第41話:勇者と聖女、それぞれの覚醒
カトラス家で肉を三〇キロ平らげ、さらにパンパンに膨らんだ岩のような大胸筋を揺らしながら、ディエスは学園の演習場へと向かいました。
そこでは、勇者アリオスが自分の体よりも大きな巨岩を背負い、鼻血を出しながらスクワットを繰り返していました。
「ふんぬぅぅ! あと……あと三〇回! 筋肉こそが……世界を救う光だぁぁ!!」
かつての「正義感に燃える美少年」の面影はどこへやら、アリオスの腕は丸太のように太くなり、顔つきまで野生の獣のようになっています。
その横では、聖女クレアが「アリオスくん、僧帽筋が素敵です……!」と、うっとりしながら治癒魔法をかけていました。
「ガハハ! いいぞアリオス! 筋肉の声が聞こえてきたようだな!」
「はい、師匠! 岩を担ぐたびに、自分の弱さが削ぎ落とされるのを感じます!」
その様子を、黒髪のリナが冷めた目で、メガネを指で押し上げながら眺めていました。
「……ねぇ、ディエス様。ちょっといいですか?」
「なんだリナ、お前も岩を担ぎたくなったか?」
「なるわけないでしょ! あの、根本的なことを聞いてもいいですか? 勇者って確か『魔法の才能がすごい』から、体よりも魔法を鍛える方がいいって、最初におっしゃってませんでしたっけ!?」
リナの鋭いツッコミが、ディエスのはち切れそうなシャツの胸板に突き刺さります。
「今のあのアリオスくん、見てくださいよ。魔法を唱える代わりに『筋肉の叫び』を唱えてるじゃないですか! 聖女のクレアさんまで、治癒魔法を『筋肉の超回復』のためだけに使ってますよ! これ、本当に勇者として大丈夫なんですか!?」
「ガハハ! 細かいことは気にするな。魔法は頭で考えるもんだが、筋肉は心で感じるもんだ。魔法が強い勇者より、魔法も使えて岩も投げられる勇者の方が、絶対にお得だろ?」
「お得って……市場の特売じゃないんですから! 勇者の将来、完全に別の方向に覚醒しちゃってますよ!」
リナが頭を抱えている横で、銀髪のエルザが静かにアリオスの動きを観察していました。
「……勇者、いい仕上がり。……でも、ディエス様の……広背筋には、まだ勝てない。……まだ、絞れる」
「エルザさんまで追い込みをかけないでください! 勇者が過労死します!」
リナの叫びも虚しく、アリオスは「師匠! 追い込みのセットお願いします!」と叫びながら、さらに重い岩を探し始めました。
どうやら未来の勇者は、魔法の杖を振る代わりに、魔王を物理でぶん殴る道を選んでしまったようです。




