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木鉛綾理EYES-Ⅲ

「困りましたね。どちらにも利益のある提案と自負しておりましたが」

「そりゃ困ってるだろうね。筑波は壊滅、長野では勝ったと思えば陽動だ」

「ご存知でしたか。いや、お恥ずかしい限りです」


筑波研究所壊滅の翌日のことです。

長野県小諸市にある城跡公園で、1つの戦いがありました。

本丸跡に立てられた神社を拠点に「神子光臨」を宣言した集団がいたのです。


城主の末裔という老婆が率いる一党、その名を『浅間党』。

『日高』は大戦力でもって襲撃しました。装甲車の出動を確認しています。


一昼夜に渡った戦い。勝利したのは『日高』ですが。

その城はかつてあの山本勘助が縄張りしたとされるもの。方術的防御に優れます。

100に満たない小勢に対し、かなりの苦戦を強いられたようですね。


落城までの全てが、神子追跡の目を眩ませるための陽動だったのでしょう。

事実、党員の多くが逃亡に成功しています。見事な負け方です。

最後に神社を爆破したことには眉を顰めざるを得ませんが。


『浅間党』。

どこかで『月盟騎士団』と合流するのでしょうか。

それとも、一度きりの傭兵だったのでしょうか。


どちらにしても、『日高』が翻弄されたことに違いはありません。

神子の行方に関しは私たち以上に情報を持っていないことでしょう。


「分不相応なものに手を出すからだね。法に伏して武装解除したら?」

「はは、手厳しいですね。交渉の余地はありませんか」

「国内の本拠地を教えてくれるなら考えようかな。あんたらの滅ぼし方を」

「残念です。重要文化財の保護も申しつかっているのですが」


謝花さんと佐官級との間に満ちるものがあります。

互いに互いを打ち倒したくて堪らない、そんな気配。空気が帯電するように。


「ここでは一般の皆様のご迷惑となりますので……」

「ああ、なら、まずは雑魚を処分しとくね。混んでるし」


言うなり、謝花さんはくるりと一回転しました。その僅かの間に。

右背面の壁に神速の一太刀を繰り出しました。目にも止まらないその一撃。

肘から先が壁の中に消えたのは見間違いではありません。


「この私を前に静止するなど」


遊具の陰で、屋根の上で、路上で。

潜んでいた尉官級の全てが、同時に、縦に両断されました。

足下の影から現れた腕に、それの持つ刀に、音もなく斬られた結果です。


高天流『地影剣』。

地脈を利用して、ここでないそこへ剣を届かせる奇襲剣技です。

3箇所を同時に斬れるのは謝花さんだけですね。言うなれば『三叉抜刀地影剣さんさばっとうちえいけん』。


むくろは周囲の機関員によって迅速に処理されていきます。

『磐梯山』の4度目の抜刀は、一瞬にして、3体の尉官級を戦果としました。

魁尊さんがいたとはいえ、眼前の佐官級がつけ入る隙もありません。流石です。


「……」

「人間ごっこはもうお終いかな? ほら、場所変えないの?」


見たところ5回、佐官級は何かをしようとしました。致命的な何かを。

謝花さんはその全てを目線と肩、足先の動きだけで牽制し、抑えています。

逆に解せば、抑えるのみで討てないということ。佐官級は強力です。


雑踏はその数をさりげなく減じていきます。機関員によるものです。

クレープ屋さんの窓が脈絡のない光彩を映しだしています。霊気によるものです。

きっと空気も張り詰めていることでしょう。そこは殺意の領域となっています。


実力者ですね、この佐官級は。


魁尊さんは何もできません。今動けば、恐らく瞬時にして殺されます。

その隙をもって謝花さんは勝利するでしょうが、それは余りに下策というもの。

東京にあって霊験兵器監視を任じられた者……佐藤義男、ですか。


あ。


小さな女の子が、白い大きな帽子で、白いスカートで、中へ。

心身を毒する空間へ入ってしまいました。機関員は何をしているのです?

ああ、胸を押さえて蹲って……赤い風船がその手を離れ、宙へ。空へ。


機、です。


閃光。耳を劈く金切りの音。

佐藤が眉間からフラッシュを発すると同時に何かで斬りかかったのです。

『磐梯山』が抜き打ちに放たれて一合、返しての二の太刀は回避されました。


それら全てが一瞬の出来事。

その一瞬の後には、ただ魁尊さんが立っているのみです。


佐藤・・は大きく後方上空へ跳躍して避けたのです。明らかに人でないその脚力。

謝花さんもまた消えました。自らの影の内へ沈んだのです。

衆目に映ろうはずもない、認識できないスピードの世界。急転たる展開。


建物の屋根2つ先へ消えようとする影。佐藤。

自動販売機の上へ着地。やはり通常の重さではなく、大きくひしゃげます。

それを一刀両断にしたのは、地から上半身だけ現れた謝花さん。納刀せず。


衆目が集まった時には、既に壊れた自販機があるのみ。

いえ、わずかにスーツの切れ端も残されました。避けきれるものではありません。


軽やかに地を避け、屋根に、木に、壁に、着地点と跳躍点とを同一のものとして。

佐藤という名の佐官級機械化兵が移動していきます。速いです。やはり実力者。

けれどそれが「見える」ということは、謝花さんが追えているということ。


最後に着地したそこは、プールに隣接した、大脱衣場とでもいうべき施設です。

その広い屋根の上に四つんばいで、佐藤は周囲に陽炎を生じさせています。

篭った熱を放射しているのですね。高速移動を連続したためのものでしょう。


10歩ほどの距離を開けて、ゆっくりと謝花さんが出現しました。

高天流『縮地』。通常であれば露出した地面でなければ使えない方術です。

それを彼女は人工物でも可能とします。地脈を泳ぐ剣鬼。それが謝花留美さん。


「抜きなよ、佐藤。一合して断てなかったその得物、見極めてやる」


佐藤は立ち上がり、静かに右手を地に伸ばしました。

袖からスルリと、1本のワイヤーのようなものが垂れました。これは?

雀蜂の羽音を何倍にもしたような、耳鳴りのようですらある音が発生しました。


「高速振動剣か。実用化してたのね」


柔軟だったワイヤーは、振動音を響かせつつ鋼鉄の細棒のようになりました。

それは言わば、1本線の剣であると同時にチェーンソーのようなもの。

霊的な強度も相当のようです。でなければ『磐梯山』を受けて無事など。


正面から左肩に触れるようにしてそれを構え、左手は貫手で腰の位置に。

佐藤は近接戦闘を仕掛けてくるようです。右肩を前に、重心を落しました。


「いいよお、受けてたとうじゃないか」


謝花さんは『磐梯山』を両手で携え、同様に構えます。

右肩を前にして、裏脇構え。刀身を倒して、柄頭を相手に見せ付けるように。


充満する鬼気。


互いにここで勝負を決するつもりのようです。一度動けばどちらかの死。

あの構え……謝花さんが繰り出すのは純粋な剣術でしょう。金剛石すら断つ斬撃。

一方で佐藤の左手が気になります。そのまま突くのか。暗器を出すのか。


どちらともなく、申し合わせたように、静から動へ。

時間が飴のように伸びて、景色が灰色に霞んで、ただ2人の殺意だけが、世界。


どちらも大きく右足を踏み込もうとし、けれど機先を制したのは佐藤。

互いの踏み込み足が地に触れる前に、その口内から射撃したのです。散弾です。

飛び散る鉄片。回避不能の間合い。速度。肉を散り散りに砕くもの。


左から右へ、横に薙ぐ一閃。


霊威の衝撃を伴うそれは、空間すら歪めるようにして、鉄の悉くを払いのけました。

……いえ、相対速度が速すぎました。3片が肩に。腕に。膝に。


それらが傷という結果を出す、その前に。


高速振動剣が首を薙ぐように迫ります。

既に振り切った謝花さんは、それに対して、先刻と同様の横薙ぎを一閃。

左から右へ。体捌き、踏み込みはそのままに、手首だけで刀を戻したのです。


断ちました。

奇妙な軌道で宙へ飛ぶ、高速振動剣だったもの。歪むワイヤー。


上半身に集中する攻防。無防備となった謝花さんの腹部へ。

第二の高速振動剣が突き出されます。佐藤は左手にもそれを忍ばせていたのです。

わずかな抵抗もなく肉を貫くだろうそれを、横薙ぎに一閃。またも。左から右。


三度の左薙ぎをもって、遂に大きく振り切られた『磐梯山』。

ただの一度の踏み込みでそれを為す絶技……いえ、まだ終わりません。

今更のように血を噴かんとする肩、腕、膝を無視して。


手首を、刀を返して。両手の得物を失い体勢を崩した佐藤へ。

美しいまでの躍動でもって、それ以外にあり得ないという洗練された軌道で。


豪なる袈裟懸け。猛々しく。


両断された佐藤が、機械のパーツと油、霊薬を撒き散らして広がりました。

人間を超科学で改造した存在であるところの、『日高』機械化兵。

佐官級ともなると、そこに費やされている希少材料は膨大なものです。

金額にするなら、最新鋭の戦闘機以上でしょうか。


「冥土の土産に知れ。これぞ高天流『虚蝉うつろぜみ』」


未だに稼動していた佐藤が、その首を含む半身が、2度3度と瞬きしました。

……モールス信号ですね。M、I、G、O、T、O。見事、ですか。


「どうも。外部への通信は遮断してるから、個人で楽しんでね」


そう微笑んで、パチリと納刀する謝花さん。

5度目の抜刀は3度目の抜刀と同じく、佐官級をその戦果としましたね。


活動を停止した佐藤を見下ろして、遊園地を見渡す高所に1人。

見上げれば、空に一点、漂うもの。先の風船ですね。色も微かに確認できます。


「新兵器を出してくるなんて、本気も本気だね。気をつけよう、アヤリン」


はい、その通りだと思います。謝花さんが手傷を負う程の脅威です。

油断、予断、共に禁物。日が暮れれば光ヶ丘でも戦端が開かれるでしょう。





深夜の光ヶ丘公園。その北東部。

5台の装甲バスが、照明もなしに、仮設フェンスを破って浸入してきました。

車中から飛び出すなり、整列もなく駆け出す機械化兵たち。一糸乱れず。


総勢200名余りでしょうか。

その内150名程は量産型の機械化兵ですね。人並みの速度で歩道を走ります。

残る50名程は尉官級と見えて、超人的な速度で木々の合間に消えました。


彼らの目標は、公園中央南部に設営された『天桐』の方術拠点です。

東面の区立体育館は人員収容拠点となっており、併せて重要施設となっています。

区内における神子捜索の中心となる場所です。

ここを落とされるわけにはいきません。死守しなくては。


浸入地点との中間には、800メートルトラックと4面軟式野球場があります。

視界の開けたそこには陸上自衛隊から抽出された部隊が布陣しています。


方術戦力と共に巴山薫子さんも居ます。その手には豪炎の大槍『火之迦八号ほのかはちごう』。

霊的武装たる赤甲冑が勇ましいです。トレードマークである黒髪が長く垂れています。


 挿絵(By みてみん)


その一方で。

北西から木々の合間を通る迂回路には、通常戦力の一切を配置していません。

闇夜かつ物陰の多い立体的な戦場は、正に尉官級以上の得意とする戦場なのです。


そこには巴山渚子さんを筆頭に、機関の精鋭戦闘員が展開しています。

けれどもその姿は『遠視』では確認できません。陰に、影に、潜んでいるのです。

一定以上の速度を持つもの同士の闇のゲリラ戦……静かに、激しくなるでしょう。


主戦場を野球場、副戦場を森としましょう。


先端は主戦場にて開かれました。

最初の銃火は自衛隊によるものです。


闇を裂いて、機関銃の火が無数に飛び交います。銃声はどこかリズミカルです。

バリケードを設置し、塹壕を掘っての防御戦闘ですから、極めて有利です。

迫撃砲まで持ち込んでいますから、普通であれば負けるはずもありません。


けれど、相手は普通ではないのです。


死を恐れず、勇猛とはどこか違う突貫が為されました。

集中砲火にさらされても怯みません。腕の動く限り撃ち、脚の動く限り進みます。

3台の装甲バスすら突進させてきました。迫撃砲が2台を爆発炎上させます。


残る1台が遂にバリケードを破壊しました。

即座に囲んだ自衛隊員たちが数名、一瞬で殺されました。四肢が千切れ飛びます。

バスに乗っていたのは……何と、獣です。大きな虎です。LEDの瞳を輝かせて。


切り札の1つと思われます。

動物を強化して戦力とする研究をしていたことは掴んでいましたが、まさかここで。


爆発させたバスのそれぞれにも同じ虎が乗せられていたようです。

1匹は損傷が酷いのか、身動きも出来ずにいます。

もう1匹は、どうしたことか、味方であるはずの『日高』の兵を襲い始めました。


どうやら制御に問題があるようです。敵味方の識別ができないのですね。


こちらの陣深くに入り込んだ虎は、既にして消滅しました。

その口腔から臀部にかけて、『火之迦八号ほのかはちごう』が貫き通したのです。

同時に生じた灼熱の霊炎によって、虎は跡形もなく、気化しました。


勝機です。


混乱の生じた敵勢を遠巻きに、それでいて着実に、効果的に、撃ち倒します。

自衛隊員たちの錬度はとても高いものです。連携が耐久力の差を凌駕していきます。


敵に更なる奥の手は見受けられず。

主戦場における勝敗は決したように思われます。あとは殲滅するのみです。

徹底的に破壊しないと、まるでゾンビーのように攻撃をやめない相手ですから。


副戦場はどうなっているのでしょうか。

現場にいない限り見ることも感じることも叶わない、超人的な戦闘がこの間にも。

よもや渚子さんが遅れをとることはないと思いますが。


けれども、予断は……え?


これは……何?


この感覚は……まさか……いえ、間違いなく、これは!


られている! 『遠視』する私を『遠視』する誰かがいる!!


どこに!?


……い、いた……方術拠点に近い、ゴミ焼却施設の煙突の、その頂点に。

あれは、あの姿は……振り返った。目が、合った?


きゃ、あああああああ!!

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