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文明の〇〇 パンツイッチョマン  作者: 最勝寺 蔵人
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第二話 桜吹雪とパンツイッチョマン(後編)

>画面いっぱいに広がる薄桃色。その端が白く欠け、桜の花びらの形になる。カメラが引き、画面上に現れるたくさんの桜の花びら。それらはゆらゆらと舞い落ちている。さらにカメラが引くと、画面右側に現れる左腰に左手首を当てるように肘を張っている男の半身のシルエット。右下に現れる「パンツイッチョマン」のロゴ。

>Bパート開始を示すアイキャッチだ。

>さあ、数多くの酔っ払いに囲まれているパンツイッチョマン。CM前では、この包囲はあと二歩ほど詰めれば触れるほどの距離だった気がするが、今はそれよりさらに二歩ほど間が空いていた。CMの前後で状況が変わるのはよくある事だ。アメリカの濃いドラマでは、露骨に態度の違う、CM前と後の二カットを撮るという噂もあるくらいだ。そういう意味では、この『パンツイッチョマン』もグローバル化を視野に入れているのかもしれない。……んなわけないか。


男の声: かかれ!


>CM前にも言っていたセリフだが、繋がりをわかりやすくするため、時間が少し巻き戻っている。「かぶせ」とも言われる手法だ。――と解説している間に、酔っ払いたちが一斉にパンツイッチョへと殺到する。しかし、所詮は酔っ払い、パンツイッチョマンから見て十時方向の白髪の男性はつまづいて倒れる。しかし、後続はそれを踏み越えて進む。大丈夫か? お爺ちゃん? いや、そっちじゃなくて、危ない! パンツイッチョマン!


酔っ払い: うおおぉぉ。


>まるでゾンビのように唸り声をあげて、押し寄せる酔っ払いたち。パンツイッチョマンの姿はすぐにその波に埋もれてしまう。大丈夫なのか――


P1: とうっ!


埋もれたと思われた集団から高く飛び出てくる肌色の肉体。一時的に見えなくなっていたのは、高く跳躍するために屈んでいたからだった。その跳躍は二メートル。超人的だ! ……コホン、誰ですか? 他のヒーローと比べて地味だ、とか思った人は、実際目の前で垂直跳び二メートルしている人を見たらビックリしますよ。ぷんぷん。


P1: イッチョマン・ストンプ!


>普通のヒーローものなら、技名を言ってからアタックという流れだが、この番組は非情だ。パンツイッチョマンは、酔っ払いの両肩にバランス良く立ってからの宣言だった。まあ二メートルジャンプですからね。ジャンプ中に言えないのは、番組が非情というより、地球の引力が非情なのです。


P1:とうっ!


>パンツイッチョマンが軽く跳ね、両肩に乗っていた男の頭に乗り換え、そこから前に跳ね飛ぶ。頭を蹴られた形になった男は「う~ん」とうなり、その場に崩れ落ちる。パンツイッチョマンは次の離れた場所にいる酔っ払いの頭を足場にまた跳ね飛ぶ。踏まれた酔っ払いは「う~ん」とうなり、……以下省略。


>これは、どうやら私の勘違いでした。イッチョマン・ストンプとは、この頭踏みの技を示していたようだ。そうして、五人を倒した先に、パンツイッチョマンの標的がいた。酒樽の側に立っている柄杓ひしゃくを持った年配の男性だ。


P1: イッチョマン――


>最後のジャンプは高い。ジャンプの為に頭を蹴られた男は「う~ん」とうなり――あ、こっちの描写はもう要らない? では、パンツイッチョマンの方は、というと、空中で前方にクルリと回転し、着地する。


P1: ――スラップ!


♯ パチン!


>地面に降り立つ前に振り下ろされた平手は、迎え撃とうとした柄杓ひしゃくを弾き飛ばして、年配の男性の頬を打った。拳で地面に手を着く、いわゆるヒーロー着地で降り立つパンツイッチョマン。――ヒーロー着地じゃわからない? きちんと描写しろ、ですか? ……仕方ないなぁ。――左の拳を大地に着き、右膝を曲げ、左足は膝を伸ばしたまま横に広げ、右手もパンツイッチョの名乗りポーズの後のように横に払った姿勢だ。パンツイッチョマンの名乗りのポーズの所は、力士が蹲踞そんきょして、報奨金を手にして払った時、と置き換えてもいいぞ。……ほら、わからない人には詳しく描写したところでわからないままでしょ。


>伏せていた顔を上げるパンツイッチョマン。キラリと光るサングラス。


年配の男性: ぐはっ!


> パンツイッチョマンの決めを待ってくれていたかのように、口に溜めていた酒をグハッと吐き、グラリと倒れる年配の男性。

>ここで、お断りしておきますが、CMが入ってもそこが必ず話の中間になるとは限りません。テレビ番組ならそうでしょうが、音声多重おんせいたじゅう総天然色そうてんねんしょくスリーディ脳内構築のうないこうちく活劇かつげきは、そのようなルールに捕らわれないからです。……というか、このまま終わってしまいそうですね。どうしましょう。


>倒れた年配の男性に応じるように、他の者も次々と倒れ……ん? ゾンビ、じゃなくて酔っ払いたちの動きに大きな変化はない。頭上を跳ねていったパンツイッチョマンの姿を追えず、キョロキョロしている者は多いが、司令塔が倒れて一網打尽、という展開ではない。


P1: む。コアは別か。


>あ、そういう事ね。酒を振る舞っている者が首謀者しゅぼうしゃと思いがちだが、樽酒たふざけの無料配布に洗脳が乗っかった形態だったようだ。そして、それを仕掛けた者は、パンツイッチョマンの近くにいるのか、今までのように呼び掛けてこず、息を潜めている。……いや、酔っ払いたちに変化が生じていた。ボソボソと同じフレーズを呟いているのだ。タイミングはバラバラだが、同じ言葉だと共鳴し、異様な雰囲気をかもし出す。その唱えている言葉は……


酔っ払い: オールフォーワン、ワンフォーオール、オールフォーワン、ワンフォーオール……


>さざめきが徐々に大きくなってくると、その呪文と同時に、情報が共有されるのか、バラバラの方角を向いていた酔っ払いたちが、パンツイッチョマンへと向き直り、迫ってくる。既に直近にいる酔っ払いは、つかみかかろうとしてけられて、蹌踉よろめいていた。もうパンツイッチョマンに猶予ゆうよはない。


P1: やむを得ない。こうなれば、片っ端から試すまで。


>パンツイッチョマンが、両手をハの字に構える。()の字だぞ。はちの字ではない……いや、八が漢字表記ならどっちでも一緒か。

>パンツイッチョマンを中心に、カメラが周囲百八十度をぐるりとめぐる。バレットタイムと言われる撮影手法ですね。視点はやや高いので、取り囲む酔っ払いたちの姿でパンツイッチョマンが、見えなくなることはない。代わりに、迫り来る脅威きょういが良くわかる。良い構図だ。


P1: イッチョマン・スラップ・タイフーン!


>その宣言が終わるや否や、疾風はやてごとく、動き出すパンツイッチョマン。つかみかかり、殴りかかろうとする酔っ払いの攻撃を身をひるがえしてかわし、相手の頬に張り手を叩き込んでいく。


♯ブンブン、パチン! うおぉ。パチン!


>左背後からせまった両手(つか)みを、身を低くして後退することでけ、空振りした相手の勢いを殺さないまま、脇腹に掌底しょうていを当てる。動かされた酔っ払いは、そちらから来た別の酔っ払いに鉢合わせ、動きが止まる。そのおのずと隣り合った二つの頭に、パンツイッチョマンの両手が音を鳴らす。


♯パパチン!


>互いに寄り掛かるようにして、真下に沈む二人の体を、跳び箱前転の要領ようりょうで越えるパンツイッチョマン。そうして、後方の攻撃をはばみ、戦闘態勢が整っていなかった、目の前の酔っぱらいを張り手で沈める。……えーと、はい。もう、これはナレーションが追いつかないほどの素早い連続攻撃だ。今まで、読んだ事はあるが見た経験はなかった「ちぎっては投げ、ちぎっては投げ」という感じだ。ちっとも、投げてはいないのだが、テンポはよく表している。


♯うがぁ、ヒュン、ビタン、ザッザ、ビタン、ぐわぁ、ビタビタン……


>あ、もう、SEもいいですよ。ありがとうございます。SEだけだと、なんかマヌケに見えるんで。……何だか、あのシーンに似てますね。まだ暴力的なバラエティが許容されていた時代、大学祭に呼ばれたプロレスラーが、舞台の上で待ち行列を作って並ぶ大学生を、気合い注入のビンタを片っ端から叩き込んでいく構図です。もちろん、パンツイッチョマンの相手は、一列に並んでなどいないが、近寄っては吹き飛ばされていく過程は全く一緒だ。違うのは、プロレスラーの方は、たまに混じっている女学生には手加減をしてビンタをかましていたのに対して、パンツイッチョマンにはそのような配慮はいりょはない。実際、幼稚園児のママさんたちのうち、洗脳状態にあった三人はあっという間にされてしまった。そして今もまた、女性が一人……ん? あれ? これはやっぱり手加減されているのかな? 確かめるために、もう一度、女性を……と言っている間に、周りに酔っ払いはほとんど居なくなってしまった。……手元の時計では、およそ二分間のバトルだった。えーと、倒された人の数は誰か、数えてませんでしたか?……え? 三十? だったら、およそ四秒に一人の計算になる。……え、三十オーバー? だったら、三秒から四秒に一人の計算ですね。目を見張る強さだ! そもそも、二分間も戦い続けるだけでも驚異的だ! ……え? ボクサーは三分間戦える、ですって? ボクシングは通常三分間、ボカスカ打ち合い続けるわけではないので単純比較はできません。が、そもそもきたえ抜かれたボクサーも驚異的きょういてきなスタミナの持ち主なのです。


>ともかく、暴徒と化していた酔っ払いは粗方あらかた片付いた。そう、粗方あらかたと言ったとおり、まだ倒れていない者も居た。激戦区となった場所には、まともな者はおらず、いたとしても酔っ払いたちに倒されていたが、あたりにはチラホラと立ち上がってフラフラと揺れている姿があった。酔っ払いに袋叩きにあって倒れていたが、事態が収束したから立ち上がった者もいた。同じように半身を起こしただけの者もいた。しかし、おそらく暴徒として暴れていたが、今は大人しい酔っ払いになっている者もいた。どうやら何者かの支配から解放されたらしい。こういう、パンツイッチョマンに叩かれずラッキーだった数名は、記憶がハッキリしないのか、しきりに頭を振っていた。そんな中、パンツイッチョマンは左手の人差し指を、ある男に向ける。


P1: どうやら、君が人々を操っていたようだな。


>パンツイッチョマンの指の先に立っていたのは、汚れて所々破れている服を着た男。骨格は大きいが、せていた。白髪の交じった長髪はギトギトと固まっている。臭いは……あ、音声多重おんせいたじゅう総天然色そうてんねんしょくスリーディ脳内構築のうないこうちく活劇かつげきでも臭いは伝わらなかったですね。お客様、ラッキーです。……ともあれ、社会で見過ごされがちにある立場のこの男が、今回の事件を引き起こしたのであろうか? かくいう私も、見えてはいたが、えて伝えなくてもよい情報と見落としていました。


汚い身なりの男: あやつる? 俺はチームの指揮をっているだけだ。


>その男は、近くでフラフラしている酔っ払いに声を掛ける。


汚い身なりの男: おい、スクラムだ!


>そう声を掛けられると、ぼんやりしていた二人の態度が変わる。顔を上げ、せた男に駆け寄ると、躊躇ためらわずに両側から肩を組む。


汚い身なりの男: 勝負だ。パンツイッチョマン!


>言うなり、肩を組んで連なった三人は、頭を下げ、パンツイッチョマンへと突進する。意外なことに、同じように頭を下げ応じるパンツイッチョマン。


♯ ガシーン!


>肉体のぶつかり合いにしてはやや大げさな音がした。三対一の変則的なスクラム合戦。しかし、一人であるパンツイッチョマンは一歩も下がらず、相手の三人組の左右がひしゃげる。そのまま、左右からパンツイッチョマンを押し潰す形になるかと思いきや、パンツイッチョマンが両手を伸ばし、左右の男の顔を掴み、押し止める。


P1: ふん!


>パンツイッチョマンが、両端の二人を押すと同時に、体を起こし中央の相手をも弾き飛ばす。


男たち: どわっっ!


>地面に転がる三人の男。汚い身なりの男はすぐに半身を起こすが、後の二人は転がったままもぞもぞと動くだけで、起き出せない。


汚い身なりの男: ええーい、役立たずめ!


>汚い身なりの男、倒れている一人に馬乗りになると、その顔を殴打する。その一発で相手の動きを止めると、もう一人にも近寄り、次は腹部を殴る。殴られた男はうめくと、体を丸めた。


P1: 勝負あったようだな。仲間――いや、今の君にとっては部下と言える者に手を上げるとは、もはや先はあるまい。


汚い身なりの男: う、うるさい。俺は悪くない。チームが、チームが弱かっただけだ。


P1: チームか……どうやら、君自身も何らかの精神操作を受けているようだな。


>汚い身なりの男のどこか現実離れしている言動に、パンツイッチョマンが自分の拳をあごの下に当てて、つぶやく。


P1: 今回もあのバスジャックの男の裏に潜んでいたように、何者かがいるのか? ……確かあの男は、花の匂いと言っていたが……。


>パンツイッチョマンが、考えている間に、汚い身なりの男はい入るようにパンツイッチョマンへ近付いてくる。


汚い身なりの男: そうだ。お前を仲間にすればいいんだ! どうだ、俺のチームに入らないか? 


>そう言って、膝立ちのまま握手を求めてくる汚い身なりの男。パンツイッチョマンはその手を見詰めるが、手は取らなかった。


P1: どうやら、君と私では目指す道が異なるようだ。ゆえに、仲間となることはできない。


汚い身なりの男: 何故だ? そんな身なりをしているのだから、お前も生活に苦労しているのだろう? ならば、共に手を組もう。ワンフォーオール、オールフォーワン!


P1: 確かに、私は君ほど多くの衣服をまとってはいないが、ちゃんと毎日洗ったパンツに履き替えている文明人だ。


汚い身なりの男: 文明人? パンツだけしかはいていないのに?


P1: ああ、このパンツこそ、獣と人とをへだてる文明の証なのだ。


汚い身なりの男: ……なら、猿回しの猿は服を着ているが、あれも文明人なのか?


>パンツイッチョマンは、当たり前の事を今更、というかのように、フッと小さく笑う。


P1: いな! 猿は猿だ。同じ霊長類であっても、人ではない。


>今度は、汚い身なりの男が口をゆがめるように笑った。こちらも、それは当然だ、と同意していた。しかし、パンツイッチョマンの説明は未だ途中だった。


P1: ゆえに、彼ら彼女らは文明猿ぶんめいざるだ!


>ビシリと左手の人差し指を立てて、結論づけるパンツイッチョマン。対する汚い身なりの男は、口をポカンと開けて、数秒間動けなかった。


汚い身なりの男: ちょ、ちょっと待ってくれ。……え? パンツをはいたら、それだけで良いのか? じゃ、じゃあ、あれはどうだ? 散歩に連れて行く犬に服を着せている飼い主がいるだろう? あれも文明……けんになるわけか?


>パンツイッチョマンは、突き出した人差し指を左右に振った。


P1: 質問は一度に一つまでだ。今度はこちらから聞くぞ。……君はあの樽酒たるざけの近くに行く前に、誰かに会わなかったか? それとも、何か匂いがしなかったか? 例えば、花の――


>パンツイッチョマンが言い切る前に、汚い身なりの男が豹変ひょうへんした。既に目が血走って、まともな判断ができていない表情だったが、そこから細かな感情が抜け落ちる。残った感情は憤怒ふんぬ


汚い身なりの男:うががぁああ!!


>野獣のようにえ立てると、低い姿勢のまま、パンツイッチョマンに組み付く。至近距離からの鋭いタックルを、さすがのパンツイッチョマンもかわしきれなかった。腰の位置も高いままなので、先ほど三人相手に踏ん張った力も発揮できず、そのままズルズル後退していく。


P1: くっ。この者もやはり、記憶をこじ開けようとすると暴走する操作を仕込み済みか。


>しかし、これは相撲すもうではない。高い場所での戦いでもないので、汚い身なりの男が押したところで、行き着く先は――そうか、それが狙いか! 折しもパンツイッチョマンも振り返り、自分がどこへ連れて行かれているかを確認する。行く先にあったのは、開けられた酒樽さかだる。このままでは、パンツイッチョマンは、酒樽さかだるの中へ押し落とされてしまうぞ!


P1: イッチョマン・スラップ!


>パンツイッチョマンを捕まえている身なりの汚い男にけようはない。が、頬を張られても、身なりの汚い男は「ぐっ」とうめいて、数秒足を止めただけで、パンツイッチョマンを離さず、すぐに突進を再開する。


P1: ならば、ダブル・イッチョマン・スラップ!


>両手を高く上げたパンツイッチョマン。そのまま両手を身なりの汚い男の首の付け根へと落とす。――って、これ、もう張り手じゃなくて手刀チョップですよね。


身なりの汚い男: ぐ、ぐうぅ。


>身なりの汚い男の動きが止まった。両腕に力が入らなくなったのか、ダラリと垂らすと、膝をつく。酒樽さかだるとの距離はあと三歩ほどだった。……こういう時はもっとギリギリの方が絵になるんだけどね。背中を向けていたパンツイッチョマンには調節はできなかったのでしょう。


身なりの汚い男: く、くそぅ。お、俺の負けだ。


>そう言って、仰向けに大の字になる身なりの汚い男。周りも倒れ伏している男女だらけだ。しかし、パンツイッチョマンがほとんどをしてしまってから、幾らか時間が経ったので、周辺部では徐々に人々が戻りつつあった。暴走していた人も、元は一緒に花見へ来ていた間柄の人たちがいた。その人たちは、落ち着けば心配になって様子を確認しに来る。……気になるのは、この状況をスマホで撮る者が多いことだ。そうした者は救助より撮影を優先している節がある。もっとも、マスコミや警察にとっては、映像情報は必要とされるので、人道的とは言えないかもしれないが、必要とされる行動だ。

>幸い、パンツイッチョマンのいる、いわば爆心地まで、足を踏み入れてくる者は未だいなかった。パンツイッチョマンは、両手首の外側を腰に当てる例のポーズ――え? 手を抜かずにきちんとポーズ名を言え? ボディビル業界からの要望? ……仕方ないですね。コホン。両手首の外側を腰に当てる例のフロントラットスプレッドに似たポーズをとっていた。


P1: お見受けしたところ、実力のあるラグビー選手(ラガー)だったようだが、どうして今のような姿に?


身なりの汚い男: そう。俺はラガーだった。中学からずっとラグビー一筋、チームを率いて花園にも行ったし、実業団にも入った。


>身なりの汚い男は、空をあおいだまま話し続ける。


身なりの汚い男: 引退した時は体はボロボロになっていたが、それ以上に心がポッカリ空いた気分にされられた。だが、女房も子供もいたから、今度は仕事に打ち込んだ。そりゃあもうガムシャラさ。そして、過労で倒れた。


>沈黙が下りた。身なりの汚い男もパンツイッチョマンも動かない。周囲から一般人が迫り、パンツイッチョマンに倒された人たちもチラホラと意識を回復しつつあった。この二人は気にしていないかもしれないが、ワチャワチャし出すと説明が大変になるので、そうなる前に何とかシーンを終えて欲しいと思うばかりである。


身なりの汚い男: パンツのにいさん、「ワンフォーオール、オールフォーワン」って言葉を知っているか?


>パンツイッチョマンはうなずいたが、横になっている身なりの汚い男からは見えない。この二人、意思疎通は大丈夫なのかなと思っていると、パンツイッチョマンが返事をする。


P1: 「一人はみんなのため、みんなは一人のため」ラグビーをプレイする上での重要な理念だと聞く。


身なりの汚い男: ああ、そうだ。でも、あれは嘘っぱちだったのさ。過労で倒れて、俺は初めてわかった。


>身なりの汚い男はムクリと半身を起こした。背中がかゆいのか、片手をそちらに回しながら、話を続ける。


身なりの汚い男: いや、一番悪いのは俺だ。それはわかっている。だから、誰も責めるつもりはない。……体を壊した俺に、会社も家族も、今はゆっくり休めと声を掛けてくれた。だけど、それまでずっと走り続けていた俺は、気が休まらなかった。それで、酒を飲んだ。昼間っからな。


>身なりの汚い男は自嘲じちょう気味に笑い、肩をすると、今度は胸元をく。


身なりの汚い男: そっからはまっしぐらさ。


>身なりの汚い男が体をいていない方の手を前へ真っ直ぐ伸ばす。


身なりの汚い男: まあ、俺の得意とするところだよな。コートでも、人生でも猪突猛進ちょとつもうしん。まあ、人生の方は谷底へ向けてだったがな。会社に見捨てられ、家族には逃げられて、気付けば独りぼっち。オールなんてありゃしねえ。


>身なりの汚い男は、地面に座ったまま、両手を広げた。


P1: しかし、それは君が先ほど自分で言ったとおり、自身の責任と考えられる部分も大きそうだが。


身なりの汚い男: ああ、そうさ、それはそのとおりだ。だけど、俺が言いたいのはそこじゃない。俺が今まで、チームに、会社に、家族に尽くしてきたように、俺に対して、誰も助けてくれなかった。「あれをしろ」「これはするな」「もっと頑張れ」そう言うだけで、誰も俺の気持ちをわかろうとはしなかった。上っ面なんだよ。そう、「ワンフォーオール、オールフォーワン」あれは上っ面の協力だ。いくら口でした偉そうな事を言っても、所詮しょせん人はバラバラで、どうしようもねえんだ。豪邸ごうていに住んでいようが、野っ原で寝ていようが、最後は独りで死んでいくんだ。それが真理だ。それに比べたら、やっぱり「ワンフォーオール、オールフォーワン」なんて上っ面の言葉だったんだよ。


>言い終えると、身なりの汚い男はまた、仰向あおむけに寝転がる。そこに、パンツイッチョマンがフロントラットスプレッドもどきの姿勢のまま近付く。


P1: その生活に至るまで、福祉の手は差し伸べられただろう?


身なりの汚い男: はん! 福祉ねぇ。ああ、面倒見てくれたぜ。だけど、連中は仕事だから仕方なくやっているんだ。俺たちをマトモに働かせようとしているのも、厄介払やっかいばらいがしたいだけなのさ。


>そこでまた身なりの汚い男は身を起こすと、パンツイッチョマンを見上げる。


身なりの汚い男: 俺は今までフィールドで、対戦相手の考えを先読みしてプレイしてきた。だから、相手の目を見りゃわかるんだよ。だいたい何を考えているのか、ってな。だから、誰も俺を本気で助けようと思っていないのもわかった。女房も、俺がまた金を稼いでくるようになって欲しかっただけだ。そうならない事を恐れて、かまってきていただけだった。


P1: ……だが、君はまだ「ワンフォーオール、オールフォーワン」の理念を信じている。


身なりの汚い男: はぁ? アンタ、人の話、聞いていたのか? それとも、他人の事なんか気にしないから、そんな格好を――


P1: もし、その強い想いがなければ、きっと他の人たちを繋ぎとめ、共に行動させる事はできなかった。


>パンツイッチョマンの断定的発言は、私を含め、他の者には勝手な思い込み、と言っても良い内容にしか映らなかったに違いない。しかし、身なりの汚い男には、ひびいた。その主張が真実であるのかどうかわかるのは、本人しかいないのだから。


身なりの汚い男: い、いや、それは……


P1: 君が認めてもらいたかったのは、自分に寄り添う同情ではなく、かつて信じていた「ワンフォーオール、オールフォーワン」の精神がまやかしではない、と誰かに説得してもらいたかったからではないのか?


身なりの汚い男: そ、そうなのか……


>身なりの汚い男は、へそのあたりで広げた自分の両手を見下ろす。


P1: さあな。あいにく、私には君の心の内はわからない。


>おっと、ここに来て、パンツイッチョマンの盛大な投げっぱなし。身なりの汚い男も困惑して見上げているぞ。


P1: ただ一つ、確実言える事がある。それは、君がパンツをはいている、という事実だ。


>…………あ、はい。私もそうですが、身なりの汚い男も、さらにポカンと困惑している。


身なりの汚い男: え、パンツ?


P1: そうだ。野生の獣ではないと示す、そのパンツこそが君を支えてきたと言っても過言ではない。


身なりの汚い男: ……いや、何を言っているか。わけわかんねえよ。


>身なりの汚い男がボヤいた。もはや話が通ずる相手ではないと判断したのだろう。しかし、普通の人なら、そのような発言すらせずに、そっとその場を離れるに違いない。


P1: もし、君がパンツをはかない獣であったなら、今頃どうなっていたと思う? どこかで飢えて倒れているか、はたまた弱肉強食の掟に従って、捕食者の血肉となっていたかもしれない。そうならずに生き延びているのは、君がパンツをはき、文明人としてその身を立てているからであろう。


>完全に、パンツイッチョマンを、無視する方向へとかたむいていた身なりの汚い男の態度が、変わりつつあった。言われた内容をみ締めるようにゆっくりうなずくと、またパンツイッチョマンを見上げる。


P1: 確かに、君を、君が望むかたちで、会社も家族も助けてくれなかったかもしれない。君を担当した役所の福祉課の方も、あるいはボランティアの方々も、たまたま意欲の低い人と会ったのかもしれない。だが、そんな時も、そして今も、文明社会は君を支え続けてきた。君が文明社会をかえりみなくなっても、文明社会は君を見捨ててはいない。だからこそ、君は生きているのだ。


身なりの汚い男: た、確かに、なんだかんだ言っても、俺はまだ野垂のたれ死んではいない……。


P1: オールフォーワン、ワンフォーオール。このオールは、チームメイト、同僚、家族にとどまっていなかったのではないかな? そう、オールとはすなわち、文明社会全体を示すのだ。


♯ブワッ!


>一陣の風が起こり、パンツイッチョマンの背後から身なりの汚い男へと、吹きつけた。桜の花びらが舞い、ギトギトの髪が押し上げられた身なりの汚い男は、ハッと目を見開いた。


身なりの汚い男: 〝見捨てられたと思っていたのは、俺の思い違いだったのか!? むしろ、俺は……ずっと見守られていた!〟


>風がおさまると、身なりの汚い男は、前方の地面に両手を着く。


身なりの汚い男: 俺が……間違っていた。……そうだ。見守ってくれていたんだ。……会社も女房も…、みんな、見守ってくれていた。なのに……それを拒否していたのは俺だったんだ……。


>身なりの汚い男は肩をふるわせた。泣いていたのだ。今になって気付いても、過ぎた時間は戻らない。わかっていても、み込むには苦い現実だ。しばらくして、身なりの汚い男はゆるゆると姿勢を戻した。しかし、その声にはこれまで見られなかったおだやかさがにじみ出していた。


身なりの汚い男:パンツの兄さん、それで、俺を捕まえるのかい? はっ、そりゃ当たり前だな。何をどうしたかは自分でもよくわかっちゃいねえが、この騒ぎを起こしたのは自分だって自覚はある。警察に突き出しな。そうすりゃ、俺も、少なくともしばらくは飯のタネにありつけるしな。


>そういって笑う身なりの汚い男。今度の笑いも、彼に染み付いた自嘲じちょうだった。パンツイッチョマンは、腰から両手を外し、大胸筋を緩めると、今度は胸の前で両腕を組んだ。視線はなおも前を向いたまま、身なりの汚い男の方を向かない。


P1: あいにく、今後の君の処遇を決めるのは私ではない。私は、文明社会に刻み入れようとされているヒビを抑えに来たに過ぎない。そして、今、もうそのヒビ割れが生じる心配はなさそうだな。


身なりの汚い男: ……ああ、そうだ。なんか、暴れちまって、クサクサした気持ちも吹き飛んじまった。こんなすがすがしい気持ちになるのは久しぶりだぜ。そういえば、あの女に話しかけられた時も……


>パンツイッチョマンのバイザーの奥で目が細められたかのように眉が寄せられる。パンツイッチョマンの顔が身なりの汚い男へと向いたが、当人は話しかけた格好のまま、口をポカンと開けて動きを止めていた。まるで、一人だけ時間を止められたかのように、瞬きすらしていなかった。


P1: おい。


>パンツイッチョマンが肩を揺すると、身なりの汚い男が瞬きをして動き出した。しきりに鼻をくんくんと動かしていた。


P1: 君、何か思い出したのかね?


>身なりの汚い男は我に返ってびくりと体を震わせ、身近にいたパンツイッチョマンの姿に驚いたかのように、上体を反らした。


身なりの汚い男: な、なんだ、アンタ? 俺を捕まえようってのか? ……仕方ねえな。何をどうしたかは自分でもよくわかっちゃいねえが、この騒ぎを起こしたのは自分だって自覚はある。


>この下りはさっきあったばっかりだ。つまり、身なりの汚い男の記憶が吹き飛んでしまっているのは、改めて聞かなくてもはっきりした。パンツイッチョマンもそれがわかっているかのように、ゆっくりと首を左右に振ると、また背筋を伸ばした。


P1: いや。そうするつもりはない。確か、ラグビーでは試合が終わった後、こう言うそうだな。ノーサイド、と。


>ノーサイド。試合が終われば、敵も味方もない同じラガーだという思想。これもラグビーが紳士のスポーツと呼ばれるゆえんだ。


身なりの汚い男: そうか……ノーサイドか。俺みたいなホームレスも、みんなと一緒にやれるのかな。


>ああ、言っちゃった。ナントカ団体からクレームが来るかもしれないと、直接的な表現は避けてきたのに、本人が言っちゃうとはなあ。……あ、でも、百姓ひゃくしょうもテレビではそのまま使えない、いわゆる放送禁止ワードだけれど、自称として使われる分にはオーケーという話を聞いたことがあるので、これもオーケーかもしれない。うん、きっとそうだ。


P1: ああ。その気になれば、きっとできる。……これは勝手な憶測だが、ラグビーを子供たちに指導するのは、楽しく、やりがいのある難しい役目になるぞ。


身なりの汚い男: はっ。指導者か。……俺も何もかも捨てちまったつもりだったが、どうも心の底にはラグビーへの情熱が残っているみたいだからな。そうなるには、子供たちに尊敬されるような身なりにならなきゃいけないな。


P1: 期待しているぞ。


身なりの汚い男: ははっ。アンタみたいな恰好をしている奴に言われたくねえよ。


>そして、二人は声高らかに笑った。パンツイッチョマンの方は笑っている場合じゃないだろう、と思うのは、私だけではなく視聴者の皆さんも一緒だろう。


お銀: パンツイッチョマンさぁぁん


>もう混乱の回復はかなりの範囲で広がっていたが、パンツイッチョマンの近くには、やはり近寄りがたい雰囲気があるため、敢えて踏み込んでくる者はいなかった。そこへ駆け寄ってくる銀子先生。


P1: 子供たちは?


お銀: あ、はい。親御さんたちに預けてきました。


P1: うむ。


お銀: それで、パンツイッチョマンさんにお名前を聞くのは失礼だって、あの後、岸壁がんぺきさんに――あ、岸壁がんぺきさんっていうのは、ほら、あのバスの運転手さんです。はい。……そう、言われたので、本当はお聞きしたいのですが、ここは我慢がまんして……代わりに、一緒にツーショット撮ってもらっていいですか?


>銀子先生はパンツイッチョマンの返事も待たずに、もうスマホを取り出している。ちなみに、公園の惨状さんじょうを静止画や動画で撮影していた者たちもまた、遠巻きにパンツイッチョマンを撮影していた。むしろ、そこだけ撮らないのは不自然だから仕方ない。


身なりの汚い男: あ、良かったら、写しましょうか?



>声を掛けられて銀子先生は考えたが、微妙びみょうな笑顔でそれを断る。そもそもスマホを渡すのが嫌なようだ。


お銀: あ、大丈夫です。自撮りでいけるんで。


>重ねて言うが、パンツイッチョマンは撮影に同意していない。遠巻きに取っている人たちも厳密には盗撮だ。


(遠くから)男の声: あ、あそこです。ほら、あのハダカの男が……


>大きな声を出してこちらに向かってくるのは、騒動が起きた時に、助けを呼びに行った男だった。彼は目当てどおり、警察官を二人連れてきていた。


P1: どうやら、私は、ここを去った方が良さそうだな。


>引き際をいち早く悟ったパンツイッチョマンが、やぶの方へと駆けていく。


お銀: あ、ちょっと! ツーショットぉ!


>銀子先生は、名残なごりしそうにスマホのレンズを離れ行くパンツイッチョマンへ向けるが、シャッターを押すのを諦める。欲しかったショットは、顔からたくましい大胸筋を経ての股間――あ、やっぱりそうなんですね――だったからだ。しかし、その夜、銀子先生は〝お尻を撮っておくのはアリだったな〟と後悔するのであった。


やぶを飛び越えて、そこで少し立ち止まりかがんだ後、すぐにそのまま丘を駆け上るパンツイッチョマン。その手には、いつの間にか、唐草模様からくさもようの風呂敷とスニーカーらしき物がにぎられていた。え、これ、どういうこと?

>困惑している人々を残して、丘の向こうに姿を消すパンツイッチョマン。警察官たちは、追いつくのは難しいとすぐに判断したのか、パンツイッチョマンを追わずに銀子先生たちの方へとやって来る。この後、身なりの汚い男と銀子先生は、色々と事情を聴かれることになるだろう。

>そんな事より、あのパンツイッチョマンの手荷物は……そうか! そうとしか考えられない。どうやらパンツイッチョマンは当初この花見の一鑑賞者として現場に居合わせたのに違いない。そこで、事件に気付き、変身――と言っておきますね、一応――し、現場に現れたのだろう。と、言うことは、あの冒頭のドローンによる空撮場面のどこかで、パンツイッチョマンとなる者の正体が映し出されていたに違いない!!――と言ったからといって、視聴者の方々がさかのぼって見直しても無駄ですよ。私がナレーションした情報しかっていませんから。私は、ビデオ映像を見直して探し出せるかもしれないですが、それを言葉に変えているかどうかはまた別です。これが、音声多重おんせいたじゅう総天然色そうてんねんしょくスリーディ脳内構築のうないこうちく活劇かつげきの弱点になるとは、意外な盲点でした。


>ともあれ、今日もパンツイッチョマンの活躍で、日本の花見文化――とまで大きく言えないので――戸羽公園の花見習慣が壊されずに済んだ。ありがとう、パンツイッチョマン! そして、来週も、文明社会を守るため、戦え、パンツイッチョマン!!


♪ チャラッチャチャッチャチャチャラー(デケデケドンデケデケドン)チャラッチャチャッチャチャチャラー(デケデケドンデケデケドン)


《中略》


♪「パァアンツー」チャッチャー「イッチョマーン」



==次回予告==

閑静かんせいな住宅街にひびく か弱き女性の悲鳴

走れ! パンツイッチョマン 痴漢ちかん行為こういはばむのだ

しかし そこに現れる謎の女性

彼女は敵か? 味方か?


次回、第三話『不安定な南国娘!?』

パンツ洗って 待っときな!

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