第九十ニ話 オデガ山脈 後編
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敵兵力を1千までに減らしたライ達。ここで約五百の味方で突撃あるいは弓による攻撃をすれば瓦解していただろう。
だがそうはならなかった。理由は二つ。一つは兵力が足りないこと。傭兵部隊を率いていたダートがこまめに斥候を出していたために裏に回り隠れようとすれば、五百もの人間を動かすのに無理があった。
二つ目はダートとダートが率いていた傭兵団『氷山の槍』が無事であったことが大きかった。
後ろに下がったライを追いかけつつダートは分断された前を切り捨てることにする。これから砦を攻めるのに手痛いだ。しかし、ここまでやる相手が分断した後を考えていないわけがない。ならば無事だった1千を運用して撃退、逃げた傭兵団を集めればいい。そう考えていた。
だからこそ、最初の目標を周りの傭兵達に指示する。
「おめえら!そこにいる奴は敵だ!討ち取った奴には望みの金でも女でも用意してやる!全員襲い掛かれ!」
もっとも分かりやすく、餌を言葉でばら撒いたダート。
ダートの話を聴いた傭兵達は目の前で起きた雪崩に動揺していたが、目の色を変えることになる。もしここでダートがライを倒せと言っただけでは、目の色を変えたり動揺を抑えることはできなかったはず。この作戦に参加したのは富や名声、それが一人倒すだけでもらえるのなら命を賭ける価値はあるかもしれない。
そんな命令で標的になってしまったライであったが、決して取り乱すことなく表情を変えずに立っていた。周りを囲むようにされているのにである。
動きを止めた相手にダートは言い放った。
「さっきはよくも舐めたことを言ってくれたな?お礼に八つ裂きにしてやるよ」
怒気を含めつつ言うダート。それをライはため息をつきつつ一言。
「おたく、結構馬鹿なんだな」
これだけだった。
まさか死刑宣告をしている側が馬鹿呼ばわりされるとは思っても見なかったはずだ。あっけにとられたダート。血に頭が上りすぐに身の程を知らせようとしたその時、ジュアン帝国方面の後方から戦う音が聞こえてくる。そちらのほうを見ると剣戟の音ととある声が聞こえてきた。
「お前達!目標は氷山の槍、団長ダートだ!それまでに全員経路を確保!味方を援護しつつ討つのだ!」
「「「「おう!!!!!」」」」
突如後方に現れた部隊に驚き、ダートは思考が停止してしまった。後方を攻められたのはまだいい。ライの姿が不遜だった理由に繋がるのだから。
しかし、彼らが、主に鼓舞していた相手がまさか、自分達の宿敵になろうとは。
「ダンデ!?!?あの野郎裏切りやがったのか!」
悪態をつくダート。この言葉に周りの傭兵達にも動揺が走る。
なんと後ろを攻撃しているのは昨日まで一緒に行動し、味方だと思っていた部隊『氷壁の砦』なのだ。実力的にも少数精鋭で有名な部隊がついにダートに牙を剥き、しかも包囲網の中心には得体の知れない強力な敵がいる。ダートはすぐにどちらの対応をするのか判断しなければならない。そしてダートがとった決断は
「後方にいる奴らを優先的に叩け!いくら強くてもたった一人だ!それよりも後ろの氷壁の砦の奴らのほうが厄介だ!」
そういうダートだったが、この判断は間違っていない。人間一人にやれることは限られており、本来戦では一人にできることはそうない。なのでこの場合精鋭部隊を攻撃するのは悪くない判断。
……まさか、一人で何百、何千を相手にしたことがあるとは想像がつかないのはしょうがない。
ダートの言葉に動こうとしていた傭兵たち。だが次の言葉で傭兵たちは言葉を失った。
「ここから動かすつもりはないよ」
その言葉と共にたちまち豪雨と思える雨が降り注ぐ。
ライは後方に走ろうとした傭兵たちに対して大量の水を生み出したのだ。するとどうなるか。必然的にずぶぬれになるのだ。ただ、そのずぶぬれになることがこの冬の雪山では命取りになる。
「ぐぞぉ!」
水に濡れた傭兵たちは次々と動きを止め、寒さに震えある者は痙攣を起し地面に倒れてしまう。急激な体温低下により心臓に負荷が掛かったためだ。だが、果たして生きていたから幸運だったかというと考えどころだ。周りに生きている傭兵たちだが、数多くが死ぬことになるだろう。濡れた体を温めることもできず、寒さで、水により滑りやすくなった地面に倒れてしまおうものなら、水が付着した衣類はたちまち張り付き、凍傷をおこす。そして、その間にも後方、目の前のライからの攻撃にも対応しなければならない。
後方に走らず、ライを正面から見据えたダートと近くにいた傭兵たちは運よく水を被らなくてすんだ。いや、運よくではなくライは意図的にしたのだ。
「……どういうつもりだ?」
ダートはなぜ全員に水をかけなかったと質問した。ただ殺すだけならば水を浴びせれば殺せたはず。死ななかったとしても有利になっていたことに気がついていた。
その問いにライは答える。
「ん、まあこちらに考えがあるっていうのもあるけど。聞きたいことがあるんだ」
ライはダートのほうを見つつ答えた。とこの時、ダートは気がついた。水を浴びて地面に転がっていた傭兵が動き右手に持っている短剣を動かしていたのだ。
ただ、動きは鈍くまだ数歩分はあるため短剣がすぐに届くことはない。ならばとダートは時間稼ぎのために喋り始めた。
「おめえの名前を教えろよ。これから殺すことになる相手の名前を知らないってえのは可哀想だからなぁ」
この言葉にライは驚く。
「え?もしかしてまだ勝てるつもりでいるのか?」
「あぁ?当たり前だろうが」
「へぇ……まあ、いいや。元々名前を教える気はあったから。俺の名前はライ・ジュリアール。元だけど軍師をしてた。自慢するわけではないけどフェレス王国で有名人らしい。ジュアン帝国では知らないけど」
「なにぃ!?」
ダートは自分から聞いたにもかかわらず驚いてしまった。軍師であり、ライという名前の人物はジュアン帝国でも有名であり、また傭兵の間でも有名だからだ。今回の侵略も知恵袋とも言える軍師が死んだ、あるいは行方不明だからという理由で開始されたとも言われている。
そんな人物が生きていて、しかも目の前に現れるなど悪夢かと考えてしまう。
ライ・ジュリアールという人物の噂が広まったのは先のフェレス王国内乱のとき、とある名のある傭兵団が参加し、負けたことから傭兵内では恐れられる人物として広まった。あるところでは不敗の軍師とも言われている。
驚いているのを見たライは顔をゆがめる。ダートの表情を見てジュアン帝国でも噂は広まっていることを知ったからだ。しかも、あまり良い噂ではないように思えてならない。と、考えていると後ろからピシリッと何かがひび割れるような音がする。
先ほど水を浴びて短剣を握り締めた傭兵が最後の力を振り絞り剣を振り上げたのだ。すでにそこは間合いだった。回避が遅れすぐさま魔法を使おうとしたところで別の声がした。
「ライ!」
上のほうから聞こえてきたと思ったら突然振り上げた傭兵の腕は宙を舞い、鮮血がほとばしる。
その血を後から白帝の魔法を使用してライは防いだ。血も水なのだ、浴びれば自分も危なくなる。
そんなライを見つつ助けてくれた人物に話しかけた。
「ありがとなティア。危なかった」
名前を呼ばれたティアは腕を前に組みつつ注意してきた。
「まったくもう、もう少し警戒しないとだめだよ。ライが強いのは知ってるけど油断は破滅の第一歩だよ?」
「まったくその通りだな。これからは気をつけるよ」
「しっかりしてよね」
まるで午後の昼下がり、二人の男女が日常会話をしているような空気をだしつつ話していく。戦場ではありえない光景。しかし、周りでは動けなくなる。それもそのはず、ライ以上に衝撃的な人物が出てきたのだから。
「あ、あ、あ」
一人の傭兵が何かを言い始めたのでティアは
「ん?」
と顔を向けると、顔を向けられた傭兵は悲鳴を上げるように大声を上げた。ティアを見て
「赤い悪魔だ!」
「なっ!ちょっと!誰が悪魔よ、誰が!」
悪魔といわれたティアは本気で怒っていた。ライもそんな風に言われているのかと驚く。この名前はガリアント平原での戦いが終わった後、各地、隣国に伝えられたライの噂についたものが原因だ。
曰く、常勝不敗の軍師の周りには様々な守護がついている。守護するのは赤い悪魔と銀の死神、不屈の戦神がいると。
なぜ悪魔や死神という言葉がついたのか、それは敵であったリューネリス陣営であった傭兵がジュアン帝国に逃げそこから広まったものだ。それにジュアン帝国が攻める場合にはこの三人と戦うことになり、ライが死んでいたとしてもこの三人とは戦う可能性があったため、要注意人物とされていた。
ちなみに、赤い悪魔はティア、銀色の死神はリエル、不屈の戦神はラッシュだ。他にも色々なあだ名がつけられているが、ジュアン帝国ではこの名前が一番呼ばれることが多い。
赤い悪魔と傭兵が叫んだことにより傭兵たちには再び衝撃が走る。その様子を見てティアは怒りを通り越して、正直落ち込んでいた。
「……私は悪魔じゃないもん。普通の女の子だもん」
ライはいつもの元気なティアではなく拗ねたティアを見て、不謹慎ながらも新鮮味のある態度だと思いつつ慰める。
「ティア、俺もティアはちゃんとした女の子だと思ってるよ。というか、悪魔とかひどいよな。どっからどうみても可愛い女の子なのに、ジュアン帝国には見る目がないみたいだな」
慰めるライ、そして効果は
「!……ライ!本当!?」
効果は抜群だ。
「あ、ああ。もちろんだよ」
でも効果は抜群すぎて突如顔を寄せてくるティアに、顔が近くて戸惑ったライが何とか言葉を搾り出す。
ライの言葉に「可愛いって……ライがそういった」と何を言っているのかは聞こえないが一人ぶつぶつといっており、ただ様子は先ほどよりもよくなったと判断し一応安心するライ。
ただ、ここで注意することを言えばこうだろう。何度も繰り返すがここは戦場であるということを。
「て、てめえら!何いちゃついてんだコラァ!?」
ダートが叫ぶことによりようやく現状を思い出した二人はダートのほうに向き直り話す。
「あ、ごめん」
「……」
ライは素直に謝り、ティアは機嫌が悪そうにダートを睨みつける。その理由が水を差されたからか、悪魔といわれたことによるものかは分からない。
ライは謝罪した後、告げる。
「なら話を戻して、俺はお前らを殺すこともできる。だが、そこの指揮官、確かダート団長だったか。そいつ以外は逃がしても良いと条件次第で思ってる」
このライの申し出に迷いが出る傭兵たち、それもそのはずわざわざ敵である自分たちを逃がすメリットがないのだ。しかも、条件といわれても到底良いものとは思えない。
しかし、傭兵たちは次の言葉を聴いて心は決まることになる。
「条件はこの俺、ライ・ジュリアールがフェレス王国を攻めてくるなら全力で相手をするということ、次にお前ら国に大量のスパイを送り込んでいることを伝えろ。この条件をのめるなら逃げろ。ダート団長意外な」
傭兵達はこの言葉で決意する。ダートを見捨てて逃げるということを。それもそうだろう、あれだけいた兵士がライの水によってほとんどが寒さに無力化され、後方では裏切った氷壁の砦が襲い掛かり、目の前に赤い悪魔とそれを従える軍師がいればたった二人といえども、命が危ない。
傭兵たちはクモの子を散らすように動きはじめた。
それをダートは怒鳴りはじめた。
「おい!おめえらどこに行くんだ!」
しかし、その声を聴いても誰も止まらない。ダートの方針は恐怖政治、恐怖を与えて従わせるもの。だが、ダートの恐怖よりもっと大きな恐怖が立ちはだかるならば、どう行動するか目を見るよりも明らか。恐怖には恭順か逃げるかだ。そして、目の前のライという恐怖は逃げる道を与え傭兵は従った。目の前の恐怖から逃げるために。
辛くも自分の政策を逆手に取られたダート。そんなダートにライは話しかける。
「さて、周りに味方がいなくなったところで悪いけどあんたには死んでもらうことになる。……といいたいけど、まだ分からないんだよね」
ダートはライの言いたいことが分からなかった。ならばなぜ自分を残したのかと。その答えをライは言った。
「あの人たちが自分の手で決着をつけるっていうのも約束だったからさ、ちょうど来たみたいだしね」
そういってライが向けた視線の先には一つの集団が向かってきていた。先頭には氷壁の砦団長、ダンデの姿があった。
目線を向けつつライは告げた。
「あんたにはダンデ団長と戦ってもらう。そこで勝てば今回は逃がしてやるよ。また敵になるなら容赦はしないけど。そして、もし負けたならば……わかるだろ?」
ライは負けたときのことは告げなかった。でもこの話を聞いた者ならば誰でも分かるだろう。
負ければ死。
でもすでにダートには選択権というものは存在しなかったのであった。
まずは謝罪を……本当にごめんなさい。
最近年末のためか飲み会と忘年会と追い込みとで、四日はあけないと宣言していたのに、まさか五日ぶりの更新となるとは……。
活動報告では遅くなるときは書いているのですが、これからも何かあれば書いていくので見ていただけると幸いです。
さて、ではお話について書いていこうと思います。
このオデガ山脈 後編 傭兵団が襲ってきたのですがライの作戦により殲滅することができました。今回の話で部隊戦?みたいなものは終わりました。
ですが、ダートとダンデの戦いが控えております。この二人実は因縁がありまして。。。次の話では決闘が行われますので。
あと、決闘が終わったとは説明といいますが事後処理のお話になります。
年末ということで時間が空きますが、研究はリアルであるので確約できませんが……更新していこうと思いますのでよろしくお願いします。
ではまたお会いしましょう。




