第32話 果樹園と学校
「フィン・ライサンダー殿はおられるか!」
「はい! 僕がフィンです!」
大声で呼びかける騎士に、フィンがメリルとともに駆け寄る。
騎士たちは馬から降りると、深々とフィンに頭を下げた。
先頭に立っているのは、以前村にやって来た騎士、カーライルだ。
「フィン殿、ご無沙汰しております」
「カーライルさん、お久しぶりです」
「いやはや……まさかこの短期間でここまで村が発展しているとは、驚きました」
カーライルが村を見渡し、感心した様子で言う。
以前の態度より、かなり丁寧な応対だ。
「フィン殿、レイニー様の受け入れ準備は整っていますか?」
「はい。ご滞在いただく建物が先日完成したところです。ご覧になられますか?」
「ええ、ぜひお願いします」
「分かりました。ロッサ兄さん、また後で」
「おう!」
カーライルたちを連れ、フィンとメリルがレイニー用の建屋へと歩く。
村の人々も、フィンたちの姿を見ると作業の手を止めて頭を下げていた。
彼らにはあらかじめ、騎士やレイニーが来たら礼節ある態度を取るように指導済みだ。
とはいえ、失礼があってはいけないので、自分たちからはあまり近寄らないようにとも伝えてある。
「レイニー様も、すぐに村に到着するのですか?」
歩きながら、フィンがカーライルに問いかける。
「いえ、8日後にライサンドロスに到着する予定となっているので、フィン殿にはそこでレイニー様の出迎えをお願いしたいのです」
「分かりました。では、明日の朝にもライサンドロスへ出発できるように、準備しますね」
「はい、お願いいたします……ん? 」
道すがら、以前は空き地だった場所に広がっている果樹園にカーライルが目を留める。
「あれは……アプリスの木に見えますが?」
「ええ。まだ品種改良の途中で食べられるような実は採れないんですけど、あと少しでまともな実が採れそうなんです」
「品種改良? 確か、アプリスはトコロン家の持つ果樹園でしか収穫できないと聞いたことがあるのですが」
「そうなんですけど、それを何とかこの村でも作れるようにしようとしていて……あ、スノウさーん!」
フィンがスノウの姿を見つけ、大声で呼びかける。
彼女は枝からもいだアプリスをナイフで切り、香りや味を確かめているようだ。
傍に置いてあるカゴには、若干いびつだったり色がくすんでいたりするアプリスがいくつも入れられている。
「あ、フィン様。それにカーライルさん」
スノウがフィンたちに振り向き、にこりと微笑む。
フィンたちは彼女の下へと歩み寄った。
「こんにちは。レイニー様がお見えになられたのですか?」
「いえ、8日後にライサンドロスに来るらしくて。明日の朝、僕もライサンドロスへ向かってそこでお迎えに上がるんです」
「そうでしたか。レイニー様が来られる前に、食べられるアプリスを何とか作りたかったのですが……」
スノウが残念そうに言う。
「フィン殿、先ほど言っていた品種改良についてお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「あ、はい。えっとですね、トコロン家から各地に卸されているアプリスは、種が発芽しないように祝福で変異させられているんですけど――」
品種改良の手法を、フィンがカーライルに説明する。
トコロン家の果物は基本的に発芽しない種ばかりだが、稀に発芽するものがあるということ。
しかし、それらは成長しても奇形の実しか付けないため、その中から比較的まともな実を選別し、その種を収穫して再び育て、徐々に本来のアプリスに近づけていくということ。
アプリスだけでなく、国内に流通していてトコロン家が独占している果物すべてにその手法を行っていること。
スノウの祝福「植物成長促進(D+)」をフィンの祝福でA+に強化し、かなりの速度で品種改良が進んでいることを話した。
「なるほど。そんな手法が……」
カーライルが唸る。
「本来なら、これは何十年ってかかるやり方なんです。でも、スノウさんの祝福のおかげで、すごいスピードで成果が出せそうで」
「それは素晴らしい。果物はどれもかなりの高値で売買されていますから、この村での栽培が成功して生産量が増えれば、価格も下がりそうですね」
「ええ。あと、僕たちは果物を可能な限り安く流通させようと思ってるんです」
「可能な限り安く、ですか? それはどうして?」
「果物って、大人も子供も大好きじゃないですか。瑞々しくて美味しくて、食べれば誰もが幸せな気持ちになれます。一部のお金持ちだけしか手に入れられないなんて、そんなのダメだと思って」
フィンの言葉に、メリルがにっこりと微笑む。
「どんな場所でも安く手に入るようになったら、きっと皆大喜びしますよ! 独占して価格を吊り上げるなんて、貴族のやっていいことじゃないですよ! トコロン家なんて、貴族失格です!」
「ちょ、ちょっと、メリル。言い過ぎだよ」
名指しでトコロン家を批判するメリルを、フィンが窘める。
「なによ。本当のことじゃない。『貴族たるもの、国の発展のために最大限の努力をすべし』って、貴族学校の学長が言ってたでしょ。あいつらのやってることなんて、ただの金儲けじゃない」
「そうかもしれないけど、あんまり他家を批判するようなことは言わないほうがいいよ」
メリルが不満げな顔になる。
「あんたねぇ……あれだけドランに嫌がらせされてたのに、そんな甘いこと言っててどうすんのよ。種を品種改良してる時点で、トコロン家とことを構えてるようなものじゃない。あいつらは敵よ!」
「だから、ほら……カーライルさんだって、そんな話を聞かされたら困っちゃうでしょ。王家の騎士なんだから」
「それなら、なおさらよ! 正義は我がライサンダー家にあり! やましいことなんて、なにもないわ! 私たちは国中のすべての人たちのために、果物を誰でも手軽に買えるようにって頑張ってるんだから! ね? カーライルさん?」
メリルに話を振られ、カーライルが苦笑する。
「まあ……私からのコメントは控えさせてもらおう。メリルさん、フィン殿の言うとおり、あまり大声で他家の悪口を言うものではないぞ」
「えー……」
不満そうな声を漏らすメリルに、話を聞いていたスノウがくすくすと笑う。
「ふふ。メリルさんは真っ直ぐですものね。でも、あまりフィン様を困らせないであげてね」
「もー、スノウさんまでそんなことを言う!」
「まあまあ。メリル、その辺にしといてよ。スノウさん、仕事の邪魔をしてすみませんでした。カーライルさん、行きましょうか」
「うむ」
そうしてフィンたちはスノウと別れ、再び歩き出した。
* * *
「それにしても、本当に以前とは比べ物にならないほどに、いろいろと建物が増えていますね」
カーライルが村の景色を眺めながら言う。
後ろを付いてきている騎士たちも、物珍しそうにきょろきょろしていた。
「あの大きな建物が、レイニー様の住居ですか?」
行く手にある大きな平屋の建物を、カーライルが見やる。
「いえ、あれは学校ですね」
「学校? 村に学校を作ったのですか?」
カーライルが少し驚いた顔になる。
「はい。文字も読めない人が村には大勢いたので、これからのことも考えて基本的な教育が必要だと思って」
「ふむ。それはいい考えですね。教師はフィン殿たちがやるかたちでしょうか?」
「ええ、そうです。僕たち貴族が交代しながら、村の人たちに文字や算術などを教えてます。寄ってみます? 今、授業中だと思いますけど」
「はい、よろしければぜひ」
フィンが頷き、学校へと向かう。
学校は平屋だがそこそこ大きな建物で、村にある一軒家6つ分程度の大きさだ。
窓ガラスはまだ仕入れていないため、板張りの窓が取り付けられている。
中には教室、職員室、調理室、トイレが備わっている。
お昼には給食が出るので、各家庭の親は大助かりだと喜んでいた。
フィンたちが学校に近づくと、開け放たれている窓から、フィブリナとエヴァが教壇に立っている姿が見えた。
「フィブリナ姉さん!」
フィンが呼びかけると、子供たちに何やら話しかけていたフィブリナがこちらに顔を向けた。
「あら、フィン。どうし……あ、カーライルさん」
カーライルの姿を見て、フィブリナがにこりと微笑む。
「えっ、カーライルさんって……前にお会いした騎士様ですかっ!?」
教室の中から声が響き、ハミュンが窓から顔を覗かせた。
どうやら、彼女は窓際の席のようだ。
それに続くようにして、ドタドタという走る音とともに、授業を受けていた他の子どもたちが一斉に窓に押し寄せる。
「わわっ! 本物の騎士様だ!」
「鎧かっこいい!」
わーわーと騒ぐ子供たちに、フィブリナが顔をしかめる。
「こら! まだ授業中よ! 席に着きなさい!」
「えー?」
「ちょっとくらい、いいじゃん!」
「ダメです! 節度を持った行動をしなさいって教えたでしょ? そんなことじゃ、立派な大人になれませんよ!」
「「「はーい」」」
子供たちが渋々といった様子で席に戻る。
ハミュンも席に座ったのだが、顔はフィンたちに向けていた。
「エヴァさん、授業の続きをお願いできる? 私、フィンと少し話してくるから」
「はい! みんな、こっち向いて! 単語の復唱の続きをやりますよ!」
エヴァが壁に貼り付けられた石板の単語を指示棒で指し、読み上げる。
子供たちの声が、その後に続いた。
フィブリナが教室を出て、フィンたちのところに駆けてきた。
「フィブリナ姉さん、授業の邪魔をしちゃってごめんね」
フィンがフィブリナに申し訳なさそうに謝る。
「カーライルさんたちに、村の中を案内しててさ。授業風景も少し見ていこうってなって」
「そうだったのね。カーライルさん、遠路はるばるお疲れ様です」
フィブリナがカーライルに柔らかく微笑む。
「ありがとうございます。お騒がせしてしまって、申し訳ない」
「いえ、いいんですよ。私たちの指導がしっかりしていなくて、恥ずかしいところを見せてしまいましたね」
フィブリナがカーライルの背後を見やる。
「レイニー様も来られたのでしょうか?」
「いえ、これからライサンドロスに――」
先ほどフィンがスノウにしたのと同じ説明を、カーライルがする。
なるほど、とフィブリナは頷き、にっこりと微笑んだ。
「そうでしたか。フィン、明日は早起きしないとね」
「うん。……って、フィブリナ姉さんも来るの?」
「もちろんよ。フィンだけじゃ心配だもの。ねえ、メリル?」
フィブリナに話を振られ、メリルが「当然」と頷く。
「当たり前じゃない。っていうか、フィン、私たちを置いていくつもりだったわけ?」
「う、うん。村のこともあるし、僕だけで充分かなって」
「あなたひとりじゃ着替えの用意もできないでしょ。私が付いてないと、ダメに決まってるじゃない」
「ふふ、そうね。フィンひとりじゃ、身の回りのこと、なにもできないものね」
「そんな、子供じゃあるまいし」
「付いていくったら、付いていくの! いいわね!?」
「は、はい……」
メリルの剣幕に押され、フィンが頷く。
フィンとしても、メリルとフィブリナが一緒に付いてきてくれるのは嬉しいので、それ以上は何も言わないことにした。
「え、ええと……カーライルさん。次、行きましょっか」
「あ、ああ」
「じゃあ、フィブリナ姉さん。またね」
「ふふ、行ってらっしゃい」
微笑みながら手を振るフィブリナに見送られ、フィンたちは村の案内を続けたのだった。




