第8話 オーランドの苦悩
「兄貴、入るぞ」
ロッサを先頭に、皆で執務室に入る。
窓を閉め切った薄暗い部屋の中、オーランドは部屋の奥の大きな執務机に向かって頬杖をつき、書類に目を落としていた。
すこぶる機嫌の悪そうな顔で、ロッサを見る。
「何だ。夜まで入ってくるなと……フィン?」
ロッサの後ろにいるフィンを目に留め、オーランドが顔をしかめる。
「どうしてここにいる。お前は、エンゲリウムホイストにいるはずだろう」
「は、はい。それが、僕に祝福が発現したので、それの報告に来たのですが……」
睨みつけるような視線を受け、やや萎縮しながらフィンが答える。
「……祝福が? それは本当か?」
「ああ! それもすごいのが備わったんだ! 兄貴、これでライサンダー家はもう安泰間違いなしだぞ!」
ロッサがフィンの肩を掴み、オーランドに笑いかける。
オーランドはわけが分からないといった様子で、フィブリナを見た。
「フィブリナ、それは本当か?」
「ちょ、兄貴! なんでフィブリナに聞くんだよ!?」
「お前の言うことは当てにならん」
ぴしゃりと言い切られ、ロッサがおいおいと天を仰ぐ。
「フィブリナ、説明してくれ。どういうことだ?」
「フィンに、他者の祝福を強化する力が備わったんです」
フィブリナが苦笑しながら答える。
「それも、A+にまで強化する力です」
「……A+だと? 間違いないのか?」
「はい。すでに教会で確認済みです。神父様にも見てもらいましたわ」
「フィン、今すぐそれを、俺に使ってみろ」
「わ、分かりました」
フィンがオーランドに歩み寄り、手をかざす。
一瞬、オーランドの体が青白く光った。
「終わりました。兄さん、祝福を使ってみてください」
「もう済んだのか」
「はい」
オーランドは半信半疑といった様子で、目を閉じた。
意識を集中し、周囲の資源を探る。
その途端、オーランドを中心として、室内が薄緑色に輝いた。
「おわっ!? な、なんだ!?」
「綺麗……」
ロッサとメリルが声を漏らすと同時に、光が周囲にはじけるように広がり、消えた。
オーランドが椅子を蹴る勢いで立ち上がり、窓に駆け寄って開け放つ。
まるで水面の波紋が広がるように、緑色の光が広がっていくのが見えた。
オーランドが、光が走った先を見つめる。
視線の先は、街の傍にある深い森だ。
「これは……フィン!」
ばっと振り向き、大声でフィンに呼びかける。
「は、はい!」
「でかしたぞ! よくやってくれた!!」
今までに聞いたことのないような明るい声で言い、フィンに駆け寄った。
フィンの両肩を掴み、強く揺さぶる。
「あの森の地下に、石炭鉱脈がある! それに、あっちの鉱山には銀と鉛もあるぞ! これなら、今の状況を打開できる!!」
「えっ、せ、石炭ですか? それに、銀と鉛?」
「ああ! 銀は少し問題があるが、石炭はすごい埋蔵量だ! 地表から数十メートル掘り進まないといけないが、掘れない深さじゃない。すぐに炭鉱作業員を集めなければ!」
オーランドは一息にそう言うと、力が抜けたようにその場に膝をついた。
「兄さん! 大丈夫ですか!?」
「す、すまない。安心したら気が抜けてしまってな……」
はは、とオーランドが笑う。
よく見ると彼の頬はやつれており、目の下にはクマができていた。
やれやれと、ロッサがオーランドに手を貸して立ち上がらせる。
「フィンたちには言ってなかったけどさ、ライサンダー家の貯蓄はほとんど底をついてたんだよ」
「「「えっ!?」」」
フィンたち3人が驚いた声を上げる。
オーランドは、ロッサに同意するように頷いた。
「父上たちは何も言っていなかったが、領内の鉱山はもう閉山寸前の状態だったんだ。俺も、父上のまとめた資料を見て初めて知ってな……」
「そうそう。来年度の使用人の給金すら払えなくなるかもしれないってくらい、収入の当てがなくなってもんな。2人して頭抱えちまったよ」
「そ、そうだったんですか……あ、それで父上と母上はいつも、あちこちの領地を巡っていたんですね?」
「そうだ。鉱脈を見つけたら、採掘量に応じた報酬を貰うって約束でな。それで何とか財政を回していたらしい」
「あ、そうは言っても、フィブリナたちのところはまだマシだったんだぜ? むしろ、そっちの金がなかったらどうにもならなかったよ」
フィブリナたちの父親の祝福は、フィンの父親と同じ資源探知だ。
ただ、祝福の強さがD+であり、フィンの父親に比べてやや弱かった。
そのため、祝福で領地を発展させるよりも林業に力を入れており、木炭や建材の販売で外貨を稼いでいた。
今回の崩落事故の際は、フィンの父親の要請に応じて資源探査に同行しており、夫婦そろって崩落に巻き込まれてしまった。
ちなみに、フィンの母親の祝福は『光源固定(D+)』。
数カ所に一定時間、光の玉を出現させて固定する力だった。
フィブリナたちの母親も資源探査に役立つ祝福を持っていた。
貴族同士の結婚は、政略結婚か祝福の相性で相手を選ぶことがほとんどなのだ。
「まったく、金が無いなら無いなりに回せばいいのにさ。付き合いで調度品買ったり、毎年やってるパーティを止めたりさ。無理して祝福だけで食っていこうとしないで、フィブリナのところみたいに別の事業を主力にするってこともできたはずだ」
「そう簡単に言うな。祝福の使い道がなくなっただとか、困窮しているなんて噂が立ってみろ。王家に目を付けられたら、取り潰しだってことにもなりかねないんだぞ」
「そうは言ってもなぁ。無い袖を振れっていうほうがおかしいと俺は思うんだけどな。無理してその場をしのいだって、いずれ破綻するのにさ」
「ロッサ、それくらいにしとけ。今さらどうこう言っても仕方ないだろう」
死人に鞭打つようなことを言うロッサを、オーランドがたしなめる。
ロッサの言っていることは正論だが、貴族には貴族としてのプライドがある。
それに、祝福を買われて領地を任されている以上、そう簡単に方針を変えることはできないのだ。
「あの、オーランド兄さん。資源探査の祝福なんですけど、さっき鉱山のことも言ってたじゃないですか」
「ああ、それがどうした?」
「鉱山って、ここからだいぶ離れたところにあったと思うんですけど、そんな遠くまで分かるんですか?」
「分かるぞ。おそらく、俺を中心に3キロメートル程度の範囲にある資源は、鉱物だろうが水源だろうが手に取るように分かる」
「す、すごいですね。さすがA+だ……」
「いや、お前の祝福に比べたら霞んで見えるぞ。それほどの祝福、王家は放ってはおかないだろうな」
「ですよね……放ってはおいてもらえないですよね……」
登用の話がきたらどう断ろう、とフィンが考えていると、ロッサが「そういえば」と話し出した。
「兄貴、さっき銀がどうとかって言ってただろ? 量はどれくらいありそうなんだ?」
「いや、大した量はない。銀よりも、同じ場所に埋蔵されている鉛の方が多いしな」
「そっか。銀がたくさん出れば、一気に大儲けできたのにな。残念だ」
「そうだな……しかし、どうして鉛までくっつくようにして埋蔵されているんだか。採掘しても、鉛交じりで質が低いと価値がイマイチだからな……」
「あ、それは銀と鉛が科学結合しやすいからですよ。地中から火山噴火で押し上げられた際に、熱で結合してしまうんです」
突然そんなことを語りだしたフィンに、皆が「えっ?」と目を向ける。
「分離するには、硫酸銅と水銀を使えばいいですよ。純銀を取り出せますから」
「……そんな話、初めて知ったぞ。何でそんなことを知ってるんだ?」
怪訝そうに、オーランドが聞く。
「前世の記憶があるんです。その時に見た『ディスカバリープラネット』というテレビ番組で観ました」