第9話 理解と本音
「……ちょっと待て、前世の記憶だと? どういうことだ?」
オーランドが怪訝な表情でフィンを見る。
「僕はこの世界に生まれる前に、別の世界で生活していたんです。先ほどの知識は、その時の記憶のものです」
「それはつまり、別の人間の生まれ変わりというやつか? その記憶も、祝福に付随するものなんだな?」
「あ、はい。そうです。そのとおりです」
すんなりと理解した様子のオーランドに、フィンが面食らいながらも頷く。
ロッサのように、多少なりとも混乱するかと思っていたのだが。
「さっき言っていた、『ディスカバリープラネット』というものは何だ?」
「テレビという、様々な映像を映し出す機械でやっていた番組です。番組というのは、ええと――」
テレビという機械や番組というものが何たるかを、フィンが苦労しながらも説明する。
オーランドは口を挟まず、黙ってそれを聞いていた。
他の皆は理解が追いつかないのか、困惑顔だ。
思えば、フィンはこの街に来る間、前世のことについてはメリルやフィブリナにも話していなかった。
「なるほど、そのような道具がある世界からの生まれ変わりということか。それも、記憶がまるまる残っていると」
「はい」
「教会の水鏡にも、その生まれ変わりについての説明は浮き出たんだな?」
「はい。『転生補助・祝福強化(A+)。他者の祝福を24時間の間、A+に強化する』と浮き出ました。転生については神父様に聞かれたので、別の世界からの生まれ変わりであることのみ話してあります」
「……24時間だと?」
生まれ変わりよりも気になる文言が飛び出し、オーランドがぎょっとした顔になった。
「フィン、祝福の強化は丸一日しか持たないのか?」
「はい。1日限定みたいです」
「1度強化したら二度とできない、ということはないだろうな?」
「それは大丈夫です。ここに着く間、メリルの祝福を何度か強化して確認済みなので」
街に着く以前に、フィンの祝福が制限時間付きであることは判明していた。
メリルの祝福を強化した翌日、同じように食べ物を高品質化しようとしたところ、祝福の強化が失われていることが分かったからだ。
ならばといろいろ試してみた結果、重ねがけをすれば継続時間はリセットされることと、同じ者に対して何度でも強化を行えることが分かっている。
つまり、フィンさえ傍にいて祝福を定期的にかけ続ければ、その者はA+の祝福を持ち続けることができるのだ。
「そうか……フィン、エンゲリウムホイストで領主をしろという話は取りやめだ。お前やフィブリナたちにも、ここで俺の力になって欲しい。お前の力さえあれば、あっという間にライサンダー家は大貴族にのし上がることができるぞ」
「すみません。それは引き受けることはできません」
即答したフィンに、オーランドが怪訝な顔つきになる。
「なぜだ? 理由を聞かせてくれ」
「エンゲリウムホイストの人たちと約束したんです。あの地を、王都に負けないくらいの大都会にするって」
フィンがまっすぐに、オーランドの目を見る。
その姿には、以前のようなおどおどした態度は微塵もない。
「あの村の人たちは、僕たちライサンダー家があの地域をろくに管理もせずに長年放っておいたにもかかわらず、温かく迎え入れてくれました。僕は、そんな彼らの力になりたいんです。彼らにこそ、僕のこの力は必要なはずです」
「本気か。あそこを都会にするなど、並大抵のことではないぞ?」
「本気です。必ず、やり遂げてみせます」
2人のやり取りを、メリルとフィブリナがヒヤヒヤした様子で見守る。
「もちろん、兄さんたちにもできる限り協力はします。頻繁にというわけにはいきませんけど、必要な時は街に戻るようにしますから」
「……そうか。自分の意志で決めたのだな」
「はい」
「分かった。お前の意思を尊重しよう」
すんなりとフィンの主張を受け入れたオーランドに、フィンがぽかんとした顔になった。
無理やりということはないにしろ、もっと引き留められると考えていたからだ。
やり取りを見ていた他の3人も、あっけにとられたような表情になっている。
「お前の思うようにやってみろ。お前には、その理想を実現するだけの力がある。今までの後ろ向きなフィンとは違うということを、行動をもって証明するんだ。いいな?」
「は、はい」
「自分で決めたからには、ライサンダー家の者として恥じぬ結果を残せ。必要があれば、いつでも俺を頼ってくれていい。もちろん、俺もお前を頼ることになるだろうがな」
「オーランド様……」
メリルが感動した表情で、オーランドを見つめる。
メリルは今まで、彼にあまりいい印象を持っていなかった。
どこか人間味がなく冷たい雰囲気を纏っている彼に、暖かみというものを今まで感じたことがなかったのだ。
それがここにきて、これほどまでに優しい言葉をフィンにかけてくれるとは。
「メリル、フィブリナ」
オーランドが2人に顔を向ける。
「すまないが、今後もフィンを助けてやってくれ。これは、ライサンダー家当主としての頼みだ」
「はい!」
「もちろんです。お任せください」
メリルとフィブリナがしっかりと頷く。
「オーランド様、さっそくですが、必要なものがあります。よろしいでしょうか?」
「ああ、何でも言ってくれ」
「領内の下級貴族たちの住所と祝福のリストを見せていただきたいのです」
「リストか。ちょっと待ってくれ」
オーランドが本棚に向かい、分厚い本を取り出した。
過去数十年から現在に至るまでの、領内の貴族たちの情報を記したものだ。教会が王家に渡している祝福の情報と同じものが記載されている。
王家同様、領主も領内にいる貴族の祝福は把握しており、必要に応じて報酬と引き換えに呼び出し、仕事を頼むことがあるのだ。
オーランドが本をフィブリナに差し出す。
「これは、お前たちに渡しておこう。分かっているとは思うが、機密書類だ。取り扱いにはくれぐれも注意してくれ。今後は、特にな」
「分かっています。ありがとうございます」
「他に何か必要なものはあるか?」
「いえ、今のところは」
「そうか。ここには、いつまでいる予定だ?」
「明日の朝には村へ発とうと思っています。早急に村に戻って待機しているようにと、神父様に言いつけられていますので」
「ふむ。確かに、いつ王都から呼び出しがあってもおかしくないからな……フィン」
オーランドがフィンに顔を向ける。
「お前のその力は絶大だ。利用しようと寄ってくる者が、必ず出てくるだろう。特に、女にはくれぐれも注意しろ」
「女、ですか?」
「そうだ。中には悪意を持って利用しようとしてくる人間もいるかもしれない。それを常に頭に置いておけ。何かあったら、すぐに俺に相談しろ」
「は、はい。分かりました」
「いいか、一夜限りなどと安直に考えて、女と床を共になど絶対にするなよ。取り返しのつかないことになるからな」
「だ、大丈夫です。そんなことはしません」
「メリル、フィブリナ、お前たちがしっかり見張っておいてやってくれ。目を離すんじゃないぞ」
「はい。しっかり見張っておきます! フィン、分かったね?」
「大丈夫だって、間違ってもそんなことしないよ」
「ふふ、本当かしら? 心配だわ」
「うわ、フィブリナ姉さん、酷いなぁ。ちょっとは信用してよ」
皆の笑い声が部屋に響く。
部屋に入ってきた時の張りつめた空気は、もう欠片も残っていなかった。
「長旅で疲れているだろう。ゆっくり休んでいくがいい。前世についての話は、夕食の時にでも聞かせてくれ」
「はい。ありがとうございます」
フィンたちはオーランドに一礼し、部屋を出て行った。
* * *
ロッサはそれを見送り、はあ、とため息をついた。
「兄貴、引き留めないでどうするんだよ。フィンがここにいれば、金策なんて思いのままだってのに」
「バカかお前は。あのフィンが、自分から何かをしたいと言い出したんだぞ。兄の俺たちが応援してやらなくてどうする」
「……兄貴、本当にどうしちまったんだ? 何か悪い物でも食ったのか?」
信じられないといった視線を向けてくるロッサに、オーランドがやれやれとため息をついた。
「お前、俺を冷血人間か何かだと思ってるだろ」
「そりゃあ、今までの兄貴を見てたら利益優先で動くって考えて当然だろ。実力至上主義みたいなところがあったしさ」
「まったく、ずいぶんな言いようだな……。確かに、力も努力もしない者に期待などしようがないが、今のフィンはすべてを変える意思と力を持っている。長い目で見てみろ。あいつの行動1つで、ライサンダー家の未来は大きく変わることになるんだぞ」
「……そりゃつまり、なるべく好印象を持たれるようにあんなことを言ったってことか?」
「違う」
オーランドが即答する。
「俺はライサンダー家の当主だ。当主たる者、家と領地を守らねばならない。確かに、この間は家のためにフィンを放り出すような真似はしたが、あれは本当にそうせざるを得なかったからだ」
「ええと……さっきの資源探知で金策はできるって分かったから、無理くりフィンをここに引き留める必要はないってことか?」
「ああ。俺としても、フィンが残ってくれればありがたかったがな。だが、本人が領民のために頑張りたいと言っているのに、当主の俺がそれを止めるのは筋違いだろ。エンゲリウムホイストだって、ライサンダー家の領地なんだからな」
「はー……何とも、人ができているというかなんというか」
ロッサが感心半分、呆れ半分といったように言う。
その様子に、オーランドも苦笑した。
「確かに、俺はフィンのことを嫌っていたよ。ライサンダー家の恥だと思っていた」
「え、マジで? 今までフィンをバカにした態度なんて、一度もみせなかったじゃないか」
ぎょっとした顔になるロッサ。
ロッサは今まで、オーランドがフィンに対して一貫して無関心な態度をとっていることは承知していた。
だが、そこまで嫌っているは思っていなかった。
「当たり前だ。嫌いな相手だからといって、ましてや家族に蔑んだ態度を取るなど、クズの所業だろう。俺が最も軽蔑する種類の人間だ」
オーランドにとっての嫌悪の表れとは、敵対ではなく関心をなくすということなのだ。
嫌いな相手に自分から接触していくなど、無駄な労力を割くのは馬鹿のすることだと考えている。
「祝福がないならば、ないなりに努力して前を向くべきだと俺は思う。自分で自分を諦めているような人間など、俺はとても好きにはなれないな。自分に対しても他人に対しても、以前のフィンは責任感がなさすぎた」
「ふーん……あれ、ということは……もしかして兄貴、俺のこと嫌ってる?」
「以前はそうだったな。家のことに無関心で、全部俺に丸投げだっただろ。だが、最近はよく手伝ってくれるし、別に嫌ってはいないぞ」
「こ、怖えぇ……。好き嫌いがまったく態度に出ないような人間が、この世に存在するとは……」
「失礼なやつだ。俺は合理的に行動しているだけだぞ。お前も俺を見習え」
「無理に決まってるだろ……兄貴、やっぱりちょっとおかしいぞ」
「おかしいか」
「絶対におかしい」
その後、ロッサは納得のいかないオーランドに「何がおかしいのか」という質問攻めにあいながらも、2人で今後の金策について話し合うのだった。




