俺の新たなムカつく師
ようやく関東に戻って来れば、うちの馬鹿はまたもやくだらない事件に巻き込まれていた。
こっちは気の合わない照陽和尚と一週間近くもべったりだったというのに。
照陽和尚とは、俺の師である俊明和尚の親友にして、俺をこの間まで干して苛めていた高僧である。
禅師の次に偉い位で、その階級を持つ三十人に満たない坊主の中でも重鎮5人の内の一人と言えば、あいつの山での重要度がわかるってものだ。
ところが以前、あいつの弟子の菖芳の仕出かした事で、彼は山でのそのお偉い面目を相当に失った。
しかし狡猾な男がそのまま煮え湯を飲んで隠居する訳も無く、後始末を己が干していた俺に擦り付けたのである。
弟子のために自宅を失った病弱な男という哀れなふりで、この俺を身元引受人保証人に勝手に病院に申し入れられれば、一緒に住みたくない俺が何とかしなければと、奴が望む以上に頑張り走り回るのは当たり前だ。
畜生め。
思い出したせいで、頬骨も顎もしっかりしている造りの顔を持つあの高僧の、その年齢と狡猾さも上手く覆い隠しての、高僧そのものの柔らかく気安い嘘くさい微笑までも俺の脳裏に浮かんだ。
今回、腹黒く計算高い彼によって俺は山で盛り立てるよう仕向けてもらったので、むかつくが頭を下げ続けなければならない糞野郎でもあるのだ。
あのテルテル坊主め。
彼は俺にこう物申した。
「君は本当にやることが極端だよねぇ。武本物産の跡取りをたらしこんで自宅を物納させちゃうなんてね。彼を守るためだとしても、やりすぎは大変だよ。後がねぇ。」
俺は彼の物言いに粛々と頭を下げたのだ。
すかさず、パシッと頭を彼に叩かれたが。
「わざとらしく頭を下げるからだよ。従順すぎても相手を警戒させる。時には見え見えの欲を丸出しの俗物になる事も必要なのだよ。そっちの方が人は安心するものだ。完全な聖人など嘘臭いだろう。だから聖人はいつも殉教させられるのだ。」
俺はそんな物言いをする男を好きになりそうで、そんな未来を思い浮かべてぞわっと震えた。俺を干した男をいつか潰すと俺は考えているのに、奴は俺が感心するほどに俗物すぎるのである。
そこで、余計なことを言うべきではないと再び叩かれる事を覚悟しながらも彼に恭しく頭を下げた。
まあ、今回の俺としては彼に頭などいくらでも下げれるだろう。
俺は位が上がったのだ。
ただの僧侶で好いと思いながらも、大喜びの自分がいるのは認めるしかない。
元東大生だろうが大学を中退すればただの高卒だ。
大卒ならば二年の山修行は十分でも、高卒の俺には修行の年数が足りない。
だが、今回は異例だ。
何しろ、武本物産の御曹司を手駒にして自宅を布施させた上、その御曹司の親族郎党の俺に対する謝礼という布施と信頼までも手にしたのだ。
山が俺を持ち上げないでどうする。
だが、俺は上納しただけでその後をする事を忘れていた。
そこで照陽和尚である。
彼は耳聡く俺の動向を知るや俺を叱り飛ばして上納をストップさせた。
そして「然るべき敬意」を俺に与えてやるべきだと、彼が威圧的に山に迫ったのだ。
見せ金で恫喝。
俺の好きな行動だ。
山は上納金と引き換えに俺の位を上げてくれた。
一等僧士とは、この俺が。
そして彼は次の位、上僧士への推薦簿に俺の名前を書き入れることまでしたのである。
但し、暮れの審議会で俺の僧位が上がる為には、俺は提示された大金をそれまでに山に納めなければならないという条件付きだったが、畜生。
「今度から山に大きなことをする時は、私に一度はお伺いを立てるのだよ。」
彼は山が彼の申し出を受け入れた途端に、手数料だと物納したマンション価値の三パーセントを俺から巻き上げたのである。
「はい。あなたへ上納する分は次からは最初から用意しておきます。」
「ははは。見え見えの欲が丸出しの俗物になる事も必要。いい勉強だろう。私は金で何とかなる人間と君は私を軽んじて、ほら、我々はこんなにも距離が近くなった。」
「軽んじるなど。最高のご指導です。」
本当に、俺はあんたを信用した上に、なんと尊敬の心までも湧いているのだ。
再び頭を下げた俺に、彼はふふんと再び嫌な笑いをむけた。
「そうだ、和尚。忠告しておくがね、山での修行年数が足りないなんて外で馬鹿なことを口にするんじゃないよ。」
勿論。
余計な事は言いませんとも、と、俺はテルテルに微笑み返した。
「君は山から命令されての俊明和尚の介助ということで、山での修行に相当していると看做されているんだからね。俊明和尚は上僧士と言えども指導僧の資格も持っていただろう?彼のやることに手抜かりはないのだよ。」
やられた。
こいつはなんて悪党だ。
彼が何もしなくても俺は位が上がっていたのか、不確かだが。
だが、彼のお陰で確実となったのは否めない。
なんて愉快な男なんだ。
「照陽和尚にお会いする度に、私は自分の未熟さを思い知らされますよ。」
彼はハハっと本来の小気味の良い笑い方をして、「そうだろう。」と言うと僧衣を翻して夜の街に去っていった。
彼は演歌歌手のような別嬪と神田の高級マンションに住んでいるという、一休を彷彿とさせるような生臭なのである。
俺はそんなむかつく小憎たらしい男と、一週間も京都の山奥で缶詰にされていたのだ。
帰ってだらけたいと、俺が玄人に俺の出張よりも一日長い楊宅滞在を伝えていたのはそういうわけだ。
俺も久々に一人になりたいと、自宅に戻っているである。