第33話 ああああ、本を漁る
書庫。
「どうだったスラリーナ?」
「うーにゅ……ダメだったの」
「そうか。じゃあ次は――」
無事キッチンから脱出した俺達は当初の目的通りにボスであるデブーンの正体や対処法を掴むべく、このデブーン城内の捜索任務を開始。
「それじゃ次はあの青色の本棚を頼む」
「うにゅ、青い棚だね。分かったの!」
「よし、じゃあ俺は引き続きこの棚をっと……」
それこそゲームみたいに物陰は勿論。
時々空き箱に身を潜めたりしつつ城内の至る所で巡回しているデスアーマー達の監視を掻い潜っていった。なぜかたまに寝ている奴もいたが……。
「えーっと、これは植物図鑑か……今は必要無いな。それでこっちは……うっわ、これはまた酷く朽ちた本だな。文字が薄れて全然読めねぇや」
「マスターどうしたの? 何かあった?」
「いや、気にすんな。お前はその棚を漁るのに集中してくれ。見張り達がここに入ってくる前に役立つ情報の有無を確かめてくれ」
「うにゅ、任せてなの」
とまあ……そんなこんながあって城前の検問を固めれば侵入者などあり得ないと緩んでいたのか、見事なザル警備を潜り抜けた今の俺達はこうして城の書庫を物色。
まだ見ぬデブーンの情報を色々漁っていた。
(…………にしても)
ふと俺はその文字の薄れた本を戻した後、脚立から落ちないように注意しつつ現在進行形で探索中の書庫の内装に目をやってみる。
(一冊一冊の本がデカいってのもあるが……それでもやっぱこの書庫もかなりデカいな。やっぱりデブーンって奴は相当巨大なモンスターなのか)
それにブラストル王の話じゃリッツァーニャの兵士全員を子分も連れずに単独で叩きのめしたって話だったし……それに何よりも――
「うおっ!? おっとと!?」
「にゅにゅ!? マスター!?」
「だ、大丈夫だ。バランス整えたから」
「ふにゅう……それなら良かったの」
おお……あぶねぇ、あぶねぇ。
もう少しで顔面から落ちる所だった……まあそれに何よりもあの王様の話だと、確かデブーンは魔王から貰った力以外にも何か奇妙な性質があるかもしれないって言っていたからな。
「やっぱり戦う前にはちゃんと敵の正体を知って、そのうえで俺とスラリーナで倒すしかないな」
どの道リッツァーニャの兵士じゃ太刀打ち出来ないんだ。なら代わりに俺達が戦うしかねぇ。
(さてと。それじゃあ俺もスラリーナに偉そうな事ばっかり言ってないで……早くデブーンの弱点や秘密に繋がりそうな情報を探らねぇと――)
俺はそんな色々と思考が巡る中。
再び本棚へ意識を向けた……って言っても、
(もうこの本棚には漁れるような本も無いな……あと残ってるのは読んでも分からない専門的な本や伝記みたいな本ばっかだし……他を当たるか)
そう俺は既に漁り終えた棚からまだ見ていない本棚に狙いを定めて、足を踏み外さないように脚立からゆっくりと降りる。
「よし、じゃあ次はあの黄色っぽい棚を――」
「にゅにゅ♪ にゅにゅにゅ♪」
おっ、これはスラリーナの鼻歌か……な?
ったく相変わらず聞いてる側に癒し効果でもありそうな可愛い声で歌ってんな……まあそこにモンスター娘の可愛さも相まって最高なんだけど。
「おーい、スラリーナ。何か楽しそうだけど、攻略に役立ちそうな本でも見つかったのか?」
「えへへ、マスターもこっちに来て! 今、この本棚からすんごく良い物を見つけたんだから!」
おおっ、でかしたぞスラリーナ!
オッケー。今そっちに行こうじゃねぇか!
もしもそれがデブーンの日記とかなら俺のナデナデ百連発で目一杯褒めてやるからなっっ!
「うおっとと……ありゃりゃ、これまた随分と散らかして……まあそれは後でいいか。それで、どの本だ? どの本が役立ちそうな本なんだ?」
「ほらほら! これだよマスター!」
「ほぉ、どれどれ……」
おお、これは……可愛らしい絵がいっぱい書いてあるな。それもなんか子供が大好きそうな柔らかい画風の……魚とか船とか……うんん!?
「おいスラリーナ。これって……まさか」
「うん! なんと絵本見つけたの!」
「君、探す気ある!?」
―― ―― ―― ―― ―― ――
「ふう……結局何も無かったな」
「うにゅう……そうだねマスター」
体感的には1時間くらい経ったか。
幸運にもデスアーマー達が誰もこの書庫へ見回りに来なかった事もあって、俺とスラリーナは本棚に仕舞っていた多くの本を確認出来た。
「よっし……これで片付けは終了だ! それじゃあ早くこの部屋から出て他の部屋に行くぞ!」
まあ言っても全部を隅々まで確認したわけじゃなくて、題名と一部を除いた本以外は軽く中身をチェックしただけだったんだが……それでもこれと言って有益な情報は入手出来なかった。
「うん! 分かったのマスター!」
ああ、それから。
ついさっき彼女が鼻歌交じりで読んでいた絵本についてなんだが、
「ただし、絵本は持っていくなよ?」
「もぉ……マスターの馬鹿。そんなの言わなくても分かってるよ。だからあれは調査の一環でほんの冗談の気分で読んでいたって言ってるの!」
「あはは、悪い悪い。俺も冗談だよ、冗談」
「ぶうぅ! マスターの意地悪!」
なんとその持ち主はまさかのデブーンだったという衝撃の事実が発覚し、その名前の記入も逆さまだった点から、少なくとも今回のボスは若干オツムの弱いイメージを受けた位だった。
「さあさ、そんな膨れてないで行こうぜ」
まあ、ひとまずこれで書庫での用事は済んだ。調べた本は既に全て元に戻したし、後は怪しまれないように元々施錠してあったこの書庫の鍵を閉めて、痕跡を残さないように――
「えっと、確かこの書庫の鍵ってスラリーナがどこかから取って来てくれたんだったよな?」
「うにゅ! そうだよマスター!」
「了解。じゃあ後でここを閉めたら、また敵兵達に見つからないようにこっそりと鍵のあった場所に返して来てくれよな」
「うん、分かったのマスター!」
よし! そんじゃあ後は部屋を出るだけだ。
まあ肝心のデブーンの正体に関する情報は無かったが、調べていた中でに色々と興味深い資料も読めたしな。来た甲斐はあったぜ。
「しっかし……俺達って運がいいよな。こうも簡単に部屋の鍵が見つかるなんて。一体どこにあったんだ? 宝箱にでも隠してあったのか?」
それなりに上手く事が運んでいる影響もあって、俺はそう軽くスラリーナに向けて冗談を飛ばす。
まあ宝箱に鍵が入ってるなんてゲームの中だろうし。そんな変な所から取ってきてるワケ――
「ああ、それはね……実は居眠りしてたデスアーマーの懐から拝借して来たの。だからここを閉めたら私がちゃんと返しに行くね!」
「…………………………」
…………えっ?
「スラリーナさん……今なんと――」
「えっ? だから居眠りしてた奴から――」
うんんんんんんんっっっ!?
おい、待て待て……少し待ってくれ。
(つ……つまり寝てた兵士からパクってきたって事は……その鍵持ってた奴は元々書庫を巡回する予定があったって事で……もし。仮にそいつが起きちまったら――)
ドタドタ……ドタドタドタドタドタ!
ドタドタドタドタドタドタドタッ!
「にゅにゅ!? なにこの音!?」
「おいおい……まさかこれ足音――」
バタンッ!
「いたぞぉぉぉぉ! 侵入者ダァァァァ!」
「「全力で捕まえろぉぉぉぉぉ!!!」」
「「「うおおおおおおおオォォォ!!」」」
「ぎゃああああ! 言ってる間に来たああ!?」
「にゅにゃああああ!? なんでなのぉぉ!?」
いや、そりゃこうなるでしょうが!?
そりゃその寝てた兵士が起きたら鍵の無い異変に気が付いて、応援を呼んで部屋に雪崩れ込んで来るに決まってんでしょうがあああああっ!
「っていうか誰もここに来なかったのは、異変に気が付いた兵士が俺達を捕える準備をしていたからだったのか!? ちっくしょおおおおお!」
だが……今更気が付いた所で時すでに遅し。
こう心中で文句言った所で何か打開策が生まれるわけでも無く、そのまま俺達はあっさりと、
「よし捕えたぞ! 観念しろ!」
「下手な動きをしたら首が吹っ飛ぶからナ」
「まあ言っても吹っ飛ぶのは男の貴様だけだ。侵入者とはいえ、まだレディの首元に刃を向ける訳にはいかんからな! さあ、とっとと来イッ!」
「へぇへぇ……分かりましたよ」
「うにゅう……マスターごめんね」
「まあまあ、あんまり気にすんなって。人生の一度や二度には牢屋に入る事だってあるもんさ」
……こうして瞬く間に捕縛。
強引だが彼女に唯一の打開策となりえる灼熱炎の命令を出す前に、敵さん達の熱い歓迎でもみくちゃにされ連行されたんだった……。
(もうっ! お茶目なスラリーナさんのせいでこの潜入計画がお釈迦だぜ! こんちくしょう!)




