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イズは決断すると、行動が早かった。
すぐに王都行きの船を手配し、荷物の支度も手伝って貰いながら簡単に済ませた。
「奥様、もしもの為に少し荷物を持って行かれては?」
フリーンは少しの荷物しか持っていないイズに問いかける。
彼女の手には夜会様のドレスや派手目の普段着があった。
「すぐ帰るからいらないかな?旦那様に確認するだけだし」
「ですが、奥様が王都にいると知れば、訪ねて来る方がいるかもしれませんよ?」
「だって前に旦那様が王都に私用の服を用意してるから手ぶらで行けばいいって言ってたし大丈夫だと思うよ?」
イズは親指を突き立ててフリーンに笑顔を向ける。
「そうでしたね」と笑うフリーンを見ながら、会話に違和感を感じたスノトーラが顔を顰める。
「あの…お姉様、王都のお屋敷に行った事はないのですか?」
「うん」
何が悪いのか問いかけんばかりの表情でイズがスノトーラを見つめる。
「一度も、ですか?」
スノトーラは更に表情を固くして、そのイズの表情よりも衝撃の事実に問いかけずにはいられなかった。
何故かイズと話すと疑問ばかりが増えていく。
「うん」
「国王陛下から結婚の承諾は?王都で行いますよね?」
スノトーラは不思議そうに聞いた。
イズは「あ~」と声を出しながら何かを思い浮かべる様な表情をした。
「結婚式をさ領地でしたじゃん?」
イズの言葉でスノトーラも3年前の当時を思い出す。
確かにスノトーラがヴァンディル伯爵領の地を踏んだのは今回で2度目だ。
式を挙げそのまま王都で国王の結婚承認式を行うのが通例だ。
通例通りにしていればイズは一度ぐらい王都の屋敷に泊まっていてもおかしくない。
だからスノトーラは一度も王都の屋敷に行った事がないと言うイズが衝撃だった。
「義母様が『最高の結婚式にする!』ってかなり張り切って準備してて凄かったよね~」
イズも当時を思い出し、懐かしげな表情を見せる。
確かに豪勢だったなとスノトーラも頷く。
「人も多くてさ」
それにも同意する。
「ヴァンディル伯爵家が我が家の領民さえも招待してくださりましたからね。しかもその旅費まで出して頂いて…」
領民全員を連れて来ることは無理だったが、帰宅後のお土産まで用意してくれていた。
至れり尽くせりの凄まじい式だったが、イズの親族の肩身が狭くならない様に気遣いも万全のものだった。
「あれはびっくりだったね!」
イズははしゃぐ声を上げながら、あの豪勢さを思い返す。
プライドの高い貴族がこぞってため息まじりに何度も「羨ましい…」と言われた位、非の打ちどころのがない式だった。
「それで、式が盛大すぎて『あぁ~疲れた』って言ってるうちに旦那様が承諾証を国王陛下からぶんどって来た」
「はい?」
スノトーラはあっけらかんととんでもない発言をするイズに目がこぼれ落ちそうだった。
「なんかね、『あいつの元にわざわざ君が出向く必要などない』ってさ」
イズはわざとらしい顰めっ面をしてヴァンディル卿のモノマネを始めた。
そして「似てる?」とケタケタと楽しそうに笑い出す。
侍女のフリーンもイズに応えて「奥様ったら」と上品に笑い声を立てている。
「陛下に対して『あいつ』…」
スノトーラには呑気そうにそれを語ってしまうイズも、そんな行動を起こすヴァンディル卿も意味が分からず、嘘か真かの判別がつかない。
イズを疑っているのではない。
ヴァンディル卿がイズを上手く丸め込もうとしている可能性だってある。
だが、そういえばとスノトーラにも思い当たる点があった。
「…一度、国王陛下も参加される会に誘われて出たのですが、その時陛下にお姉様の事を聞かれました」
「何を?」
「『あの野獣を手懐けた女性はどんな人物か』と…」
その時は意味が分からなかったスノトーラだったが、イズと国王に面識がないのならそう尋ねられたのも頷ける。
「野獣…確かに、旦那様ってワンコみたいな時あるものね」
イズは相変わらず真剣に見当外れな返しをした。
いや、まともな返答をイズに期待する方が間違っているのだ。
まずスノトーラにとってヴァンディル卿はワンコなどと可愛い言葉では表せられない迫力があるのだ。
「ではお姉様は、本当に王都の屋敷は知らないと?」
「うん」
そうなれば、『想い人』の為に屋敷から遠ざけていると考えられる。
ーーでも…ヴァンディル卿は王都でお姉様を受け入れる意思ががあったのよね…
手ぶらで行けばいいと言うぐらいには準備が整っているのだ。
読めないイズが、そう言われてしまえばいつ行動を起こすか分からないのだ。
『想い人』がいてもイズが近づいても問題ないという事ないのか、そこまでイズは舐められているのかとスノトーラは些か不快にも感じた。
「あ、そろそろ船の時間だ。王都まで数日かかるから急がなきゃ」
そう言ってイズは支度を再開する為、いそいそと動き出す。
スノトーラはその姿を見ながらなんとも言えない気持ちになる。
「スノトーラ様」
黙っていたフリーンがいきなり声をかけた。
「スノトーラ様の立場で深刻に考えられるのはよくわかります。が、本当に、ご心配なさる必要はないと思いますよ?」
そう言ってスノトーラを安心させようと微笑む。
イズよりも年上の彼女には独特の落ち着きと説得力がある。
だが、それでもスノトーラは腑に落ちない。
「スノちゃん!早く行こう!」
自ら荷物を持っているイズが叫んだ。
まるで遠足にでも行くかの様にワクワクした様子だ。
「フリーンは本当に来ないの?」
イズはフリーンに再確認する。
侍女ならご褒美の一つでもある旅行のお供には喜んでついて行くものだ。
「えぇ、先週から子が体調を崩していまして…」
フリーンは心配そうな表情を浮かべる。
彼女はヴァンディル伯爵領地内で一部の荘園を管理している男爵の妻だ。
イズの嫁入りと同時に侍女として支えてくれている。
この季節は男性陣が遠征でいない事が多い為、フリーンが家を空けるのは控えたいはずだ。
「拗らせたら大変だよね…」
イズも顔を顰めさせた。
「体に良いものを買ってくるね」
「ありがとうございます」
イズは少しだけ寂しさを感じながら、スノトーラと領地を出発したのだった。




