのね。なんて便利なのかしら……」
乾いた髪を確かめながら、エリーゼはグレンヴィルの顔を思い浮かべる。それと同虹、濡れた服が体に張り付いた彼の姿も思い出し……
(胸板、けっこう厚かった……。まくり上げた袖から覗いていた腕にも、しっかり筋肉がついていて……。魔導具開発ばかりしている方のようなのに、意外と逞しいのね。……やはり男性なのよね……はっ、私ったら何を考えているの)
隣にいたスノウは毛もすっかり乾き、気持ち良さげに目を細めていたが、ブンブンと頭を振るエリーゼをまたもや不思議そうに見つめるのだった。
エリーゼは城下町で買った簡素なワンピースへ着替える。少しだけ寛ごうとベッドに横たわった。
寝るつもりなど少しもなかったのに……すやすやと寝入ってしまった。




