第一話 勇者くん、私のこと好きだよね?
気が向いた時に更新していきます。よろしくお願いします。
俺は勇者だ。世界を救うのが仕事だ。
……なのに、隣にいる魔女の機嫌だけは、何をどうやっても救うことができない。
冒険都市アステルベル、朝のギルド。
魔王はまだ元気に生きてるし、勇者たる俺、レオ・アルディスは今日も討伐には向かわない。代わりに、隣でミゼルが俺の腕に抱きついている。可愛いが、握力が熟練冒険者のそれだ。
「勇者くん、今日も私だけを見ててね」
「善処する」
「勇者くんさぁ、善処するって言って、守られたことあんまりないよね?」
……朝から、もうこれだ。
念のために言っておくと、俺は強い。剣も魔法も、たいていの魔物も相手ではない。ついでに、打たれ強さには自信がある。心も身体も、たぶん人間をやめている。
ただ、こいつにだけはいまだに一度も勝てたことがない。
で、その「勝てない」が発動するきっかけが、毎回しょうもないものなのだ。
今回のきっかけは落とし物だった。
ギルドの床に誰かが財布を落としていた。俺は迷わずそれを受付に届けた。理由は勇者だから。世界を救う前に落とし物ぐらいは救う。
「あ、それ昨日の冒険者さんのです。ありがとうございます、レオさん!」
受付嬢のティナがぱっと笑った。仕事ができるし、愛想もいい。
「ついでに、こちらもよかったら。旅のお守りです」
「ありがとう、助かるよ」
落とし物を届けた礼に、お守りを一つもらう。世界でも上位に入る、平和なやり取りのはずだった。
気づけば隣の気温が三度下がっていた。
「……ふうん」
(出た)
「勇者くん。私ね、怒ってないよ」
「怒ってる時の第一声だろ、それ」
「他の女の子から、お守りなんてもらうんだ」
「もらうっていうか、礼儀として……」
「礼儀ならどんな女からでも受け取るんだ」
「いや誰からでもは受け取らないけど」
「じゃあティナさんは受け取る側の女なんだ」
「その言い方は字面だけでティナさんと勇者の名前の風評被害になるからやめろ」
「私のお守りは?」
「……お前、俺にお守りくれたこと、あったか?」
「欲しいって言われないと、あげちゃいけないと思ってたの。でも勇者くんは言われなくても受け取るんだね。受け取る側の女のティナさんのは」
(理不尽の精度が高い。こいつ、本職の魔女より詰問のほうが才能あるんじゃないか)
「……ねえ、勇者くん。そもそも私のどこが好きなの?」
(どう答えても死ぬだろこれ。俺は何を言えばいいんだ?)
「……支援魔法が、すごく頼りになる」
「能力目当てなんだ」
「顔も、可愛いと思ってる」
「身体目当てなんだ」
「せ、性格も……その、一途で。安心するというか」
「この性格を好きって言える人、逆にちょっと怖くない?」
「お前がそれを言うのかよ!! 自分で出題して自分で減点する試験があるか!!」
思わず大声を出してしまう。気付けばギルド中が、こっちを見ていた。
ミゼルはぷいと顔をそむけて、それから小さく言った。
「……お守りなんて。私が毎日かけてる加護のほうが、ずっと強いのに」
本気で、ちょっと寂しそうに言うものだから。
俺はこいつの面倒くささに、たまに、本当にたまに、勝てなくなりそうになる。
◇
喧嘩が一区切りついた頃にはもう昼前だった。痴話喧嘩で午前を溶かす勇者パーティー。世界を救う気があるのだろうか。
ギルドを出ようとして、入口で行商人とすれ違った。フードの女が小瓶を売っている。すれ違いざま、やけに甘い、いい匂いがした。
「お疲れの冒険者さんに、一ついかが?」
「いや、間に合ってる」
断って、外へ出た。
この時、もう少しこの女を気にしておけば、午後あんなことなることはなかった。が、俺は気にしなかった。理由は間に合っていたから。
掲示板の前で、ティナが依頼を案内してくれた。
「最近、腕利きの冒険者さんが、立て続けに『腑抜け』にされてるんです。気づいたら路地で気絶してて、お金も装備も、ぜんぶ巻き上げられてて」
「被害者の共通点は?」
「それが……みんな男の人で、誰も犯人の顔を覚えてないと言うんです」
隣で、ミゼルの目がすっと細くなった。
「……女が、男だけを、狙ってるんだ」
なぜか、ちょっと嬉しそうだった。同類を見つけた顔なのか、獲物を品定めする顔なのか、判断がつかない。
しかし、腕利きの冒険者を狙った強盗か。勇者としては放っておけない話だ。
「ミゼル、行くぞ」
「ふーん。受け取る側の女のティナさんと行けば?」
「しつけえな!?」
まだ言ってる。事件はこの周りで起きてるんだぞ。
◇
調査は、まあまあ順調だった。
最初の被害者が通っていたという酒場で、女将に話を聞こうとした。正確には、聞こうとした。
「女将さん、最近この辺で……」
「その質問は私がするね。勇者くんは黙ってて」
ミゼルが俺の前に体を割り込ませた。女将は苦笑いしている。聞き込み相手が女だと、俺に喋らせてもらえないらしい。事件の捜査効率より、優先すべきことがあるようだ。
路地でチンピラ三人にからまれたが、抜かずに峰で片付けた。ミゼルの結界が一瞬で退路を塞ぎ、俺が殴る。連携は、悔しいくらい噛み合っている。喧嘩してても、戦闘だけは息が合うのが俺たちの救えないところだ。
「ね、見た? 今の私の結界」
「見た見た。優秀優秀」
「……雑に褒めたね」
日が傾いた頃、効率を考えて二手に分かれることにした。広い街を二人で固まって回っていても埒が明かない。
しかしミゼルは、当然のように渋った。
「やだ。離れない」
「じゃあ事件いつ解決するんだよ」
さんざん粘って、最後に条件を出してきた。
「……三十分おきに。今どこにいて、誰といるか、ぜんぶ報告して。守れたら許してあげる」
監視では? と思ったが、口には出さなかった。減るものでもないし、なにより俺は、約束を破らない男だ。律儀さには、自信がある。
まさかこの律儀さが、後で俺を助けることになるとは。
そんなわけで、一人で裏路地の聞き込みに回っていた俺の前に、また、あの甘い匂いがした。
「あら、勇者さま。やっぱりお疲れみたい。一ついかが?」
行商人の女……セレネ、と名乗った。差し出された小瓶の蓋を、なぜか俺は断れなかった。
ひと嗅ぎして、俺は確信した。
セレネさんは、世界で一番、信頼できる人だと。
なぜそう思ったのだろうか。理由は自分でもわからなかった。でも、たぶん本当のことだった。彼女についていくのが、今この瞬間、世界で一番正しいことに思えた。
「こっちへどうぞ、勇者さま」
「うん」
俺はふらふらと、セレネさんについていった。
三十分おきの報告のことなんて、頭から、きれいに消えていた。
◇
後で聞いた話だが。
その時刻、ミゼルは広場で待っていた。二回目の報告の時間。だが俺は来なかった。
レオが報告を忘れたことなんて、一度もない。律儀だけが取り柄の男だ。それが来ない。
「……おかしい」
ミゼルは、待たなかった。すぐに探しに出た。
そして裏路地の角を曲がったところで、見たらしい。俺が、見知らぬ女に笑いかけて、ふらふらとついていく姿を。
近くにいた冒険者たちは、口々に言った。「えっ、勇者さん、ナンパ?」「あの堅物が?」
みんな、油断していた。誤解した。
ただ一人、ミゼルを除いて。
「レオが? 私を置いて? 自分から? 女に?
笑いかけて? ついていっている?」
「あの朴念仁が? 自分から? ……ありえない。死んでもありえない」
ぞっとするほど静かな声で、こう続けたという。
「つまり、何かされてる。あの女、レオに何をした?」
普通の嫉妬なら、ここで泣くか、怒鳴るかするだろう。ミゼルは違った。世界で唯一、俺の異常を『事件』として検知できる人間が、もう走り出していた。
俺がセレネのアジトである廃倉庫で、財布を差し出していたところへ、扉が、結界ごと吹き飛んだ。
「レオ」
「……誰だ、君は」
我ながら、最低の一言だったと思う。
セレネが笑った。
「無駄よ。その人、もう私のものだもの。あなたの声なんて、もう」
ミゼルは、セレネを見もしなかった。まっすぐ、俺だけを見ていた。
「ねえ、レオ。私以外に見惚れていいなんて、私、一度でも言った?」
静かだった。怒鳴りもしない。ただ、その指先から漏れる魔力が、倉庫の空気をびりびり鳴らしていた。
「いいから思い出して。あんたの隣にいたのは、ずっと私だけだったでしょう」
頭の奥にかかっていた甘い靄が、彼女の声で、上書きされていく。魅了が、もっと重い何かに、塗り潰されていく。
視界が戻った時、セレネは腰を抜かしていた。
「な、なに、この魔力……解呪じゃ、ない……上書き……?」
「私の解呪、優しくないの。ごめんね」
全然、ごめんと思ってないような顔だった。
その後のことはあまり覚えていない。倉庫の壁が二枚なくなって、隣の広場の屋台が、巻き添えで吹き飛んだ。セレネは衛兵に引き渡された。街がちょっとだけ、破壊されていた。
◇
魅了から完全に戻った俺は、軽く首を回した。
「いやー、危なかった。死ぬかと思ったわ。腹減ったな」
本気で死にかけたのに、もう飯のことが気になって仕方がない。我ながら、メンタルがたぶん魔王より頑丈だ。
「……勇者くん。私が、命懸けで、助けたんだけど」
「おう、助かった。お前、嫉妬深くて助かるな」
三度、気温が下がった。
「……それ、褒めてる?」
「最大級にな」
殴られた。頑丈でよかった。
騒ぎが収まった頃、ティナが駆け寄ってきた。
「ミゼルさん、あの……すごかったです。レオさん、助けてくれて、ありがとうございました」
ミゼルは、毒気を抜かれた顔で、ぷいと横を向いた。
「……べつに。レオのついでよ」
……和解したらしい。たぶん。今の「べつに」は、機嫌がいい時のやつだから。長く一緒にいるからわかる。
「でもまあ、ティナのお守りより効いたな」
「……なにが?」
「お前の加護」
「……ふうん」
その“ふうん”は、朝の三倍くらい機嫌がよかった。
後日、ギルドから倉庫と屋台の修繕費の請求書が届いた。けっこうな額だった。
「なあミゼル、これ……」
「誰のために暴れたと思ってるの?」
「ぐうの音も出ない」
——こうして今日も、街が少し壊れ、特に世界は救われなかった。
魔王は今日も元気にしているらしい。




