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「だって、あの旦那様だよ?」


イズは賛同を求める様にスノトーラに声をかけるが、その旦那様をスノトーラは挨拶程度しか知らない。


「嘘はつかないよ」


そう言ってイズは優しげな表情を見せる。

イズにはヴァンディル卿を疑う余地はどこにもないのだと全てが語っていた。

そこまで信じられる意味がスノトーラには理解できない。


ーーだって旦那様だもん


イズは不安げなスノトーラを見ながら思う。

ヴァンディル伯爵が自分を好きなのだとイズは確信している。

それはイズが愛に囲まれて育っているからこそ感じられるものだ。

どんな愛があるのか分かっている分、イズは愛に関して人よりも敏感だ。

だから、あの愛が嘘ではないと断言できる。


「だって、この3年間本当に幸せだったから、旦那様を疑えない」


イズはほんわかと笑う。

その笑顔はイズがどれほど楽しげなのかスノトーラが理解できるほどだ。

後ろで控えているフリーンもそれを暖かく見守っていた。

だが、それでもスノトーラの表情は変わることはなかった。

スノトーラは横に首を振った。


「私には信じられません」


スノトーラはどうしても姉が騙されているのではという思いが抜けないのだ。


「お姉様は断言していますが、いまだに子供ができないのは何故ですか?お母様達だってそれを心配していて…」


スノトーラは顔を曇らせる。

ただ単にスノトーラも噂を信じたわけではない。

常に仏頂面で冷たい伯爵の元で、特におめでたい話も聞けない為、イズは冷遇されているのではないかと心配だったのだ。


「えぇ~ちょっと、それ聞いちゃう?姉妹でそういう話ってめちゃくちゃ恥ずかしい…」


イズは冗談まじりに言いながら、頬を赤らめる。

なんとも腑抜けたイズの返答に今そんなテンションだったかという気持ちをスノトーラは飲み込む。


「とにかく、心配いらないから。旦那様はすごく優しいし、ほら、フリーンも他の方もみんな優しいから。子供って言われたらあれだけど、ちゃんと考えてるからね」

「考えてるからって、お姉様の考えがまともだとは思えません」


スノトーラがバッサリと言い切った。

イズはそれにケラケラと笑う。


「大丈夫だよ。旦那様が先に考えてくれてた事だから」


イズはスノトーラの言葉を気にもしていない。

その旦那様がスノトーラには信用できないのだが、イズと話していると、真剣なのがバカらしく思える。


「領地から出てこられないのは?一度も実家に顔も見せませんし…それこそヴァンディル伯爵夫人なら招待が多いのでは?」


スノトーラはそれが心配だった。

イズが伯爵夫人として行動した事について全く耳に入らないのだ。


「それは単に、ここが快適すぎて出てくるのが億劫になっちゃって」


イズは悪びる様子もなくだらけた様子で言って除ける。

そしてそんなイズの発言にフリーンは嬉しそうな表情で微笑んでいた。


「そしたら、いつの間にか3年経っちゃった!」


コロコロと笑うイズを見てスノトーラはドッと疲れが溜まってくる。


「何度かお茶会は開催して社交界のつながりは切ってないから、安心して」


イズはグッと親指を立てて自慢げだ。

やはり論点が違う。

まず、ヴァンディル卿が姉に夢中なのかがスノトーラには想像もつかないのだ。

その事を伝えるとイズはあっけらかんと笑って答えた。


「いや~、私だって思うよ?」


伸びをしながらイズは言った。


「なんで私を愛してくれるのだろうってさ。でも、くれるのならそれで十分かなって思って」


何かを思い出すような表情をイズは見せる。


「ラッキーだなってもらわなきゃ損だよね」

「愛とは損するものですか?」


スノトーラは顔をしかめて聞いた。


「するよ。愛だもん」


その考えはスノトーラには理解できない。

イズは時々人の先を見ているかの様な発言をする。

その反応をイズはのんびりと見ながら、言葉を続けた。


「生モノですからね」


そう言って悪戯に笑うイズはとてつもなく幸せそうだった。

そんなイズを見たスノトーラはもう一度、この地の空気を見直した。

スノトーラはこの地に着いてから感じていたが、この屋敷、人々自体がイズの心情を表しているかの様にのんびりと穏やかな空気感を放っている。

屋敷内の活気が静かでも感じるのだ。

イズの存在も影響しているのか明るい印象を受ける。


「…」


スノトーラはそれをなんとも言えない気持ちで眺めた。

姉を疑っているわけではない。

ただ、よく知らないヴァンディル伯爵の元に嫁いで連絡を寄越さなかった姉が心配なのだ。

そんなスノトーラを呑気な顔で眺めていたイズはもう一度『想い人』について考えてみる。


ーーだってなぁ~、想像しようにもなぁ~~


いくら考えても、イズの中にはここで過ごした3年間が鮮明すぎて、『想い人』の存在が見えないのだ。


「大体、浮気するぐらいなら、旦那様さっさと私と離縁しちゃうよ?あ、もしくは『浮気する事を許して』って土下座して最初に言うと思う」


土下座しているヴァルディル卿などスノトーラには想像もつかない。


「つまり、それだけ誠実な方だと?」


スノトーラはイズの発言を穏やかに聞いているフリーンを横目に、イズの考えを整理し直す。


「うん!」


元気よくイズは答えた。

イズはスノトーラには上手く伝えられなかったが、自分は本当に幸せだった。

それこそ騙されていたとしてもそれに全く気づかないくらいにだ。

そう考えているとイズはある事に気づく。


「ねぇ、今気づいただけどさ。もし、私にこれだけの愛を向けながら、他の方にも好かれるくらいの情を向けられるって…旦那様の愛情って膨大すぎない!?」


驚愕の表情でイズは言った。

出来ない想像をし続けた結果、イズの中ではそんな結論が生まれたのだ。


「そんな噂が立つくらい旦那様は思いやりに溢れてるって事よね!」


イズはそんなことに興奮していた。

心底、自慢の夫だとさえ思っているのだから呆れる。

それに『想い人』についてはまだ信じていない様で、それ自体が何かの間違い前提で話している。


「お姉様、論点はそこではないです」


長年の付き合いであるスノトーラはそこで放棄する事なく冷静に突っ込む。

だが、イズはその言葉を聞いていない。

イズの頭の中は次の話に向かっていた。


「そうだ!旦那様も向こうにいるし、王都に行って確かめなきゃ!」


そう言って、イズは勢いよく立ち上がる。


「旦那様の愛が底無しかどうか、はっきりさせますか!」


イズは拳を上へ高らかに突き上げた。


「ですから、お姉様、論点が違います」


根気強いスノトーラの指摘もイズには届かなかった。

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