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「わあ……きれい!」
夕暮れの薄闇のなか、村の広場には灯りがともされ、色とりどりの花が飾られている。普段は土の匂いしかしないこの場所が、今夜だけはちょっとした“パーティ会場”さながらだ。
私はルナの手を引きながら、落ち着かない気分で人混みを歩く。
「こんな盛大になるなんて、村長さん張り切りすぎじゃない?」
「だって、公爵様がいらしてるからね。せっかくだし、みんなで楽しもうってさ!」
隣でぴょんぴょん跳ねているルナ。母としては内心ヒヤヒヤだ。何せいつ魔力を漏らすか分からないし、目立ちたくない。
「ルナ、今日は――」
「“魔法は使わない”でしょ? わかってるよママ!」
少しツンとした顔でルナが言い返す。最近、しつこく釘を刺しすぎかもしれない。でも仕方ないじゃない……。
広場の真ん中では音楽が流れ、踊りを踊っている人もいる。村長やマーサたちが「リリエさーん!」と手を振ってくるので、ひとまずそちらへ向かった。
すると遠目に、豪華な装いで談笑している一団が見えた。あの金髪の公爵――カイル・アルビス様と、その側近達だろうか。
「ようこそ、リリエさん。ルナちゃんもいらっしゃい。お腹は空いてないかい?」
マーサが嬉しそうに声をかける。
「あ……ありがとう。今日はごちそうがたくさんあるのね」
「あはは、うちの村じゃ年に一度あるかないかのお祭りだもの! 食べて踊って楽しんで!」
マーサの笑顔につられ、ルナは「やったー!」と大喜び。私も少し肩の力を抜いてみる。
“母娘は村で暮らす一般人”――そう振る舞えば、他の客人から妙な詮索をされずに済むはず……そう思いたい。ほどなくして、村長の挨拶が始まった。
「えー、本日はアルビス公爵様、遠方よりお越しいただきありがとうございます。皆で簡単な宴を用意いたしましたので、どうぞお楽しみください!」
拍手のなか、カイル公爵が笑顔で一歩前に出る。
「いえいえ、こちらこそ歓迎していただき感謝します。皆さんの温かいもてなしを受けて、すでに僕も部下もすっかりファンになりそうですよ」
周囲はどっと沸く。公爵様はやはり場慣れしているのか、話し方が上手だ。
私とルナは人だかりの後ろのほうで静かに見守っている。ところが――
「そこの君たちも、遠慮なく楽しんでくれたまえ」
声をかけられてハッとする。視線を上げると、なんとカイル公爵がこちらに視線を向け、軽く手を振っているではないか。
まさかこんな大勢の前で絡まれるとは思わず、私は一瞬息が止まった。
「リリエさん、ルナちゃんも……あれ、どうかした? そんなに驚いた顔をして」
「あ、い、いえ……ただのビックリです。公爵様がこっちを見るなんて……」
「はは、どうして? 僕はこの村に来たんだ。皆とちゃんと話したいと思うのは自然だろう?」
さらっと言ってのけるカイル公爵。そして何の気負いもなく、こっちへ歩み寄ってきた。周囲も「あらまぁ……」「フレンドリーねえ」と感心している。
(うわあ……こんな注目を浴びるの、イヤなんだけど!)
しかしながら、ルナは大喜びで公爵に話しかける。
「公爵様! 今日はすごく楽しいです! いっぱい食べていい?」
「もちろん。お腹壊さない程度にな!」
「やったー!」
周りがやんやの歓声を上げる。私も、どうにか笑みを作って「……ありがとうございます」と頭を下げた。
すると、公爵の後ろに控えていたゲルハルト騎士が、じっと私を見ているのに気づく。――あの目は、まるで獲物を定めた鳥のよう。やっぱり警戒すべきなのはこの人かもしれない。
(ここでは何もないといいけれど……)




