三日目・11
地上から約一キロの上空からエトナシーカーの町を見て、まず最初に目に付いたのは、破壊された城壁……そして、たったひとりに蹴散らされるゾンビの群れ。
ガタイはそこらの兵士なんか目じゃないくらいでかく、筋肉がとんでもなくブ厚くて一見太ってるんだけど、周囲でゾンビと戦ってる兵士よりも数倍は動きが早い。
髪とヒゲは見事に真っ白だし、顔はそれなりに年配に見える、爺さんなのか? 動きからすると信じられないが、あ、ゾンビ10匹くらい剣のひと振りで消し飛ばした。
いかにも魔法の武器でござい、と全力で主張してるような馬鹿でかい光る剣を軽々と振り回し、鎧らしい鎧は着てない、急所だけ革製の部分鎧で守ってるだけで動きやすさを優先したものだ、冒険者なのかな?
(すげぇ如何にも歴戦の戦人って感じだな、流石異世界だ、理不尽に強い爺さんとか浪曼が分かってるな)
「あうぅぅ……ご主人様の仰る浪曼は分かりませんが、あの方は間違いなく『英雄』ですよぉ」
俺の隣でホバリングしてるカハちゃんは、ややビビリながら俺に報告してくる、英雄か……確か人間のレベル30以上で条件満たすと英雄にクラスチェンジできるんだっけ?
俺が聞くとカハちゃんは詳しく教えてくれる、なんでも戦乙女的に『ヒト』を『英雄』に導くのが仕事の一つらしい。
「は、はいその条件とは色々ありますが、最も多いのが歴史に名前を残す事です、名声でも悪名でも後世に名前を残す偉業を成せば英雄になる条件は満たします、あと人間だけでなく『ヒト』なら誰でも英雄になる可能性はあります」
俺の意識だとヒト=人間なんだけど、エルフや獣人とかもヒトの範疇と言うか、魔物以外の知的生物は全部『ヒト』扱いだそうな。
例えば一人のエルフが、頑張って植樹したり水を引いたりして荒れた土地を豊かな森に変えたとしよう、そしてその時点でエルフさんは歴史上に偉人として名を残すに相応しい偉業を達成したわけだ、そうしてそのエルフさんがレベル30に到達すると【種族:英雄】に進化し、進化前とは比べ物にならない能力を発揮するのだそうだ。
また、ヒトの進化先は英雄だけでなく、魔法の研鑽の果てに【魔人】に進化したり、悟りを開いて【神人】、自然と同一し【仙人】になったりと、異世界のヒトの可能性は無限大、この進化に生来の資質など一切なく、条件を満たせば誰でも到達できるそうだ。
俺のダンジョンも英雄候補生を育てる路線で行こうかな? 英雄を育てた逸話のある英霊の召喚を考えてみるか、ギリシャのケイローンとか、ケルトのスカサハとか、英雄が増えれば世界の安定も早まることだろう、もっとも俺が倒されないように気をつけなきゃダメだが……
それはさておき、多分人間(?)な爺さんが暴れまくってゾンビの群れを圧倒している、巨人は支配を手放したって話だけど、町に攻め込んだ際に巻き込まれた人をゾンビ化したんだろう、見れば兵士の格好をしたゾンビが大半だった。
他の兵士が元仲間だったゾンビ相手に一進一退の攻防してる中で、大剣のひと振りでゾンビをなぎ払い、単騎で無双ゲームやってるあの爺さんは放っておいて、町の状況を見てみる。
どうやら町の住民は避難してるのか町中で戦闘音はない、暴れてるのは城壁の外のゾンビだけだ。
巨人は見えない、どうやら地面に潜ったまま身を隠してるのか? ヘルヴェルさんにビビってると聞いたけど、先行してるはずのヘルヴェルさんが近くにいない、これは巨人ゾンビはここにいないのかな? それでヘルヴェルさんは追いかけてる?
カハちゃんに渡した金の指輪では、ヘルヴェルさんが渡した相手の居場所が分かるだけで、カハちゃんがヘルヴェルさんの居場所を知る機能は付いてないみたいだ。
(まいったな、ヘルヴェルさん何処だろう?)
「居場所を探します」
そう言って武器である儀仗を構えるカハちゃん、杖装備なだけに彼女は近接戦闘より魔法が得意らしく、少し念じると杖の先端が輝き魔法が発動する。
精神集中を邪魔しちゃ悪いから、戦場を眺めると崩れた城壁の近くに巨人のものと思しき、切断された手を見つけた、その周囲では一際豪奢な装備の男がいた。
周囲には兵士よりも上等な鎧を着た人が守るように円陣を組んでゾンビと戦ってる、中心の男性が剣を振り声をかけると兵士はそれに合わせて動き、部隊同士の連携で次々とゾンビを減らしている。
レナさん以外の現地世界人を間近で知らないから、パッと見の年齢は分からないけど、少なくとも20代じゃないな、口髭生やしてるし多分指揮官っぽいな、前線で部隊指揮とはやるな、大したもんだ。
ふと、ヘルメスさんから預かった黒いオーブを思い出す、身分の高そうな人なら情報収集が捗るって言ってたし、最前線の指揮官なら問題ないな……カハちゃんはまだ精神集中してる、良し。
指揮官さんの近くに急降下する、ふはは! 恐れ戦け、ダンジョンの宣伝をしてやる!
―――ずんっっっ!!
はい、ゾンビを踏んづけ俺登場、ドーモ=ハジメマシテ、ドラゴンデス。
「なっ! ちっ散れ! 皆の者固まるな!」
おぉ! 指揮官さんマジ有能、思考停止してる兵士を咄嗟に動かしたよ、この人なら情報収集大丈夫そうだ、邪魔はされたくないから近くのゾンビを尻尾でペチンペチン、臭いですぐ分かるけど、生きてる兵士さんに当てないようにしないとね。
そして土煙に紛れてオーブを彼の近くで割る、すると煙のようなものが彼の懐に潜り込んだのが見えた。
(我が名はサシュリカ、ヘスペリデス大霊峰の主である)
自己紹介すると、まだ目が泳いでて動揺してるっぽいけど、指揮官さんは姿勢を正してこちらを向いてくる、多分体に染み込んだ所作なんだろうな。
「わ、私は……グ、グレン・ヴェルウッドだ、い、いや、無作法をお許しあれ、ミリス王国王太子にして王国軍総司令官グレン・ヴェルウッドと申し上げる」
指揮官どころか総司令官だった! っていうか王子様だった! なんでこの人前線にいるんだよ、自己紹介の最中に落ち着いたのか、名乗り終わった頃には真っ直ぐ俺を見据えていた。
俺は嘘がつけないわけだし、第一巨人を探すのに時間が無いからな、言うべきことだけ言ってさっさと行くか、言葉が少ない分は勝手に都合よく推測するだろ、ここの肝はあくまで向こうが勝手に推測することで、俺は言葉が少ないだけで嘘は言わないことだ。
「ゴギャァァァァァァ!!(縁あって毒物を飲まされ汚物共の生贄とされていた者を救った、そして生贄の娘、レナ・スプリングガーデンの嘆願により助太刀に参った、先遣とした戦乙女は何処か?!)」
レナさん貴族らしいし、変な評判が立って誤解されたら可哀想だ、近くの兵士全員に聞こえるように念話を大音響で全方向に放つ。
こう言っておけば彼女への謂れのない悪評は立たないだろう、仮に俺が人間で似たようなセリフを言っても疑ってかかる人がいるだろうけど、ドラゴンが言うと多分疑われない。
何故かと言うと俺がデタラメを言うメリットが彼ら視点で全く無いから、態々遠くから飛んできたであろうドラゴンが、助太刀って言ってるのだから疑ったって彼らになにも得が無いからね。
これは後で聞いたことだけど、この国には『巨人は嘘をつかない』って諺があるそうで、絶対的に強い存在は小さな嘘をつくような面倒なことはしないって意味らしい。
英雄爺さんが現在進行形で暴れつつこっちにも注意を向けている。
また爺さんのおかげで周囲にゾンビはほとんどいないので、兵士の大半はいきなり降ってきた俺を注視していた。
王子としては俺に色々聞きたいんだろうけど、悠長に会話してる暇はないと理解してるのだろう、片膝をついて答えてくれた。
「女神……否、戦乙女様は逃亡した巨人を追って王都方面に向かわれました」
王子さんは顔を伏せてるから分からないけど、兵士さん達はなんか顔が赤い、戦いの興奮とかだと信じよう、あの人は人妻だからな、変な目で見ると旦那さんが怖いぞ。
「ご主人様!」
カハちゃんが俺の傍に飛んできた、彼女の姿を見た瞬間兵士さん達は平伏する、あれ? なんで俺よりカハちゃんが敬われてる感じなんだ?
とにかく感知魔法が完了したんだろう、ハッタリ効かす為にちょっと偉そうにしておく事にする。
(報告しろ)
「はっ! ヘルヴェル様は現在王都に到着し屍人の立ち入れない結界を構築しております、標的の巨人は只今王都方面に向かい移動中です」
どうやら巨人ゾンビに憑いた邪霊は死んだ兵士を目晦ましの為に支配して、自分は王都方面に向かってるのか、先回りで王都に着いたヘルヴェルさんも流石だ。
王都とやらにはなんの義理もないけど、万が一にも人の多い場所で巨人が暴れたら被害はシャレにならないし、レナさんにも胸を張って手助けしたとは言いにくいしな。
あの爺さんがいれば、ここはもう大丈夫だろう、俺は王都方面に向かって羽ばたく。
「グオォォォォ!(では我自ら巨人を討ち果たしてくれる、随行せよカハデクサン!)」
「承知いたしましたご主人様」
カハちゃんは来たときと同様俺の尻尾に掴まる、おっと、その前にダンジョンの宣伝しよっと。
(ここに居る者共は英雄となり得る資質を持ってるようだ、才能を開花させたくば我がダンジョンに来るが良い、そして我が玉座に至りし勇者には望むだけの財貨を与えようぞ)
嘘は言ってない、レベル30までレベル上がれば誰だって英雄になれる可能性あるし、ヴィーラントさん謹製の秘宝は一生遊んで暮らせるだけの価値はあるからね、なんならオーダーメイドの仲介してもいいし。
さーて口コミでいい感じに広がってくれよ? それじゃ巨人退治に行くとするか。
巨人は、この町と王都の街道を馬よりも早く移動しているらしい、だが全速力なら王都直前で補足できるぞ!
羽ばたきさらに南へ、途中人々が俺を指差しなにやら騒いでるが、緊急事態だから仕方ない、特に悪いとは思ってないけどまぁ許せよ。
加速、さらに加速。魔法に長けたカハちゃんのブーストも加わり更に急加速、そうしてる内に人の営み、星のような灯りが見えた、相当な高度だからまだまだ遠いが、アレが王都、レナさんの故郷か。
「見つけましたご主人様! 巨人はこの真下に」
俺の真下、地面と同化した巨人がいるのか、王都の方を見てもヘルヴェルさんの姿は見えないが、結界の構築が終わり俺が暴れてればすぐ駆けつけてくれるだろう。
(急降下するよ! 途中で尻尾から離れるんだよ)
カハちゃんがまだ尻尾に掴まったままだが急降下! 急激な浮遊感にカハちゃんが悲鳴を上げるが、後で可愛がってあげるから許してね。
「シャギャァァァァ(おいクソ野郎、テメーが嫁にするとかほざいてたレナさんなぁ! 俺のモンになれつったらあっさり頷いたぜ、相当テメーみてーなクズは嫌だったんだろうなぁ)」
出来るだけ大音響で思念を地面に向ける、奴は挑発を無視できるようなタイプじゃないのは間違いない、事実声を出したと同時に地面が盛り上がり、巨人がその姿を現す。
「なっなっなんだとぉぉぉ! ばっ馬鹿にしやがってぇぇぇ」
うわっ、ほんとに釣れた、まともな判断力がないから、こんな見え見えの挑発に引っかかるのか。
現れた巨人は、血走った目で左右を見渡してる、上手い具合に上空からの攻撃は奇襲になったみたいだ。
落下の勢いのまま縦回転、尻尾に掴んだメイスを巨人めがけて振り落とす! 勿論カハちゃんは途中で離れてる。
中身の邪霊では対応できない上からの一撃も、巨人の肉体は反応したのか的確にガードされる、俺のメイスと巨人の大斧がぶつかり合い、発生した衝撃波は木々をなぎ倒す。
ぶつかった拍子に距離をとり、対峙する俺と巨人ゾンビ、さっきの挑発が効いたのか憎悪に染まった目で俺を睨み、俺の聴覚でも聞き取れないようなボソボソした声で何か言ってる、まぁ大したことは言ってないだろう、聞くだけ無駄だ、慎重に巨人との間合いを計る。
恐らく城壁の近くにあった片手はヘルヴェルさんに切り落とされたのだろうが、改めて巨人の肉体の出鱈目さには呆れる、片手であの一撃を受けられるとはどういう腕力してやがる。
さて、ふざけた身体能力の巨人だけど、右手を失ってる以上戦闘力も大幅に落ちてるはずだし、ヘルヴェルさんが来てくれるまで凌いでやろうじゃないか……しかし妙に体が締め付けられる感じがするな。
読んでくれた皆様ありがとうございました
仕事や諸々の都合で次回投稿は約一週間ほどお待ちください m(_ _)m




