(6)PBWで遊ぼう!
『まあ、なんだかんだで上手く行ったんじゃないかな?』
俺が初参加した例のリプレイが納品されてから数日が経過した。あれから何度か読み返してみたのだが、沸いてくる感想はそんな所であった。
あれからも変わらず俺達TRPG部(仮)はコンピューター室にお邪魔する毎日を送っている。人間環境の変化には適応して行くもので、なんかもう最近は俺達もコンピューター研究部の一員になってるような、そんな空気である。
『それもこれも、アタシのアドバイスがあったお陰ね! 感謝しなさいよ、平民!』
『へいへい。感謝してますよ、してますとも』
コンピューター室の中は、基本的に静かだ。先住民の連中は何でか知らないがいつもぼそぼそ声のトーンを落として話しているし、侵略者である俺達も作業にのめりこむと無駄口を叩かなくなるからだ。
つまり、こんな会話はここでは行なわれていない。無音の中に響き続けるタイプ音が声そのものであり、俺の会話相手はディスプレイの向こうに居た。
PBWの……デュリスフィアの遊び方はリプレイを読むことだけではない。むしろその世界に生きる人々……要するにPC同士のコミュニケーションにこそ真髄が有るのだ、というのは部長の談。
リプレイが納品されて直ぐ、俺は様々なユーザーコミュニティに顔を出すようになった。今俺がPCである真崎宗助として参加しているこのチャットルームも、こうして足を運ぶのは二度目になる。
『でも実際、よくコマンド級を倒せたものよね。宗助もなかなか根性見せたんじゃない?』
『あの時は……無我夢中だったんだよ。右も左もわからない状況で放り込まれたからな』
『その割には楽しそうだったじゃない。なんだかんだでノリノリだったでしょ』
『……みたいだな』
『まーメタな話、あのMSさんはそういう所あるのよねー。連携とかキャラクターの絡みとかを優先するし、結構そこで甘い点をつけてくれる人だから』
デュリスフィアのコミュニケーションツールは幾つかあるが、どれも基本的にはキャラクターになりきっての交流となる。
故に今俺は俺自身ではなく、あくまでもこの世界の登場人物である真崎宗助として話をしていた。これが結構面白い。
TRPGでもキャラクターロールというものはやるが、あれは実際に自分の口で喋らなきゃいけないので、なんというかこう、恥ずかしかったのだ。
しかし今はキーを叩くだけで済む。元々モノカキを目指していた俺としては、こういうタイプのロールならやりやすいわけで。
『しかしまあ、実際あんたのお陰だよ、サクヤ』
画面に表示されているアイコンは生意気な笑顔を見せている。
サクヤ・クレナズムというのは彼女のPC名だ。サクヤはあの作戦で行動を共にした仲間の一人であり、そして出発直前に俺にメッセージを飛ばしてきた人物でもある。
彼女は初参加のオーダーは不安なので、お互いの行動入力を見せ合おうと言って来た。完全に同感であった俺はその誘いに従い、結果的に細かい打ち合わせをする事が出来た。
そして彼女の裏工作は俺に対してだけではなく他の参加者に対しても行なわれたらしく、結果的に俺達は絡みたっぷりの行動入力を提出できたわけだ。
『アタシは別に大した事してないけどね。ま、慌てふためく平民を導いてあげるのも貴族の役目っていうか?』
『どこの出の貴族だか知らないが、今回だけはそういう事にしておいてやるよ』
思いがけず苦笑してしまう。まさかコンピューター室でこんなまったりとチャットをする事になるとは思ってもみなかったが……まあそれはそれで楽しいのでよしとしよう。
『ところで宗助、初めての戦いはどうだった?』
『どうって……上手く行ったところもあれば、反省すべき所もあったよ。でも、全員無事でよかったんじゃないか?』
『そうじゃなくて! 初めてだったんでしょ? 楽しかった? 満喫できた?』
サクヤの発言にあわせ、アイコンが表情を変えて上下する。俺は暫し考えた後返信を行なった。
『楽しかったよ。戦闘を楽しむっていうのもあんまりよくないんだろうけどな』
それは俺の素直な感想だった。
部長に言われて騙されるように……というかほぼ騙されてPBWを始めた。あの時抱いた感想というのは、結局の所今も変わっていない。
このPBWというゲームは、決して高度な技術を使用して作られている物ではない。この世界に有り触れた、実に使い古された技術だけで構成されているのだ。
『プロ』と呼ぶには少々疑問を感じるような人々が、何かに『なりきれなかった』人々が作る世界。それがPBWというゲームの本質なのだと今でも思う。
――では、一体何が楽しかったというのか?
そもそも、だが。別に『楽しむ』という事に必要なのは、決して高度な技術だけではないのではないか。
別に『プロ』じゃなくたって面白いものは面白いし、楽しいものは楽しい。何が? と聞かれると理由は幾つか有るが……結局はそう、自分が一緒に何かを作っているという快感に尽きるだろう。
それはTRPGにも言える事だ。自分達で、仲間内で、ああじゃないこうじゃないと言いながら、『面白さ』を探っていく事。
とても狭くて、決して有名ではなくて、誰からも愛されるような代物ではなかったとしても。拙く、決して商売としては成り立たないような事だとしても。『楽しさ』はド素人の俺達にだって作れると言うこと。
たかだか6000文字の中で、俺は確かに他の誰かと、決してコンピューターが演算したのではない、生の人間と物語を積み重ねていく。
見ず知らずの遠くの誰かが、顔も素性も知らぬ誰かたちが繋がって何かを作っていくという事。それがこのPBWというゲームの面白さなのではないだろうか?
言い換えてしまえば、それは結局ただの自己満足だ。自分が楽しければそれでいい……そんな考え方は、確かに歪んでいるのかもしれない。それでも……。
『次はもっと上手くやるさ』
チャット画面では真崎宗助のアイコンが軽く上下に揺れ、笑みを浮かべている。俺はなんとなく、コイツをもっと動かしてやりたいと、コイツを生かしてやりたいと、そんな風に思っていた。
『それじゃ、これからもよろしく頼むわね。エリア66の事件を追うシナリオも後々出てくるだろうし、また一緒に行きましょう♪』
サクヤは笑っている。俺が返事を入力しようとした時、その笑顔のまま新しい文章が出現した。
『ところで宗助、右を見て?』
「……右?」
思わず独り言を呟いてしまう。サクヤが何を言っているのかわからず、画面の右あたりを見てみる。
『違う違う。そうじゃなくて、もっと右よ』
意味不明なまま、何と無く右を見る。すると幾つも離れた席の前に部長が座り、パソコンの前で俺に手を振っていた。
眉を潜める。もう一度画面を確認する。で、更に部長に視線を向ける。フリーズしている俺の目の前で彼女はタイピングを行なう。するとサクヤが笑顔で言うのであった。
『それじゃあまた後でね、宗助!』
「騙された……」
「騙したなんて人聞きが悪いわねぇ。何? かわいい女の子が中の人かと思って期待してた?」
ニヤニヤしながら俺の顔を覗きこむ部長。俺達はすっかり日の暮れた帰り道を並んで歩いていた。
そう、例のサクヤ・クレナズムは何を隠そうこの部長の操るキャラクターだったのである。確かになんかどこかで見たようなキャラだなあとは思っていたが、こういうやり方で仕掛けて来るとは思わなかった。
「第一、あの依頼には初心者しか入れないんじゃなかったのか?」
「デュリスフィアは一つのアカウントで二人まではキャラを無料で作れるのよ。三人目からは課金だけどね。言ったでしょ? 実際の素人は少ないって」
確かにそんな事を言っていた。だがそれを今思い出したからなんだっていうんだ。結局してやられた事に変わりは無い。
「でも、なんだかんだで楽しかったでしょ? 君もいい動きしてたもんね、宗助君」
「……リアルでそういう呼び方をするのは止めろ。第一何だよ、クレナズムサクヤって」
「んー。君と一緒に帰ってる時に思いついたのよ。夕焼け空を見て、ね」
ふと足を止め頭上を仰ぎ見る。そこに茜色の光はなく、見えるのは町明かりに掻き消されてしまいそうなか細い星の光だけだ。
「ねえ、PBW……楽しかった?」
「は?」
「なーんだかんだで楽しんでるように見えたけど……君の口から感想を聞かせて欲しいな」
ポケットの中に突っ込んでいた手を出し、頬を掻く。なぜか部長は真面目な表情で、その真面目さの中には何割かの不安も見て取れた。
だから俺は咳払いし、それからさも仰々しくという感じに部長の肩を叩き、その答えを口にした。
「面白かったよ。まあまあ……な」
「……そっか! ああ、よかったぁ!」
ぱっと表情を明るくする部長。それに釣られて笑っていると、彼女は一足先に歩き出す。
「TRPGは二人じゃ出来ないけど、PBWなら二人でも遊べるよね」
「まあ、そうだな……ん? まさかお前、最初からその為に?」
「これでもね、結構責任感じてるんだよ? 君を無理矢理TRPG部に入れちゃった事。やっぱりさ、部員には毎日楽しく過ごしてもらいたいわけ」
苦笑しながら歩く部長。こいつにそんな罪の意識があったとは驚きだ。
俺はそう……あの日、本当は文芸部に入る予定だったんだ。なのにそれがどうしてか、TRPG部に入ってしまった。あれは……俺が騙されたからだ。
「でもさ、君って付き合いいいよね。どうしてTRPG部、やめないで居てくれるの?」
「それは……騙されて入ったからだろうな」
「騙されたって……私、特に君に何かしたっけ?」
「ああ、したよ」
目を伏せ、過去に想いを馳せる。
そう、俺は騙されたんだ。あの日、夕暮れ時の廊下で勧誘活動を行なう彼女に。
文芸部っていったって、俺は……もう随分前に、小説家になろうなんて夢は諦めていた。俺には無理だって、結局『何か』になる事なんて出来ないんだって、そうわかってしまっていた。
実際世の中はそういうもんだ。本当に何かになれるのはごく一握りの才能に溢れた人たちだけで……そうじゃない多くの人々はごく平凡な人生を生きる。そして悲しい事に、俺はそうじゃない多くの人々の方にカテゴライズされるんだ。
だから本当は、別に文芸部どころか部活動なんか入るつもりはなかった。でもあの日、俺は彼女に出会った。
わけのわからん部活動の勧誘を一生懸命する彼女を……助けてあげたいなと、そう思った。
凄いと思ったんだ。俺には真似出来ない。だから知りたくなった。彼女が何を考えていて、何を見ていて……何を信じているのか。
「でもまあ、騙されたんだよなあ」
誰にも相手にされず、しおらしく落ち込んでいた彼女の姿を、俺はもうすっかり見ていない。
自分が声をかけてあげなかったら彼女はずっとそのままなんじゃないかって、そんな不安に駆られるようなことはなくなった。
だから――騙された。こいつは俺が思っている以上に、ずっとずっと人生を楽しんでいたのだから……。
「ま、でもPBWが大した事無いゲームだっていう持論は変わらないけどな。その本質を見極めるまで、評価は先送りにしておくよ」
「またそうやって……。もー、いいじゃないなんだって。楽しければそれが正義でしょ?」
「一理あるな、それも」
「でしょう~?」
下らない話をしながら帰路に着く。不平不満を述べながらゲームの話をするのは、いつだって決まった状況を指し示している。
要するに俺は……この遊びにハマりつつある、という事だった――。
「……だ、だからぁ……僕は、無理ですってばぁ!」
それから数日後。放課後、逃げ出した園田君を追いかけ俺は部長と共に廊下を走っていた。
園田君は真面目な性格なので普段は決して廊下を走ったりはしないだろうに。まあ俺と部長はしょっちゅう走っているが。
「待ちなさい園田君! 今日こそ一緒に来てもらうわよ!」
「TRPGはもうやらないって決めたんですぅ!」
「だからTRPGじゃないんだってば! PBW! PBWだから!」
「それって何か根本的な解決になってない気がするんですよぉ!」
半ベソ状態で逃げる園田君。俺は部長の指示で彼を追い越し退路を断つ。前後から襲われた園田君はなすすべもなく拿捕され、今は俺と部長に左右の腕を取られている状態にあった。
「ど、どうして先輩まで追いかけてくるんですか!?」
「えーと、それはまあ……これには海よりも深く、山よりも高い事情があるんだよ園田君」
「彼は我が軍門に下ったのよ園田君。さあ、君もコンピューター室に行きましょう! もうコンピ研の連中は友達みたいなもんだから遠慮しないで!」
まあ、かなり一方的な権力図の友人関係だけどな……。
「いーやーでーすー! 僕は関係ないじゃないですかー!」
「まあまあ。TRPGよりもPBWの方が、君としても楽だと思うぞ?」
「あーもう、ごちゃごちゃうるさい! いい加減諦めて腹を括りなさいよ! もうなんでもいいから……!」
俺と部長は顔を見合わせ笑う。園田君にはかわいそうだが……ま、これも部長の為だ。付き合ってもらうとしよう。
「――PBWで遊ぼうぜ、園田君?」
こうして俺達TRPG部(仮)の当面の新しい活動が決まった。
だからどうだっていうわけじゃない。何か特別世界が変わったわけでもない。俺や部長が『何者か』になれたわけでもない。それでも――。
今は楽しければそれでいいと思う。だからこれが上出来ではない俺達の、やりきれないままの幕切れである……。