表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
伯爵令嬢のカフェ開業計画~冷徹公爵様、貴族らしからぬ店に入り浸る~  作者: 清泪(せいな)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/53

伯爵令嬢、ご学友が立ちはだかる

 春風が吹き込む朝、マリアが手にしたチラシを私の前に差し出した。

 そのチラシを見たとき、私は思わず二度見した。


《“本物の紅茶文化”を、街の皆さまへ──バイン・ティーサロン、新装開店》


 柔らかな金色の飾り文字に、控えめな紅茶のイラスト。

 そして小さく添えられた一文が、何より私の神経を逆撫でした。


《監修:レオノーラ・ファルメール》


「……は?」


 思わず声が漏れた。


 マリアが無言で横からカップを差し出す。

 私の好きなミルクティー。

 けれど香りすら飛ぶほど、思考が追いつかなかった。


 レオノーラ。


 貴族学校で同じクラスだった、あのレオノーラが、庶民向けのティーサロンに?


「どういうこと? あの子、貴族の娘よ。父親は領主の相談役で……紅茶より舞踏会が得意だったはずだけど」


 マリアが、ふぅとため息を吐いた。


「……家が没落したの。去年、父親が裁判で敗訴して、爵位も財産も剥奪された。今はバイン商会の保護下にある。名家の出身ってことで、商会の看板娘みたいに使われてるわ」


「それで“監修”って……」


「実際は、紅茶のブレンドもメニューも、全部バイン商会の専属スタッフがやってる。レオノーラは“飾り”よ。けど、その飾りが今の客には刺さるの」


 マリアは、チラシを指先で軽く弾いた。


「“本物の貴族が手がける庶民のティータイム”。そういう幻想を、丁寧に売ってるの」


 私は、言葉を失った。



 数日後、客足の変化は数字となって現れた。


「……今週、ティータイムの売上が一割減」


 マリアの声は冷静だったが、帳簿を見た私の手はわずかに震えていた。


 客が来ないわけではない。

 だが、常連だった顔ぶれが減り、若い女性のグループがちらほらと姿を見せなくなっていた。


「“レオノーラさん、気さくで素敵だった”って話、よく聞くわ。庶民にも分け隔てなく話しかけてくれるんですって」


「……貴族が“庶民にも優しい”って言われるの、皮肉よね」


 マリアは苦笑しながら、ティーカップを拭いた。


「でもね、エリー。庶民って、“上の人に優しくされること”に慣れてない分、それを特別視するの。レオノーラはそれをよく分かってる。だから、たまに相手の名前を呼んだり、服を褒めたりしてるだけで、“親しみやすい貴族”って印象になる」


 媚びへつらうわけじゃなく、ただ自然に微笑んで、誰にでも好かれるように振る舞える。

 あの頃、社交界でもレオノーラはそういうタイプだった。


「……けど、どうしてバイン商会は、わざわざ彼女を使って庶民相手に?」


 私は、疑問を口にした。


 バイン商会は大手だ。

 わざわざこんな小さな町で、“うちのような店”を潰すためだけに動く必要なんてない。


 マリアは一瞬だけ躊躇したが、やがて静かに言った。


「……貴族社会に、まだ影響力のある家がいるのよ。エリーの実家の古い派閥。あなたが店を始めたことで、“貴族の格を貶めた”って怒ってる人たち」


「……まさか、バイン商会と?」


「繋がってるのかは分からない。でも、“庶民に支持される元貴族の娘”がいる限り、その人たちは面白くないの。バインは彼らの顔を立てることで、別の利益を得られる……たぶん、そういう取引があったんじゃない?」


 私の胸の奥で、何かが冷たく沈んだ。


 紅茶を注ぐ手が止まる。

 香りが、さっきよりも遠くに感じる。


 “居場所”をつくったつもりだった。

 でもそれは、誰かにとっては許されないことだった。



 夜の店内、マリアが帳簿を閉じた。


「手はある。けど……これは正面からの潰し合いになるわ。覚悟、ある?」


 私はゆっくりうなずいた。


「逃げたくて、この町に来た。けど……居場所を壊されるのは、もっと嫌」


 指先でティーカップの縁をなぞる。

 ほんの少しだけ、震えは収まっていた。


「なら、やりましょう」


 マリアはにやりと笑った。


「レオノーラが演じる“本物の貴族”じゃなく、あなたがこのカフェで選んだ“店主”としてね」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ