番外編 口が固い私のお気に入りの思い出話
私の名は、苺谷文実。
これは、誰かに伝える訳でもない、口が固い私のお気に入りの思い出話。
☆☆☆☆☆
時は、井上高校2年生の、5月。
体育で持久走をした。クラスの皆でグラウンドを何周も走る。
しかし、そこで花恵ちゃんのヘアピンがグラウンドのどこかに落ちてしまったらしい。クラスの女子たちで辺りを見ても見つからない。
「……」
しかし私の目は見逃さない。石上くんが、困った表情で、右手で何かを拾っているのを。
さすがは、花恵ちゃんを一番よく見ている男子。最近だと倒れてきた信号機から花恵ちゃんを助けたらしい、何気にスゴい男子。ヘアピンが取れた事に花恵ちゃん本人よりも早く気付いて地面を探していた事に、私は気付いていたよ。
「石上くん。もしかして」
「ああ、うん、天羽さんのだよね」
見ると、花恵ちゃんのヘアピンが。
誰かに踏まれてボロボロになっている。髪を留めれなくもないけど、年頃の女の子なら遠慮するくらいだ。
「あー、まぁ、こんなのよくある事だし、仕方ないよ」
「……し、仕方なく、ない」
「え? 何で?」
「だって、左側の横髪が留まってないと、顔が見えなくなるじゃん。教室でさ」
「……」
何というか、純粋なのか、度が過ぎているのか。
教室の後ろのすみっこから眺めるので精一杯で純粋な石上くんの人柄を知っていないと誤解を生みかねない発言だ。でも、そんな秘密でさえ誰にも言わない口の固さが私の持ち味だ。
そして、こんな小さな恋を大切にする小さな男の子を放っておけない。心の大きな私が出来る限りを尽くして応援しないと。善は全力で急げが苺谷家の家訓だ。
それが出来てしまえる私は身長が小さいけれど心が大きいのである。すごく大きいのである。
「分かった。今日くらいは花恵ちゃんに髪型を何とかしてもらうよう私から提案してみるよ」
「ほんと!? ありがとう!」
「ただ、折角だから、石上くんの好きな髪型を提案しよっかな」
「えっ!?」
☆☆☆☆☆
そうして、体育が終わって、制服に着替えた後、待ち合わせ場所の人の気配の無い美術準備室に、石上くんが既に待っていた。
「お待たせ」
「ううん、全然」
緊張しているようだ。
それもそう。クラスメイトなだけで大して仲良くないし、私は花恵ちゃんと違って可愛くないし笑顔も愛嬌も無い。
こんな私の勝手に付き合わせるのは申し訳ないとも思うから、やるべき事をさっさと終わらせよう。
そんな訳で、私は、お団子ヘアをほどく。
花恵ちゃんと同じくらい、背中に当たるくらいの長い髪だから、髪型の要望には応えられる。
「どんなのが好み?」
「そ、そんな、どうって言われても」
そうだった。男の子は髪型をよく知らないんだった。
ここは、私が色々と見せてあげた方がいいだろう。
「じゃあ、これは?」
まずは、前髪を全部右に流してヘアピン1つで留めたシンプルなもの。
「おお……いいね。よく見えそうだ」
「じゃあ、次は、これ」
そして私は、左側の耳がよく見えるように、左横の髪を三つ編みにしていく。
「すごいね苺谷さん」
「何が?」
「髪を編むの、めっちゃ速い」
「……そう?」
「うん! 去年クラスは違ってたけど、よく廊下で見たよ。いつもお団子ヘアにしてたよね。めっちゃ練習したんだろうなって思うよ」
「……」
何だろう、この心拍数は。
「おおおおっ! それも良いね!」
左の三つ編みが完成した。
「ふふん。まだまだ」
今度は右側も。
「おおお! まだ速くなるの!?」
速く編むだけで驚いてくれる。反応が初々しくて面白い。
興が乗ってきた。
その後も私は、髪型を見せていった。
三つ編みのツインテールを、毛先を内側に隠すように首元で折り返して、小さな2つのお団子ヘアにしてみたり。
ほどいて流した後ろ髪をまるでリボンのような形にまとめてみたり。
ツインシニヨンという、チャイナ風の2つのお団子ヘアにしてみたり。
髪全体を大きく軽く三つ編みにして後頭部でお団子にして、シュシュでふんわりと飾ってみたり。
ふと時計を見て気付けば、趣旨を忘れていた事に気付いた。
どうしたんだ私は。
こんなに必要以上に頑張って、石上くんをどうしたいんだろうか。
「そろそろ時間だね。どれがいい?」
「ん〜」
顔をしかめて悩みに悩む。
そして、石上くんは、私の目を見て。
「いつもの、お団子ヘアがいいな」
「……ふぇ?」
「ああっ! その、苺谷さんのいつもの似合ってるお団子ヘアを、天羽さんとお揃いでやった方が、2人で仲良く自然な流れで髪を変えれるかなって! やっぱり、ヘアピンがボロボロで元気無いと思うから、いつも仲良しな苺谷さんと楽しくアレンジしてくれたら、僕も嬉しいというか……はは、何で上から目線で言ってんだろうね。ごめん」
───キーンコーン
「あっ! もう行かなきゃ! ありがとうね! 色々やってくれて!」
颯爽と、走って行ってしまった。
「……」
廊下を走る音が聞こえなくなっても、私は動けずにいた。
心拍数が、もっと上がっている。
心の中で、彼の言葉が響く。
いつもの、似合ってるお団子ヘア……
「はぁ……いいなぁ、花恵ちゃん」
固い口からこぼれ落ちた言葉は、虚しく空に消える。
でも、それでいい。
この気持ちも、言葉も、誰にも言わない。
特に石上くんに言わない。
困らせちゃうだけなら、いつもの私でいよう。
口を固くする事が、2人の為になるんだから。




