第一話
シャアアアアアアァァァ!
軽く小気味良い音が部屋の中に響き渡る。
「ああ……一流オーケストラが奏でるハーモニーのように繊細で重厚な素晴らしい音だ……」
俺は眼の前で大きな機械の中で金属が削れていくのをうっとりして眺めていた。
「切削条件と工具形状がピッタリハマった時に出る脳内物質はたまらないな……」
「コジローさーん! お客さんが来ましたよー!」
俺の能力で作り出した加工機で気持ちよくなっていると、上の階から俺を呼ぶ大声が聞こえた。
「まったく、人が愉しんでいる時に……はーい! 今行くー!」
俺は大声で返事をすると、保護メガネと帽子を脱いで上の階へと向かった。
急いで階段を登ると、店のカウンターに助手兼店員のライトと見知らぬ女性が立っていた。ここにいるライトは、長髪で見た目も中性的だから女性と間違われやすいが、れっきとした男だ。ライトはこの店を一緒に回している仕事仲間であり友人だ。俺がこの世界に来てすぐに出会ってからずっと一緒にいるのだ。
「あ、コジロー、この人が依頼をしたいらしいよ」
「依頼ですか。包丁からバトルアックスまでなんでも作れますよ! 何がご所望ですか?」
そう、俺は鍛冶屋だ。自分で作った武器や防具を売るための店を営んでいる。
そして俺はこの世界の人間ではない——いや、なかった。俺が元いた世界の言葉を使うなら異世界転生者っていうやつだ。俺は謎の力でこの世界に転生してきたのだが、細かい話はここでは省こう。まあ特殊な能力を得て転生してきた切削加工オタクだと思って欲しい。
俺がカウンターまで歩いて行くと、女性が長い銀髪をさらりと揺らしてこちらを向いた。切れ長の目に整った顔の形をしていてとても美人だ。着けている銀の凝った意匠の胸当てや腰に下げているレイピアからすると、どうやら騎士のようだ。クールで理知的な女騎士って感じだ。
「私はリーンヴェリアという。あなたが噂に聞くコジローか?」
「噂? かどうかはわからんが、俺の名前はコジローだよ」
噂ってなんだろう? 俺は別に変な功績をあげたことはないんだが。
「どんなに硬いものでも加工する事ができる鍛冶屋がいると聞いてここへ来たのだ」
「ほう? そんな噂が立っているとはねえ」
「武器防具に異常な執着を見せる変態がいるって噂じゃないんだ?」
「誰が変態だ! ケツにエアーぶっこむぞ!」
「内臓破裂しちゃうからやめて!」
その話を聞いて元加工屋としては気分が良かった。俺は転生する前に工場で色々な金属を加工して飛行機や自動車の部品を作っていた。その知識や技術を活かして、この世界で鍛冶屋をやっているのだ。
「ああ、だが、今日来たのは武器が欲しいのではない。あなたに削って欲しいものがあるんだ」
そういうと、リーンヴェリアはポケットから握り拳ほどの大きさの塊を取り出した。それはごつごつして青白く輝いていた。金属……ではない、宝石だろうか? その塊はそう思えるような美しさを持っていた。
「なんだこれ?」
「これは、我がランブルーム領で発見された鉱石で、我々はアンマギアと呼んでいる」
「アンマギア……」
「そうだ。鉄を採掘している鉱山でこれの鉱床らしきものが見つかったんだが、これがまた硬くてな。普通のツルハシだと全然掘り出せないんだ」
「魔法で破壊してやればいいんじゃないのか?」
ライトがうんうんと頷いている。こいつは魔法という言葉を聞くと目の色が変わる変態なのだ。
「いや、この鉱石は魔力を吸収してしまうようで、魔法が効かないんだ」
「ほう、そりゃすごいな! で、この鉱石を掘り出せる道具が欲しいと、そういうことか?」
「ああそうだ。できるか?」
「ふーむ、そうだな……。試しにこいつを削ってみてもいいか?」
俺はテーブルの上のアンマギアをヒョイと掴んだ。
「ああ、構わない」
「オッケー、それじゃあちょっと下に来てくれ」
そう言って俺はさっきまでいた下の鍛冶場へと降りた。鍛冶場に着くと、俺は加工機の扉を開けて、さっきまで作っていた防具を取り出し、アンマギアのかけらを取り付けた。
「これは……なんだ……?」
リーンヴェリアが加工機を見上げて驚いた。
「これは5軸加工機って言って、まあ鉄とかを加工する機械だ」
「機械……?」
この世界に機械は存在しない。だが、ここにある機械は俺が転生した時に得た能力『イマジンプリンター』を使って現代の機械を再現したものだ。めちゃくちゃ便利な能力だが、生き物が造り出せなかったり、自分が構造を知らない機械は完全再現する事ができない中途半端な能力なのだった。
「まあ魔法で動く道具って思ってくれればいいよ。あれ? 電気が切れちゃってるみたいだ。ライト、お願いできるか?」
「わかったよ」
ライトはそう言うと、電源ケーブルの先にある石に向かって両手をかざした。
「じゃあいくよ〜、ライトニング!」
バシィ! という大きな音と共に激しい光が明滅した。
「これは、雷魔法か!?」
リーンヴェリアが眩しそうに手を顔の前にかざしながら声を上げた。そう、ライトは魔法が使えるのだ。俺の能力で機械を作り出しても、電気がなければ動かす事ができない。そこで俺は、ライトの雷魔法をマジックストーンへと蓄積させることで、簡易的なバッテリーを作り出したのだ。これで5軸加工機を動かす事ができた。
マジックストーンが充電されたのを見て、俺は5軸加工機の電源を押した。ブーンという音と共に装置が起動する。俺は装置を動かして設定を始めた。
「な、なんなんだこれは……」
リーンヴェリアは初めて見る光景に目を丸くしていた。まあ電話すらない世界にこんな機械を見たら驚くよなあ。
「じゃあ削るぞー」
俺は装置の設定を終えると、スタートボタンを押した。すると、装置の主軸が勢いよく回り出した。主軸にはエンドミルと呼ばれる工具が取り付けられている。鉄を加工するための刃物と思っていいだろう。それを高速回転させることで硬いものをサクッと削ってしまう装置なのだ。
ガガガガガガガガッ!
工具がアンマギアに当たり、鈍い大きな音と共に火花が発生した。
「わわわ! なんか火花が出てるぞ!? 火事に! 火事になる!」
「大丈夫だよ、慌てなさんな」
でも、あまりいい音ではないな。俺は渋い顔で加工機を見つめた。
しばらくすると工具がアンマギアから離れ、装置が停止した。俺は装置の扉を開けてアンマギアを確認した。工具が当たっていた部分が削り取られて、綺麗な直角の面が出来上がっていた。
「おお! すごい! 削れてる!ツルハシであんなに叩いても全然壊れなかったのに……噂は本当だったんだな……」
削れたアンマギアを見てリーンヴェリアが感嘆の声を上げた。
「でもなんかいつもより大きな音がしなかった? コジロー」
「そうだな、相当削りにくいものみたいだな」
次に俺は工具の方を見てみた。
「ありゃー、削れはしたけど、工具がイカれちゃってるなあ」
この工具は俺が能力で生み出した超硬合金と言うとても硬い材料でできているのだが、その工具が一度削っただけでボロボロになっていた。これでは何度も削ることはできそうにない。採掘には使えないだろう。
「やっぱり難しいのか?」
「いや、この切り屑を見てみろ、青く焼けているだろう? これは加工で発生する熱が高くなり過ぎている証拠だ。つまり切削抵抗が高くなっているわけだ。だから、切削速度を上げる、送りや切込みを下げるといった切削条件をいじってやれば、しっかり削れるはずだ。あと、使っている材料が熱に弱い可能性がある。だから、もっと熱に強い材料を使ってやればきっと大丈夫だ!」
「???」
「そんな早口で言っても何言ってんのかわかんないよ、コジロー」
「あ、すまんすまん。簡単にいうと、ちょっと違う工具を使って調整するからちょっと待ってろ」
俺がもう一度装置を操作すると、工具が取り付けてあるタレットが動いて違う工具がセットされた。そしてプログラムを弄ってから、もう一度アンマギアを削ってみた。
シャアアアアァァァァ!
さっきとは違い、かき氷を削るような軽い音が響いた。今回は火花も出ていない。
「すばらしい音だ……」
俺はその音に大変満足して、うんうんと何度も頷いた。
装置が止まると、俺はもう一度アンマギアを確認した。まるで鏡のようにキレイな加工面だ。指で撫でると、少しザラザラしているが合格点の面粗さだ。切りくずも少し茶色がかっていて綺麗にカールしている。そして工具の方も確認してみると、少し黒くなっているが特に大きな損傷は見当たらなかった。
「この工具材料と形状、そして切削条件でいけば削れるみたいだな」
「な、なんだ? さっきと何を変えたんだ」
何が何だか分からないと言った感じでリーンヴェリアが俺に聞いてきた。
「工具を特別な材料でできたモノに変えたんだ。ヒヒイロカネって知ってるか?」
「ひ、ヒヒイロカネ!? あの伝説と言われた金属のことか!?」
リーンヴェリアが驚くのも無理はない。ヒヒイロカネとはこの世界では非常に珍しい材料で、ダイヤよりも硬く強度も高い特別な材料だ。このヒヒイロカネをミスリルと混ぜて焼き固めた物を工具の刃先に使ったものがこの工具だ。
「そう。この刃先を使った道具を使えば、採掘もできると思うぞ」
「本当か? じゃあその工具を貸してもらえるだろうか?」
リーンヴェリアが嬉しそうに目をキラキラとさせた。
「いや、今回の採掘、俺たちが引き受けよう」
「え? 鍛冶屋なのに採掘? どういうことだ?」
「アンマギアに興味があってな。これで防具を作ってみたいんだ。その代わり代金は要らない」
「ええ?! 俺たちってことは僕も行くの? めんどくさいなあ……」
そう言ってライトが不満の声を上げた。
「新しい装備が作れるかもしれないんだぞ? 我慢しろ!」
「も〜、しょうがないなあ」
「え、アンマギアで防具を作ることもできるのか?」
「ああ、加工をできることが分かったからな」
「そ、それなら、私にアンマギアで胸当てと盾を作ってくれないか!」
「ああ、試作品でいいなら構わないぞ」
「やったあ! それじゃあ早く出発しよう!」
そう言ってリーンヴェリアは大はしゃぎで店の外へと出た。
「おいちょっと待て! まだ準備してないんだぞ!」
そう言うと、俺とライトは大急ぎで旅の支度を整えた。




