第三話 不安定な南国娘!?(中編)
>黒い画面の中央を右から左に裂く閃光。そのまま画面がほんのり明るくなると、画面がスライドするように右から出て来るシルエット。額を突き出すように体を前傾させている女性の横姿だ。右下に、閃くように現れる「パンツイッチョマン」のロゴ。
>さあ、後半の開始だ。なるべく半分量近くで終わりたいが、どうなることやら……。下手をすると、さらに一週延びるほど膨らむ可能性すらあるぞ。そうなっていたら、タイトルに(中編)と書かれているはずだから、視聴者の皆さんには答えはわかっているだろう。しかし、私が語っている現在、それは未定だ。
>通りを駆けるファンシーキュートパイレーツちゃん。頭には、CM中に、またもやバンダナが巻かれ、額の異物は隠されていた。ついでに、今更だと思うだろうが、彼女の荷物は斜め掛けする小さめのバックパックに収まっている事実をお伝えしておこう。
FCP: ったく、アイツも足が速いわね。
>パンツイッチョマンが走り去る後ろ姿には、疾走しているガムシャラさはなかったが、ファンシーキュートパイレーツちゃんはすぐに追い着けていなかった。少なくとも十五秒×四のCM時間では追い着けていない。……ん? もっと長かった気がする? それは最先端で新着を追い掛けている視聴者の方だけが感じられる特権だ。完成後、一気読みする人では、一分間の待ち時間もないので、どのみち時間感覚が一致することはないぞ。ただ、こんな話が一応完結する日が来るのかどうかは、後半の話がどれくらい膨らむか同様、誰にもわからない。――え? 「お前が脱線するから長くなる」ですって? これは失敬。ファンシーキュートパイレーツちゃんへ戻りましょう。
>しばらく走って追い着けなかっただけなのに、さっきの独り言を呟いたことからわかるとおり、彼女は走るのが速かった。こちらも軽く駆けている姿なのに、自転車並みのスピードが出ていた。……え、その程度、地味って? はい、そういう世界観ですから。
>しかし、ファンシーキュートパイレーツちゃんは痴漢を捜した時より迷いがなかった。パンツイッチョマンが駆けていった方角、それはその前にスプリングコートの痴漢が逃げた方角と同じだったが、それは駅へと近づく方角だったのだ。だから、人通りは徐々に多くなっており、それら通行人は、スプリングコートの男を気にしていなくとも、ハダカの男は覚えていた。と言うか、ハダカの男に驚かされた直後の状態だった。だから、ファンシーキュートパイレーツちゃんが「ハダカの男はどっちへ行きましたか?」と聞けばすぐ指差してくれた。そんな質問をしなくとも、信じられないものを見たという目で、一方的を見ていれば、そちらにパンツイッチョマンが駆けていったのはわかる。そして、追跡はついに車の往来が続く大通りに行き着く。しかし、見通しの良い場所なのに、ファンシーキュートパイレーツちゃんが見回しても、肌色全開の姿は見えない。次に、驚いている人がいないかを探すのに切り替えて、すぐに対象を見つける。その視線からすると、パンツイッチョマンは路地へと入ったようだ。そこへと駆けていき、ようやくファンシーキュートパイレーツちゃんはパンツイッチョマンの姿をその目に捉える。だが――
FCP: え? 何なの、アイツ!
>ファンシーキュートパイレーツちゃんがギョッとしたのも無理はない。ハダカの男は宙を飛んでいた。雑居ビルの三階にあたる窓枠に手を掛けると、肌色全開の身を引き上げ、近くのエアコンの室外機や灰色のパイプやらを手掛かりにスルスルとビルの壁を登っていく。見る間にハダカの男は、五階建てのビルの屋上へと消えていく。
>ファンシーキュートパイレーツちゃんは混乱していた。彼女の常識の中に、ビルを上る手段としてあるのは、エレベーターと階段とエスカレーターだけだ。壁登りなどない。しかも、そのビルは手掛かりとなる物が二階の高さまでなかった。ファンシーキュートパイレーツちゃんは、身体能力に自信があったが、三階の窓枠へ跳びついて掴まるほどのジャンプ力はない。いや、それはきっとパンツイッチョマンも同じだ。だからパンツイッチョマンは、幅二メートルほどの道の反対側の壁を蹴り、その反動を利用して、三階の窓枠へ取り付いたのだ。
FCP: 〝あれ、私にできるの?〟
>自問してみて、〝できなくはないはず〟という答えを得る。しかし、動揺は治まらない。相手は、彼女ができるかどうか迷うほどの体技を事も無げに済ませていた。その体力の差だけでなく、発想力にも差があるのはわかる。それに、先ほどの戦い、ファンシーキュートパイレーツちゃんは自分が軽くあしらわれたのを自覚していた。奥の手の「出るか出ないからわからないビーム」さえ避けられた。あれは未だにどうやって避けたのかわからなかった。完全に相手は格上だ。追ったのは、痴漢被害の女性から逃げたかったのが一番の理由だったが、今改めて考えると、彼女にパンツイッチョマンを追う理由は無かった。だが、ヒーローの先輩として見なすのなら、聞きたいことは山ほどあった。
FCP: よし!
>ファンシーキュートパイレーツちゃんは気合いを入れ直す。これは、試練だ。乗り越えなければ、真のヒーローにはなれない! サンダルの踵紐を締め直すと、先ほど見たばかりの離れ業を実行に移す。幸いこの狭い路地には、通行人はなく、恥ずかしさはない。だが、一回目の試みは壁を蹴って跳ね返っただけで終わった。ちっとも跳べなかった。二回目はその反省を活かし、足場から跳ねるイメージで挑む。
FCP: 〝足場が垂直なだけ。〟
>ヘリクツめいた言い聞かせだったが、うまくいった。できないという思い込みは打ち払え、体が萎縮しなかったのだ。それでもギリギリだった。あわや、爪を剥がしそうになりながら――この経験から、以後ファンシーキュートパイレーツちゃんはネイル系のオシャレを諦める――、ファンシーキュートパイレーツちゃんは、窓枠に取り付く。それから、ガリガリと壁を蹴り、体を引き揚げると、先人の真似をして、エアコンの室外機、灰色のパイプへと伝い、屋上へと顔を出す。
FCP: きゃっ!
>ファンシーキュートパイレーツちゃんが驚いたのは、近くにパンツイッチョマンが立っていたからだ。考えてみれば当然だ。ファンシーキュートパイレーツちゃんは音を立てずに壁登りをしていたわけではない。むしろ、騒がしかった。だから、屋上に止まっていたパンツイッチョマンには、あからさまに接近がバレていた。だが、驚いたからといって、ファンシーキュートパイレーツちゃんは、屋上を取り巻いている柵から手を離さなかった。落ちたらヤバいと思っていたので、気を払っていた。が、足の方はそうはいかなかった。登っている最中から空回りしがちだったサンダルが、ここでも滑った。ファンシーキュートパイレーツちゃんの手は、一度なら耐えられたが、二回連続のドッキリには我慢できなかった。緩んでしまった手はバランスを崩した体を支えられず、腰の辺りまである高さの柵から離れてしまう。
FCP: 〝落ちる!?〟
>窮地に陥った時、人は周囲の事象がスローモーションに見えるという。ファンシーキュートパイレーツちゃんも、〝これって、あのパターン!〟と思ったが、そうならなかった。そうなる前にパンツイッチョマンが手を伸ばし、ファンシーキュートパイレーツちゃんの胸元を掴んだからだ。状況が違えば、「エッチ!」と平手打ちが飛ぶラブコメでよく見られる展開が見られただろうが、ファンシーキュートパイレーツちゃんには当然そんな余裕はなかった。それに掴まれたのは、斜め掛けバックパックの帯だった。服を掴まれるより、触られた感は低い。ファンシーキュートパイレーツちゃんは、足を彷徨わせ、何とか足掛かりを得ると、柵を手で掴み、身を引き寄せ安定させる。それを見たパンツイッチョマンが、掴んでいた手を離し、一歩身を引いた。
FCP: ありがとう……ございます。
>後で言葉を付け加えたのは、感謝の度合いが足りないと感じたからだ。その裏で、活動する時はサンダルじゃダメだ、と強く自分を戒めた。以後、彼女はスニーカー派に転じる。
P1: そこは危険だ。入りなさい。
>まるで、自分の家に招くように気軽に言うパンツイッチョマン。……まさか、パンツイッチョマンの私有ビルの屋上じゃないよね?
FCP: あ、はい。
>私が浮かんだ疑問など気にせずに、素直に従うファンシーキュートパイレーツちゃん。ようやくしっかり両足で踏みしめられる場所に立てて、一息つく。そこに、例のフロントラットスプレッド風立ちをしたパンツイッチョマンが声を掛ける。
P1: どうやら、私に話があるようだが?
>これはパンツイッチョマンが読心術に優れていたからの質問ではない。わざわざ後を追ってきたのだから、そう考えるのが普通だ。ただし、こんな格好をした者なら、まずは「捕まえようと追ってきた」と考えるべきだぞ、パンツイッチョマン!
FCP: あ、はい。
>同じセリフを繰り返してしまうファンシーキュートパイレーツちゃん。実際、聞きたい質問はたくさんあったのだが、いざ問われるとどれから聞いたら良いかわからない。というか、彼女は落ちかけた動揺を未だ引きずっていた。それでも、何か聞かなくてはいけないと頭を動かして、とりあえず浮かんだ質問をぶつける。
FCP: あの……痴漢を追っていたのに、何でこんな所に――
>質問している途中で、ファンシーキュートパイレーツちゃんは自分でその答えに気付いてしまった。目に入ったのは、大通り側の景色。開けていて見晴らしが良かった。
FCP: あ、そっか。上から探そうと……
P1: ふむ、そうだったのかもしれない。……しかし、もう見当たらないな。
>大通り側の端に近づいていたファンシーキュートパイレーツちゃんの隣に、パンツイッチョマンが並ぶ。ちなみに、そんなに近くないぞ。ぴったり女性に近づけば、恐れられる自覚はパンツイッチョマンにも在るらしい。
>ファンシーキュートパイレーツちゃんは「そっかー」と流し掛けたが、違和感を覚えて小首を傾げ、少し考えてからやっぱりおかしいと判断すると、ガバッと勢い良くパンツイッチョマンへ振り向く。距離も一歩空ける。
FCP: え!? 最初から上から探すつもりじゃなかったんですか?
>苛烈さを伴った問い、というか追求に、パンツイッチョマンは動じない。
P1: うむ。先ほど言ったとおり、そうなのかもしれない。
>ファンシーキュートパイレーツちゃんは、相手が何を言っているのか理解できなかった。むしろ、ちょっと怖いとすら思い始めていたが、ここは自ら飛び込んでしまった二人きり空間。楽観できる展開を期待して、相手を理解しようと掘り下げる。
FCP: 上から探すつもりが元々なかったら、何でこんな所に来たんですか?
P1: それは、何となくだ。
>パンツイッチョマンは自信を持って堂々と答えた。その態度に、ファンシーキュートパイレーツちゃんは、自分の考えが浅いのでは、と少し不安になったが、やっぱり目の前に居るのは考えなしの変態男としか思えない。
FCP: 何となく?
P1: そう、何となく。言い換えるなら、勘だ。
FCP: 勘?
>オウム返しをしながら、ファンシーキュートパイレーツちゃんは、少し納得できてきた。
P1: そう。勘は、単に、気のせいと、廃棄すべき情報ではない。自覚できないほど細かな感覚と経験の総合的結論であることが多い。
FCP: そ、そうなの……かな?
P1: うむ。それで私はこうして、肌で感じた感覚を勘として受け取っているのだよ。
>ファンシーキュートパイレーツちゃんは、納得できる点もある気がしたが、やっぱり最終的には、脱ぎたい人のヘリクツにしか聞こえなかった。それを確かめる意味もあり、一つ聞く。
FCP: それじゃあ、全裸になった方が、感覚が鋭くなるの?
>これにパンツイッチョマンは笑って応じると、片手を前に出して、立てた人差し指を左右に振る。
P1: ハッハッハ。それでは文明人として失格だな。
>ファンシーキュートパイレーツちゃんは、目の前の男が、決して文明人として合格とは思えなかったが、本人なりに最低限のラインはあるらしいことに、ホッとした。なんせ、相手は格闘能力が自分より上だと思い知らされたばかりだった。普通の男ならちっとも怖くないので、これまでファンシーキュートパイレーツちゃんには、男と二人きりになったら怖いものだ、という発想はなかった。しかし、今は、自分より強い変態を前にして不安だった。不安を打ち払うためには、沈黙は良くない。ファンシーキュートパイレーツちゃんは、続けて口を開く。
FCP: あ、あの……認定ヒーローですよね? それも、匿名の。
>機会がなかったので説明しなかったが、異能者の存在するこの世界で、その能力をいわゆるヒーロー活動に費やす者は一定数いた。それらヒーローがいるなら、その関連組織が作られるのは自然の流れだ。それらの組織のうち、最も影響力を持つ組織が、世界ヒーロー連盟だ。この組織では月に二回、ヒーローを名乗る資格のある者かどうかを判定する試験を行っている。その、通称「試練」を乗り越えて、資格を得た者は、認定ヒーローと呼ばれる。その認定ヒーローの中には、社会に対して自分の存在を秘匿したい者もいる。世界ヒーロー連盟では、その意思を尊重し、秘匿希望者の情報は公開されない。現在、日本に居るヒーローは二人。パンツイッチョマンはそのどちらでもないのだから、匿名ヒーローに違いないと、ファンシーキュートパイレーツちゃんは判断したのだ。これに対するパンツイッチョマンの返事は短かった。
P1: いや。
>あまりの簡潔さに絶句してしまうファンシーキュートパイレーツちゃん。微妙な間が生まれた後、ようやくパクパクと口を動かす。
FCP: ……えっ、あ、ああ、そうなんだ。じゃあ、ボランティアヒーローってわけ? ……そんなの、あり得ない!
>自問した形になり、その問いに対して、ファンシーキュートパイレーツちゃんは拒否感を剥き出しにする。
FCP: 働いてもお金にならないなら、どうやって生活するわけ? バイトと掛け持ちなんて長続きするわけないし……
>ほとんど自分に言っていたファンシーキュートパイレーツちゃんは、会話に加わってこないパンツイッチョマンを見て、一つ納得した。
FCP: 〝でも、考えてみたら、こんな格好でスポンサー付くわけないか〟
>そこに、遅れてパンツイッチョマンが大仰に頷いた。
P1:確かに、私も一年中パンツイッチョのままでいるわけにはいかない。風呂にも入らないといけないからな。
FCP: 〝脱ぐ方かよっ!?〟
>ファンシーキュートパイレーツちゃんは、思わず心でツッコミを入れた。一般人と同じように服を着て生活しているという話かと思っていたからだ。しかし、理論的には、パンツイッチョマンは服を着ないと主張しているわけではない。きっと、パンツイッチョマンにも、バイザーを外し、服を着て、一般人として生活して……あ、済みません。言いながら〝いや、やっぱないかなー〟と勝手に考えてしまいましたが、決めつけはいけませんね。偏見です。パンツイッチョ差別です。なので、パンツイッチョマンも服を着て、一般人の生活に潜んでいるのかもしれない! そう、居るのかもしれない。あなたのすぐ側に!
>と、ホラーっぽい言い回しをしたところで、ファンシーキュートパイレーツちゃんの態度は変わらない。
FCP: でも、試練を受けたらきっと突破できるよ。私でギリギリラインだから、それより動けるじゃん?
>ファンシーキュートパイレーツちゃんにすれば、褒めたつもりなのだが、パンツイッチョマンに明確な反応はない。
FCP: 私も、出るか出ないかわからないビームが出ていたら、突破できていたんだけど……
>これは、先ほどのギリギリラインが、ギリギリアウト側だったのを暗に示していた。ギリギリラインだけだと、聞き手によってはセーフ側だと判断しかねなかった。思い込みとは怖ろしいものだ。
P1: その額から出るビームか……。その名のとおり、出るか出ないか、自分でも分からないのかね?
FCP: うん。いつも私はイケそうだと思うんだけど、結果がね……。試練では三回連続出なかったんだ。
>ファンシーキュートパイレーツちゃんは、言いながら、バンダナ越しにおでこを撫でる。
P1: その不安定さと、その出力。いずれも危険だな。
FCP: ま、まあ、確かに、出るか出ないかはコントロールできないけど、威力の方はまだコントロールできるんだよ。さっきのは、ちょっと力みすぎただけで、力を絞れば、大人の人を跳ね飛ばすくらいの力まで抑えられるんだから。
P1: ……それでも一般人にとっては危険だな。倒れての骨折は大いに有り得る。
FCP: そ、それは……。わ、わかったわよ。次からは、ちゃんと外れた時に危なくないか、キチンと確認するから。約束する。
P1: ふむ。……それで、穴を空けたあの壁はどうするのだね?
>実は、私も密かに気にしていた民家への損害を、パンツイッチョマンが突く。ファンシーキュートパイレーツちゃんは、額に手を置いたまま、空を仰いだ。
FCP: あっちゃ~。ああ、あれね……。やっぱ、弁償とかしないといけないかな?
P1: 家主は、そう思うだろうな。
FCP: だよねぇ。……でも、私、そんなお金持ってないんだなぁ。スイスへ行くので貯金は空になっちゃったし、ヒーローライセンスもないから、すぐに稼ぐ事もできないし……。
>世界ヒーロー連盟の本部はスイスにあった。ヒーロー認定試験の会場もそこだ。利便性に著しく欠けるが、世界ヒーロー連盟は、「認定試験会場はここです」と言うだけで、世界中のヒーロー候補の要望に応えない。この世界ヒーロー連盟の頑な態度から、今では、会場に辿り着くまでを含めての試験なのだ、と解釈されている。「家に帰るまでが遠足」という考えに似ていますね。……え? 一気にスケールが小さい話になった?
P1: そうか。
>意外にも、パンツイッチョマンは、ファンシーキュートパイレーツちゃんが遠回しに「弁償できないからばっくれる」と言っている事へ、説教をしなかった。どうも、そこには興味が無いらしい。
FCP: やっぱ、私、ヒーロー向いていないのかなぁ。試練突破できなかったから、無理なのかなぁ。
P1: 一度でダメなら、もう一度試せないのか?
FCP: そ、それは、ちょっち事情が……。て、いうか、そもそも旅費が大変なのよ! なのに、ヴァイセンバークには日本人観光客いっぱいいるからね。もう、驚き! 格差社会!
>ヴァイセンバークは、世界ヒーロー連盟の本部がある町だ。かつては、村と呼ぶべきほどの集落だったのだが、昔の城壁跡を基に、世界ヒーロー連盟の施設が作られ、あの有名な「ヒーロー宣言」が発せられたことにより、急速に状況が変わった。目立った特産品のない山間の村に、ヒーローという特産品が生まれたのだ。以後、人が流入し、村から町へと発展を遂げている。
>……と、話を逸らされそうになってしまったが、ファンシーキュートパイレーツちゃんの言う事情は、単に金銭的な問題ではなかった。先程語ったように、試練にギリギリアウトだったファンシーキュートパイレーツちゃんだったが、額からビームを放つという異能があると申請したおかげで、追加の判定、いわば敗者復活戦に滑り込んだ。世界ヒーロー連盟の認定するヒーローは、体力的にずば抜けて優れた者しか認めないという特徴――これは一部の人たちから、差別だと糾弾されている――があり、追加で異能を持つ要素は必須ではない。むしろ、そういった異能を持たない認定ヒーローの方が多い。だからこそ、体力的には及第点に至らなかったファンシーキュートパイレーツちゃんに救済措置が設けられたのだ。
>しかし、その追加判定で、既にファンシーキュートパイレーツちゃんが語ったように、彼女は三回連続で失敗した。最後の一回は、虚偽の申告の可能性ありと退場を命ぜられ、一旦退室した後、再度乱入する形で試行した。まあ、この状況から想像できるとおり、ファンシーキュートパイレーツちゃんは以後、再試験は受け付けない、というお達しが下ったのだ。いわゆる、出禁である。
P1: だが、本当に君が欲しかったのはヒーロー資格なのか? 人より優れたその力を、市民の平和を守るべき為に使う。その満足感こそが、一番の報酬とはならないのかな?
>パンツイッチョマンは、ゆっくり語った後、街並みを見渡す。そこには様々な生活をしている多くの市民がいる。その生活を脅かす者を――
FCP: いや、そんな事言っても、お金がないとどうしようもないじゃない。
>……ファンシーキュートパイレーツちゃんは現実的であった。むしろ、私やパンツイッチョマンより、大人というべきなのかもしれない。だが、苦しい経済状況下にあってこそ、夢を見る余裕が……。えーと、もしかしたら、男と女の差なのかもしれませんね。そういえば、男女の喧嘩の原因として、夢か現実かという議論があるっていうのは良く聞きますね。
>さすがのパンツイッチョマンもこれには言い返せないようで、しばらく街並みを見下ろしている。そういえば、パンツイッチョマンは都合が悪い話を沈黙で流そうという傾向ありますね。これも、女の人には怒られやすいポイントですよ。
>が、我が道を行くパンツイッチョマンは五秒ほど黙った後、ファンシーキュートパイレーツちゃんに振り返り、立てた人差し指を彼女へ向ける。
P1: しかし、君には、ライセンスの有無以前に、ヒーローとして欠けている点が幾つか見られるな。
FCP: 力が足りないっていうんでしょ? それは試練でもうわかっているし。すぐにどうこうできないんだから、どうしようもないじゃん。
>ちょっと不貞腐れたファンシーキュートパイレーツちゃんにパンツイッチョマンは、彼女へ向けた指をもう一度立てて、左右に振る。
P1: いや、それ以外の話だ。 ……君、名前は?
>ファンシーキュートパイレーツちゃんは少しバツの悪い顔をした。相手の呼び方は、痴漢被害にあった女性が恥ずかしそうに言っていたから知っていた。それなのに「パンツイッチョマンさん」などと呼びかけなかったのは、もちろん恥ずかしかったからだ。しかし、逆に自分は相手に名乗っていなかった。そう気付いたファンシーキュートパイレーツちゃんは、礼儀を失していたことを恥じたのだ。ちなみに、私も、彼女が名乗るまで仮に「ファンシーキュートパイレーツちゃん」と呼ぼうと決めていたのだが、なかなか名乗ってくれないので困っていた。自分で決めたから文句は言わなかったが、「ファンシーキュートパイレーツちゃん」っていちいち長いのだ。
FCP: あ、桜って言います。
P1: それは、本名かね?
FCP: はい。本名は、あお――
>名乗ろうとした桜ちゃん――やっと名前で呼べた! ――を、パンツイッチョマンは指を立てていた手を広げ、押し止める。
P1: 一つはそこだ。ヒーローに本名はいらない。本名を知られ、日常生活を邪魔されたくないだろう?
桜: あ、そっか。
P1: そして、その恰好。特に、顔を見られていたら、これもまた日常生活に支障をきたす。
>桜ちゃんは、両手で自分の顔を触る。もちろん、そこは化粧を除いて、彼女の素性を隠す物はない。……化粧を落としたら別人に見える女性、というのは世の中に存在しているらしいが、そういう方であれば、敢えて素顔を晒すことで、正体を隠せるのかもしれない。もっとも、そういう方は素顔を誰にも見せない性質を持っているそうなので、「じゃ、素顔でいきまーす」と開き直るとは思えないが。
桜: そう言えば……。でも、今回は別にヒーロー活動をするつもりではなく、だから何の準備をしてなかった、っていうか……。
>パンツイッチョマンは再び、フロントラットスプレッド風の姿勢に戻ると、にんまりと笑って頷いた。
P1: 準備をしていなかったが、悲鳴を聞いて駆け付けた。ヒーロー資格がないから、これでお金稼ぎができるとも思っていなかった。だけど、悲鳴を聞いたから駆け付けた。
>パンツイッチョマンが言わんとしていることを察して、桜ちゃんは目を逸らすと頬をほんのり染めた。
P1: 心はヒーローとして及第点だと思うぞ。
桜: あ、ありがと。
>お年頃の女性なので、こうして褒められると恥ずかしいようだ。
P1: だから、アドバイスくらいなら協力しよう。
桜: あ、ありがとう。
>先程とセリフは同じだが、一つ前は恥じらい、今回は戸惑い交じりだ。
>パンツイッチョマンは、片手を自分の顎に当て、その下にもう一方の腕を横たえて考え始める。
P1: ふむ、そうだな。……変装に関しては、そのバンダナを使うのはどうかね? 目のところだけ穴を空けて、顔の一部分を覆うのだ。
>パンツイッチョマンが、ジェスチャーで布を目の高さで覆って後ろで縛る、と示す。
桜: え! これ? ……大丈夫かな? アニメとかではそういうの観たことあるけど、動いたらずれて、目が塞がってしまいそうだけど。
P1: そこは工夫しろ。
>おっと、具体例を出さない投げっぱなし指導。が、桜ちゃんは、意に介さず、額に巻いていたバンダナを外して、イメージの確認に入る。
桜: うーん。おでこは出せるから、そこは都合いいかも。普段は折って、目の穴を隠しておけば、何かあった時にすぐ変装できるっていうのもアリかなあ。……じゃあ、コスチュームは?
P1: あいにく、ファッションに関しては――
桜: あ、聞いた私がバカだった。
>桜ちゃんが、パンツイッチョマンの言葉が返ってくる前に切り捨てた。まあ、パンツイッチョマンの恰好を見れば、質問する相手が悪い、と誰もがわかることだ。
桜: お店の服で、なんか揃えられるかなー。でも、それじゃミエミエかなあ。
>桜ちゃんは、何やら当てがあるように呟いた。すぐに、自分で考えられる問題だと手応えを得たようで、話題を移す。
桜: じゃあ、名前どうしようっか? おじさんは……
>パンツイッチョマンが、名前を問われたら返せるように、右手の人差し指を立てて、準備をする。が、桜ちゃんは首を左右に振る。
桜: ダメか。参考にならないな。
>もう名前を知っているので、敢えて聞いてこなかった。聞くのが恥ずかしい名前だから当然だ。肩透かしをくらったパンツイッチョマンは、右手の人差し指に視線を落とし、そっと立てていた指を下す。こっちでも、テーマ曲の準備をしていた音響さんががっくり来ているぞ。
桜: うーん、名前ねえ……。
P1: チェリー。
>パンツイッチョマンの呼びかけに、視線が自然に下がっていた桜ちゃんが顔を上げる。
桜: ん? サクランボがどうかした?
P1: チェリー。桜のことだ。
桜: え? 桜って英語でチェリーっていうの? サクランボだけじゃなか――あ、もしかして、サクランボって桜の実だったんだ!?
>往々にして知識とはそういうものだが、知っている人は知っているが、知らない人は知らない。視聴者の方の中には、「こいつ、何を今更」と思っているかもしれないが、桜ちゃんは、チェリー=サクランボという認識しかなかったのだ。自分の名前であっても、英語でどう呼ぶのかは、知らない人は知らないのである。……ん? 説得力ない? じゃあ、松って英語でどう言うのか知っていますか? じゃあ、菊は? ……そう。知っている人は知っているし、知らない人は知らないのだ。
P1: 厳密には、ソメイヨシノの実がサクランボとして売られているわけではないがな。
桜: でも、桜は英語でチェリーなんだ? へえ、知らなかった。って、いうか、サクランボが桜の実なのか。
>ウフフと楽しそうに笑う桜ちゃん。よっぽど意外で、目から鱗が落ちる事態だったらしい。
桜: そうか。だったら、なんかチェリーって使いたくなってきたなあ。最初言われた時は、チェリーボーイとか、なんかかっこ悪いなあ、と思っちゃたんだけど……。あと、サクランボってかわいいけれど、私ってそんなガラでもないし――
P1: いや、そうとは思わないぞ。
>さりげなくフォローの言葉を挟むパンツイッチョマン。それは、さりげなかったゆえに、桜ちゃんの心にプツリと刺さった。
桜: って、またまたぁ。……そんな格好してて、そんな褒められても、嬉しくないんだからぁ。
>と言いながら、桜ちゃんの顔は嬉しそうだ。が、パンツイッチョマンの反応が薄いので、やがて冷静さを取り戻す。
桜: チェリーってだけじゃ、なんかアニメのキャラクターとかでそこらへんにゴロゴロいそうじゃない? だから、チェリーなんとかか、なんとかチェリーって方がいいかなあ。
>「そこらへんにゴロゴロ」という表現は、他の作品のチェリーさんのファンである視聴者がいた場合、失礼な表現に当たると思います。桜ちゃん本人の感想なので修正はできませんが、この作品としての公式見解ではないとご理解いただきたい。
桜: あ、そうだ! ブラック・チェリーってのはどう? 私、ほら、肌が黒いし、なんかカッコイイじゃない?
P1: あいにく、ブラックチェリーはサクラの品種の一つだ。木材として有名だな。
桜: え? そうなの!? じゃあ、ダメか。
>この却下は私も同意見です。そもそも、自分の肌が黒いから、という理由からだと、人種問題的な要素を含んでおり、場合によっては私の方で一部伏字にしなくていけなくなりかねない。『パンツイッチョマン』は皆さんに安心して視聴していただける作品を目指しています。
P1: あまり、チェリーにこだわりすぎなくてもいいのじゃないか? 私はヒントになるかと口にしただけだ。他に、何か自分が好きな対象でもいい。いずれにせよ、自分でしっくり来る名前は、考えてひねり出すというより、自然に飛び出してくるものだと思うぞ。
桜: ふーん。
>桜ちゃんは、相手の体を上から下へと見ながら答えた。少なくとも、パンツイッチョマンの名前は言ったとおり出てきたのだろう、という説得力は大いにあった。
P1: 私が気付いたのは、姿と名前の二点だ。他に質問がなければ、そろそろ戻ろうと思うが。
桜: あ、はい。いいですよ。お世話になりました。
>桜ちゃんが軽く会釈をすると、パンツイッチョマンは大通りに背を向け、屋上の出入り口となる扉へと進む。が、その半ばで立ち止まると、背中を向けたまま、語りだす。
P1: そう言えば、私は文明の歪みを感じて現れることが多いが、今回は、偶然女性の悲鳴が聞こえたため駆けつけた。 跡も終えなかったところから考えるに、あの男は私の感知の対象外のようだ。
>ここでパンツイッチョマンは首だけを横に向け、横顔を桜ちゃんへ向ける。
P1: しかし、ここで奴がのさばることはなさそうだな。新しい守護者がいるのだから。
桜: ……はい! 頑張ります!
P1: うむ。期待している。
>そして、パンツイッチョマンは扉を開けると、階段を下りて行った。その後ろ姿は、閉まる扉に隠される。
桜: ビルの端から「とぉっ!」と飛び降りたりするんじゃないんだ。やっぱり……。
>ヒーローを夢見る若者にとっては哀しいが、それがゴツゴウ・ユニバースの現実だ。地味なのだ。
>……え? 今回はここで終了!? じゃあ、アイキャッチは? ……え、準備できていない? じゃ、じゃあ、私が、とりあえず、繋いでおきますね。
>ハダカのヒーローが去り、残されたのは若き女性のヒーロー。騒ぎを起こした痴漢はこのまま社会の闇へと潜んでしまうのだろうか? ……え? 「煽ったところで、敵はちっぽけな痴漢じゃん」って? そのご意見は聞き捨てなりませんな。他人からすれば「たかが痴漢」と思われても、被害に遭われた方の心には一生残る傷になることもあるのですから! ……次回……えーと、どうなるんだろう? あ、もしかすると、やっぱり、この第三話は、パンツイッチョマンと桜ちゃんの出逢いの物語ってことで、痴漢の事は詳しく語られることなく、無事解決って処理されるかもしれませんね。ナレ死みたいな、ナレ処理ってやつですか? 「中編」って書かれていたはずなのに、いつの間にか「後編」に変えられている恐れもあるのです。だったら、次回は、刑事さんのお話ですか? ……え、次回の事はわからないけど、とりあえず締めろ? ……それでは、コホン、……え? まだ、何かあるの? ……いつもの次回予告の声優さんが、最後のシメだけはするって? 嫌ですよ。ここまで来たら、私が締めます。あのセリフ、一度言ってみたかったんですよね。
>それでは皆様。パンツを洗って、待っときな!