59
「あっ」
とととっ、と駆け足でお兄ちゃんが白と黒の縞模様の上を通り過ぎた。
「おーい」
早くおいで、と道の向こうでお兄ちゃんが振り向いた。
数秒遅れて私は横断歩道に辿りつく。信号機は青を点滅させていて、狭い車道だからまだ走れば間に合うだろう。でも、立ち止まる。
「?」
信号が赤に変わる。
お兄ちゃんは不思議そうにしながら私を待っている。
青に変わる。
「……」
私は、歩けない。
正直、油断していた。
優生が歩けるようになってからは一緒にいるついでに、私がどこまで道を渡れるか試して、訓練した。
その結果、手を繋がなくても横断歩道を歩けるようになった。一人でも誰かしら、他人でもいいから隣にいれば渡れる。それに横断歩道以外の道の真ん中なら一人で反対側へ突っ切れる。
だから一人の時は横断歩道をさければよかったし、人通りが多いとこなら平気だし、誰かと一緒ならどこでも問題はない。殆ど治ったようなもので、もう気にしていなかった。半ば忘れていた。
でも、こうしてたった一人で、横断歩道の前に立つとやはり恐ろしい。
「悠里ちゃん?」
お兄ちゃんが戻ってきた。隣に立たれた瞬間、ざわついていた胸が落ち着いた。ふう、と息をついて無意識に入っていた全身の力を抜く。
「どうかした?」
さて、どうごまかすか……よし。
「駄目でしょ、お兄ちゃん」
「え?」
「こんな夜中に女の子を置いて先に行っちゃ、駄目よ。そんなのだからすぐにフラれるのよ」
「ぐ…よ、夜中って言っても、まだ9時前だよ? それに夏だから結構明るいし」
「そういう問題じゃないの。ちゃんと女の子はエスコートしなきゃ」
「わかったよ。じゃあお嬢さん、お手を」
手を出してきた。無理矢理な理由付けのいちゃもんではあるがとりあえず不審には思われなかったらしい。
気づかれないように安心して私はお兄ちゃんの手をとった。
「よしよし。そうしてれば今度こそお兄ちゃんもモテモテになれるわよ」
「そりゃどーも。じゃあ、さっさと行って帰ろうか」
「うん」
横断歩道を渡って角を曲がった先のコンビニに、手を繋いだまま向かう。
お兄ちゃんに抱き着いたり抱っこされるのは全然平気だけど、何だか手を繋ぐのは妙に照れる。
優生とはともかく、お兄ちゃんとはここ数年手を繋いでいないからかも。相変わらず、大きい手だなぁ。ちょっと固くて節がごつごつしてる。
「悠里ちゃん、何買うんだっけ?」
「だから、林永のアイスクリームサンドだって」
「この間もそれ食べてなかった?」
「だって大好きなんだもん」
照れ隠しに繋いでる手を抱きしめるように持つ。胸元に引き寄せて持つと照れくささはなくなる。
お兄ちゃんとはくっつくのは好きだし平気なのに、手繋ぎに照れるとは……よく考えたら私も思春期なんだなぁ。
「ゆ、悠里ちゃん、あんまりくっついたら暑いよ」
「暑い方がアイス食べる時に美味しいでしょ?」
「そう…かなぁ?」
「そうだよ。明日から一週間は食べれないんから、今日は二つ食べるんだから」
お兄ちゃんを丸め込んで、私は意気揚々とコンビニに入った。
○
この話、本当は武君の前あたりでいれようと思ってたんですが忘れてました。
悠里は夜はお兄ちゃんの部屋に遊びに行くことが多いのは書いてますが、夏場はたまにアイスをねだって買いに行きます。冬はそういうのはないです。寒いので。




