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親ドラゴン狩る?


 ちゃちゃ先輩とミハエラ姉さんは子ドラゴンを討伐してしまったことにより発生した特殊イベントが発生していると判断しているとのことだ。


 その特殊イベントの内容は本来のゲームのストーリーに軌道修正すること。


 翌朝、ただの推測で、外れだったときガッカリさせるから伏せておいたけど、やはり全員の協力が不可欠だから今後の方針を確認したいと、ちゃちゃ先輩が僕たちを集めた。


 昨夜、僕が聞いた話を繰り返し、自分たちはレベル上げをすると言った。


 ワイバーン狩りをしてレベルを上げ、ドラゴン近似種で戦闘経験を積み、その上で本番のドラゴン討伐戦をやるわけだ。


「適正レベルになって親ドラゴン討伐戦をやればゲーム的には元に戻るわけだぢぇ。その結果としてイベントクリアーとなるのか、連続クエストみたいに次のクリアー条件が示されるのか、いまはわからない。ただ、ここまで外からの接触は一切ないのだから、こっちからも状況を動かすべきだと思うんだぢぇ」


「ちゃちゃ先輩は親ドラゴンを討伐できたら元に戻れると思ってるみたいだけど、その前提である親ドラゴンの討伐が難しいよ。チュプたち、ブレス1発で全損したのに」


 チュプちゃんが悲観的なことを言う。


 だが、言いたいことはわかる――わかってしまう。


 あの親ドラゴンは危険だ。


 どうしても人の身でまともに戦える相手には思えなかった。


 それでも、ちゃちゃ先輩は揺らがなかった。


「べつに難しく考える必要はないんだぢぇ。だって、本当ならソロにしても、パーティーで討伐するにしても、何度も何度も死んで壊滅するはずなんだ。つまりクリアーしなければならない点は2つ。1つは適正レベルまで上げること。2つ目がドラゴンに戦いを挑むこと」


「必ずしもドラゴン討伐の成功ではなく、失敗でもかまわないと考えています」


 ミハエラ姉さんも口を挟んだ。


 するとチュプちゃんがいまからすぐにはじめたらどうかと提案した。


「勝ち負け関係なく討伐そのものがクリアー条件なら、べつに時間をかける必要ないよ」


「ドラゴン討伐戦に必要なレベルに達してないのに、ただ形だけやったとして、それで本来のストーリーの流れに戻したといえるのか? ちゃちゃは違う気がするぢぇ」


 そう言いながらも、試してみようと緊急で親ドラゴン討伐戦がはじまった。


 本来であればドラゴン討伐戦に一発で成功するのは難しいし。


 何度も死んで、壊滅して、戦いかたを学んでいくのだ。


 だから今日やったところで勝てる見込みは完全に0で、100パーセント負ける戦いだけど、それはそれで普通にあるはずだったことでもある。


 子ドラゴン討伐戦で用意したものすらなく、残り物だけを持っていくことになった。


 頼みのドラッヘファウストは1発もないし、対物ライフルの弾薬も補充してない。


 勝負にすらならないよな、と思いながらも洞窟に突入。


「いくよ!」


 普段は後方から支援を担当するはずのチュプちゃんが洞窟に入ってすぐに全力で走り出した。


 いくよ、と声をかけたのに、みんなで突撃する気はまったくないようで、1人で勝手にダッシュしていく。


 本当に早くゲーム世界から脱出したいようだ。


 びっくりして追いかけようとして――ちゃちゃ先輩に押し潰された。


「伏せろ! ブレスがくるぢぇ」


 突撃したチュプちゃんに親ドラゴンが反応し、攻撃したようだ。


「バリアー!」


 ほんの2秒か3秒でバリアが破られ、僕たちは炎に包まれた。


 HPが一気に減っていく。


「エリアヒール!」


 ミハエラ姉さんが2発目の魔法を放った。


 真っ赤になったHPがわずかに持ち直し――なんとか耐えることができた。


「エリアヒール!」


 もう1発、回復魔法をもらって、赤くて細い線だったHPバーが半分くらい戻る。


 ちゃちゃ先輩が怒鳴った。


「撤退だぢぇ」


 チュプちゃんが攻撃を仕掛けたのだ。


 これで条件を満たせるのなら、イベントをクリアーしたことになったはず。


 わざわざ無駄に死ぬ必要もないので、僕たちは慌てて回れ右して、洞窟の出口に向かって駆け出した。


「死ぬかと思ったよー」


 洞窟から出て、小屋まできたところで、その場に座り込んでしまう。


 ゲームなんだから死んでもかまわないし、いままで何度となく死んでるんだけど、なにもせずに死亡というのはねぇ……あまりにも空しいよ。


「あれは勝てないぢぇ」


「これで討伐戦をやったことになってくれればいいんだけど……」


 そのときマヤちゃんが叫んだ。


「戻ってこない! どういうこと?」


 勝つためのレイドではないけど、いちおう僕たちは今回も洞窟の入り口に設置した小屋のベッドで寝転がっておいた。


 最後に寝たベッドが死亡時のリスポーン地点となるので、チュプちゃんはここで復活しているはずなのだ。


 なのに、いまチュプちゃんはいない。


 この『ドラゴンワールド・フロンティア』にもデスペナルティーはあって一定期間、体が重く感じたり、スキルやレシピのいくつかがランダムで使えなくなるけど、復活自体は死亡直後になされる。


 何分かゲームに復帰できないというデスペナルティーはないはずなのだ。


 この中でこのゲームを一番長くやっている先輩に尋ねてみた。


「ちゃちゃ先輩、どういうことかわかるー?」


「死んだらログアウトみたいなシステムだったらいいが……そのままだったら……」


「そのままって……」


 マヤちゃんが言葉を失う。


「親ドラゴンの言葉を思い出すんだぢぇ。永遠にテリトリーに閉じ込めて、死んでも逃がさないとか、魂を手元に置くことになるとか、そんなことを言っていたはず」


「そういえば……いまチュプちゃんの魂は親ドラゴンが持っていて、だからリスポーンしない?」


「もう少しちゃんと親ドラゴンの言葉の意味を考えておくべきだったぢぇ」


「とりあえず、ここから撤退しましょう。ドラゴンがわたくしたちを追って洞窟から出てくる様子はないけど、絶対に追ってこないという保証はないし」


「チュプも昨日今日はじめた初心者じゃないんだぢぇ。ここから自力で村の自宅まで帰ってこられるだろうよ」


 ミハエラ姉さんの言葉にちゃちゃ先輩もうなずく。


 そして、この場から逃げると決めたのなら、僕たちの行動は早かった。


 渋るかと思ったマヤちゃんですら駆け出すように洞窟の前から去った。




 しかし、いつまで待ってもチュプちゃんは帰ってこなかった。


 そして、いつの間にかちゃちゃ先輩とミハエラさんもいなくなっていた。


 僕とマヤちゃんは森の中の小さな村に2人きり。


「うちでお茶を飲もう」


 どうしていいのかわからなくてフリーズしていた僕を引っぱるようにマヤちゃんは家に連れていき、テーブルの前に座らせる。


 いつもの泥水が出てきた。


「前にVストリーマーが行方不明になっていると音乃も言っていたけど、こういうことなのかも」


「じゃあ、チュプちゃんは行方不明になったと思っているのー?」


「なってるじゃない」


「ゲーム内で姿が見えないのと、リアルも含めて行方不明では言葉の重みが違うよー」


「でも、いま起きていることを素直に解釈したら行方不明じゃない?」


「特殊イベントで一時的にリスポーンできないだけじゃないのー?」


「そんなイベント聞いたことない」


「だから、特殊イベントなんじゃないのー?」


「特殊と前へつけておけば、どんなことでもイベントというとこで納得する? 一般論だけどゲーム会社としてはイベントをやるならプレイヤーにできるだけ楽しんで欲しいはず。ドラゴンとのバトルなんて死亡率が高いイベントで、一回の死亡でリタイヤでは楽しめないよ」


「それは……そうかもねー」


「だいたい、どんな特殊なイベントでも、誰も経験してないはずがない。だって『ドラゴンワールド・フロンティア』は全世界で人気のあるゲームなのに、私たちだけの唯一無二のイベントが発生するなんてありうる?」


 マヤの言葉には説得力があるように感じられた。


 だけど、それならば、いまなにが起こっていて、チュプちゃんはどうなったのかという話になるんだけど。


 そこを尋ねると、マヤちゃんは口を閉じた。


 しばらくして、ちゃちゃ先輩とミハエラ姉さんがマヤちゃんの家にやってきた。


 2人とも死んでないという状態で、特にちゃちゃ先輩がひどい。


 全身が焦げまくっていて、防具なんかは修復できるか疑問になるほどボロボロだ。


「洞窟をドラゴンの巣まで引き返しして確認してきたが、チュプはいなかったぢぇ。あいつ、本当にどこにいったんだろうな?」


「攻撃されたんですよねー? いま先輩まで死んだら……」


 ちょっとキツい口調になったのは、ちゃちゃ先輩を心配したということもあるけど、僕自身が不安だったから。


 かっこ悪いね、本当はここで唯一の男なんだし「みんなを守るよ」とか言うべきなんだろうけど。


 ちゃちゃ先輩は安心させるようにニヤッと笑った。


「手持ちで耐火性能が最高の防具に着替えていったからなんとでもなるぢぇ。実際、よく耐えてくれたよ」


「それって……ちゃちゃ先輩が大切にしていた防具じゃあ……」


 マヤちゃんが絶句した。


 実は僕とチュプちゃんが火縄銃で乱獲する前に、ちゃちゃ先輩はワイバーンを討伐することに成功していたのだ。


 1匹だけだし、本人が言うには幸運だったということだけど、剣でワイバーンを狩るのがどれほどの偉業か。


 そのときアイテムとしてワイバーンの革がドロップし、同時に革鎧作成の上級レシピを手に入れていた。


 早速作成したワイバーンの革鎧はちゃちゃ先輩のとっておきで、いつも家に飾ってあるけど、それを着てバトルをやっているのは見たことない。


 とても大切にしていた防具を犠牲にしてまでチュプちゃんを探しにいってくれたんだ――洞窟に枝道なんかなくて、途中で迷ったり、逃げ出した僕たちと出会わないなんてことが絶対にないと知っていながら。


 だけど、ちゃちゃ先輩はあいかわらず笑っていた。


「ワイバーンの革だったら音乃とチュプがいくつもドロップさせてるし、また作ればいいだけだぢぇ。ちょっと前までは貴重品だったけど、いまは何着も用意できる。しかも、いまは子ドラゴンを討伐したおかげでドラゴンの革鎧の素材とレシピもあるんだぢぇ」


 上位の防具が作成できるのなら、それより下の防具を失ったところで問題ないとちゃちゃ先輩は笑う。


 だけど、ちゃちゃ先輩は僕に手持ちのワイバーンの革を譲って欲しいと頼んできた。


「こいつでブレス1発なら耐えれることがわかったぢぇ。だったら全員分を用意するまでだ。インベントリに予備を入れておいて、1発くらってロストしたら着替えて……できるだけたくさんあるといいな。チュプのところも屋探してて全部かっさらってやろうぢぇ」


 あとワイバーン狩りからやってレベルを上げる必要があると、ちゃちゃ先輩は言った。


 マヤちゃんが悲鳴のような声を上げる。


「待って、待ってよ。まだドラゴン討伐を諦めてないの?」


「諦めてもいいが、それでどうする? さっき確認したけど、いまだにログアウトできないままだぢぇ? 他にいい方法を思いついたというのなら、ちゃちゃはそれに従ってもいいが」


「いい方法って……」


「マヤが部屋の隅で膝を抱えて座り、ずっと泣いていたいというのなら止めはしないぢぇ。だけど、ちゃちゃはまだ戦える!」


「わたくしもいきます」


 ミハエラ姉さんも静かに、しかし強く言った。


 僕は大きく息を吸う。


「いくぞぉぉぉぉぉーーーーーーー!」


 いきおり大きな声で叫んだから、みんなびっくりして僕を見る。


 だけど、僕は正気だ。


 正気のまま狂気の作戦に参加を決めた。


「ちょっと気合いを入れたよー。ボクもドラゴン討伐やるよー」


「わかった。私もやる」


 しぶしぶマヤちゃんも言った。



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