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ヒグレのクニ  作者: L
二章 らぶきゅんのときめきワールド
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三十四話「私も」

ラブの体が崩壊していく。


「あははっ……」


彼女は、乾いたけれどどこか穏やかな声で小さく笑った。

もう、戦う気力も、恨む気持ちも残っていなかった。

怪物だった体を形作っていた泥が、ゆっくりと崩れ落ちる。

もう諦めていたのだ。

彼女の体を構成していた泥は崩壊しきった。

やがてそこに現れたのは、かつての人間だった頃の、小さくて儚い姿だった。

地面にそっと横たわるように座っていた。


「終わったのか……?」


久遠は戦闘の終了に、ついていけていなかった。

まだ戦いの熱が冷めきらないまま、ぼんやりと呟いた。

ラブの体は既に怪物ではない。

なのに、体の奥から燃え盛る何かが落ち着かなかった。


「うん、おしまい。私も……このクニも……もう終わり」


客席にいた黒く渦巻く泥たちは、崩れ落ちていた。

ラブの周りに堆積していた泥も同様だ。

その空間から溶けるように消えていた。


「クニの消滅だ。いずれこの空間も消える」

「僕らは大丈夫なんですか?」

「ああ、入口のあの場所にでも立ってるさ。ただ天谷は担げよ」


どうやら脱出などは焦る必要はないようだ。

クニの消滅は、そのまま脱出に繋がる様子だった。

問題は天谷だ。

意識を取り戻すことはできるだろうか。


「天谷くん?大丈夫……?」


氷月が、心配そうに声をかける。

様子をみながら天谷の体を揺さぶる。

息はしている。

脈も安定しているが、気を失っているだけなのだろうか。


「う?……う、どうなった?俺気絶していたのか?」


天谷は、幸いゆっくりと目を覚ました。

能力の影響で、多重の鎧を纏っていたことが功を奏したようだ。

思ったより早めに意識を取り戻す。


「油断したわね、もう決着はついたわ」

「お!?まじで!?」


決着がついたことを知ると、天谷は目を丸くして喜びを露わにした。

その笑顔はどこかほっとしたような優しいものだった。

気絶したばかりだというのに、感情の切り替えが早すぎる。

相変わらずだ。

それによく起きたばかりでそこまで感情を全開にできるものだ。


「頑丈だな、マジで」

「そりゃ頑丈さだけが取り柄だからな!どうせお前が止め役だろ!レイ!!」


天谷は勢いよく体を起こそうとしたが、まだ力が戻りきっていない。

ふらつき、その場に尻餅をついた。


「うっわ……」


起き上がれないことに彼は、落ち込んでいた。


「無理するなよ、天谷」

「……へっ、かっこつけんなよレイ」


久遠の出した手を天谷は握りしめる。

そして、親友に笑いかけた。

くしゃっとした笑みで、彼らしい笑い方だった。


「お前のかっこいいところみれなくて残念だ!」

「いいよ、みなくていいから」


久遠は小さく微笑みながら、そう答えた。


「ラブちゃん!」


日比野が、階段から駆け下りてラブの名前を呼ぶ。

だがその体は既に限界だ。

ふらふらで、息も切れている。

でも、今この瞬間だけは彼女の傍にいたかった。


「その……ちゃん……」


ラブも、弱弱しく日比野の手を掴もうとした。

その瞬間。


『一歩下がって』

「!!!」


『彼女』の声が聞こえる。

鋭い声が頭の中に直接響いた。

咄嗟にその指示に従い、一歩後ろへ下がる。

すると、目の前を大量の鎖が激しく飛び交った。


「!!」

「久遠!!!」


久遠は辛うじて回避する。


「ドクターじゃない……今更どうしたの?」


らぶきゅんと、久遠たちの間には男と顔の見えない女性が立っていた。

男性は、白衣を着た鋭い目つきの男性だった。

髪型が特に印象的で、頭の片側だけがスキンヘッド、もう片側は長く伸ばしている。

首筋には、蜥蜴のタトゥーが巻きつくように彫られていた。

女性の方は、全身を黒い服装で覆い、顔もマスクとゴーグルで完全に隠されている

しかし所々に、チェーンのようなアクセサリーがみえる。

恐らく【鎖】の能力者だろうか。


「ああ……コグマ―から頼まれてな。様子を見に来たが……」


ドクターと呼ばれた男性は、ラブの姿をじっと見つめた。

一目で彼女の身体が限界を迎えていることを理解したようだった。


「残念ながら敗北したようだな……」


やれやれと、ため息混じりに小さく首を振る。

その表情には、苛立ちよりも静かな落胆が浮かんでいた。


「ふんっ……」


ラブは気まずそうに、眼をそむけた。

ドクター。

そう言われた男性は、明らかにラブより格上だ。

それにコグマ―のことも知っている様子だった。

誰なのだろうか。

隣にいる女性含めて、情報が足りない。


「なんだおめぇは!」


天谷が、状況の飲み込めなさに声を張り上げた。

こういうときは、天谷の素直さは本当に助かる。


「あぁ……いきなり失礼したね。すまない。君らの行動を阻害する気はなかったんだ」

「お、おう……」


ドクターは軽く会釈して謝った。

え、謝るんだ。

そこで謝れる人なんだ。

その自然な態度に、逆に戸惑ってしまう。

敵として見るのが難しい。

そんな不思議な雰囲気を持っていた。


「私たちの関係性はなんというか?適切な言葉が見当たらないな。仲間とも違うし……」

「仲間じゃないの?私たちは?」


隣に立つ女性が、静かに尋ねた。


「ああ、違うよ。仲間だなんてそんなストレートな言葉を投げられたのは久方ぶりだ」

「ええ……」


くくっと、ドクターは小さく笑う。


「ヒグレのクニを広げる。そういった共通の目的があるだけで、仲間ではないよ。まぁ、同僚という言葉の方が近いか?だが……これもしっくりこないな」

「何その子?新入り?」


どうやらラブの方は、顔の見えない女性のことを知らない様子だ。

顔の見えない女性を訝しげに見つめた。


「あぁ……モグラから紹介された。育ててほしいと。ま、医師に教師の真似事をさせるなんて人手不足も極まったものだね」

「……文句を言うなら私帰るけど」

「帰ったって居場所はないだろう。与えられた指示ひとつ全うできない人間に、価値があるとは思えないがね。そうだろう?」

「……」


二人の会話は、どこか冷めていて、親しみは感じられなかった。

少なくとも仲がいいようには見えない。

第三者の介入によって完全に膠着状態に陥っている。

ラブとの戦闘でかなり消耗してしまった。

ここから二人。

しかも同格以上の可能性が高い相手とどう戦う。


「どうします?不動さん……」

「……全員即座に撤退することを頭にいれとけ。わかっていると思うが、殿は絶対に俺だ。負傷者の俺は捨て置け」

「……っ」


反論できない。

不動のその強い眼に気おされた。

人数的には、此方が有利だ。

だがヒグレのクニでそんな常識を当てにしてはいけない。

未知の敵が二人加わっただけで、撤退を検討するに十分な理由だった。


「お前らはなんだ?」

「ああ、そうか。君が不動恭平か」


思いだしたかのように、ドクターは不動の名前を言葉に発する。

なんで。

この人物が、不動のことを知っている。


「!!!」

「俺の名前を……?」


不動は明らかに動揺していた。

不動はドクターのことを知らないようだった。

一方的にこちらの情報が知られている。

だがどうやって調べた。

クニの主には、現実世界の協力者もいるのか。


「薄暮探偵社のことは調べ上げている。箱根遊馬。守永百合。そして【守永渡】のこともな」

「……!」


不動の顔色が明らかに変化した。

守永渡とは誰なのだろう。

苗字から察するに、百合の親戚だろうか。


「君らがヒグレのクニに執念を燃やすのは勝手だが……計画を乱されては困る。だからこそ介入した」

「お前らはなんだ!お前も【穴掘りモグラ】と関連しているのか?」

「そうだ」


ドクターはあっさりと肯定した。


「彼とは……そうだな協力者でね。ヒグレのクニの国を広めてくれるというから協力している。そして申し遅れた。私たちは、【ノクテム】」


頭を深々と下げ、挨拶する。


「【ヒグレのクニ】を広げ、現世を楽園へと導くものだ」


彼は自身をそう表現した。

彼が、ラブたちをまとめ上げる存在なのだろうか。


「モグラからの指示だ」


その言葉と同時に、ラブの胴体に、静かに一本の線が走った。

黒い泥が、細かな飛沫となって周囲に散った。


「あっ……!」

「ラブちゃん!!!!」


血液ではない。

だが、泥の肉体はそれを完全なきっかけとしてゆっくりと、しかし容赦なく崩れ始めていく。


「どうせやってもかわんないよ……わざわざする意味ある?」

「とどめは明瞭に刺さなくてはな。それと……」


ドクターは、黒い箱を懐にしまった。


「【能力】も切除させてもらった」

「それは……わたしのものっ……返して……!返せ!!!」


ラブは、震える手をドクターに伸ばす。

しかし、その手は途中で力なく落ちる。

起き上がる力すら彼女には残っていなかった。


「残念だが、君にはもう使いこなせない」


ドクターは面倒くさそうに視線を外した。


「さて……引くか」

「いかせるか!!!!」

「天谷ぁ!!!!!」

「っ!!!」


不動が、鋭く天谷の名を呼んで制止した。


「そう、それで正解だ」


天谷の首元から血が零れた。


「これは……っ」


視認できない速度で、斬撃がはいっていた。

いつ、どのように能力を使ったのか、誰も捉えられなかった。


「不動恭平。君が止めなければ、一人殺せた」


ドクターは穏やかな笑みを浮かべてこちらを見た。


「感謝するんだな」

「……っ」


その場にいる全員が動けなかった。

追えば、だれか死ぬ。

そう判断できたから。


「……そのちゃん」


ラブの視線が、ふっと優しく揺れた。

そこにいた。

自分を見てくれていた、たった一人。

日比野の姿が、揺れる視界の中に映る。


「ラブちゃん!!!」


日比野が、崩れ落ちるラブの傍による。


「……あ」


ラブの中に、なにかが静かに溢れ出した。

思い出す。

歌っていた自分。

笑っていた自分。

見てほしくて、必死だった自分。

何もかもが遅かった。

でも今やっと気がついた。


「……そっか」


ぽつりと、感情が零れる。

わたし……見てほしかっただけなんだ。

ただ、私を愛してほしかっただけ。

大好きだって抱きしめてほしかった。

黒い泥が、さらに剥がれ落ちる。


「……でも」


今は、少し違う。

ゆっくりと、手を持ち上げる。

崩れかけたその手で、何かを掴むように。


「これだけは……貴方に」


引き剥がされていく能力の一部を、無理やり引き留めた。


「そのちゃん」


小さく呼ぶ。

日比野は、その声に反応する。

日比野は涙をいっぱいに溜めた目で、ラブを見つめた。


「なに……?」

「これ……持ってて」


それは、ほんのわずかな【残滓】。

ラブの【能力】の欠片だった。

光とも、欠片ともつかないそれを、日比野の手のひらの上にそっと差し出した。


「ちゃんと……見てくれたから」


ラブは微笑んだ。

かつての、無邪気で明るい笑顔に、少しだけ近い表情で。

そこには、悪意もつよがりもなかった。

ただ一人の少女として、愛する誰かにもてるようなもの。


「でもさ……全部好きって言わないとこ……ちょっといやだな……まだ……私の【アンチ】……?」


少しだけ、拗ねたようにラブは尋ねた。


「ううん、そんなことないよ。私はずっとらぶ♡きゅんのファン。貴方の声が……大好きだよ」

「……ありがとね」


その言葉を聞いた瞬間、ラブの表情がふっと柔らかく溶けた。

ステージの光が、落ちた。

観客席の黒い塊が、音もなく崩れていく。

歓声が消える。

音が止まる。

【見られるための世界】が、終わっていく。

ラブの身体もまた、静かに崩れていく。

最後に、もう一度だけ。


「……そのちゃん」


声にならない声。

唇だけが、かすかに動いた。

そして消えた。

残されたのは、静寂と。

日比野の手の中にある、かすかな温もりだけだった。


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