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V 女子学生の証言

 M学院大学のキャンパスを大股に横切る二人の男の姿があった。年齢も雰囲気も、大学生はおろか大学関係者にも見えない。平川と宮部のコンビである。ここは消えた二人の学生が通っていた大学だ。


 まっすぐに学生課へ行った二人は、これまでの事情を説明したうえで神野と白石の情報を得ようとした。しかし、学生の個人情報の提供には責任者の決裁が必要であり相応の時間がかかること、さらに、不気味な女のことや二人の部屋が密室であったことなどを平川が省いて話したので中途半端な説明になってしまい、不信感を抱かせたようで、大学側に情報提供を渋られてしまった。

 

 しかし、万が一、二人の学生の身辺に危険が及んでいる場合、緊急性があるのみならず、被害者の情報収集が遅延した原因の所在、つまり責任問題が発生する可能性があると、平川が言葉巧みにほのめかせたところ、学生課の担当者は狼狽えた様子で「少々お待ちください」と言い残し、事務室の奥へ引っ込んだ。


「あんな風に言って大丈夫ですかね」

「何がだ」

「平川さんのあの言い方、ほとんど恐喝じゃないっすか」


 取り残された窓口で、周囲に聞こえないようにボソボソと小声で話す。


「だが本当のことだ」

「まあ、そうですけど」

「人の命がかかっているんだ。大事なのはそこだ。組織の面子やシステムじゃない。そうだろ?」


 宮部はうなずきながら、警察という縦組織の中で、この人が疎まれるのも仕方がないなと思った。


 半ば恐喝まがいの手段で大学から得た情報によると、白石麻里恵に関しては、香川雄三が麻里恵の伯父であることがわかった。それ以外は新しい情報はない。


 神野彩花の方は、両親の名前および実家の所在地が判明した。とりあえず署へ戻ってから両名の家族へ連絡を取ることにし、引き続き、消えた二人の学生についてキャンパス内で聞き込みを開始する。もちろん大学側の許可を得たうえでの捜査活動だ。


 しかし彼女らと親しい人物がなかなか見つからない。担当の講師や教授らは、口を揃えて、優秀で礼儀正しい学生だったなどと当たり障りのない内容しか言わない。他の学生たちも、二人のことをまったく知らないとか、顔は知っているけれど話したことはないとか、そんな役に立たない証言しか集まらない。


 それなりに親しいはずのサークルの仲間でも事情はさして変わらなかった。白石麻里恵も神野彩花も社交的な性格ではなく、お互いだけが気の許せる友人だったようだ。


 これ以上聞き込みを続けても無駄かと諦めかけた頃、一人のメガネをかけた学生が遠慮がちに近づいてきた。その女子学生は、さっき聞いたばかりのサークル仲間の一人だった。


「あのう、刑事さん。神野さんと白石さんになにかあったんですか」

「ストーカー被害に遭われまして、それで調べているんですよ」


 平川が即答する。嘘は言っていない。ストーカーが得体の知れないもの、というだけだ。


「何かご存知ですか。お二人に変わった様子はなかったか、もしもお気づきの点があったら、何でもいいですから、どんな小さなことでも教えていただきたいのです」

「はい。あの。ここではちょっと」


 宮部と平川は顔を見合わせた。


 大学の近所にファミレスがあるから、十分後にそこでと待ち合わせの約束を交わす。ファミレスの場所を教えてもらい、一旦別れることにする。よほど他の学生に刑事と一緒にいるところを見られたくないらしい。その水野という女子学生は、そそくさと足早にその場から立ち去った。


 適当に時間を潰し、約束の五分前のファミレスへ到着する。平川と宮部が揃ってアイスコーヒーをオーダーしたところで、さっきの学生が店に入って来るのが見えた。俯き加減で平川たちのいる席までやって来て、無言で腰を下ろす。


 何を飲むかと聞いたら、何でもいいとか何とか、よく聞こえなかった。面倒になった平川は、横を通りかかったウェイトレスを捕まえ、もう一つアイスコーヒーを頼む。しかし三つのアイスコーヒーが運ばれてきても何もしゃべらない。緊張しているのかもしれないと思った平川が、水を向けるために口を開いた。


「みなさんは英文学サークルのお仲間でしたっけ」


 水野という学生の肩がピクッと動いた。


「あ、はい。そうです」

「どんな活動をなさっているのですか」

「好きな作品の読み合いとか、研究の発表とかです」

「ほう。水野さんの好きな作品は何ですか」

「ワイルドのドリアングレイとかウルフの作品とかです」


 ほうと言ってはみたものの、ワイルドもウルフも平川にはわからない。チラッと横を見たところ、宮部も同じらしいと知り、ちょっと安心する。


「ところで、白石さんと神野さんの件なのですが、水野さんは何かご存知なのですね」

「あ、はい」しばらくためらってから、訥々と話はじめた。


「神野さんと白石さんとは、わたしも特別親しいわけじゃないんです。というか、誰も親しい人なんかいないと思います。神野さんと白石さんは二人だけの世界というか。ここからはわたしが言ったって誰にも言わないって約束してくれますか」

「もちろんです。我々警察を信用してください」

「わたし見たんです。神野さんが白石さんの手を引っ張って、こそこそした感じで人気のない場所に連れて行って、変な感じだったからあとを付けて行ったら、神野さんが白石さんの肩をつかんで揺さぶって、それから顔を叩いてたのを、見たことがあるんです。一回だけじゃないんです。そういうところを何度も見ました」

「えっ」


 再び、平川と宮部は顔を見合わせた。期待していたものとはまったく別の角度の情報に戸惑いを隠せない。


「神野さんは白石さんが他の人と話したり笑ったり、自分以外の人と仲良くするのを許せないんです」

「どうしてそう思うのですか」

「だって神野さんがそう言って白石さんに怒っていましたから。わたし以外の人と親しくしないでって」

「ふむ。どうして神野さんはそれほどまでに白石さんを束縛しようとするのかな」

「神野さんの家は資産家なんです。大学にもいっぱい寄付をしてるって聞きました。おしゃれだし美人だし、でも白石さんは、何でもご両親が亡くなったとかで、生活に余裕がないようなことを聞きました。白石さんは服装も雰囲気も地味で、大人しいというより暗い感じ。神野さんははっきり言って嫌な人でした。人を見下す感じで、友だちもいなかったと思います。

 だから、白石さんをまるで家来のように、自分の言うことを聞く、自分だけのものにしたかった。これはわたしだけじゃなくて、周りの人はみんなそう思ってる。神野さんが白石さんを叱ったり叩いたことまでは知らないかもしれない。でもみんな神野さんと白石さんがいつも一緒にいるのは友だちだからじゃないって気づいている。みんな言わないだけで、神野さんが怖いからはっきり言わないだけ」


 あまりにも意外な内容に、話の後半から平川も宮部も呆気に取られていた。神野と白石は親友同士であると信じ切っていたから無理もない。白石を探して欲しいと神野が一人で警察に訴えにやって来た理由についても、友だちを心配すればこその行動だとばかり思い込んでいた。


 自分が知っていることは全部話したという水野に礼を言い、来た時と同じように足早に立ち去る水野の背中を、二人の刑事は複雑な思いで見送る。


「俺たちも署へ戻るか。戻って整理しよう」

「はい。俺も頭が混乱してます」

 

 †


「明日は宮部は休暇だったな。ああそうだった、奥さんを病院へ連れ行くんだった。すまん。聞いたのにすっかり忘れてた」

「こんなタイミングで、すみません」

「いいよ。奥さんを大切にしろよ。さもないと俺みたいに見限られちまうぞ」


 平川はバツイチだ。子供はいない。自虐的にうそぶいているけれど、宮部は別の同僚から、平川が愛妻家だったと聞いたことがある。それなのにどうして離婚したのか、興味はあったが、本人に聞いたことはない。


 覆面パトカーの中だから会話を盗み聞きされる心配はない。チャンスだと思い、宮部はおずおずといった口調で話しかけてみる。


「あのう平川さん。こんなことを聞いて失礼かもしれませんが」

「なんだ」

「どうして離婚したんですか」


 フッと平川が笑った気がした。


「聞きたいのか。聞いてもつまらんぞ」

「いや。その」

「妻を愛してしたから。それが理由だ」

「えっ?」


 意外な答えに驚いたのだろう。運転中にも関わらず、宮部の顔が助手席の平川に向く。


「運転中によそ見するな」

「あ、すみません」

「警察車両が事故ったら洒落にならんぞ」


 それで話は終わりかと思っていたら、再び平川が口を開いた。


「おまえの前にな、嶋野ってやつと組んでいた。その嶋野と二人で組の事務所へ行ったんだよ。そこの若い連中が拳銃を所持しているという情報が入ってな。組事務所で一戦交えるなんて気はサラサラなかった。その組へ行くのは初めてじゃないし、ましてやそいつらは今まで派手な事件を起こしたこともない」


 嶋野という名前は宮部も聞いたことがあった。現在は署にいないようだ。


「ヤクザと言ってもヤクザにしては大人しい奴らだったよ。だが、何を勘違いしたのか、下っ端の一人がいきなり発砲しやがった。その流れ弾が嶋野に。嶋野の腹に当たったんだ。すぐに救急車を呼んだ。出血が酷くてな。病院で意識不明になり、嶋野の家族…奥さんと子供を呼んだ。しかしな。一時は危なかったが何とか持ち直した」


 話の成り行きから、その撃たれた相棒が亡くなったものと覚悟していた宮部は、内心、ホッと胸を撫で下ろした。


「嶋野は家族思いの男じゃない。ぜんぜん違う。それでも死にかけている嶋野の前で嶋野の奥さんと子どもは泣いていた。家族というものを軽んじていた奴なのにな。その当時の俺は結婚してまだ二年目だった。妻を愛していた。妻も俺のことを愛してくれていたと思う。だから、もしも俺に万が一のことがあったら、嶋野ようなやつの家族でさえあれほど悲しんだのに、俺の妻はどれほど悲しむのか、どれほど苦しむのかと考えた」

「だから、ですか」

「そうだ。だから別れた。俺のためにつらい思いをして欲しくないから」


 宮部は平川の話を自分に置き換えてみた。妻を愛していた。妻も同じ気持ちだと思っている。しかし自分に万が一の事態が起きた時のことまで考えていなかった。



 署へ戻った平川は、神野彩花の件を不動産へ照会するのは宮部に任せ、自分は白石麻里恵の伯父である香川雄三へ電話をしてみた。しかしコール音が十回鳴っても出ない。そのまま二十回まで待ってから、諦めて受話器を戻した。


 続いて神野彩花の実家へ電話をかける。大学で得た情報によると実家は静岡にある。今度は三回のコールで繋がった。電話に出たのは彩花の母親だった。平川が今までの経緯を説明する。しかし、大学での説明と同様に、不気味な黒い女のことや、部屋が密室状態だった点など、肝心な部分を省略したので混乱させてしまった。結局、明日の午後に神野彩花の両親が署に来て直接話を聞くという段取りになった。


 再び香川宅へ電話してみると、今度はほどなく繋がった。


「もしもし。香川さんのお宅でしょうか」

「そうですが」


 応答したのは枯れた感じの声だった。


「私はS県警生活安全課の平川と申します。香川雄三さんをお願いしたいのですが」


 沈黙。何も聞こえない。電話が切れたのかと思ったが、耳を澄ますと息づかいのようなものが聞こえる。


「もしもし?聞こえますか?」

「香川雄三は私だが、もう警察に話すことはない」

「えっ?」

「あんたらは俺の話を信じなかったじゃないか!」

「香川さん。落ち着いてください。実は…」


 用件を伝える前に電話を切られてしまった。再びリダイヤルしたがいつまで待っても出ない。これ以上は時間の無駄だと平川は諦めた。


 どういうことだ。俺よりも先に警察関係者が電話したのか。それにしても変なことを言っていた。臭うな。長野まで行って直接話を聞くしかないようだ。


 そこへ宮部がやって来た。不動産屋で得た神野彩花の情報はさして興味を引くものはない。


「その神野夫妻が明日の午後に来る。俺が対応するから、宮部は奥さんを労ってやれ」

「すみません」

「香川雄三には話を聞けなかった。警察だと名乗ったら、いきなり電話を切られてな」

「それは怪しいですね」

「ああ、一応、前科者リストを検索してみたがヒットしない。だが過去になんらかのトラブルがあったのだろう」


 とりあえず、と、平川は時計を見る。


「今日はこれぐらいにしておこう。俺は神野彩花の調書を仕上げてから帰る。続きはまた明日だ」




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