振り返り配信
ゲーム世界から帰還した僕が最初にやったのは着信の履歴を見ることだ。
電話やボイスチャットはなかったけど、テキストのダイレクトメッセージは10件以上たまっていた。
多い……ような気がしたけど、ゲーム内に何日もとらわれていたのだから、むしろ少ないほどだ。
そういえば空腹や喉の渇きは感じるけど、飢餓というほどでもなかった。
「どういうことだ?」
基本的に『ドラゴンワールド・フロンティア』の内部ではリアルの3倍で時間が流れるので、ゲーム内で3時間すごしても、リアルに戻ってきたら1時間しか経ってないのだが、今回のイベントは長かったからリアルでも2日くらい経過しているはずなのに。
いや、そういえば……イベントのときは時間進行が違うときがあると聞いたことを思い出した。
長期かかるイベントでもたっぷり楽しんでもらうために、通常と違い10倍とか20倍の設定にするのだ。
「ログインした時間からすると……たぶん半日くらい経ってるのかな? なんか時差ぼけ――日差ボケかな? 脳内の時間日付と、リアルの時間日付が噛合ってないような?」
考えることはいろいろあるが――いますぐにやらなければならないのはトイレ。
かなり危ない状態だった。
そして4,今日の日付を確認する。
やはり半日くらいしか経ってない。
買い置きしてあった菓子パンをもぐもぐと食べながら、たまっていたテキストのメッセージを読んでいく。
それで、なんとなく今回あったことの流れがわかった。
まず同業他社の妨害なんてなかったし、Vストリーマーの行方不明の噂とも関係なかったし、ちゃちゃ先輩が裏切ったわけでもなかった。
犯人はメモワール。
僕たちの所属会社が『ドラゴンワールド・フロンティア』の運営会社に発注したイベントだったのだ。
もともとゲームとして設定されたイベントではなく、メモワールがVストリーマーの配信用に特別製作できないか打診し、ゲーム会社がそれを受けて実現したもの。
さすがに『ドラゴンワールド・フロンティア』ほどのボリュームがあるゲームだと制作費がものすごいことになるから個人で作らせるのは無理があるとしても、ちょっとしたイベントなら今後の商品開拓につながるとゲーム会社も判断したようだ。
つまりソフトを売ったり、ガチャで集金するだけでなく、たとえば友達の誕生日プレゼントとしてゲームイベントを開きたいとか、そういうものにも対応することで事業の幅を広げようという試みらしい。
タイミング的にも本来は討伐されない予定の子ドラゴンを倒してしまったので、親ドラゴンを倒すイベントができそうだったし。
どんなゲームでもボス戦は華やかに盛り上がるものだ。
さらにはログアウトのボタンを消してゲーム内からゲーム終了の操作をできなくして、外部の情報を遮断し、緊張感を高めた。
「メモワールの経営があまり好調とはいえなくて、なにか無理なイベントでも仕掛けて登録者数アップを狙っているという噂が聞こえていたんだぢぇ。だから、ログアウトできないとわかったとき、もしかして? と思ったには思ったんだけど、なにも証拠もないことだし、まあ、とにかくゲームなんだからゲームのロジックで考えて問題を解ければ終わるはずだし、みんなで協力できる体制を作りたかったから変なことは言えなかったんだけど……30000人おめでとうだぢぇ。これで納得できなくて事務所に殴り込むなら、ちゃちゃも付き合うので誘ってくれると嬉しいぢぇ」
「どうせメモワールの仕掛けたつまらないイベントだと思っていたけど、確証もないことをいって音乃ちゃんたちを混乱させてもよくないかと思いました。嘘をついたわけではないけど、黙っていてごめんなさい。登録者数30000人突破おめでとう」
「メモワールの仕込みなら急いで逃げ出すことなかったよ。さっさと離脱したせいで、せっかく盛り上がったイベントでもチュプの出番はほとんどなくて登録者数は微増くらい。というか、音乃に追いつかれそう。というわけで、30000人おめでとう! すぐに差を大きく広げてやるからな!」
「同業他社の妨害じゃなくて、まさか自分たちの会社にやられるとはね。いま音乃もログアウトするようにかけあってるけど、同接が結構あって、最後までやらせようとかバカなこと言ってて、私の話を聞いてくれない。こいつらにもフグを食らわせてやろうか検討中。それから海外ビューアーを中心にケミカルマヤなる、あだ名がついたみたい。これ、喜んでいいのかな? それから30000人おめでとう。私も10000人を越えたから、そこだけは救いかも」
ちゃちゃ先輩、ミハエラ姉さん、チュプちゃん、マヤちゃんとそれぞれから連絡がきていた。
すぐに無事だし、ドラゴンも倒せたし、特にマヤちゃんについては注射器をしまうように返信した――けど、どうせ配信を見ているだろう。
イベント終了までログアウトのボタンを消し、コメント欄を封鎖して、いかにもゲーム内に閉じ込められたように見せかけていただけで、ずっと配信し続けていたとのこと。
ゲーム内時間で8日。
1日を1時間で設定して、8時間の配信となったけど、それでチャンネル登録者数が2倍になったのなら、むしろ得をしたのかもしれない。
まあ、本当は怒らなければならないところなんだろうけどね。
僕としてはメモワールが倒産したら、近所のコンビニで深夜バイトくらいしか道がなかったから、怒るに怒れない。
ついでにいえば現在メモワールの社員たちは寝る時間もなく突貫工事で配信の編集をしているらしい。
マネージャーの間島さんからは帰還してしばらくしてから電話があったのだ。
「チャンネル登録者30000人おめでとうございます」
「いろいろな人から言われたんだけど、本当に喜んでいいことなのかな、と思うよ。そんなに大切なのかな、チャンネル登録者数って」
「大切どころではありません。それがすべてです」
僕の疑問に対して、間島さんは一瞬のためらいもなく断言した。
「僕にはわからないですよ」
「わかりましょう! 多いほうが偉いのです。たとえばVストリーマーの立場でいえば待遇がよくなりますし、企業案件など、仕事も増えます。会社としては資金繰りに困って銀行に泣きつくとき、その数字が大きければ融資がもらえる可能性も大きくなります」
「メモワールが危ないという噂は本当なんだね」
「危なかったことがある、と過去形でお願いします。みなさん、がんばってくれました。チュプさんは少々お仕置きが必要かもしれませんが、音乃さんは満点です。1人でドラゴンを討伐にいくところは最高の盛り上がりでした。緊張感を高めるために外部の情報を一切シャットアウエとさせていただきました。よってコメント欄も閉じていたのでご存じないでしょうが、勝利の瞬間はコメントの流れが早すぎてパンク寸前でしたし。ちょっと前に収益化が通ったのもプラス材料でした。投げ銭、すごいですよ?」
ギョッと目を剝く金額を間島さんは口にした。
もっとも、VR動画サービス会社に何割かは持っていかれ、メモワールの取り分もあるし、どうせ僕のところにくるのはわずかだ。
それでも1回の配信で僕が稼いだ金額としては、いままでの分を全部足したより多い。
というか、その何倍にもなる。
「次の配信でビューアーのみなさんにお礼を言わないと……」
「それでですね、明日の夜の予定になりますが振り返り配信の枠をとりました。今回参加の5人でドラゴン討伐戦について感想とか、解説などをしていただこうかと」
いつも真面目そうで、まったく愛想のない間島さんが満面の笑みを浮かべている。
いまメモワールのスタッフは大変らしいし。
明日の夜の振り返り配信に間に合うように、何日にもわたったドラゴン討伐戦のハイライトシーンだけを集めた動画を編集中とのこと。
編集以前に、全部を見るだけでも時間がかかるだろうに。
ちゃちゃ先輩、ミハエラ姉さん、チュプちゃん、マヤちゃん、僕と参加人数分の視線があるから、同じ場面でも立ち位置によって見えかたが違ってくるし。
一番いいところだけをつなげる作業は大変だと思う。
「明日の夜までに間に合いますか?」
僕の質問に間島さんは満面の笑みのまま答えた。
「間に合わせるんです!」
振り返り配信がはじまった。
場所は『ドラゴンワールド・フロンティア』内のちゃちゃ先輩の家。
見慣れた場所ではあるが、今日は存在してないはずのものが僕たちの目の前に鎮座していた。
テレビ。
これも振り返り配信をするために『ドラゴンワールド・フロンティア』のスタッフに無理を言って作らせたアイテムだ。
ただし、振り返り配信が終わったら回収されてしまうらしい。
まあ、残しておいたところで放送局がないから無意味だけど。
今日はメモワールの社員さんたちが徹夜して編集した動画が流れている。
僕たちがログアウトできなくて、とまどっていたり、さっさと親ドラゴン討伐戦をやろうとチュプちゃんが主張したり。
「チュプはこの夜に雑談配信の枠をとってあったから、早く帰って準備しようと焦ったんだよね。大失敗だった」
ゲーム内の死亡=ログアウトという設定だったのでチュプちゃんはいち早くリアルに戻れたし、ちゃんと雑談配信もできたけど、今回のことでチャンネル登録者数はほとんど伸びなかった。
見せ場らしい見せ場がなかったからしかたないけど。
親ドラゴンの討伐戦がはじまると魔法が効かなくて、ドラッヘファウストがみんな外れる場面が出てくる。
するとコメント欄が「ダメだった」とか「逃げろ」などと急加速。
これ、振り返り配信なんだけど。
だいたい、ビューアーのみなさんは見てたんじゃないの?
まあ、楽しそうだからいいけど。
ドラゴンに狙われたミハエラ姉さんをちゃちゃ先輩がかばって奮戦するが、何秒ともたない。
2人揃って光の粒へとかわる。
僕はキルログで見ただけだけど、こんな感じだったんだ――コメント欄に何秒ともたなかったにせよ、ミハエラ姉さんをかばったドラゴンに立ち向かったちゃちゃ先輩を賞賛する声や、2人の関係をてぃてぃなどと表現するものがあふれたけど、それは僕も同じ気持ち。
剣1本であんな怖い存在と対峙するなんて普通はできない。
マヤちゃんの最期の場面は僕の想像とはまったくかけ離れていた。
どこかに身を隠し、一瞬の隙をついて注射器を使ったと思っていたんだけど、実際には身を隠したのにドラゴンに気づかれてしまう。
テトロドトキシンは無味無臭無色のはずだけど、なぜかドラゴンは危険なものとわかるみたい。
僕たちの持つ五感とは違った感覚帯でもあるのか?
まあ、そのあたりのゲーム内設定はともかく、マヤちゃんが強力な毒をもって隠れているのを感知するとドラゴンは巣に引き返そうとした。
それを見たマヤちゃんは慌てて追いかけていき、逃げるドラゴンと鬼ごっこをはじめたのだ。
ドラゴンすら逃げ出すマヤちゃん、もしかして最強?
そんなことを思ったりしたけど、なんとかドラゴンに注射針を突き刺して、ポンプを押すのがやっとで、すぐに殺された。
「私はここまで。残りは音乃」
「それがさー、いまになって冷静に考えてみると、マヤちゃんの毒がまわって継続ダメージが発生して、マヤちゃんにもらったドラッヘファウストと、マヤちゃんが残したTNTを使ってドラゴンを倒したんだよねー。あれ? ボクはなにをしたの? と思うよ」
「まあ、私は天才だしね」
「あっ、そういえばちゃちゃ先輩の子ドラゴンの鎧も借りました。耐久値がほとんど0になっちゃいましたけど」
「場合が場合だから、べつに文句はないぢぇ。ちなみに親ドラゴンのドロップは? たとえば革があるとか?」
「アイテムは肉。レシピはステーキです。ご馳走しますね」
「肉……ステーキ……ご馳走が楽しみだぢぇ」
親ドラゴンの革鎧と比較したら、かなりテンションが下がるよね。
だけど、防具に関心がないマヤちゃんはテンションが上がっているようだ。
「なに、それ。おいしそう。私も食べる権利があると思う」
「チュプも一緒に戦った戦友なんだから、1枚は食べてもいいと思う」
「いまから焼きますか? せっかくの振り返り配信ですけど、見た場面だけではつまらないでしょう」
チュプちゃんの言葉にミハエラ姉さんがつけくわえた。
コメント欄もドラゴンのステーキに期待している。
五感共有できるから、ステーキを食べれば味がビューアーにも伝わるのだ。
この夜の振り替えし配信はおいしいステーキで締めくくられた。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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少しは面白いものを書けるようになれたのかな? と作者はとても嬉しい気持ちになれます。
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