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失踪者の銀行  作者: キロヒカ.オツマ―


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22/22

終章 雨のあと

それから、一年が過ぎた。


権田義昭は、あの式典から半年後、贈収賄および特別背任の容疑で正式に起訴された。二十六年前の用地買収における不正な資金の流れは、宮村篤志が発見した資料と、専門家による分析、そして三崎恒之の証言によって、揺るぎない形で立証された。裁判は今も続いているが、地元紙は「有罪はほぼ確実」と報じている。


権田の失脚と共に、彼を通じて銀行に介入していた勢力も、その影響力を大きく失った。表社会と裏社会をまたいで築かれていた歪んだ均衡は、静かに、しかし確実に崩れ始めていた。


高城は、その後の展開を、直接見届けたわけではない。工場跡地の女からの、途切れ途切れの連絡を通じて、断片的に知るだけだった。


「銀行は、今も存在しています」


最後に届いたメッセージには、そうあった。


「ですが、以前とは違う形に、少しずつ生まれ変わろうとしています。逃げ場のない人間に、逃げ場を与えるための、本来の仕組みへと」


それが、本当のことなのか、あるいは慰めの言葉なのか、高城には確かめる術がなかった。ただ、それでいいのだと、高城は思うようになっていた。銀行の行く末を見張り続けることは、もう、自分の役目ではない。



三崎恒之は、事件の報道から三ヶ月後、静かにこの世を去った。


高城が最後に見舞ったとき、老人は、ベッドの上で、穏やかな表情を浮かべていた。


「紗季が、会いに来てくれた」


恒之は、そう言って、涙を流した。


「二十六年ぶりに、娘の顔を見た。あの子は、もう、あの頃の少女じゃなかった。立派な、母親になっていた」


「何を、話されたんですか」


「多くは、話さなかった。ただ、一緒に、庭を歩いた。それだけで、十分だった」


恒之は、高城の手を、震える手で握った。


「ありがとう。あんたのおかげで、私は、娘ともう一度会うことができた。これで、心置きなく逝ける」


その一週間後、恒之は、静かに息を引き取った。葬儀には、高城も参列した。だが、紗季の姿は、そこになかった。高城は、それでいいのだと思った。彼女には彼女の、守るべき生活がある。



宮村篤志は、事件から半年後、新しい仕事を始めた。かつての建設コンサルタント業界を離れ、地方自治体の不正を監視する、市民団体の職員として働き始めたという。


「あの経験があったから、今の道を選べたんだと思います」


年賀状に添えられた、篤志からの一言に、高城は静かに目を細めた。


宮村由紀からは、時折、近況を知らせる手紙が届く。両親は、今も、あの田舎町の実家で、穏やかに暮らしているという。



苑田は、権田の起訴が決まった半年後、施設で静かに息を引き取った。


高城が最後に会いに行ったとき、老人は、車椅子の上で、窓の外の庭を眺めながら、こう言った。


「私は、間違った仕組みを作ってしまったのかもしれない」


「そんなことは――」


「いや」苑田は、静かに首を振った。「善意から始まったものが、時を経て、悪用される。それは、人間が作るあらゆる仕組みに、共通する宿命なのかもしれないな」


苑田は、しばらく沈黙した後、続けた。


「だが、あんたのような人間が、それでも、真実を追い続けてくれる。それだけで、私は、少しだけ救われる気がするよ」


それが、高城が聞いた、苑田の最後の言葉だった。



その年の秋、高城は、久しぶりに、あの地方都市を訪れた。


紗季の家の近くまで来ると、以前と変わらない、静かな住宅街の風景があった。高城は、家の前までは近づかなかった。ただ、少し離れた場所から、その家の様子を、遠くに見つめた。


庭で、子供たちが遊んでいる。紗季らしき女性が、洗濯物を干しながら、時折、子供たちに声をかけている。穏やかな、何気ない日常の光景だった。


高城は、その光景を、しばらく見つめた後、静かに踵を返した。


もう、彼女に会う必要はない。


彼女は、彼女自身の人生を、確かに生きている。それを、遠くから見守ることができれば、それで十分だった。



事務所に戻った高城は、デスクの引き出しから、あの色褪せた新聞の切り抜きを、もう一度取り出した。


《市内の高校一年生・少女、下校途中に消える》


高城は、その切り抜きを、長い間見つめた後、静かに、一枚の新しい紙を、隣に並べた。それは、紗季から届いた、あの手紙だった。


「あなたが見つけてくれた"今の私"は、幸せです。それだけで、十分なんです。」


二つの紙を並べて見つめながら、高城は、静かに思った。


失踪とは何か。 人は、どこまで自分の人生を手放せるのか。 そして――見つけ出すことは、いつも救いなのか。


その答えは、一つではない。Eにとって、銀行は救いだった。Fにとって、それは人生を奪うものだった。紗季にとって――それは、痛みと共に、確かな幸せをもたらすものだった。


人の数だけ、答えがある。


高城は、その事実を、ようやく、静かに受け入れられるようになっていた。



事務所のドアが、軽くノックされた。


「どうぞ」


高城が答えると、ドアが開き、一人の若い男が、緊張した面持ちで入ってきた。


「あの……人を探していただきたいんです」


高城は、静かにノートを開いた。


「どうぞ、おかけください」


窓の外では、秋の陽射しが、雑居ビルの三階の窓辺に、静かに差し込んでいた。


高城恒一の調査は、まだ終わらない。


これからも、彼は、誰かの「いなくなった理由」に、耳を傾け続けるだろう。見つけることが、必ずしも救いにならないとしても、それでも、真実を求める人々のために。


雨は、もう、上がっていた。

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