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「見て見て!スノちゃん!王都だ!!」


何年かぶりの王都にイズは王都の港に着いた船の中で子供の様にはしゃいだ声を上げる。


「お姉様、落ち着いてください」


スノトーラはそれを呆れ顔で眺めていた。

荷物をほったらかしのイズの代わりにスノトーラが運んでいる。

イズはそれに気づきスノトーラの荷物を半分持つと、水色の目を更に煌めかせて景色を眺める。


「わぁ!昔来た時と景色が大して変わらないね!」


大声で貶しているのか褒めているのか分からない事をイズは言った。

表情は晴れやかすぎて良い事を言っている様にも見える。


「王都は何年ぶりですか?」

「んー、ラド兄様が遠征で何か成果を上げた時にお呼ばれした以来だから~」


イズは記憶を手繰り寄せる。

イズには兄弟が多い。スノトーラ以外に歳の離れた兄が2人と割と近めの兄が1人、弟が一人いる。

その中で騎士になった歳の近い兄、ラドが遠征に向かって、なかなかの成果をあげた。

イズの結婚前に、ラドはイズに似ていて呑気な性格をしており「なんか褒められたわ」と言うあやふやな報告と共に、イズ達家族を勝利を祝うパーティーに呼んだ。


「4年前だね」


イズは指で数えて言った。


「そうですか」

「スノちゃんは何度か来てる?」

「えぇ、何度か招待を受けて」

「あ、ほら、行こう!」


イズはスノトーラの手を引っ張って、下船する列に加わって歩く。

国の最北から出発した船は王都に着く頃には多くの人を乗せていた。


「あっ」


風でイズの帽子が飛んで行ってしまった。

だが、人の流れに逆らえない状況でイズは帽子を追いかける事はできない。

船を降りた後周りを確認するが、残念な事にその帽子は見当たらなかった。


「あぁ…なくしちゃった」


イズはションボリと残念そうな顔で言った。


「結婚する前から持っていた帽子ですよね?」

「うん、お気に入りだったから、ずっと使ってたの…」


イズは名残惜しそうな表情でまだ辺りを見渡している。

何年も前から使っていた帽子だが、物持ちの良いイズは気に入った物をとことん使うタイプだ。


「んー、ま、仕方ないか、新しい帽子を被れって事かも」


まだ吹っ切れていない様だが、イズは微笑みながら前を向いた。


「旦那様の贈り物の帽子が山程あるし」

「…ヴァンディル卿は他にも贈り物を?」

「うん、買いすぎって言ったら、一回収まったけど、またぶり返してる」

「そんな風邪みたいに…」


スノトーラにはイズの語るヴァンディル卿が別人に聞こえる。

もしかしたら姉と別次元を見ているのではと思うほどだ。


「せっかく王都に来たからあとでショッピングしようね!お姉様が、スノトーラにたくさん買ってあげるね」


イズは楽しそうに何かを想像している。

久しぶりの王都にイズは浮かれてしていた。


ーーみんなにお土産を買わなくちゃ


イズは領地の使用人の事を思い出す。


ーーそうだ。シェフには新しい調味料とかあればいいな。


考えるだけでイズは興奮してくる。

喜んでもらえる先を考えると嬉しくて仕方ないのだ。

イズの頭からは完全にヴァンディル伯爵の“想い人”のことは飛んで行ってしまっている。

そんな呑気なイズにスノトーラはまたしてもため息を吐く。


「目的、忘れないでくださいね」


スノトーラはそう言って、虚げな目でイズを見つめる。


「お、そうだった」


イズはへらりと笑うが、スノトーラはそんな気分になれない。

呆れた様に顔を背けたスノトーラを眺めながら、イズはもう一度考え直してみる。


ーー呑気だと思うけどさぁ~


幸せに浸ってしまっていたイズは本当にヴァンディル伯爵を微塵も疑えないのだ。


ーーだって、あの方は…


イズは自分の中にある思い出を一つずつ浮かべる。

どれも昨日の事のように鮮明で、夢のように煌めいている。

色あせないその記憶はイズの表情をさらに和らげ、自然と背筋を伸ばしてくれるものだ。


『君以外と結婚するつもりはない』


初めて対面した日にヴァンディル伯爵はイズに言った。

あの言葉に嘘はないとイズには感じられた。


ーーあれが、不倫にも気づかない馬鹿娘だからって意味だったら悲しいけど


「ははっ」


そう思いながらイズはおかしくて笑い始めた。

イズにはそこまで器用な人にヴァンディル伯爵が見えないのだ。


ーー『愛してる』って言うのに何ヶ月もかかった人なのにね


だが、言ってくれなくてもイズはヴァンディル伯爵の気持ちはよく伝わっていた。

不器用で真っ直ぐな人だ。

他の人にいくら堅物で冷徹な人間に見えようとも、イズにとっては分かりやすい人物なのだ。


「ふふっ」


スノトーラはそうやって相変わらず笑い続けるイズを不思議そうに見つめていた。

だが、相手してても仕方ないとスノトーラは屋敷までの馬車を手配しに動いた。





「…」


ある男が体を翻して辺りを見回した。

彼の目の前には多くの人が行き交う港が広がっていた。


「旦那様、どうかされましたか?」


彼の執事と思われる男が、辺りを見回している男に声をかけた。


「いや、イズの声が聞こえた様で…」


男はポツリと呟いた。

感情のないぶっきらぼうな声と共に、淡い期待のこもっている緑の瞳が煌めく。

白銀の艶のある髪がさらさらと港の風に煽られて揺れ煌めいている。

その輝きは男の美しい造形の顔や体を更に引き立てる様だった。

周囲よりも頭一つ分高いその身長は美しく強面な顔と共に彼の存在感を強調させる。


「…気のせいか」


先程と同じ様に淡々とした物言いだが、幾分か声が低い。

そんな主人の様子に、執事の男は柔らかく微笑む。


「領地に帰ったら思う存分奥様に会えますよ」


少し揶揄う様に執事は男に声をかける。

男の表情は変わらないが、その容姿に似合わず素直に頷いた。


「船が出発します。ほら行きましょう」


執事に急かされ男は船に乗り込んだ。

船が港を出ると男の足元に何かが飛んできた。


「これは…」


足に当たった物を持ち上げ男は呟く。

そしてハッとして船からまた港を眺める。

既に港からかなり離れてしまっている船から彼の探しているものは見つけられない。


「まさかな…」


男は考えを振り払う様な仕草を見せると、その帽子を持って船の中に入って行った。

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