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第11話 監視者の娘と、真実の燃料

 扉が閉まった瞬間、外の羽音が、壁の向こうで一度だけ暴れた。

 白い光が走り、探るみたいに揺れて――それから、遠ざかる。

 通路の空気は冷たい。乾いている。

 ヒタカミの地下みたいに油がべったり貼り付かない。

 その違いが、シノの喉を少し楽にした。

「……ここ、どこ……」

 声に出すと、反響が小さく返った。

 カジカは、振り返らずに歩く。

「私の作業場所。……“点”の一つ」

 細い非常灯の下、黒い扉が見えた。

 扉の端に、カエルのステッカーが貼ってある。

 しかも藤色。やたらと丁寧に、角まで空気を抜いて貼られたやつだ。

 シノは思わず見つめた。

「……カエル、藤色……?」

 カジカが、ほんの一瞬だけ目を細めた。

 恥ずかしいものを見られた顔だ。

「目印ね。……それと、趣味」

「趣味……」

「地下に作っているのには理由がある。地上は目が多い。光も記録も、全部残る」

「地下だと、残らないの?」

「確実ではないけど、地上よりはマシ。センサーの“仕様”が違うから。……あとは、音が溜まる。ノイズも溜まる」

 カジカは扉の認証部に、掌サイズの薄い板を当てた。

 青い光が一瞬だけ走り、扉が静かに開く。

 中は、工房だった。

 机。工具。薄い発光素材。透明板。ケーブル。

 そして壁一面に、同じ藤色のカエルステッカーが、点々と貼られている。

 アオが、鼻を鳴らす。

「……“点”って言ったね。ほかにもあるの?」

「ある。監視の保守拠点として、いくつか点在してる。……ここはその一つ……でも、ここは私の“逃げ場所”でもある」

 言い切ったあと、カジカはほんの少しだけ言葉を遅らせた。

「藤色は……落ち着く色だから」

 シノの胸が、ちく、とした。

 ヒタカミのラジオの声を思い出す。

 霧の向こうで、寄り添う声。藤色の声。

 ――でも、今それを口にしたら、何かが崩れそうで。

 シノは飲み込んだ。

 代わりに、息を吐く。

「……ここにいれば襲ってこないの?」

「しばらくはね。さっき使った攪乱フィルムは効果が短いから。もういまは外で探してる」

 カジカが机の端の表示板を指で叩く。

 地上の地図が、薄い線で浮いた。

 白い点が、いくつも動いている。追跡機の巡回だ。

 シノは、自分の義手のホログラム地図を見た。

 同じ線。少し簡略化された表示。

 でも、確かに“道”が見える。

「……腕の地図と、つながってる?」

「そう。あなたの腕は今、私の“外部端末”にもなってる」

 言い方が冷たい。

 なのに、手つきだけは丁寧だ。

 アオが、床を軽く蹴った。焦りが音になる。

「で。いつまでここにいられる?」

「長くは無理。地下でも、追い詰めれば入ってくる」

「じゃあ、次は?」

「次を決める前に――」

 カジカは、シノの義手の側面を見た。

 青い計器。

 そこに、まだ微かな脈。

「“呼ぶ”もの。……父が仕込んだ」

「先生が……」

「通信に使う。いまなら、繋げる」

 カジカの指が、ためらうみたいに一瞬止まった。

 しかし、すぐに動かすと、道具箱の奥から小さな端子を取り出し、義手の内側へ差し込む。

 ピ、と乾いた音。

 次に、ノイズ。

 低周波じゃない。通信のノイズ。

『……聞こえるか』

 声が、来た。

 霧の匂いが混じった声。

 ムジカの声だ。

 シノの喉が鳴る。

「先生……!」

『シノ。……生きてるな』

「……はい。なんとか」

『外に出た匂いがする。……やっぱり、鼻はごまかせないか』

 軽口。

 でも、その軽口の奥が硬い。

「匂いって、通信ですよ?」

『比喩だ、比喩』

 カジカが、小さく息を吸った。

「……父さん」

『……久しぶりだな、カジカ』

 その一言だけで、空気がぎくりと固まった。

 久しぶり、という言葉が、距離そのものだ。

「久しぶり、で済ませるんだ」

『済ませる気はない。……ないが、ただ、今は時間がない』

 ムジカの声が低くなる。

『塔が、動き始めてる』

 シノの背中が冷えた。

 蒸気レンズ塔。

 街の中心。光と音と“安心”の中心。

「……塔が?」

『ああ。再起動の段取りだ。……“安心”を強くする。お前らが外に出たのが、相当効いたらしい』

 カジカが、机の表示板を睨む。

 白い点が増えている。地上の追跡機が、密になる。

「施設は、外の追跡機も動かしてる。……父さんが言ってた通り」

『言ってた通り、じゃない。……俺も、お前も、その側の人間だろ』

 カジカの指が、ほんの少しだけ震えた。

 怒りでも、痛みでもなく。

 “認められたくない事実”に触れた震え。

「……私は、監視側。……でも」

『でも、何だ』

「でも――いまは、こっちにいる」

 一拍。

 ムジカが笑ったのか、ため息なのか、判別できない音が混じった。

『……そうかい』

 その短さが、逆に刺さった。

 アオが、横から口を挟む。

「あんたがムジカ先生だね。聞きたいことがあるんだけど」

『狼の団長か。……アオ、だったな』

「……ミズキって名前、知ってる?」

 その問いが落ちた瞬間、工房の空気がさらに重くなった。

 シノはアオを見る。

 アオの目は、笑っていない。いつもの余裕もない。

「団を作る前に、俺の背中を押した“相棒”だ。カエルくんの正体が外の人間だったなら、ミズキも……」

 アオは噛むみたいに言葉を選ぶ。

「本当にいるのかも、生きてるのかも、わからない。……でも、礼を言いたい。だから探したい」

 ――言い切ってから、アオは息を吐いた。

 言葉にすると、ますます重くなるのに。

 それでも言う。

 それがアオの芯だった。

 カジカが、申し訳なさそうに目を伏せた。

「……ごめんなさい」

 声が小さい。

「私の人脈には、少なくとも“ミズキ”はいない。データベースにも、照会に引っかからない」

 アオの喉が動いた。

 怒るでもなく、落ち込むでもなく。

 ただ、受け止める。

「……そうか」

「でも」

 カジカが続ける。

「“いない”ってことは……名前ごと、消された可能性がある」

 シノの背中に、ぞく、と寒気が走った。

「……消す?」

『……そういうことだ、シノ』

 ムジカの声が、少しだけ苦くなる。

『記録合金は、“記録媒体”じゃない。――集団の記憶を束ねる装置だ』

 シノは、義手の青い計器を見た。

 脈打つ光。

 最初に拾った小さな金属片。

 あれが、街の“音”の裏にいた。

『塔の中核にも、同じ素材が使われてる。音と光と匂いと、ありとあらゆる“安心”の刺激を、記録合金でまとめて、上書きする』

「上書き……」

『“違和感”が出た瞬間に、別の安心で塗り潰す。人間はそれで、納得する。……納得したいからだ』

「……じゃあ、ミズキも」

『存在を消された。記録を剥がされた可能性がある。……街の中からも、人の口からも、紙面からも、消える』

 シノの耳が熱くなる。

 息が浅くなる。

 でも、視界は曇らない。

 ――獣人は暗示が効きづらい。

 ムジカが言っていた理由が、今、身体でわかる。

 “安心”は、優しく触れてくる。

 けれど、シノの中のどこかが、触れられると逆に怒る。

 タヌキの鼻が、地下の湿り気の中に混ざる、地上の匂いを拾った。

 草。水。風。

 外界の匂い。

 それが、シノの意識を繋ぎ止める。

「……じゃあ、私が見てきたものも」

『見てきたものは、お前のものだ。だから、“燃料”になる』

 ムジカの声が、少しだけ柔らかくなる。

『真実は強い燃料だ。……それを、お前はもう知ってる』

 カジカが、唇を噛んだ。

 言いたいことがあるのに、言えない顔。

「父さん。……私、知らなかったわけじゃない。……でも、目を逸らしてた」

『知ってたなら、もっと早く』

「わかってる」

 硬い。

 久々の会話は、かみ合っているのに、かみ合わない。

 それが、親子の距離だった。

 ムジカが、低い声で続ける。

『シノの義手に仕込んだのは、“呼ぶ”だけじゃない。記録合金の“読み出し”ができるようにしてある』

「読み出し?」

『塔が上書きした“安心”の層の下。……押し込めた記憶を、拾える』

 カジカが目を見開く。

「そんな機能……父さん、本気で」

『本気だよ。……だから、お前も本気を見せろ』

 カジカの指が、机の端を強く押さえた。

 白衣の袖が、わずかに汚れる。

「……私の監視端末は、まだ生きてる」

「え……」と、シノが息を漏らす。

 カジカは、淡々と言った。

「私は“監視者の娘”だから。……私の視界も、音も、ある程度は施設に流れてる」

 言葉は冷たい。

 でも、目は苦しい。

 アオが、低く唸る。

「じゃあ、さっきの追跡も」

「間接的には。……私が直接、位置を送ってるわけじゃない。でも、私が動けば、ノイズが出る。ノイズは見つかる」

 沈黙。

 地下の空気が、重くなる。

 カジカは、そこで初めて、シノをまっすぐ見た。

「……信じなくていいって言ったよね。いまも、それは変わらない」

「……」

「でも、あなたが外に出た瞬間、塔の“安心”が揺れた。……それは事実」

 カジカは、小さく息を吐く。

「揺れたのに、私は……嬉しかった」

 その一言が、人間の温度だった。

 監視側の言葉じゃない。

 カジカは、机の奥から、薄い金属の棒を一本取り出した。

 先端が赤く発光している。切断工具だ。

「……私の監視回線を切る」

「切れるの?」

「切れる。……でも、戻れない。戻った瞬間、回収される」

「……それでも?」

 シノが問う。

 カジカは、わずかに笑った。

 痛い笑い。

「私は、あの子を止めるところまで行かせた。……責任がある」

 “あの子”――カエルのカジカ。

 その言い方が、優しくて、苦しい。

 次の瞬間。

 カジカは、白衣の内側――首元の小さな端子に、工具を当てた。

 ジ、と短い焼ける音。

 焦げた匂い。

 肌が焼ける寸前の匂い。

 カジカの眉が一瞬だけ歪んだ。

 でも、声は出さない。

 出したら、負けるみたいに。

 青い光が、首元で一度だけ走って――消えた。

 机の表示板の端で、小さなアイコンが灰色になる。

 “LINK:OFF”。

 カジカの口元だけが、かすかに緩んだ。

「……これで、私は完全に“裏切り者”」

 その言葉に、アオが鼻を鳴らす。

「いいね。……怪盗としては、そういうの嫌いじゃない」

「嫌いじゃない、で済ませないで」

「済ませないよ。だから、働いてもらう」

 アオの言い方が、少しだけいつものアオに戻る。

 それが救いだった。

 シノは、自分の義手を見た。

 地図。シールド。通信。

「……じゃあ、いまのうちに動こう。地図、使える」

 シノが掌の縁に触れる。

「シールド――」

 薄い膜が、工房の入口に一瞬だけ広がる。

 空気が撓む。

 外のセンサーの“目”を、少しだけずらす膜。

 カジカが、頷いた。

「そのシールドなら、巡回の隙間を抜けられる。……あなたの縦の動きと、アオの横の動きが必要」

「段取りは?」

 シノが言うと、カジカはほんの少しだけ笑った。

「段取りは、私が描く。……でも、決めるのはあなたたち」

 その言葉が、妙に重い。

 支配じゃない。

 押し付けじゃない。

 “共闘”の言い方だ。

 ムジカの声が、通信の向こうで短く割り込む。

『……シノ。ひとつ言っておく』

「はい」

『獣人は暗示に向かない。……だが、お前の義手は“拾う”』

「……」

『記録合金を入れた義手は、塔の“安心”を拾いやすい。――受信機になる』

 シノの喉が鳴る。

 怖さが、形を変える。

 握れる怖さになる。

 そのとき――。

 義手の奥で、青い計器が強く脈打った。

 ピッ、ピッ、ピッ。

 速い。さっきより速い。

 そして、耳の奥に、あの声。

【――安心、供給。最大出力。】

【――違和感、補正。優先。】

 貼り付く声が、はっきりした。

 命令の形をしている。

 その瞬間、遠くのどこかで、街がまた“施設”になる。

 シノの視界が、ほんの一瞬だけ白む。

 霧の白じゃない。

 光の白。

 “正しい”と塗り潰す白。

 その白は、視界だけじゃない。

 街全体の“温度”まで、同じ色に染めようとする。


* * *


 ヒタカミの霧は、何事もなかった顔をして流れていた。

 蒸気はいつも通り、配管の腹を撫でる。

 けれど街は、まだ“戻って”いなかった。

 屋台の呼び声も、歯車の賑わいも、ひどく控えめで、子どもたちの声も遠い。

 さっきまで霧の上に貼り付いていた羽音が、耳の奥にだけ残っている。

 その羽音が――ふっと、抜けた。

 追跡機が、撤退していく。

 ひゅ、と風みたいな音だけ残して、霧の上へ吸われていった。

「……おいおい」

 タキシタは口を開けたまま、その黒い点を見送った。

 あれだけ仕事みたいに追ってきたのに。

 あれだけ“段取り”を揃えてきたのに。

 撤退が、あまりに綺麗すぎる。

 次の瞬間。

 頭の奥で、白いものが降りた。

 霧の白じゃない。蒸気の白でもない。

 “正しい”って顔をした白。

 耳の奥で、あの音が鳴る。街じゅうに、同時に落ちる音。

 ――安心。

 それから、遅れて日常が戻った。

 屋台の鐘が鳴り、露店の親父が怒鳴る。

「さぁさぁ、寄ってらっしゃい!」

 子どもの笑い声が弾む。

 “最初からそうだった”みたいに、霧がそれを包み込む。

 タキシタは胸ポケットの手帳を探った。

 指先が紙を擦る。

 書いたはずのメモが、そこにあるはずで――

 ページを開いた瞬間、喉の奥がひゅっと鳴った。

 文字は、そこにある。

 インクもある。字面も、間違いなく自分の筆跡だ。

 なのに。

 意味だけが、するりと滑った。

 名前が、引っかからない。

 書いたはずの“誰か”が、紙の上でただの線になる。

「……なんだよ、これ」

 喉だけが、妙に痛い。

 叫んだ。確かに叫んだ。

 誰かを行かせた。確かに行かせた。

 なのに、名前が出ない。

 代わりに、言い方だけが残っている。

 残り方が、刺さり方が、妙に生々しい。

「……嬢ちゃん」

 それだけが口から漏れた――瞬間、喉の奥に白い痛みが刺さった。

 タキシタは手帳を閉じた。

 閉じたのに、指が震えている。

 日常に戻った街の音が、やけに遠かった。


* * *


 ヒタカミタイムス事件部。

 夜の照明は黄色く、紙の匂いとインクの匂いが濃い。

 窓の外の霧が、ガラスにぬるく貼り付いている。

 アグサはコーヒーを一口飲んで、机に肘をついた。

 徹夜の目。三白眼の奥に、乾いた熱。

 原稿の赤入れが終わらない。終わる気配もない。

「……最悪」

 さっきまで赤を入れていた行の固有名詞だけが、目を戻した瞬間、きれいに抜け落ちていた。

「……ん?……見間違い?」

 ぼやいて、もう一口。

 苦味が喉を滑って、頭が少しだけ動く。

 引き出しを開けたのは、ただの癖だった。

 ペン。メモ帳。砂糖のスティック。

 ……その奥に、紙袋。

 手が止まった。

 紙袋の中から、甘い匂いが漏れてくる。

 焼けた芋の匂い。

 コーヒーとは別の“甘さ”。

「……何これ?」

 アグサは、袋をつまみ上げた。

 ずしり、と重い。

 焼き芋が一本、ちゃんと入っている。

 冷めきってはいない。まだ温度が残っている。

「誰のだったかしら……?」

 口に出した瞬間、胸の奥が、きゅっと縮んだ。

 思い出せない。

 当たり前みたいに、思い出せない。

 事件部で、焼き芋。

 この組み合わせ、変だ。

 変なのに、妙に馴染む。

 馴染むから、余計に苦しい。

 アグサは眉間に皺を寄せた。

 頭の奥で白いものが、また降りかけている感覚。

 “考えるな”って言われているみたいな圧。

「……は?」

 思わず悪態が漏れる。

 怒りで押し返すと、白が一瞬だけ薄くなる。

 引き出しの底に、小さな紙が落ちていた。

 メモ用紙の切れ端。鉛筆の走り書き。

 ――「冷ましてから」

 それだけ。

 アグサは、その文字を見つめた。

 読める。意味も分かる。

 なのに、誰の癖か分からない。

 分からないのに、心臓だけが知っているみたいに跳ねる。

 苦しい。

 でも、目を逸らせない。

 アグサは焼き芋を机に置き、メモを指で押さえた。

 証拠品みたいに。

 記事にできない“何か”みたいに。

「……忘れるわけないでしょ。こんなの」

 小さく言った。

 言ってしまった。

 言った瞬間、また白が降りる。

 でも、メモの紙は消えない。

 芋の匂いも消えない。

 コーヒーの苦味に混ざって、甘さが残る。

 アグサは、引き出しをそっと閉めた。

 閉める手つきが、やけに丁寧だった。

 ――思い出せない。

 けど、引っかかる。

 引っかかるのが、痛い。

 痛いのに、離したくない。

 霧の向こうで、蒸気レンズ塔が青く満ちる。

 “安心”の音が、街へ降りる準備を整えながら。


* * *


 ――危ない。

 シノは、息を吸った。

 鼻で、匂いを探した。

 草。水。風。

 外界の匂い。

 それを胸いっぱいに吸い込む。

「……私は、ここにいる」

 自分に言い聞かせるみたいに言うと、白みが少し引いた。

 カジカが、すぐに義手の端子を叩く。

「受信を絞るよ。……でも、限界がある。塔が本気になったから」

 カジカの声が硬い。

「時間がない」

 ムジカの声が、通信の向こうで笑う。

『言ったろ。時間がない。もう中では上書きが始まってる。――だから、燃料を燃やせ』

 アオが、歯を見せて笑った。

 笑って、すぐ真顔になる。

「もしミズキが消されたなら――塔の下に、何かがある」

 アオはシノを見る。

「タヌキちゃん。お前が“書く”んだろ」

 次に、カジカを見る。

「お姉さん。あんたは“見せる”んだろ」

「……命令?」

「段取り」

 カジカが、息を吐いて頷いた。

「……段取り、成立」

 シノは義手の地図を開いた。

 光の線が、いくつも走る。

 死角。巡回の隙。地下の抜け道。

 そして――遠くに、ヒタカミの方向。

 シノの胸の奥で、熱が灯る。

 真実は強い燃料だ。

 その燃料で、走る。

 指出す。

 書く。

 外の羽音が、また少し近づいた。

 追跡機は諦めない。

 施設は回収をやめない。

 それでも。

「……行こう」――同じ言葉なのに、今度は“戻る”ためだった。

 シノが言う。

 アオが頷く。

 カジカが頷く。

 三人の段取りが、もう一度、ひとつになる。

 藤色のカエルステッカーの扉が、静かに閉まり――地下の暗がりへ、足音が溶けていった。

 そのころ、ヒタカミの中心で。

 蒸気レンズ塔の内部が、青い光で満ち始めていた。

 “安心”の音が、街へ降りる準備を整えながら。


第11話 了


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