第五話 ウェディングベルと黒パンツ(1)
今回登場する名もなきお爺さんの影響により、年齢制限をかけることにしました。子供と一緒に楽しんでいた方は、危ない表現を飛ばして読み聞かせ対応で乗り切ってください。
ナレーター (以下、「>」と表記)>雲の切れ目から朝日が差し、小さな教会へと注がれる。
>物語が佳境に近づくと、いくらマッチョの分生っ白くてだらしない体より見栄えが良いと言っても、無駄毛処理されていない青年男性の裸が否応なく大写しになってしまう当番組では、こういった絵になる情景は貴重です。心が洗われるようです。
>同じような思いで……あ、つい、それっぽく「同じ」と言ってしまいましたが、誤りです。パンツイッチョマンの身体を毎週見せられているのは我々スタジオスタッフと視聴者の皆様だけです。ゴツゴウ・ユニバースの人の中には、「毎週どころか、ずっと見続けたい!」と言いそうな例外はいますが、基本的にパンツイッチョマンを監視し続けている人はいません。ですので……先ほどの表現は「同じような思いで」は全て省いて、「この美しい情景を楽しみに、よくここへ足を運ぶ者がいた」くらいで良いでしょう。
>退職をしてから、絵描きを趣味にし始めた老人は、今朝もお気に入りのこの場所に来ていた。イーゼルを含む本格的なお絵かきセットを積んだカートの横で、この時しか味わえない美しさを堪能する。
>絵の趣味を始めた直後、過ぎ去ってしまう情景を惜しんで、デジカメ(当時はスマホを持っていなかった)で撮影したことがあった。それをスーパーの入口にあるセルフプリンタで印刷し、その写真を画用紙の隅にピン留めして、それを見ながら絵を描くためだった。一応メインは本当の教会を見て、朝日が差す部分だけを写真を見ながら描いた。だけど、その版は完成しなかった。完成させる前に違和感が大きくなって止めてしまったのだ。写真と現実の情景の不一致が問題になったわけではない。それは、刻々と日が動く中、絵を描いている者にとって、当たり前の、許容しなければならない変化だった。現在の情景そのまま描写すれば、描いている間に時間が経つのを反映して、一つの絵に様々な時間が存在する面白い絵になりそうだ。しかし、普通は統一して、朝なら朝の場面として描く。それであれば、写真を見て描く方が理に適っているようにも思えるが、この老人は写真を見て筆を動かすことにこそ、違和感を覚えたのだ。
>彼が行き着いた結論は、画家は景色を描いているわけではない、という、内容だった。これだけだは、一般の人に理解してもらいにくいだろう。さらに言葉を足すと、画家は自分の心に浮かんでいる情景を描いているのだ、という内容になる。「当たり前じゃん」と思われるのだろうが、本人にとっては非常にしっくりくる実感だった。ただの素人が、素人画家と言えるほどに、成長した瞬間だった。その経験があるからこそ、彼はゆっくりと深呼吸をしながら、目の前の美しい情景を心に刻む。時折目を閉じ、周囲の匂いを嗅ぐ。これは絵描きに関係ない、というかむしろ、マイナスになる行動に思われかもしれないが、少なくとも彼にとっては重要な準備だった。
>そうやって集中しているからこそ、誰かが近づいてきていたのを、その老人は気付かなかった。
男: 美しいですね。
>老人は驚きながら目を開けた。絵を描いていて声を掛けられる事はよくある。これも、描き始めの頃は、「描いているのが、見てわかるんだから、集中させてくれよ」と苛立つ所が少なからずあったが、今では慣れていた。ただし、声を掛けられるのは、絵を描いている最中ばかりだ。描き始める前には珍しい。
老絵描き: ……はい、そうですね。私のお気に入りの場所なんですよ。
>そう言って、老人はカートから画用紙のファイルを取り出そうとした。過去に描いた作品集だ。声を掛けられて苛立っていた頃から、自分の絵を褒められるのは気分が良かった。だから、外で絵を描くことを止めずに続けられていた。幸い、日本文化的に、絵を見せて「ここのところの描写が甘いですね」と言ってくる人はいない。美大生なんかは言ってきそうだし、仲間内ではそうやってお互い切磋琢磨しているのかもしれないが、年を取った者としては、若い者に大きな顔をされるのは嫌で、別にこれで儲けようと思っていないのだから、批判されることで伸びる成長は要らないと思っていた。
男: しかし、歪みを感じます。
老絵描き: えっ!?
>意外な言葉に、老人は動きを止めて振り返る。絵のファイルは未だ開いていなかったから、絵に対する批判ではなかった。男の人は教会を見ており、そこに歪みがあると主張しているようだ。老人もそちらを見て、歪みを探す。しかし、老人はそれを見つけられるとは思わなかった。既に何十時間と、いや、百時間以上眺めている建物なのだ。しかも、それを絵にしている。構図が歪んでいたら気が付かないはずがない。そういう意味では、老人は歪みが無い事を見つけようとしていた。
男: やはり、近いな……。おそらく今日中に……。
>歪みがやはり見つからない老人に対して、男は何か手応えを得ているように、呟いた。そこで老人は、この男と自分が見つけようとしている対象が違うのではないか、と思った。さらに言うなら、この男は見かけとは違い、頭のおかしい男なのではないかと、疑いが生まれてきた。
※注釈1 これ以降、テレビ放映では放送禁止表現とされるキツイ言葉が出てきますが、それはこの老人が心の中でひっそりと考え、ナレーターが抽出した言葉です。決して筆者やナレーターが公での使用を奨励しているわけではありません。
男: 一つ頼みたいことがあるのですが……。
>見かけだけでなく、呼び掛けもまともに思えた。ここで、まだ訳の分からない内容を呟き続けたり、目に見えない誰かに話し掛けたり、言葉の使い方が変だったりすれば、頭のおかしい奴だと判断できるのだが、目つきも態度もまともだった。仕方なく、老人も普通に応じる。
老絵描き: 何ですか?
>そして、男はある依頼をする。それに対して、老人はどう対応して良いのか、直ぐにはわからなかった。怒るべきなのか、驚くべきなのか、それとも呆れるべきなのか。いずれにせよ、信じられない内容だという点は揺るがなかった。
>老人は、真意を探ろうと、男の目を覗き込んだ。
>老人は、かつて質屋で、受付兼鑑定士として長年勤めてきた。ブランド小物や貴金属類は、持ち込みが多いので、そのうち鑑定眼が身に付いてくる。しかし、たまに持ちこまれる骨董品はジャンルが広いため、なかなか鑑定眼が育たない。そんな時、専門の鑑定家ではない受付たちは、真贋を見抜く目に頼らず、別の要素に対する目利きで、対応を決めた。その判断基準は、持ち込み客が嘘をついているかどうかという点だった。これは、目利きのできるブランド品を持ちこまれた時にも頼りになった。盗品の持ち込みは意外に多いからだ。ワケありの品を隠そうとしている者や、盗品を捌こうとしている犯罪者は、身振り手振りに、焦りが出る。だから、受付兼鑑定士は、そこに注目するよう指導される。事実、老人もそう後進に指導してきた。しかし、それで全てうまくいくわけではない。騙す方も慣れてくれば、焦りなど見せずに、のうのうと売り捌いてくるからだ。こういう相手からの被害は、店としては「避けられない事故だった」と諦めるしかない。
>しかし、老人ほどの熟練者になると、そういった事故案件すら高確率で回避できるようになる。もう一つ、別の見方もできたからだ。明確な基準がなく、いわば勘に頼る、後進への引き継ぎができなかったそれは、相手の目から嘘を感じ取る技術だった。「目は口ほどに物を言う」と一般には言われているが、老人は、殊嘘に限れば、「目は口よりも物を言う」と思っていた。
>その鑑定眼を以てして下した判定は、この男は嘘ではなく本気で先ほどの非常識な依頼をしているのがわかった。そこで、老人に二つの選択肢が浮かんだ。一つは、単純にこの男の人を信用して協力すると言う道。もう一つは――そして可能性はこちらの方が高い――この男は気が狂っている、と切り捨てる道だ。しかし、老人は、その先の道が一つに繫がっていることに気付いた。もし、この男がキチガイだとして、その要求を拒めば何をされるかわからない。だったら、要求を吞んだ方がマシだった。要求は非常識だが、無理難題ではなかった。
老絵描き: 仕方ないな。
>溜息と共に要求を吞むと、男は頭を下げる。
男: よろしくお願いします。
>この対応は、老人が下した判断とは違う反応だった。「本当に狂っているのか? いないのか?」自問するほど混乱した老人だったが、一つに納得できる答えが心に浮かぶ。「確かに、ここに歪みはあるな」
>男が眼鏡を掛けた。これまで、男についての描写が少なかった事から窺えるとおり、カメラは男を直接写していない。後ろ姿や、男が話しているのに老人の反応を映していた。そして今、やはり男の姿はカメラに映されず、代わりに老人の瞳がズームアップされる。そこに、対面する男が掛けた眼鏡、バイザータイプのサングラスが映った。
『第五話
ウェディングベルと黒パンツ』
>今回は、章タイトル表示までのシーンは短くなったでしょ? 本気を出せば、こんなものです。エッヘン! ……え? まだ長い……そ、そうですか。……じゃあ、従来どおり、章タイトルは別に表示しない形式に戻ろうかなぁ……。あ、それよりも、老人と話していた男の人は、あれ絶対パンツイッチョマンですね! 今回もカメラの妙で、素顔は映されず。くぅぅう、惜しかったなぁ。……え? ちょっとネタばれじゃないか、ですか? でも、視聴者の皆様もあの描写で気付いたでしょ? ……中には気付かない人もいるかもしれないから、制作側が暴露するのはいかがなものか、ですか。……でも、あれで気付かない人は、この番組をここまで続けて観ていないでしょうから、たぶん問題ないはずです! ……あ、進行? そうでしたね。では――
>都内に住む、二十代から四十代の独身男女に聞いたアンケートによると、「『結婚したいなぁ』と思うのはどんな時?」に対する答えの一位は、男女ともに「病気で横になっている時」であったが、女性の二位回答は「友人・知人の結婚式に参加した時」となっている。そして今――あ、今と言っても、外でパンツイッチョマン(変身前)がいた時より時間が経っています――この教会の中にも、「結婚したいなぁ」と思っている女性がいた。前回に続いて登場し、パンツイッチョマンを除くと最多登場回数を重ねている、銀子先生だ。
※注釈2 ここで書かれたアンケート調査データは、ナレーターとスタジオ独自の調査であり、既存の個人あるいは団体による調査データを勝手に流用したわけではありません。つまり、信ぴょう性もありません。……まあ、改めて言われなくとも、こんなデタラメなお話での内容、鵜呑みにはしないですよねえ。
銀子先生(以下、「お銀」と表記。): はぁ~あ、いいなぁ。私はいつになるんだろう。
>ボヤく銀子先生。東京には多くの人が集まり、若者たちもたくさんいるのだが、さりとて結婚率が取り立てて高いわけではない。
※注釈3 しつこいようですが、結婚率うんぬんも、スタジオ独自のデータです。以降の統計的データに関する描写も、同様に、というかハッキリ書きますと、真に受けないでください。
>それは、もちろん、発情期の動物が自然と集まったのとは違って、仕事を求めて集まったわけであるから、多くの人は日常的に仕事に追われて、結婚について考える暇がないのが大きな理由だった。そもそも、「『結婚したいなぁ』と思うのはどんな時?」というアンケートが行われるくらい、日常的にそう思わないのが当たり前、という共通認識がある、と示していた。この事態は、日本の低下する出生率を危惧する人たちからすると由々(ゆゆ)しき事態なのだが、正直なところ、ゴツゴウ・ユニバースの観察者たる私にとっては、直接関係のない事であった。っと、私の感想はどうでもよくて――銀子先生もまた毎日仕事に追われた生活をしていたが、だからといって結婚を意識せずに暮らしているわけではなかった。むしろ、幼児と日常的に過ごしているのだから、否応なしに意識させられる。だから、もし銀子先生が「『結婚したいなぁ』と思うのはどんな時?」という質問をされたら、「四六時中」と答えても彼女的には正解なのだが、やはりきっと「結婚式に参加した時」と答えるだろう。その時の方が「したいなぁ」と強く思うからだ。そういう意味では、「『結婚したいなぁ』と思うのはどんな時?」という質問は、立場や感じ方が違う人でも自然と答えを集約させてしまう、社会学的な分析としては良い質問と言えた。……あれ? 何について話していたんでしたっけ?
お銀: 私、本当に、リッキーと結婚するのかなぁ……。
>銀子先生は、スマホを取り出して、いつか撮った彼氏の画像を表示させる。ちなみに、小さな教会の中には、総勢で三十から四十人ほどの人がいた。中央のバージンロードを隔てて、新郎側と新婦側の関係者が分かれていたが、まだ建物に入ってから時間が経っておらず、着席していない若者は今のうちにと、あちこちでスマホ撮影をしていた。その、まだざわついた雰囲気の中、銀子先生は表示させた彼氏の顔に落書きを始めた。最初はほっぺにクルクル渦巻を描いて、それを消した後、次はおでこに「バカ」と描いてみた。その後、ふと思い立って、バカを消してから、彼氏の目元をグリグリと黒く塗り潰してみる。
お銀: あれっ! これって……
>片手で口を押さえて驚く銀子先生。彼女には、編集された画像は、パンツイッチョマンそっくりに見えた。
お銀: もしかして、リッキー、「仕事で忙しい」と言いながら、パンツイッチョマンとして、私のことを見守ってくれていた……
>胸アツになりかけた銀子先生に、彼女の記憶が冷や水を浴びせかける。バイザーを付けた顔はそっくりだと思ったが、そうじゃない場所があったと思い出したからだ。銀子先生は、パンツイッチョマンのソレを見ていなかったが、リッキーのアレは恋人なので見ていた。そこの部分が一致しなかったのだ。――って、銀子先生は思ってますが、これってたぶん筋肉のことですね。うん、体つき。マッチョかどうかの差だと思います。読み聞かせのお子さんにはそう説明しましょう。
お銀: 他人のそら似か……。
>ガッカリしつつ、同時に何故かホッとしつつ、銀子先生はスマホの画像を流していく。すると、同僚たち三人の自撮り画像が出てきた。
お銀: もしかして、泉クンは……。
>そう呟きながら、男性保育士の目元をまたグリグリと塗り潰す。
お銀: あれっ! これって……
>また、片手で口を押さえて驚く銀子先生。アニメなら使い回せるコピペ反応だ。
>……えーと、これはですねぇ。銀子先生の頭の中が黒パンツでいっぱいなせいもありますが、一番の理由は、ゴツゴウ・ユニバースがそういう世界だからです! これはゴツゴウ・ユニバースだけのこじつけなんかではなく、他の有名作品でも見られる現象です。例えば、世界で一番有名な空飛ぶ無敵ヒーローがいますね。彼は一般人形態から変身する際、ヒーローコスチュームに着替えますが、顔は眼鏡を外すだけです。「それだけの違い、普通は気付くよね」とツッコミたくなる人もいるでしょうが、眼鏡を外しただけで別人に見える、そういう世界設定なのです。同じ事は、日本産漫画で世界で一番の有名なあの作品についても言えます。「なんだね、そのタヌキは!」と言われて「タヌキじゃないやい!」と怒る前に、「タヌキが話している時点でおかしいでしょ!」とか「それ以前に、未来産ロボットが一般人並みの注目しか浴びずに生活しているのが変じゃん!」とか、ツッコミどころ満載です。しかし、その世界観を子供の頃から観ている日本人は、不思議に思わず受け入れています。そういうものなのです。なので、このパンツイッチョマンがバイザー掛けただけなのに正体がわからない事象についても、同じように「そういうもんだ」と呑み込みましょう。「水で流しこめぇ!」です。呑み込みにくいなら、上を向きながら水を飲んでも良いですよ。ただし、気管へ誤飲しないよう気をつけて下さいね。
銀子先生の叔母:ん? お銀ちゃんもスマホで撮りたいのかい?
>新郎や教会そっちのけで、スマホをいじっているのは少し目立つ。それで聞かれたのだが、パンツイッチョマン効果で遊んでいたとは言いにくい。
お銀: あ! ううん。要らない画像がないかなー、と確認していただけ。
>それ以上、叔母さんには怪しまれず、これを機に銀子先生もちゃんと結婚式へと意識を向ける。銀子先生は新郎側の親族として参加していた。新郎は従兄なのだ。歳は八つほど向こうが上だったし、子供の頃は地元で生活していたので、東京育ちの従兄と交流は少なかった。どちらかと言えば疎遠な親族だった。ただし、銀子先生の親が参加していないのは、疎遠と言う理由からではなかった。この結婚は養老家としては喜ばしい式ではなかったからだ。あまり家庭の事情に首を突っ込みたくない銀子先生でも、従兄が親の反対する女性と結婚するつもりだというのは聞いていた。実際、叔父さんは終始憮然としていた。本心では出たくなかったのだろうが、存命なのに両親不在の結婚式は養老家として恥だという思いから、出ているのだろう。銀子先生は、東京で生活しているので、「本家の名代として参加しろ」と父親から言われていた。本人や兄ではなく、銀子先生だけというあたり、養老家の意思表示なのだろう。もちろん、この仕打ちを従兄は理解しているはずだった。これは、ある意味、養老家への反乱だった。それを貫こうとしている事へ、密かに銀子先生は尊敬の念を抱いていた。銀子先生自身は、女として養老家をいずれ出ていく者と見做されており、比較的に自由にさせてもらっているが、それでも家柄のプレッシャーは強い。それよりはるかに強いプレッシャーを跳ね除けている従兄は、その原動力を生むほどの大恋愛なのだろう。それは年頃の女性として、羨ましい限りだ。
アナウンスの声: お待たせしました。新婦とお父上の入場です!
>両開きの扉が開き、純白のドレスに身を包んだ花嫁と、花嫁の長手袋に腕を持たれた緊張している初老の男に、注目が集まる。銀子先生が興味のあった、花嫁の顔はヴェールに隠されてよく見えなかった。しかし、スタイルが良いのはよくわかる。「色香に惑わされた」というのは反対派の言い分だったが、その要素の一つは満たしていそうだ。
>親族と友人から声を掛けられながら、ヴァージンロードをゆっくりと進む父と娘。新郎側からは熱気はなく静かで、銀子先生は自然と花嫁に自分の姿を重ねる。
お銀: お父さん、どんな感じになるんだろう……。
>一言で表すなら「優しい父」だったが、友達の話などを聞くと、普通の父娘より距離があったのではないかと思う。目の前を通る花嫁の父ほど緊張はしなさそうだし、涙を流すこともなさそうだ。そこで銀子先生は、ティーンの頃に何度も悩んだ「父親にとって私は何なんだろう」という命題に、久しぶりにぶち当たった。しかし、勝手知ったる相手なので、銀子先生は立ち塞がってきた悩みの種、というか壁を、あっさりスルーする。今この幸せが溢れている場所で取り組むべき課題ではないからだ。
>父親から花婿へ、花嫁が託され、二人は牧師の待つ祭壇へと手を繋いで上る。パイプオルガンの演奏が流れ、牧師の長くはないが深みのある説教が語られる。この後、指輪の交換、誓いの言葉、ヴェールを上げての口づけ、という銀子先生にとって憧れのコンボが待っている。さらにいうなら、ジューンブライドも憧れだった。しかし、「ジューンブライドなんて……。ちっとも幸せが来なかったわよ」と毒づいた離婚一回の職場の先輩だけでなく、突然の乱入者が、銀子先生の憧れのポヤポヤ心に冷や水を浴びせる。
>が、その前に、私、ナレーターからお詫びと訂正があります。まあ、お詫びというか確信犯なんですが、この場所を何度も教会と表現してきましたが、正確に区別すると、教会ではありません。結婚式用礼拝堂と表現するのが正解です。ここのチャペルは、ある意味正直で、あるいは訴えられるのを恐れてか、十字架の装飾が基本的にありません。目敏い視聴者様の中には気付かれた方もおられたかもしれません。……あ、そうか。私が言ってなかったから、気付けるはずがないのでしたね。さらによーく観察すると、隠れナントカのように、十字架がチラホラと見つけられます。これは、そもそも直線が直行すれば、十字架ができるという図形的要因と、おおっぴらには使わないけど教会の雰囲気を出すために敢えて見えるようにデザインする、という隠れナントカと同じように作られているものもあった。……何にせよ、ここは教会ではない。なのに、そう表現したのは、そちらの方が簡単に、視聴者の皆様がイメージを掴めると私が判断したからだ、なのに、今になって詳細を伝える気になったのは、それなりの理由があるからだ。
>教会がナンチャッテな偽物なら、牧師もまたナンチャッテな偽物であった。彼自身は、れっきとしたプロテスタントなのだが、牧師としての資格は有していない。本物だと高く付くから、というのが施設側の理由だった。ちゃんと低くできた分、価格に反映させているので、私腹を肥やそうとしていたのではない。営業努力だ。
>で、このナンチャッテ牧師は、実は、結婚式へと乱入する者がいると知っていた、唯一のチャペル内人物だった。だからと言って、仲間というわけではなく、単に「サプライズの割り込みありますから」と伝えられただけだった。そう伝えてきたのが、正規のスタッフではなかった点が気付きポイントだったのだが、このニワカ牧師は正規のスタッフではなく、いわばバイトなので、サプライズについて話してきた人が初対面でも「新人かバイトだな」と思っただけだった。
>だから、牧師風の男は、正面扉が開いて、四人の男が滑り込むように静かに中に入ってきても、少し眉を顰めただけで、警戒はしなかった。少し気になったのは、一連の儀式が終わってからサプライズがあると思っていたのに、早まるかもしれないという懸念だ。いくら、それっぽくするだけの儀式とはいえ、偽牧師なりに一連の儀式を執り行う責任を感じていたからだ。
>侵入してきた四人組は、すぐにマスクを被る。カエルと、トカゲっぽいのが二つ、最後のヌルっとしたは……オタマジャクシかな? この行動を見たエセ牧師は、四人組は入ってきただけで、一連の儀式が終了するまで準備しているだろう、と解釈した。が、それが間違いだった。ブライダルスタッフはみんな前を向いていたが、ようやく一人の女性が侵入者に気付き、近くの男性スタッフに伝える。そして、招かざる客を排除しようと動き始めた時、カエル仮面が銃のような物を抜いた。
♯ パン!
>乾いた音と共に、ヴァージンロードの脇を飾り照らしていた燭台の一つが弾け飛んだ。ギョッとして足を止めるブライダルスタッフ、同じく「話が違うよ」とギョッとする仮牧師。他の人たちは、音に釣られてようやく後ろを振り返り、奇妙な仮面の集団の存在に気付いた。
カエル仮面: この結婚式、異議あり!
>カエル仮面が銃を持っていない左腕を斜めに掲げる。「え!? それってヨーロッパじゃ特に嫌われているあのポーズじゃない?」と心配される視聴者の方がおられるかもしれないが、大丈夫だ。カエル仮面は、指を二本立てたうえに手首を上へ曲げて角度を変えていた。「そんなマイナーチェンジで大丈夫か?」と思う方もいるだろうが、問題ない……はずだ。昔、ドイツの基礎学校の授業風景で、腕は斜めに伸びてるけれど、指を立てているからかセーフらしく、その生徒が先生に注意されなかったのを見たことがあるのだ。そもそも、日本式の真っ直ぐ手を上げる挙手はセーフだが、先生がちゅっと優柔不断で、並び立つ挙手の前で「えーと、誰を当てようかなぁ」と悩んでいる間に、生徒が疲れて手を下げてしまい斜めになった状況こそアウトだ! なので、テレビやウェブで有名になるつもりだったり、海外で生活する希望や予定がある人は、日本にいる時から指を立てて挙手する習慣をつけておいた方が良いぞ。
仮面の誰か: ちょっと待ったぁ!
>続けて、同じく異議を申し立てる誰か。口が動いているのは仮面で見えないからわからないぞ。……言葉に合わせて手を挙げたのはオタマジャクシだから、彼なのかな? ちなみに、真っ直ぐ上の日本式挙手だ。指は立っていないぞ。あ、あと、日本式と表現したが、別に日本独自だとか日本発祥の方式だとか主張しているわけではない。
>カメラは、カエル仮面の持つ拳銃を正面から見る構図を撮る。その銃口がアップになり、そこから黒色が画面いっぱいに広がる。画面の上半分に一つずつ浮かんでいく「PANTS」の文字。それに応じて、流れる音声。
電子音声: パ・ン・ツ
お銀: イッチョ、マン♥
#シャキーーン
>銀子先生のちょっと間を持たせたねちっこい声、続く鋭い効果音と共に、画面下半分に横からカットインしてくる「ICCHOMAN」の文字。
>今週はここまで。アイキャッチでの声掛け回数は、パンツイッチョマンさえ抜いて、銀子先生が単独一位だ。 というか、ハート表示は使えたのか? それも銀子先生の執念のなせる技なのか! パンツイッチョマン、早く出てきて誤解を解かないと、なし崩し的に押し込まれるぞ!




