12.王子とワルツを(1)
腕を組んだエドガー王子は、いつもの赤い目でこちらを見詰めていた。
一昨日と同じ黒い服を纏い、不機嫌な表情は相変わらず。今日は後ろに護衛の騎士を三人連れている。彼らが抱えている大きなトランクは着替えだろうか。
「練習はもう始まるのではなかったか。私はそう聞いて来たのだが」
言葉に重なるように11時の鐘が鳴る。私とセドリックたちは顔を見合わせた。いけない、11時にダンスホール集合だと言っていたっけ!
「おはようございますエドガー王子! 今からみなで伺おうと思っていたのです。パリスくんやセディくん、私も学院代表の1人として参加予定なので……みんな、そうでしょう?」
ユイカの声に全員で頷く。王子は聞きながら私の顔を見、頭に視線を移してじっと見入っていた。まあね……そりゃね。
「今日の格好は……それも手作りか?」
「はい、えっと、たまにはこういうのも良いかなと思って」
王子はもう一度、確かめるように私の頭の上からつま先までを眺めた。なんだか猛烈に恥ずかしくなってくる。何か言おうと王子が口を開きかけたとき、ユイカがするりと彼の腕に絡みついた。
「王子は私たちを迎えに来てくださったんですよね、優しいなあ! ご一緒できてユイカ嬉しいです!」
いつもと同じ小悪魔的な魅力でにっこりと笑う。王子は頷くと、セドリックや私たちを一瞥してからユイカに視線を当てた。
「そうだな。出迎えにグロリアの姿が見えないので探していたのだが……ところで、こんなところで何かあったのか? 騒がしさが停車場の方まで響いていたぞ」
「よくぞ聞いて下さいました! なんと猫耳族の流浪民が路頭に迷っていらしたんですが、センパイのお助けもあって無事に保護できたんですよ。歩きながら話しましょう!」
ユイカが王子の手を引っ張るようにして歩き出す。なし崩し的に、私も二人の後に付いて歩き出した。
「……ヴィクトリア嬢、気にしないで下さい。どんな格好でいたとしても、婚約者はあなたなのだから」
いつの間にかセドリックが横に来ている。気を遣ってくれているのだ。
「ありがとうございます、セドリック殿下。お優しいのですね」
「べ、べ、べつにあなたのために言っているわけではなく、正しいことを言っているだけで……!」
セドリックはまた真っ赤になる。可愛いな。こんな弟がいたら楽しかったのかもしれない、と笑ったところで、こちらをチラリと見た王子と目が合った。
すぐに前を向いてしまったけれど、なんだろう。何か言いたそうな。
「あっ、もうみんな準備しているじゃないですか! もしかして私たちが最後!?」
ダンスホールのある講義棟にはすでにたくさんの人がいた。
今日はダンスの練習とドレスや衣装の試着があり、その後は5日後の土曜日、本番の夜を待つばかりだ。
集う人々はみなドレスや燕尾服を纏っており、嬉しげな、誇らしげな表情を浮かべている。華やかな雰囲気に私は息をついた。
「急がないと! センパイ、女子の控え室はこっちですよ!」
「あ、うん」
ユイカに引っ張られるように連れて行かれる。王子と視線が合ったが、一瞬のこと。セドリックと王子が連れ立って男子の着替え室に消え、私たちは女子の控え室へ。
ダンスホールの隣は小講堂だが、今日は女子の控え室になっていた。ほとんどの人が支度を終えた後らしく、部屋には数人しか残っていない。
私は上着を脱ぎ、持ってきたダンス用のシューズに履き替えた。年季の入ったシューズは水色、ユイカは深紅だ。細かな好みまで私たちは正反対らしかった。
「センパイ、そのモヒカン被っていくつもりですか?」
靴を履き替えながらユイカに聞かれ、うーん、と私は考え込んだ。
「無理かしら?」
「うん、だいぶ邪魔じゃないですか?! ダンスしてるあいだに飛びますよ?」
それも面白いかも、と思ったが他の人に迷惑を掛けるのは良くない。私はモヒカンを外し、息を吐いた。ずっと被っていたので汗ばんでしまった。
銀色の髪を丁寧に梳くと、ユイカがじっとこちらを見つめる。
「どうしたの、ユイカちゃん」
「いや、センパイって本当に美人ですよね。へんなモヒカンなんて被らなくていいのに」
「ありがとう。でも、ほら、自分で作った物は被りたいじゃない?」
断罪のため、とは言えないけれど、それでも少し嬉しい。ありがとう、ともう一度微笑むとユイカはニコっと明るく笑う。
「センパイ、なんか昨日から表情とか行動が豊かですよね。頭打ったから? すごく面白くなった!」
「そ、そうかしら」
「うん。だって少し前までは、凄く美人で優しいけど、どこか距離がある感じがしてたもん。儚いっていうか、なんというか……高嶺の花みたいな。でもいまのセンパイはすごく庶民的だし、面白いし、可愛くて最高! その辺に咲いてるフォーチュンタンポポみたい!」
確かに、記憶の奥底では「優等生でいよう」としていたかもしれない。
それは前世も同じで、人目を気にして、他の人の何倍も働いていないと気が済まなかった。
でもいまは真逆だ。
だってなにしろみんなに嫌われて、断罪されないといけないのだ。
それによって自分自身が、素直に、ありのままに生きられているなんて……気付いて見ればその通りで、ちょっと驚きだった。
「そんなセンパイを、王子も気になってるみたいですよ!」
「えっ王子が!? いや、それは頭と服装のせいでしょう……目障りって感じだと思うわ。だってあれだけ嫌っているわけだし」
「ふうん」
ユイカは目を細めた。
そうだ、ここでユイカちゃんに王子をお願いしてしまえば?
つまり王子を譲るって事だ。
これはだいぶナイスアイデアのように思えた。ユイカは物わかりもいいし賢い。直接言ってしまえば話が簡単に済みそう。
「あのね、ユイカちゃん。そのことでお願いがあって」
「えっ、なんですか? センパイからお願いって珍しい! 言ってみてください」
「王子との婚約のことなんだけど。ユイカちゃんは聖女だし、私よりも婚約者にふさわしいと思うの。だから、婚約者を代わってくれないかな……?」
ユイカは綺麗なアーモンドアイをまん丸にした。




