11.悪役令嬢、モヒカン姿で学院に降り立つ(2)
こちらの姿を見るなり青い髪の少年が声を上げた。もっさりしたボブカットの髪、ひょろっとした背丈が印象的だ。
名前はパリス・アルスキュル。隣国からの留学生であり、セドリックの同級生でもある。図書委員を務める成績優等生で、どちらかといえば控えめで大人しい。こんな騒動に巻き込まれるような少年ではなかったはずだが……。
「パリスくん、どうしたんですか?」
「あっ、グロリア先輩、来てくださったんですね! あれっその格好は!? うっ」
言いながらパリスが顔を蹴られた。他にも2、3人の学生がいて、暴れる何かを押さえ込もうとしている。輪の中でバタバタしているのは人間……いや、頭に猫耳のある子供達だった。4人ほどいるだろうか。
「じ、獣人の流浪民だと思うんですけど、学院に入り込んで来ちゃって……ユイカ先輩となんとかして食堂に連れて行こうとしたら、捕まると勘違いしたのか暴れ出しちゃったんです。いてて」
「センパイは特に慈善院で慣れているって言ってましたよね……ってこら、痛い痛い! この聖女が話を聞いてって言ってるのがわかんないのかな!」
輪に加わったユイカもさっそく髪を掴まれてしまう。獣人は人間と動物の亜種で、人間の身体に耳や尻尾が生えた外観をしている。好戦的な部族も多く、政情が不安定だったり戦乱に巻き込まれることもしばしばだ。
故郷を失った獣人は流浪民となって国外を彷徨う。私が支援している慈善院でも多数の流浪民を受け入れているが、ひとりひとりはみんな性格の良い、純朴な人々ばかりだった。
とにかくなんとか話を聞いてもらわなきゃ。セディと顔を見合わせ、私たちが近付いたとき、不意に大人の猫耳女性が叫び声を上げた。
じっと見ているのは……私の顔?
次の瞬間、彼女は学生たちの腕を振り払い、私の身体にしがみついた。
「な、な、なんですか!?」
思わず後ずさりしようとしたが……ハッとした。
彼女は泣きながら何かを言っている。
パリスの服を直してやりながら、セドリックが目を丸くする。
「僕、異種族の言葉が少し分かるんですが……どうやらヴィクトリア嬢を部族の司祭と勘違いしているようですね。こちらにも司祭さまがいらっしゃった、良かった、と言っています」
「えっ」
セドリックの言葉に愕然とする。
気付けば子供達も騒ぐのをやめ、4人とも神妙に私を見つめていた。
「なぜそんなことに……」
「その頭と服じゃないかなあ」
乱れた服装を直したパリスが控えめに言った。
「その、獣人種の中にはタテガミや毛を神聖視する者も多く……ドクロを首から提げるのは、死者を扱う高位の聖職者であることを表すので……今日の先輩の姿って、本で読む獣人の司祭にそっくりだから…」
えっ、それって、私が彼らの部族の宗教指導者に見えたってこと!?
「センパイのモヒカンとドクロTが役立ったってわけ? すごい、今日の未来予知でもしてたんですか!?」
ユイカの言葉に私は憮然と首を振る。未来予知をしていたらこんな格好をせず、もっと別な、もっと嫌われそうな格好で来てたわ……いや、役にたってよかったけど……。
その間にも、猫耳の女性は鼻をすすり、手を合わせながら私を拝んでいる。大きな青い瞳、青みがかった耳が可愛い女性だ。顔立ちはまだ若く、私よりも少し年上くらい。なのにもう子供が4人もいるんだ。
良く見れば服はボロボロで、手足にはたくさんの傷がある。瘠せているのは食べていないせいか。同じような流浪民は以前にも見たことがあった。
「東大陸の、猫系民族同士の争いから逃げてきたそうです。春先に大規模な部族抗争があったと聞いていますから……あちらの地域からここまで歩いてきたのは大変だったでしょう」
たくさん歩く大変さ、か。
前世では少しだけ、味わったことがあった。仕事で終電を逃した年末だったか。運悪くタクシーも捕まらず、寒い中をトボトボ歩いて帰ったっけ。
目の前の女性はもっと大変な道のりを、子供達を護りながら歩いてきたんだ。
そう考えると自然と目が潤んできた。私は腰を屈め、膝をついて、猫耳の女性の手をぎゅっと握った。
「遠いところ、大変だったでしょう。お疲れ様でした。これから、あなた方を新しい家に連れて行きます。大きな部屋も、ベッドもあるし、もちろん美味しい食べ物もありますよ。なにも心配はいりません。疲れを治して、怪我を治してくださいね」
言葉が通じるとは思わないが、心は通じる……かもしれない。頭はモヒカンのままだが。
私を見ていた女性の瞳も潤んできて、ぽろりと涙をこぼした。それから私の手を額に押し当て、小さな声で、何かを唱えた。お礼のようにも、鳴き声にも似ていた。
すっかり大人しくなった女性を支えるように立ち、私は学生達へ視線を戻した。
「セドリック殿下、この人に『私たちを信じて欲しい、温かい食べ物や、子供といっしょに寝るところも用意してあるから』と言ってあげてください。……ユイカちゃんは学院の事務室へ行って、二番街のレミエル慈善院へ連絡を入れるよう伝えて。そこには流浪民専門の方がいらっしゃるから、今日中に馬車で迎えに来てくれるでしょう」
「わかったわ!」
ユイカが瞬間移動で消え、セドリックは女性に何かを話しかける。ニャ、とかニュ、とか、本当に猫語のようで可愛い言語だ。女性は目を丸くし、また幾度も私に手を擦り合わせた。
「センパイにお礼を言っています。ありがとう、と何度も」
「い、いや、私は何も……ユイカちゃんやパリスが最初に対処してくれたわけですし。それにほら、私もいろいろな人に助けられているから、お返しみたいなもので」
なんだか照れくさくて頭を掻く。その仕草に子供が笑ってくれたのが嬉しかった。
それにしても、この世界の私って仕事のことをハキハキ話せるんだなあ。慈善院のこと、深く考える前にポンポン言葉が出てきてちょっとびっくりした。
前世では引っ込み事案だったり、言いたいことを我慢していたりしたけど、この世界では18年間でずいぶん改善したのかもしれない。まわりの人の助けがあったり、環境が良かったりしたんだろうけれど、私的にはすごく嬉しい。
フッとセドリックが表情を改める。
「最初に見たとき、その格好はどうしたのかと思いましたが……まさかこんなことに役立つとは。ヴィクトリア嬢、失礼に笑ったことをお詫びします。経緯はどうであれ、あなたの格好に助けられた訳だから」
「いえ、いいんです。ちょっと普通じゃない格好だということは分かっていましたから」
うん、こちらも分かってやってたんだけどね。もうどうでもよくなった私は菩薩みたいな笑顔で返す。
やがて事務局のある校舎からユイカ、それに女性が二人走ってきた。
「さあ、もう心配はいらないわ。この学院の先生が一緒にいてくださるから、慈善院の方が来るまで食堂で美味しい物でも食べなさいな。子供達も元気を出して、お母さんと一緒にお食事よ!」
セドリックが通訳をすると、子供達が一斉に歓声を上げた。母親はにっこりと笑い、またこちらを向いて手を合わせる。遠ざかる一団を見ながら私はホッと息をついた。
「手伝ってくれたみんなもありがとう!聖女ユイカはこの恩を忘れないわ。大陸を統一したら出世させてあげるから覚えておいてね!」
ユイカのいつもの大言にみんなが慣れた様子で笑う。ユイカちゃん、ついて行けないところもあるけど、こういう大らかな明るさが好きだな。本当にリーダーみたい。カリスマというか、包容力があるっていうか。
つられて笑った私に後ろから声がかかった。
「ずいぶん楽しそうだな」
「ええ、いまようやく困っている人たちを助けられて……」
ちょっと待って、この声。
ハッとして後ろを向き、私は表情を強張らせた。
「エドガー王子……!」




