第137話:光と肉塊、最初の衝突
ついにその時が訪れました。
王都から続く、美しく整備された石畳の街道。その終着点にして、バルカス領の入り口。
アレクシス率いる王都最高の魔法軍精鋭三千が、地平線を白く染め上げながら姿を現しました。
整然とした軍靴の音、一点の曇りもない白銀の鎧。それは見る者が平伏したくなるような、神々しいまでの「正義」の行軍でした。
しかし、迎え撃つバルカス領の光景は、彼らの常識を根底から覆すものでした。
「……何だ、あの不浄な構築物は」
アレクシスが眉をひそめます。
目の前に立ち塞がるのは、美しさなど微塵もない、巨大な魔獣の骨と原木を力任せに組み上げた**「野獣の防壁」**。そこからは、煮込まれた魔獣肉の濃厚な匂いと、数千人の開拓民が放つ荒々しい熱気が、物理的な圧力となって押し寄せていました。
「ガハハハ! ようこそバルカスへ、アレクシス! 随分と綺麗な格好をしてきたな。ここじゃ、そんな服はすぐに泥にまみれるぞ!」
防壁の頂上から、ディエスの豪快な笑い声が響き渡ります。
その隣には、眼鏡を光らせるハンス、巨大なハンマーを担ぐバルバドス、そして不敵に笑うリナ。
彼らの背後では、開拓民たちが「待ってました」と言わんばかりに、巨大な投石機に装填を開始しています。
「ディエス……。やはり貴様は、不浄を撒き散らす災厄だったか。その薄汚れた笑顔も、この野蛮な空気も、私の法の下にすべて浄化してやる」
アレクシスが静かに右手を掲げました。
「全軍、展開。光の断罪を以て、この汚辱の地を白紙に戻せ」
「聖光魔法・神の裁き(ジャッジメント・ルクス)」
アレクシスの号令と共に、三千の魔法兵が一斉に杖を掲げました。
空が割れ、巨大な光の柱が防壁を目掛けて降り注ぎます。通常であれば、一瞬で地形すら変える絶大な一撃。
しかし。
「今だ、バルバドス! 筋肉の反射板を起動しろ!」
「おうよ! 喰らいな、ドワーフ流・光返しだ!」
防壁の至る所に設置された、ドワーフ製の特製魔導鏡が一斉に開きました。
降り注いだ光は、防壁を貫くどころか、鏡面に触れた瞬間に**「屈折」**し、あろうことか王都軍の頭上へと、より鋭い光の槍となって跳ね返りました。
「なっ……!? 魔法を物理的に反射しただと!?」
ジョエルが驚愕の声を上げます。
理論上、高密度の光魔法は吸収されるか散逸するはず。しかし、ドワーフたちが「魔獣の脂」で磨き上げた鏡面と、ハンスが設計した「乱反射陣」は、アレクシスの高貴な光を、単なる「光線」として物理的に処理してしまったのです。
「アレクシス、お前の光は眩しすぎて、狙いをつけるのが簡単なんだよ! さあ、次はこっちの番だ!」
ディエスが合図を送ると、投石機から放たれたのは岩石ではありませんでした。
それは、ハンスが調合した「超高濃度・発酵魔獣堆肥」を詰め込んだセラミック弾。
「撃てぇッ!」
シュルルル、という不吉な音と共に、王都軍の美しい白銀の陣列に、**「この世のものとは思えない臭いの塊」**が着弾しました。
「……ッ!? ぐ、ぐあぁぁ! 鼻が、鼻が腐る!」 「不浄だ! 究極の不浄だ! 目が痛い、洗眼魔法を!」
元々士気が高くない今の魔法軍にとって、それは物理的なダメージ以上に、精神的な「汚染」として壊滅的な効果を発揮しました。
アレクシスの美しい秩序が、バルカス領の「泥臭い生命力の排泄物」によって、瞬く間に塗りつぶされていきます。
「……ディエスッ! 貴様ぁぁぁ!!」
アレクシスの端正な顔が、初めて怒りで歪みました。 プライドを、美学を、そして正義を。そのすべてを「臭い」で汚された英雄の咆哮が、戦場に響き渡りました。




