第39話:権力の黄昏
広場に響き渡ったディエスの「筋肉パンチ」の余韻が残るなか、ボリスは地面に這いつくばったまま、震える指で強がりを言っていました。
「……お、覚えていろ! うちのカトラス家を敵に回して、ただで済むと思うなよ! 学園の偉い人に言って、お前も、その生意気な女たちも、全員クビにしてやる!」
でも、誰も助けに来ません。代わりにやってきたのは、学園のルールに厳しいゼノス先生でした。
「ボリスくん。もう、そこまでだ」
「先生! ちょうどいいところに! 見てください、この野蛮なバルカスが私を……!」
ボリスが泣きついた瞬間、ディエスがはち切れそうなシャツの隙間から、おもむろに生卵を数個取り出しました。
「……んぬぅ! 怒りでアドレナリンが出ちまった。筋肉が栄養を欲しがってやがる! ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ……!」
全校生徒と先生が見守るなか、ディエスは殻ごと生卵を握りつぶして口に流し込み始めました。
丸太のように太い腕の筋肉をピクピクと躍動させながら、鼻から卵の殻をフンッと吹き飛ばします。
「ぷはぁ! 良いタンパク質だ。ボリス、お前も飲むか? 権力より血肉になるぞ」
「……ディエス様!! 今、めちゃくちゃ良い雰囲気の断罪シーンだったじゃないですか!!」
たまらずリナの鋭いツッコミが飛びました。
彼女は手に持っていた証拠書類の束で、ディエスの岩のような大胸筋をパシィィン! と叩きます。
「何が『血肉になるぞ』ですか! 先生も呆れてるし、ボリスなんて恐怖で逆に冷静になってるじゃないですか! 殻ごと食べるのは人間をやめすぎです!」
「……ディエス様、ワイルド。……殻のカルシウム……大事」
横でエルザが、ディエスの口元についた卵をハンカチで丁寧に拭いながら、うっとりと呟きました。
「エルザも甘やかさないで! ほら、先生、続けてください!」
リナに促され、ゼノス先生はゴホンと咳払いをして、ボリスに分厚い書類を突きつけました。
「……コ、コホン。ボリス・フォン・カトラス。これは君が裏でお金を使って、悪いことをしようとした証拠だ。全部バレているぞ」
「なっ……なんでバレたんだ!?」
「不思議ですか? 貴方がこっそり送っていた手紙も、悪い相談も、私が全部見つけました。……あと、私に送ってきた『ボクの従者になれば、公爵家の力で一生遊ばせてあげるよ』っていう、気持ち悪いラブレターも、全部全校生徒に公開してあげましょうか?」
「き、貴様ぁぁぁっ!!」
ボリスの顔が、真っ白になりました。
先生の厳しい言葉、そしてリナの冷徹な暴露。
それは、ボリスが一番頼りにしていた「お家の力」が、ボリスを「もういらない」と切り捨てた瞬間でした。
「ガハハ! ボリス、残念だったな! お前が磨くべきだったのは『お家の力』じゃなくて、自分の『お腹の横っ腹』だったんだよ!」
ディエスが卵の殻を噛み砕きながら笑い飛ばすと、ボリスは力なくへなへなと座り込みました。
ボリスの威張り散らしていた権力は、ディエスの常識外れな筋肉と、リナの恐ろしい調べ物の前に、完敗したのです。
「……あ、あ、ああああ……っ!」
なさけない声を出しながら、ボリスは先生たちに連行されていきました。
「さて、リナ。ゴミ掃除も終わったし、飯にするか! デザートはプロテイン大盛りだ!」
「……もう、今日は生卵のせいで台無しですよ。でも、そうですね。学園編もこれで一段落。次は、騎士団に入る準備をしましょうか」
ディエスは青空の下、丸太のように太い腕で力こぶを作り、ムキムキとさせました。
ディエスの学園生活も平和になり、将来を考える時期が迫ってきます




