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10.悪役令嬢、モヒカン姿で学院に降り立つ(1)



 エルナード王立学院は古い歴史を誇る中等教育学校だ。煉瓦造りの建物も石畳も重厚で、中央広場の時計塔はちょうど午前十時の鐘を厳かに打ち鳴らしていた。


 停車場に降り立った私が最初に感じたのは、ざわめきだった。


 無理もない。

 中指を立てたドクロ(小花模様の手作り)を縫い付けた黒いTシャツ(これも見たことがない異邦の服だろう)を来て、ふっさりしたモヒカンウィッグ(ちょいヴィジュアル系)を被った少女が広場を仁王立ちになっているのである。

 私だったら近付かない。なんならダッシュで逃げる。


 グロリアは最高学年在学中に監督生を務めていた。自分で言うのもなんだがかなり模範的な監督生だったと思う。

 子猫を拾ったと相談されれば喜んで引き取り。

 家が失業したと相談されたら泣きながらお金を融資し。

 そのすべてを優しさと人脈と財力で解決してきた。

 当然、学園に在籍する大半の生徒に好かれている。階段から落ちた際の花束と手紙の数がその証拠だ。


 そんな私だから、いつもの朝だったら数名が走り寄ってきて「ごきげんよう」と挨拶をしてくれる。

 だが今日はそれがない。

 みんなこちらを見てぎょっとし、遠巻きに呆然としている。そんな気配だけだ。


 もちろん恥ずかしいという気持ちは私にだってある。モヒカンとドクロTだ。しかも自作だ。

 だがここまで来るといっそ清々しい。

 異世界転生をして、こんな格好でみんなの前に姿を現したのは私くらいじゃないだろうか。

 さあ見て欲しい。怯えて欲しい。

 それもこれも安らかな引退とご褒美のため。


 恥じらいをすべて捨てた私が私が朝日に微笑んだとき、甲高い少年の声響き渡った。


「ヴィクトリア嬢っ!いったいその格好はなんですか!?服、いや、その頭は!?」


 振り返ってみればそこに、少年がひとり、呆然とした様子で棒立ちになっていた。


 凜とした青緑の瞳、撫でつけた茶色の髪。白い制服姿で手には分厚い本を持っていた。いかにも生真面目な美少年という印象だ。

 彼は1歳年下、現在は学院5年生に在学中のセドリック・トレイル・エルナード。

 姿形こそ似ていないが、正真正銘、エドガー王子の弟だ。


「こんにちは、セドリック殿下。ご機嫌麗しく」

「ご機嫌麗しく……って麗しくないです!あ、あと階段から落ちられたのは大丈夫だったのですか……いやいや、それは置いておいて! どういうことなんですかそれは!?」


 セドリックはツカツカと歩いてきて私の足から頭の上まで眺め回した。表情がすごい。すごく嫌そうな表情をしている。無理もない、彼はその高潔な精神から風紀委員を務めているのだ。

 そっか、そんなにガッチリとハートを掴んじゃったか。私は嬉しくなってにっこり笑った。


「ご心配ありがとうございます。今日の格好はわたくしなりの、最先端のオシャレのつもりですわ」

「失礼ながら頭を強打されていろいろおかしくなったのでは!? そんな頭髪とそんな意匠の服装は学院規約としては……!」

「あら、卒業生が学院を訪れる場合、服装は自由のはずですわ」

「それは、そうですが、しかし……それでは、ヴィクトリア嬢のせっかくの容姿が台無しではないかと言っているのです!」


 せっかくの容姿?

 首を傾げた私の前でセドリックは真っ赤になり、あわあわと口を開閉させた後、ふん、と赤い顔のままそっぽを向いた。


「べ、別にヴィクトリア嬢が美しいとか、褒めているワケではないですからねッ」


 あ、そうか。

 この子、ツンデレだったわ。

 そういえば一昨日も、すごい長文しかも花束付きの御見舞いをくれたんだっけ。


「ありがとうございます、セドリック殿下。わざわざ気に掛けてくださって……」

「だから、あなたを特別に見ていたわけではないッ……!」


 彼は怒り出したように眉をつり上げたが、私は知っている。それは照れ隠しだ。伊達に10年、王宮に出入りしているわけではない。無口無愛想、何を考えているか分からない兄王子とは正反対に、弟王子はとてもとてもわかりやすいツンデレなのだった。

 よし、このまま「グロリア様おかしいんじゃない?」って雰囲気に持っていこう! 私が頭の中でガッツポーズを取ろうとしたとき。


「センパイー、おっはようございます! あっ、セディも一緒じゃん、これはラッキー!」


 向こうから可愛い声が響く。

 見ればユイカちゃんが早足で駆け寄りつつ、一瞬、私の服装に目を止め……そのまま大爆笑した。


「センパイ、なにそれ!? ヴィジュアル系……って私の元いた世界のデザインなんですけど、なんでそんな格好になってるんですか!? 頭打っておかしくなった!?」

「ごきげんよう、ユイカちゃん。いえ頭は正常です。ちょっと良い感じのデザインを思いついたので作ってみたんです」

「これ手作り!? あ、ほんとだ、すごい……ドクロが小花柄なんだ……!」


 ユイカは珍獣を見つけたみたいな表情でこちらを眺めている。よし、そのままツッコんで!とんでもない格好なんだから、みんなを煽動するようにグサッと言って!

 だが期待する私の前で、彼女はうっすらと目を細めて笑う。


「……やだ、センパイ。けっこう似合いますね。その格好でも十分可愛いじゃないですか……」


 反応が斜め上だ。今度は私が立ち尽くす番だった。

 ユイカは、うふふ、と笑って嬉しそうに私の周囲を回る。


「先輩ったら綺麗だからなんでも似合っちゃうな。それにしても、私の好みにピッタリだなんてうれしい。ヴィジュアル系、けっこう好きだったし、なんか……運命感じちゃう★」


 なんと。フラグが折れるどころか強化されてしまった。

 どうしよう、このままではいけない気がする。この強化されたフラグを折らないとどんどん太くなってしまう。

 だが真っ先に反応したのはセドリックだった。


「ユイカさんっ、またそんなこと言ってるんですか! こんな馬の毛をかぶっているけれど、ヴィクトリア嬢は兄上の婚約者なんですよ、そうやって誘惑するのはやめてください!」

「ふーん、そんなこと言っていいの? この国の習わし通りなら、私が王子と婚約するのよ? 私が王妃としてセンパイを愛人にすれば、センパイも王子も私もずっと一緒だし、その方が幸せじゃない? もしかしてセドリックやきもち? この私のハーレムに入れてほしいわけ?」

「ち、ち、違いますッ、僕はただヴィクトリア嬢が困っているのを見捨てておけないのでッ」


 前世、少女漫画で主人公が『取り合い』をされるシーンを見たことがある。正直うらやましかった。「私のことで争わないで!」とか、最高の状況じゃない?

 だがいまはその気持ちはない。ドクロT&モヒカン姿のまま、ただ憮然と立ち尽くすばかり。

 やめて……手作りモヒカンをかぶった私を取り合わないで……センスをけなさないで……わかってやってるけど惨めになるから……。

 

 虚無になりかけた心を奮い立たせ、私はキッと眉をつり上げた。ここは無理やりにでも皆を落胆させるため、とことんまでやった方がいいのだろう。謎の踊りとか踊った方がいいかもしれない。アフリカっぽいような、民族的な踊りを……やるしかないのか!


「わーん、ユイカさん、はやくーっ」


 考えこむ私の耳に、奇妙な叫び声が飛び込んできた。

 ユイカがハッとする。

 

「いっけない、パリスくんのこと忘れてた。センパイ、大変なんです、すぐ来てください!こっち!セディも!」


 ユイカはセディと私の手をつかむと、目を閉じて光をまとった。


「――転移!」


 キン、と不思議な音が響いたあと、私たちは校舎の逆、裏門の辺りに転移していた。

 そこに居たのは、不思議な青い髪の少年と、なにやら揉めている一団だった。

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