【或る男の手記より】
「ただいま帰りました。わたしです。夏那実です」
玄関でか細い声がした。壁に掛かっているカレンダーを見る。そうだ。去年と、その前の夏も同じ日だった。
なぜ驚くのだろう。忘れた振りをしているだけということは自分でも分かっているはずなのに。
来客用のチャイムが鳴る音も、鍵の掛かったドアが開く音もしなかった。でも確かにきみの声だった。愛しいきみの…優しい声。
震える膝を押さえて玄関に行ったら、花柄のサマードレスを着たきみが立っていた。ずっと変わらない、若く美しいきみの顔が、私を見て優しく微笑む。
「ただいま」さっきより明るい声で繰り返し、きみが艶やかに笑った。
どこかで蝉が鳴いている。
私は掠れた声で「お帰り」と言った。去年とまったく同じだった。
「少し痩せたんじゃないですか。ちゃんと食べてないでしょう。何か作りますから待ってて下さいね」
白いサンダルを脱いで上がりながらきみが言う。ノロノロとリビングに戻り、キッチンで食事の支度をしているきみをぼんやり眺める。
「何を見ているの」チラッと私を見たきみが言った。
「いや…その…きみは変わらないなと思って」
「そうかしら」
「…どうしてきみは」
「なに?」
「どうしてきみは還って来るの?」
包丁を持つ手を止めて、きみが私の顔を見つめる。
どこかで蝉が鳴いている。うるさいほどの鳴き声に思わず両手で耳を塞ぐ。
「どうしてって、わたしはあなたの妻じゃないですか」
「…ああ」
「あの日あなたはわたしをどこにもやらないと言った。わたしを愛しているから、どこにも誰にも渡さないと。そうでしょ」
「ああ、そうだね」
「きみは僕だけのものだって。わたしは嬉しかった。でも、もう遅かった。でもそれは、わたしの過ちのでせいです」
「済まない。謝って済むものじゃないが。ああ、私は取り返しのつかないことをしてしまった」
「謝らないで、あなた。さあお食事が出来たわ」
テーブルにきみが作った料理が並ぶ。私の好きなものばかりだった。
わたしはいいからと言ってきみは箸を付けなかった。私の向かい側の椅子に座り、頬杖をつきながら、食事をする私を楽しそうに見る。
「何を見てるんだい」
「だって一年ぶりだもの」
「そうだね。でも…」
「何よ」
蝉が鳴いている。私の中からうるさいほどの鳴き声がする。
あの日と同じように。
「ずっとここにいればいい。僕と一緒にずっと」
「それは出来ないの」
「どうして?」
「どうしてって言われても、わたしにもわからない。でもこうやって会えるから」
微笑みながら首を傾げるきみのサマードレスから覗く白い肌。その艶かしく光る白さに、私の欲望が燃え上がる、そして私は椅子から立ち上がった。
折れてしまいそうに細い腰を抱き寄せ、真っ赤なルージュを引いた唇を奪う。甘い香りのする髪が揺れて、きみの唇から切なげなため息がこぼれた。
蝉が鳴いている。うるさくて君の声が聞こえない。
あの日のように。きみを森の奥に埋めた、あの日のように…。
きみは私の知らないうちに男を作った。
どうしてと問い詰めた私に、寂しかったからときみは泣きながら言った。私の仕事が忙しく一緒にいられる時間が少なくて寂しさに耐え切れなかったからと。
きみが見知らぬ男に抱かれている光景が浮かんだ。嫉妬に焼かれた私はきみの長い髪を掴んで揺さぶり、叫んだ。
「その男に抱かれてどうだった」
「ううっ、ごめんなさい」
「どうなんだ!言ってみろ。気持ち良かったのか!」
「許してください」
無抵抗のきみをベッドルームまで引きずって行った。
ごめんなさいと泣きじゃくるきみを乱暴にベッドの上に投げて、サマードレスの襟に手を掛けて乱暴に引っ張ったら、ビリっという布が裂ける音がした。
「ああっ」
「この淫売め」
「もう二度としません、だから…ううっ」
「だから何だ」
引き裂くように脱がせ、下着もすべて剥ぎ取り、丸裸にした。
きみは諦めたように全く抵抗しなかった。ベッドに横たわり、あらわになった胸の膨らみを手で覆って顔を背けた。
肌の白さが嫉妬に狂う私の目を焼いた。よじり合わせている白い脚を、細い脚首を掴んでグッと大きく開く。
「ここでその男のモノを咥え込んだのか?」
「ああっ!ごめんなさい、あなた。許して」
太ももを両手で大きく押し開いた。そこに顔を寄せて唇をつける。開いたままのきみの脚がビクッと痙攣した。
「言えっ、ここにそいつのものが入ったんだな」
「いやっ、あ…ああっ」
舌を出して下から舐め上げた。君が悩ましく喘いでビクビク痙攣する。指先でいじめながら、さらに舌で舐めまわす。
「あっ!ああっ」大きく喘いで上へ逃げようとするきみの両足をしっかり捕まえた。憎しみと欲望が渦巻いて執拗にそこを責める。
「そいつにもこうやって舐めさせたのか?言ってみろ!」
「そうですっ、うっ、ああっ、いやっ」
「どこでセックスしてたんだ。ラブホテルか」
「そうです、ホテルで、ラブホテルです、あ、あっ、あっ」
自分から言わせたのに、喘ぐ口からこぼれた "ホテル" という単語が私を逆上させた。
白い太ももを抱えて一気に奥まで貫いてやる。きみが大きく喘いで仰け反った。
きみを責めながら、揺れる乳房を鷲掴みにして思いっきり握り潰してやる。
「あうっ痛い!ゆるしてっ!」
「そいつにもこうやってされたんだろう」力いっぱい捏ねるように握りながら、赤く膨らんだ乳首を指先で挟んで捻り潰す。
「ああ痛い!痛いですっ、お願いっ、もっと優しくしてくださいっ」
「何だと。優しくだって?」
「優しくしてっ、お願い、あなた」
「他の男と寝たくせによくもそんなことを」
怒りに震えながら叫んだ。白い腿を肩に乗せ、激しく責め立てる。
「そいつとセックスして逝ったのか?」
「それは…あっああっ」
「逝ったのかと聞いてるんだぁ!」根元まで突き込んで奥をグリグリと抉ってやる。きみががひときわ大きく喘いだ。
「ああああっ、逝きましたっ」
「この淫乱め
渾身の力を込めて、憎しみと愛おしさの入り混じった激情を込めて責め立てる。
「でもっ、愛していますっ!」喘ぎながらきみが叫んだ。
「なに?」
「あなたを愛しています」
涙を浮かべたきみがささやいた。その言葉に唖然となり動きを止める。
「寂しかった。ずっとあなたと一緒にいたかった。でもあなたはいない。いても仕事で疲れていると言って抱いてくれなかった」
「それは…」
きみの静かな声に言葉を失う。
「わたしを抱いて欲しかった。ずっと待っていたの。こうやって抱いてくれる日を待っていたわ」
「でもきみは他の男と…」
「そう。わたしの過ちは取り消せない。寂しさを言い訳にしても無駄。でも、わたしが愛しているのはあなた。あなただけ。他の人に身体を許しても愛は捧げていない」
「そんな調子のいいことを言って誤魔化そうとしても…」再び私の嫉妬の焔が揺らめく。
「ああ、いっぱい愛してください。わたしを愛して。わたしはあなたのものよ」熱い吐息とともに甘く囁かれて、意識が欲望で真っ赤に染まった。
「きみは・・私のものだ」背中に手を回して抱え上げる。フワッと熱い身体が浮いて私の腿の上に乗った。下から突き上げられたきみが甘い声で喘ぐ。
腰を跳ね上げながら汗ばんだ身体を強く抱きしめた。汗の匂いに混じって女の匂いが鼻をくすぐる。
「ああっ、そうよっ、あなたのもの、だからっ、わたしを離さないで、あっ、あっ」
続けざまに下から責められたきみが甘く淫らに喘いだ。
「もうきみを何処にもやらない。誰にも抱かせない」
「あんっ、もっと、もっと言って」
「きみを愛しているよ。だから誰にも渡さない。きみは私だけのものだ!」
「嬉しいっ、あっ、ああああっ、うくぅっ、」
強く抱きしめながら突き上げる。私の首に縋ったきみが背筋を反らせて痙攣し始めた。
「逝けぇっ逝くんだっ、ほらっ!」
「もうっ、あなたっ、あっ、あっ、いいっ!」
きみが逝くと同時に私も達した。抱いた君の身体がビクンビクンと痙攣する。私は、仰け反った白く細い首を、渾身の力を込めて締め上げた。強く、もっと、もっと、もっと強く、きみの息の根が止まるまで。
どこかで蝉が激しく鳴いていた。
辺りが暗くなるのを待ち、息絶えたきみを車に乗せて山へ運び、深い森の奥に穴を掘って埋めた。周り中からカナカナと蝉の鳴き声がして、夜でも蝉が鳴くことを知った。
そして一年経ったその日。私がきみに手を掛けた日。死んだきみを森の奥の深い穴に埋めたまさにその日。何事も無かったかのようにきみは帰ってきた。
あの日、私が引き裂いたはずの、きみのお気に入りのサマードレスを着て。
その艶かしい白い肌。あの時の美しい姿のままだった。
「何を考えてるの?」
ぼうっとしていた私は、きみの声で我に返った。いつに間にかベッドできみの柔らかな裸身を抱いている。
「あの日のことをね。あれから何年経っただろう。五年…それとも十年かな。いや、違う。もっとか。どうだろう。記憶がぼんやりしてよく分からないんだ」
「そんなこといいじゃない。さあ、早く抱いて。わたしはあなたのものよ」
「ああ。でも…きみは明日にはいなくなってしまう」
「今夜はずっといるから。だからわたしをいっぱい愛して。あなた」
甘いささやきが私の頭を痺れさせ、それ以上何も考えられなくなった。熱く火照ったきみの身体に手を回して抱き寄せる。脚を絡めて胸に顔をうずめると、あの夏の日と同じ匂いがした。
「会えるのは一年にたった一日だけ。それともわたしと一緒に来る?そうすればずっと一緒にいられるわ」
「そうだな」
ぼんやりした頭できみの言葉を考える。
去年まではNoと答えた。だが、一人は寂しかった。
たった一日しか会えないきみを考えないようにして生きていくのは、もう、疲れてしまった。
「僕は…」
「今は無理に考えなくてもいいわよ。まだ朝まで時間があるから。でもわたしはずうっとあなたのそばにいたい」
甘くささやく熱い身体を抱きながら、私は真紅に燃える欲望の中に沈んでゆく。
「いっぱい愛してね。わたしをいっぱい抱いて」
「もちろんだよ」
「大好きよ。心から愛してる」
「僕もだ、ねえきみ….」
「わたしと一緒に来て。もう、一人じゃいや。寂しくてたまらないの。お願い。あなた」
「僕は、僕はきみと…」
どこかで蝉が鳴いていた。短い夏を愛おしむように。短い命を慈しむように。
きみを抱きしめながら考える。愛とは何だろう。こんなにも愛おしくて、こんなにもつらい愛とは、いったい何なのだ。
もしかしたら、その答えは、きみと共に行けばわかるのかもしれない。
きっと。




