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砦のエリシア ―辺境砦で紡ぐ、医療士たちの日々―  作者: 灯影
第8章 試験

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第一部 エピローグ



 砦の長い長い冬が終わりを告げた。

 

 降り積もった雪は次第に溶けて、浄水槽へと溜まっていく。


 今年の雪下ろしのイベントは、騎士が姫を巨大なドラゴン――雪で作った真っ白なドラゴンは生きているように見えた――から救い出すという、壮大なものだった。


 魔法士達の本気を見た人達の歓声がしばらく轟いて、惜しまれながら今年の雪下ろしを終えた。


 そして。

 雪解けと共にエリシア達三人はエプロンを脱ぎ、真新しい白衣に袖を通した。


 ――新たに、三人の医療士が誕生した。


 

***



 冬と春がまだ混ざり合っている、ある朝の日。


 各棟では、それぞれ見習いを無事卒業した面々が、新たに騎士、魔法士、医療士として、皆にお披露目された。


 ここ、医療士棟には訓練場がないので、食堂に医療士が勢揃いしていた。

 もちろん、後輩三人組のイアン、ロゼ、トビアスもいるし、なんと、彼らにも後輩が二人できた。

 医療士は狭き門が故に、志願者も少ないのが常である。

 

 食堂は椅子や机が片付けられ、広い講堂のように様変わりしていた。

 

 魔法で飾り付けされた星が煌めき、紙吹雪と一緒に花びらが絶えず天井から降ってきて彩りを添えていた。

 時折り、流れ星が流れては、ワッと会場を沸かしていた。

 

 足元はいつもの石畳ではなく、どうやったのか、ふかふかの紫の絨毯が敷き詰められていた。


 そして中央の奥。

 そこには、壇上が組まれていた。


 一番の高台にセリオンが。

 次にアランが。

 その下に三人の元見習い、セドリス、エリシア、アミルがいる。


 他のみんなは、五人を見守るように半円形に並んでいた。

 お祝いを叫ぶ者や、ただ静かに笑みを浮かべる者など様々だ。

 

 誰もがセリオンに視線を投げている中、アランがひときわ引き締まった声で三人の名前を呼んだ。

 すっと静まり返った会場。

 エリシア達の、壇上――木の板を踏み締める音が響いた。


 セリオンの前に並び立つ三人。

 

 セリオンは、医療士だけがつけることを許された“徽章”を手に持つと、微笑みながら彼らの前へと進み出た。


「おめでとう、セドリス」

「ありがとうございます」


 セドリスの胸に徽章を付けて、目を合わせると、セリオンはしっかりと頷いた。

 セドリスも嬉しそうに頷いている。

 

「おめでとう、エリシア」

「……ありがとうございます!」


 セリオンは指が少し震えていて、付けるのに手間取ってしまった。

 そこにエリシアが、とても小さな声で「ありがとう、お父様」と言ったものだから、セリオンは泣くのを必死に堪えた。


「おめでとう、アミル」

「……う、ぐす。あ、ありがとうご、ございみゃ……うぅ」


 セリオンは、アミルに徽章を付けた後、そっとハンカチを渡してあげた。


 厳かな空気の中でも、アミルは変わらずみんなの心を癒したのだった。


 

 こうして、エリシア達三人は晴れて医療士となり、命を預かり、守り、助ける者としての誓いを、皆の前で誓ったのだった。



 この日エリシアは、セドリスとアミルの姿を、目に焼き付けるように見つめていた。


 砦で初めて出会った日。

 あの時は、まだ十歳で。

 お互いぎこちない始まりをした。

 小さくて、未熟で、何も持っていなかったけれど。


 それでも――


 支え合い、励まし合い、何度も互いの背中を押して、ここまで来た。

 

 ――ずっとずっと一緒に、頑張ってきたよね。

 

 エリシアは、互いが隣にいない未来なんて想像すら出来なかったし、したくもないと思っていた。



 成人となった今、もう守られる側ではいられない。

 

 そして、エリシア自身あまり意識していなかったが、医療伯であるセリオンの娘として、貴族の籍にも名を連ねている。

 セリオンに、つい先日デビュタントについて聞かれたが、答えは一つだった。


「社交界にデビューする予定は死ぬまでないわ。私は医療士だもの!」


 と、セリオンに言い切った。

 

 それに加えて、「だって私、砦以外に友達なんていないしね!」と笑顔で言ったエリシアに、リヴィアも、グレイもマリアンですらその選択を尊重してくれた。


 セリオンも答えは分かっていたように微笑むと、『だけど絵を描いてもらいたいからドレスだけは新調しようね』と、エリシアを説得した。

 


 セドリスが食堂を出ると、父親であるレイアットの姿があった。


「おめでとう、セドリス」

「父上、見に来れたんですね!」

 

 砦の筆頭文官であるレイアットは常に多忙なのだが、なんとか時間を作り出し、セドリスのお披露目を見に来ていたのだ。

 セドリスが医療士になれたことを、心から祝福し、誇らしく思っていた。


 一方でセドリス自身は未来について、婚約者なんていらないし、結婚も視野には入れていないと、はっきりと言い切っていた。


 レイアットはそれもまたセドリスらしいかと、納得したように笑った。

 

「そうなったらそうなったで、セリオン医療士長のように養子を迎えればいい」


 と言われ、セドリスは胸の奥にあった塊が、溶けて無くなった気がした。


 その安心感が、セドリスをさらに前へと押し出した。

 彼は改めて、医療士として歩む道に全力を注ごうと、心に誓った。



 アミルの家では、両親が祝い事恒例のご馳走を用意していた。

 アミルは平民だが、砦勤務の両親を持ち、本人も医療士という、平民の憧れ的存在にいつの間にかなっていた。

 見習いの時から神殿によく応援に行っていたので、領民とも顔を合わせる機会が多かったのだ。

 ふんわりとした雰囲気と誠実な人柄が、領民から人気を博していた。

 しかしアミルも未来について、恋愛は全く興味がなく、死ぬまでエリシアやセドリスと一緒にいると言って親を驚かせていた。


 三人とも、医療士を極めるという志は、少しも変わらなかった。

 大人達に愛され、守られていた子供時代は、ここで静かに幕を閉じる。


 次は成人として、大人達と肩を並べて歩んでいく。


 新しい道は、もう目の前にある。


 エリシア、セドリス、アミルは、それぞれの部屋で、ベッドから見える位置に白衣を掛けていた。


 明日から、その真っ白な服の重さを感じながら、生きていくのだ。

 

 その胸元の徽章が、それぞれを祝福するように、月の光を浴びて淡く輝いていた。


 これは、三人が医療士として歩み始めた日の物語。

 未来へ続く、最初の一歩だった。


 

ここまで読んで頂き、ありがとうございます。

この話で一部完結となります。


第二部は、医療士となったエリシア達の話になります。

まぁ、読んでもいいよと思われた方はまたお付き合いください!

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