木鉛綾理EYES-Ⅱ
「やーやー、アヤリン。お久しぶりだ!」
奥庭園でお茶を頂いていると、懐かしい声が聞こえました。
爽やかな笑顔と軽快な足取り。美男子のような容姿と素敵なジャージ。
そしてその手に刀袋……内には地裂の霊刀『磐梯山』。
霊験兵器の使い手、謝花留美さんです。
「何だか大変なことになってるみたいだね」
「はい。私が出ることになりました。シャルさんには―――」
そうお呼びする約束なのです。彼女はあだ名を愛好しています。
「―――即応部隊の隊長をお願いします。4人の部下を率いてください」
「大小の二つ巴に、法力怪僧……あと1人、面白いのがいるって聞いたよ?」
「はい。ええと……あちらにいる彼女です」
能力の説明を求められたことはわかっています。けれど難しいのです。
見ればわかるものでもありませんが、その……特殊性は伝わると思いました。
「……あの猫耳カエル娘?」
古池に蛙、ではなく、池に椋本さんです。
胸に大きく「むむ」と丸っこく書かれた名札を縫いつけたスクール水着。
腰から下を水中にして、ちょこんとしゃがんでいます。猫耳帽子のままです。
「あー、まぁ、うん。OK。天才には2種類いるからね。把握したよ」
以前聞いたことがあります。
人の世を動かす天才には2つの種類が存在すると。
1つは、特化者。生まれ持った才能を偏らせた、極めてバランスの悪い者。
人としての当然を出来ない代わりに、余人に為せない何かが出来る者。
使われ方次第で毒にも薬にもなる者。劇物たるその人。
もう1つは、運命者。後天的に才能を獲得することとなる、選ばれし者。
時代の要請によって生ずる存在。誰もが避ける問題に取り組む者。英雄。
大多数の幸福のためにその身を不幸に沈める者。人を超えてしまう人。
椋本さんは前者である、と見たのですね。
その……不思議な人間性というか、常識に対する独自の見解というか……。
そういった辺りを代償にして、天才的な力を持つと。
……私もそうです。
人としての当たり前が出来ないこの身体に、万妖を屠る霊力を宿して。
「他の面々はもう任務中かな?」
「はい。その帰還をもってシャルさんの部下に配属されます」
「そか。道中で手間取っちゃったからね、私」
四国にいた謝花さん。東京への道程は戦いの連続だったと聞きます。
彼女ほどの実力者の移動を『日高』や妖が見過ごすわけもありませんから。
その過程で殉職した人命は100を下りません。
新幹線、ヘリコプター、自動車なども損壊しました。
一般市民の犠牲も出ていますが、一連の戦災が報道されることはありません。
「磐梯山」が抜刀されたのは3度と記録されています。
1度目に『日高』の武装ヘリを3台撃破し、武装列車を破壊しました。
2度目に『日高』の名古屋における拠点を壊滅させました。
3度目に『日高』の佐官級機械化兵を討ちました。
彼女を止めることが出来るのは、『天桐』でも御門さんくらいでした。
それも幻惑して翻弄するという戦い方をして、です。
正面から力で抑えられるのは私だけです。強力な兵器です、彼女も。
ただし、苦手なこともあります。
今も池の椋本さんに近寄ろうともしません。何かを察知したようです。
カナヅチなのです、謝花さん。
そして椋本さんは誰彼構わず池に引きずり込みます。獲物を見る目です。
空間に緊張の糸が張り巡らされています。俳句魔法だけは止めるつもりです。
間合いを切って、謝花さんが椅子に座りました。
……私を盾にしましたね?
「で、どこへ行ってるの?」
「魁尊さんは遊園地です。御門さんを討った者の痕跡を霊的に調べています」
「なるなる。大巴と小巴は?」
大巴とは巴山薫子さんのことです。
霊験兵器、豪炎の大槍『火之迦八号』の使い手です。
小巴とは巴山渚子さんのことです。
霊験兵器、雷光の大太刀『雷震』の使い手です。
姉妹である2人を合わせて「二つ巴」と呼称することもあります。
息の合った戦い方をします。その際の殲滅力は『天桐』でも群を抜いています。
「御2人は光ヶ丘公園へ行きました。拠点確保のためです」
「苦戦してるんだ?」
「戦端は開かれていませんが、尉官級が多数確認されています」
「それはもう、合戦だね」
その通りです。
神子の足取りが途絶えた練馬区。
その北部に位置する光ヶ丘公園は、今や戦地になろうとしています。
地脈の交差地であり、緑地でもあるそこは、霊的な力が強く作用しています。
歴史を見ると、かつては米軍も長く占有していたようですね。
区内における方術者の拠点に、また、霊的探索の拠点に最適の土地です。
既に光ヶ丘公園を含む広範囲が超法規的に閉鎖区域とされています。
方術による拠点設営も始まっていたのですが、敵も考えることは同じ。
向こうも本腰を入れていますね。
公園北東にある大手レンタル店の店舗を接収し、拠点化したようです。
そこへ兵力を集め、準備が整い次第、攻め寄せてくるのでしょう。
周辺被害を鑑み、公園内での迎撃が第一になります。
陸上自衛隊から選抜した特務部隊が展開を急いでいます。機関の戦力も同様です。
けれど、私たちの戦いには数が大きな意味をなさないのです。
謝花さんの戦果が正にその性質を表していますね。
突出した1に対して、一定以上の差を持つ者が100、200と集まろうとも。
結果が揺らぐことはありません。質が量を圧倒するのみです。
「私には何かないの?」
「では遊園地で魁尊さんに合流してください」
「御門が負けるような敵がいるんだもんね。1人じゃ危ないか」
機関員が多く参加しているので、正確には1人ではありませんが。
その人たちを数に入れられる敵でもありません。
『日高』ではないのです、脅威は。
未だ正体不明の敵……それを探り出すことが即応部隊編成の目的です。
その折伏については私が1人で当たることになるでしょう。
「ムムタンはどうする?」
そういうあだ名に決まったようですよ、椋本六月さん。
「彼女についてはま「お断りだあ」」
ビックリしました。言葉に被せて発言されました。初めてのことです。
池にしゃがんだまま、両手を大きく万歳しています。やっぱり威嚇に見えます。
「我水浴中。我水浴中。埃っぽき姉ちゃんよ、池にはよ。はよ」
「あはは。君は湿りすぎだよ」
「ぷ。乾燥は大敵。くすくす。いと小皺」
「……シャルさん、無言で刀袋の紐を解かないで下さい。それは駄目です」
怒らせました。謝花さんは寛容な方と記憶しているのですが。凄いです。
相性が悪いのでしょうか。椋本さんは水、謝花さんは土の性質です。
土剋水……あるいは土虚水侮。
「アヤリン何でじっと見るの。わ、私、小皺とかないからね?」
「池はよ」
「おいコラ出て来い」
不思議といい勝負になると思えます。凄いです。
相手はあの謝花さんだというのに、椋本さんの態度には威風すら感じられます。
さておき。
こうしている間にも神子は目覚めへの時を刻んでいるのです。
この国の……あるいは世界の秩序を守るため、行動しなければなりません。
「六月さん」
「ムムタンであらまほし」
名前で呼んでほしいと、面接のときに言ったのは椋本さんなのですが。
「ムムタンさんは「ムムタンであらまほし」」
あだ名が気に入ったようです。
謝花さんが「ほほぅ、この良さがわかるか」とでも言いたげな満足顔です。
「……ムムタンは引き続き力の回復に努めてください」
そう、彼女は力の回復方法が水浴なのです。遊んでいたわけではありません。
ここは神宮外苑に位置し、由緒ある強力な地脈を利用できる場所です。
水気を養うに最適な池と言えるでしょう。少なくとも関東においては。
「シャルさんにはこれを」
白地に金糸で目を縫い描いた、小さなお守りを渡します。
中には私の髪が1本、霊力を込めて封入しました。術の媒体となる物です。
「『遠視』か。いよいよ非常事態だね」
「はい。薫子さんにも同じものを渡してあります」
「アヤリンにそこまでさせるんだから、未知の敵さんも大したもんだ」
その通りです。こんなことは初めてです。
けれど、あの御門さんが討たれたのです。逃れるどころか何の連絡もできずに。
出来うる限りの警戒をしなくてはなりません。そして討たなくては。私が。
「遊園地かぁ。何年振りになるんだろ、仕事だけども」
「独り身哀れなり」
「ら、ラブレターとか貰ったことあるしっ」
「男子から?」
「……」
「大丈夫。シャル強い子。まだ若い? そこはかとなく?」
凄いです。謝花さんのあんなに悔しそうな顔、初めて見ました。
深呼吸を1つ、笑顔らしい笑顔で、ビシリと椋本さんを指差しました。
「アヤリンの盾くらいにはなりなよ、ムムタン!」
「いと余裕。我守護者だし、アヤリンの」
今知りました。そしてそのあだ名を使うことにしたのですね、椋本さん。
それじゃ、と振る手も爽やかに、謝花さんは行きました。
都内に入った今は、その移動中にも襲われることはないでしょう。
「あな、いい湯だな状態。働きたくないでござる」
そこ池です。温泉と違います。あと働いてもらいますからね?
見えます。
これは謝花さんのいる場所。彼女を見る視点。
木々の中に色とりどりの遊具、乗り物が並んでいます。人々も嬉しそうです。
楽しげな声も聞こえます。私の『遠視』は聴覚も伴います。
賑わいの中に、時折響く歓声はジェットコースターというものでしょうか。
絶えず聞こえる音色は……謝花さんの口笛ですね? 猫踏んじゃった、です。
遊園地と聞いていましたが、不思議な人たちがいます。
道に陣取って服や装飾品などを売っているのです。たくさんの行商です。
あ、フリーマーケットでしょうか? 聞いたことがあります。
謝花さんが何かを手に取りました。ケープ……いえ、薄いマフラーです。
綺麗な黄色です。300円という手書きの値札がついています。
「ありがとうございましたー」
買いました。そのまま首に巻いて長く垂らします。
季節外れだと思うのですが、それが目立つこともありません。
もっともっと、不思議な格好の人たちが歩いているからです。
カツラでしょうか。赤、青、緑、ピンク……様々に鮮やかな色の髪の毛。
軍服のような服。和服のような服。ちょっと奇想天外な服。
テニスコートもないのにテニスラケットを持った人もたくさんいます。
あ!
これは、もしかして……コープス・スレイヤーという人たちですか?
ちらと聞いたことがあります。面白いです。とても個性的です。
「やあ、魁尊」
謝花さんが手を上げた先には、建物の壁を背に、魁尊さんが立っています。
何と言いますか、普段ほどは目立たずに済んでいる気がします。
ただ……クレープ屋さんはとても愛らしい外装なので、少し違和感があります。
「謝花か。どうしてここへ来た?」
「2人行動のためだよ。わかるでしょ?」
「うむ。2人ならばご当主の手を煩わせずとも済む」
「わかってないし。駄目だよ、私たちはあくまでも露払いだからね」
はい、その通りです。
未知の敵が単独であろうと、複数であろうと、私が1人で戦います。
これはもう決められた事なのです。陛下の御裁可も戴いています。
神国に仇なす万の霊威を討つべし。
私はその為にいるのです。その為の力を持って。
この……幸せな笑顔が花と咲く国を護るのです。綺麗ですから。
「それで? 何かわかったことはあったの?」
「御門が油断なく全力を振るっていたこと、それは確認できた」
遺体と共に回収された人形は、遁甲術を使っていたことを示しています。
魁尊さんが確かめたのは式神ですね? 地脈や霊気を調べればわかります。
全力と言うからには、つまり、御門さんは百鬼を配していたと?
それでいて……敗れたのですか。恐らくは圧倒される形で。
「試しに聞くけどさ、私と魁尊がコンビ組んだとして、全力の御門に勝てる?」
「負けはすまい。だが勝てまい。奴の遁甲術は完璧だ」
「だよね。敵もまた陰陽術の天才か、もしくは未知の看破術の使い手か」
「正直に言えば、儂は未だに納得できんのだ。奴が完敗した事実が」
御門さんの奇門遁甲は正に天才的でした。鬼神すら彼の在所を見失うほどに。
その術を破ることは私でもできません。討つことはできますが。
「確かに。そしてそれは、あちらでも同じみたいだね」
「そのようだ。お主、つけられたか?」
「ノーマークで動けたことなんてないよ」
遊具の裏に潜んで。屋根に伏せて。コープス・スレイヤーさんたちに混じって。
います。『日高』の尉官級機械化兵たちが。1人が近づいてきます。
「お世話になっております。私、こういうものです。宜しくお見知りおきを」
サラリーマン風の……この人は佐官級ですね……男性が名刺を差し出しました。
そこには「日高東京支部後方処理課第七班班長 佐藤義男」と書かれています。
「ふーん、それで?」
謝花さんがニコニコと名刺を見ています。既に刀袋の紐は解かれています。
尉官級たちは今のところ無手ですが、銃器を所持しているのは間違いありません。
魁尊さんは両手を垂らして、謝花さんの横に待機しています。
「この度、『天桐』様にてはご不幸があったとのこと、お悔やみ申し上げます」
「ご親切にどうも。そちらも佐官の鈴木さんが亡くなったようで」
「音に聞こえし『磐梯山』に斬られたとあらば本望でございましょう」
東京への移動中、3度目の抜刀のことですね。
佐官級は『日高』でも数の限られたエリート兵です。単独で戦車も壊します。
1対1で勝てる者は『天桐』でも限られます。魁尊さんは危ないところです。
「ときに、御門様を害した者の見当がついていらっしゃらないご様子」
「あはは、そちらは誰だと思っているのかな?」
どちらも笑顔の会話です。自然体のようでいて、重心は揺らぎません。
「どうでしょう。ここは1つ、お互いの情報を交換してみませんか?」
「お断りだあ、ロボット野郎。妨害と足止めの本音が見えちゃってるよ?」
笑顔のままに。
4度目の抜刀の機会が訪れようとしています。




