第32話 ああああ、斧で殺されそうになる
……結論から言おう。
「新入り! それ取ってナノ!」
「はい、先輩! ええっと……」
「その胡椒入りの入れ物ナノ!」
「はいっ! 分かったナノ!」
俺達はデブーンの姿を確認出来なかった。
俺とスラリーナが隠れていた荷車を運搬班のデスアーマー達が運び終えて、彼らがそのボス部屋手前から報告に行ったんだが……肝心のデブーンは部屋から出てこなかった。
「うんうん、ありがとうナノ!」
「先輩、次は何をすれば――」
「オーブンを見張っててナノ!」
「はい! 分かったナノ!」
そうしてその後の現在。
デスアーマー達が報告を終えて、次に連中が俺達を乗せたこの荷車が向かったのはこの調理場だった……。
「ナノナノナノ! ナノナノ!」
「おおお! 先輩ってばやっぱり見事な包丁捌きナノ! あの硬いストーンフィッシュの皮が綺麗に剥けてるナノ! すごいナノ! 尊敬ナノ!」
それで、さっきからナノナノ言っているあのモンスター達の名前はコックン。
名前通りこの城のコックを務めるモンスターで、見た目としては雪だるまに帽子とエプロンを着せたような可愛いデザインの連中だ。
「こら、新人! オーブンを見てろナノ!」
「ぶう……先輩の技術を盗もうとしてたのに!」
「ボクの技術を盗むなんて百年早いナノ!」
さらに数としては確認出来る限りでは2匹。
命令を下す側の先輩と呼ばれている個体と、それを受ける新人のコックンのたった2体だけだ。
「さあさ、ふざけている時間は無いナノ! 早く料理をいっぱい作ってデブーン様の所に持っていくナノ。でないとボク達怒られてしまうナノ」
「確かに。デブーン様は食べ物の事になると凄くおっかないナノ。この前だって――」
「ほらほら、そろそろお肉が焼けるナノ。後はそのお皿に盛りつけて。あと仕上げのソースもここに作ってるから出来たらかけて欲しいナノ!」
「はーいナノ! 先輩!」
(…………………………)
しかし……なんとも和やかな雰囲気だ。
相手がモンスターとは言えあんなに楽しそうに料理している姿を見るとついつい眺めちまう。
まるで友達の家に泊まる時みたいな。自分達で晩御飯を作っている風景でも見てる気分だ。
「ああ、そういえば……」
「どうしたナノ? 先輩?」
「さっきこの食材を受け取る時にデスアーマー達に聞いたんだけど、なんでも野菜箱の中から変な声が聞こえたらしいナノ! だから怖いナノ!」
「ええっ!? そんな変な事言わないで欲しいナノ! いくら先輩でもオイラ怒るナノ! それに先輩だってオイラと同じでオバケが苦手な癖に! そんな話で驚かせようたって無駄ナノ!」
(うおっとと。集中しろ、俺!)
そうだ、こいつらの今発した通りだ。
俺とスラリーナは既に城内に潜入した。
まだ見ぬデブーンの攻略法を探る為にこうして酒ダルや野菜箱に潜んでいたワケなんだからな……失敗は許されねぇ。
「だからコイツらが退室する隙を狙って――」
「ひそひそ……ねぇねぇマスター」
うん? 今の声はスラリーナか。
そう言えば運よく彼女が隠れていた野菜箱が俺の隣に置かれていたんだっけ……幸いコックン達との距離もそれなりにある事だし、返事するか。
「どうしたスラリーナ? まだ出るなよ?」
「う……うん、それは分かってるの……でも」
「……でも? 他に何かあるのか?」
「うん。その……私、お腹空いたの」
「こんな時にっ!?」
「うん……だってほら、あのコックさん達の料理の山を見てたらつい……それにこの香ばしい臭いを嗅いでたらお腹の一つや二つくらい減るの」
おほほ……これまた呑気な言葉ですこと。
普通なら見つかったら終わりって緊張するもんだが……やっぱりスラリーナはスラリーナだな。
(ま……まあ、だがしかし……)
「はい先輩! 豚の丸焼き焼き上がったナノ!」
「了解ナノ! こっちのシチューももうすぐ完成するからそっちの盛り付けは任せたナノ!」
確かにスラリーナの言葉にも一理あるな……。
俺の酒ダルの穴から見た限りでもご馳走の山。
旨そうなローストチキンにアニメに出てきそうなハムの塊、豚の丸焼き、骨付き肉の山、他にも肉系が沢山あるし……男なら一度はがっつきたくなるのも無理は――
「よし。これで全メニュー完成ナノ!」
「うん。それじゃあデスアーマー達も呼んでデブーン様の所に運ぶのを手伝ってもらうナノ!」
「はいナノ! 先輩!」
おっとと……。
スラリーナに釣られてそんな事考えている間に絶好の脱出タイミング到来ときたか。
このまま運搬の為にアイツらが出ていけばキッチンはもぬけの殻だ。とっととこんな狭苦しいタルから脱出してこのデブーン城の探索へ移りたいところだぜ。
「ひそひそ……スラリーナ。後でいっぱいご馳走してやるかな。今は出る事に集中するんだぞ」
「ひそひそ……うん……分かったナノ」
おいおい、口癖が感染ってんぞ。
まあそれよりも連中は既に部屋を出る寸前だ。
今、丁度火の始末を済ませたとこだから……、
「さあ新入り。一緒に呼びに行くナノ!」
「うん先輩! 分かったナノ!」
そうだ……後はそのまま扉を開けて――
「あっ! そうだ大切な事忘れてたナノ!」
「大切な事? 一体何を忘れてたナノ?」
……うん? どうしたんだ?
料理も出来上がったのに今更なにを――
「新入り。質問ナノ! ボク達が作ったあの料理の中で何か足りない物があると思わない?」
「料理の中? えっとメインディッシュやオードブルとかのお肉料理……そしてフルーツのデザート盛り合わせもちゃんと用意して……あっ!?」
「分かった?」
「分かったナノ! ドリンクが無い!」
「そう正解! ブドウ酒を忘れてたナノ!」
(……んなっ!?)
なにっ!? ブドウ酒だと!?
おいおい……って事はま、まさか……。
「じゃあ新入り、あの【ニンゲン一人が入っていそうな古い酒ダル】のフタを斧で叩き割って、中のお酒をあのデブーン様愛用の巨大グラスに入れてナノ!」
うっわ!? ヤベェどうしよう!?
ドンピシャでこのタルの事じゃねぇか!
この俺の入ってる酒ダルじゃないの!?
「んもう……先輩ってば意地悪ナノ! あんな大きなタル一人では持てないナノ! だから先輩も運ぶのに一緒に協力してほしいナノ!」
「もう……しょうがないナノ。じゃあこの際だしボクもこの斧で叩き割るの手伝ってあげるナノ! 最近少しストレスが溜まっていた所ナノ!」
「うん! それじゃあお酒を開封するナノ!」
うっわ、ヤベェ!
マジでこっち来やがったぞ!?
見た目は可愛い雪だるまの癖にギロチンみたいな斧持って歩いてきやがる! すげぇ怖い!
「先輩……思いっきり叩き割っても?」
「ナノナノ! 一気にやるの。どうせ中にはお酒だけで誰も入ってないんだから。思いっきり親の仇でも討つ位にその斧で叩き割るナノ!」
(ぬ……ぬわにいぃぃぃぃぃ!?)
おいふざけんな! ガッツリ入ってんぞ!?
もし思いっきり振り下ろしたらお酒どころかタルの中が完全に血液まみれになんぞ!? それでも良いのかアンタらはっ!?
「さあ、ここは一つストレス解消に――」
「いっせーので一気に叩き割るナノ!」
あ、あばばば……。
ヤベェよヤベェよ!
もうダメだ! おしまいだぁぁぁ!
「いっせーの……でっ!」
「ひいいいいいいいぃぃぃぃぃぃっ!」
「「ナッ……ナノ!?」」
あっ……はっ!? し、しまった!
つい恐怖心のあまり声が出ちまった!
くそ……こればかりは致命的なミスッ!
「し、新入り。今の……聞いたナノ?」
「うん……今……このタルから声が――」
くっ……すまん王様。そしてスラリーナ。
俺が怯えちまったあまりに叫んだのが敗因だ。
せめて何処かで早めに脱出していれば――
「で、でもタルって……声出ないよね?」
「うん……普通のタルなら出ないナノ」
「じゃじゃ、じゃあまさか……これって」
「う……うん。多分だけど……このタル」
…………うん?
「「オバケダルに違いないナノォォ!」」
…………はいっ?
「うわああああああ! 先輩ごめんなさいナノ! オイラ先に逃げるナノォォォォ! 後片付けはお願いナノォォォォ! ひぃぃぃぃぃぃぃっ!」
「あっ! 待つナノ新入り! ボクを置いていかないでほしいナノォォォォォォォォォォォ!」
バタンッ! バタバタンッ!
……………………………………。
………………………………。
…………………………。
「マ、マスター? 大丈夫?」
「あっ……ああ。じゃあ、早く出るか」
「うん。うんしょっと……てりゃあ!」
もう正直な話……何と言えばいいのやら。
とりあえずこの数秒に色々あり過ぎてワケが分かんなくなったが……とりあえずはこうして俺とスラリーナはコックン達が慌てて飛び出していったせいで無人になったキッチンにその足を付けるんだった。




