第70話:大地、筋肉に屈す
「……認めん。認めんぞ、そのような蛮行ッ!」
ジョエルの叫びと共に、演習場の空が濁った土色に染まりました。
彼の背後に浮遊するのは、複数の巨岩を魔力で結合させた**「超重量土塊」**。
それは大地魔法の極致であり、城門をも一撃で粉砕するはずの「質量兵器」です。
「沈め、筋肉の怪物ッ! 『地核落とし(テラ・クラッシュ)』!!」
ジョエルが腕を振り下ろすと、数百トンの土塊がディエスの頭上へと猛然と降り注ぎました。
足元の地面は沈み込み、逃げ場は完全に断たれています。
「ディエス様ぁーーッ!!」
「……少尉、さすがに……それは……」
リナが目を背け、エルザが肉を噛みしめて絶望に息を呑んだその瞬間。
土煙の中から、誰よりも高く、誰よりも豪快な笑い声が響き渡りました。
「ガハハハハハッ!! 待ってたぜ、この重量をよぉぉ!!」
ディエスは逃げるどころか、膝を深く曲げ、岩石を削り出したような広背筋を極限まで広げました。
そして、落下する巨大な土塊を、なんと**「ベンチプレス」の要領で掌に受け止めた**のです。
ズゥゥゥゥゥゥゥンッ!!
演習場全体が震度5の揺れに見舞われ、観覧席のルイス軍団長が椅子から転げ落ちました。
土煙が晴れたそこには、膝を地につけながらも、両腕で巨大な土塊を頭上に掲げ、血管をはち切れんばかりに怒張させたディエスの姿がありました。
「ぬ……ぬぅぅぅんッ! 一……二……ッ!」
「な……何を……何をしているんだ、貴様は……!?」
ジョエルが戦慄し、その場にへたり込みました。
ディエスは、自分を押し潰そうとする必殺の魔法を、あろうことかトレーニング器具として扱い、あろうことか「セット数」を数え始めたのです。
「……三……ッ! ふぅーっ、四……ッ!! ジョエル、いいぞ! この魔法、密度が均一で、大胸筋への入り方が最高だ!」
「……狂っているわ。あの子、完全にイッちゃってる」
背後でミスティが、青ひげの浮いた口元を抑えながら、初めて「戦慄」を孕んだ笑みを浮かべました。
一方、アレクシスは無言でその光景を凝視していました。
その瞳には、先ほどまでの余裕はなく、冷徹な観察者の眼差しだけが残っています。
「(……魔法を物理で防ぐのではなく、魔法を『運動』として消費しているだと……? バカげている。物理の限界を超えられないはずの肉体が、なぜ魔法の出力を上回る?)」
アレクシスは、自らの知略の枠外にある「異常事態」を前に、手袋をはめた指先をわずかに震わせました。
「オラァッ!! 仕上げだぁぁッ!!」
十回。
十回目の挙上と共に、ディエスは全身の筋肉を爆発させ、頭上の土塊を内側から引き裂くように押し上げました。
魔力の結合が物理的な筋力に屈し、巨大な岩塊が粉々に砕け散り、砂の雨となって演習場に降り注ぎます。
「……ふぅ。いい汗かいたぜ。ジョエル、あんたの大地魔法……合格だ」
ディエスが鋼鉄の甲冑のような胸板を叩くと、衝撃波で周囲の砂煙が吹き飛びました。
そこには、魔法の絶対性を信じて疑わなかったエリート魔道士ジョエルが、己の誇り(魔法)を筋肉で耕された現実に、呆然と自失する姿がありました。




