第14話 奇策
「まじかよ」
派手に装飾された皿に盛られた、生き血のついた獣肉。それを見て、テリは絶句した。グロテスクではある。だが、肉は見事に一枚一枚薄切りにされており、食べやすさだけなら申し分ない。
問題は、生焼けどころか完全に生であることだった。口に入れれば、かなりの確率で腹を壊す。
一度、火で炙るべきか。テリがそう考えて躊躇っていたところで、隣の席に座るガンツがその生肉を咀嚼もせずに飲み込んだ。
「……うめぇぜ?」
どうして食べないんだ。そんな視線を向けてくるのはやめてほしい。お前ら野蛮人とは違うんだ。テリがそう言いたげに机へ突っ伏していると、新しい皿が置かれる音とともに、元凶である幹部が席に着いた。
「ねぇ、テリ。私の料理は食べられないわけ?」
自らを名シェフと名乗る馬鹿が、額に青筋を浮かべながら問いかけてくる。
「ダリア。お前、料理って知ってるか?」
テリは、心の底から湧き出た純粋な質問を投げかけた。
「だから、それよ」
ダリアの指先が示しているのは、どう見ても生肉だった。疑う余地もない。どうやら、こいつは料理を知らない。
「焼く、茹でる、もしくは蒸す。何でもいいからやってくれ。どうしてお前は素材を切り刻んだだけで満足してんだよ」
「罠にかける。殺す。捌く。私の料理は、この手順で既に完成しているの。それとも、今日の料理当番に文句でもあるのかしら?」
「――っち」
料理当番制度。これを作ったことが失敗だった。お頭とヴィディアが出ていってから、しばらくはテリが同胞たちに飯を食わせていた。ガンツとダリアを筆頭に獣を捕まえさせ、それを調理して皿に出す。山菜にも期待はした。だが、テリ以外に知識がない連中がむしり取ってくるものは、どれも雑草か毒草ばかりだった。限られた環境下で、唯一まともに食える肉という選択肢で何とか切り盛りしてきた。
だが、そんなテリの苦労を知らずに、ダリアは言いたい放題だった。
そろそろ、肉以外の料理が食べたい。
そもそも味付けが下手。
小さく切りすぎて満腹にならない。
無理やり山菜を入れるな。
寝る間も惜しんで、山菜採りやメニューの試作に当たってきたテリの苦労が、全部否定されたような気がした。
さすがに、堪忍袋の緒が切れた。そして、勢いで言ってしまったのがこれである。
「じゃあ、お前が作れよ、馬鹿野郎」
感情的になっても、人生ろくなことはない。お頭がよく口にしていた言葉だが、まさかあの人不在の今、痛感することになるとは思わなかった。
こんなところで生肉を食べて食あたりにでもなれば、一巻の終わりである。薬草の知識に明るいヴィディアがいれば話は変わったかもしれない。
だが、治療のあてもなくリスクを冒すことはしたくない。したくないのだが。
「私、一生懸命作ったわ」
「……あぁ」
「殺して切って、殺して切って、殺して、たくさん切ったの」
「……そうだな」
「焼いてもいいわ。けれど、それって私の料理に対する冒涜じゃないかしら?」
筋が通っていないにもかかわらず、強引に正論のような顔で語るダリア。テリは何も言い返せなかった。ここで一人でも、自分以外に苦言を呈する者がいれば、状況は変わったかもしれない。
だが。
「うめぇ! うめぇ! うめぇ! うめぇ! うめぇ!」
馬鹿みたいに血を散らしながら生肉を貪るガンツのせいで、否定するに否定できない。
「……嘘でもいいから、今すぐ吐けよ」
その嘆きは、誰の耳にも届かなかった。
「いいから食べて、テリ。私の料理を味わって」
もしかして、こいつはわざとやっているんじゃないか。そう疑うほどに酷いそれを、テリは右手に握ったフォークで赤肉を突き刺した。
ダリアの口元に、少しだけ笑みが浮かぶ。だが、テリがいつまでも口に運ばないせいで、徐々にその明るさは消えていった。このまま放置していれば、腰に帯びた剣が抜かれてもおかしくない。知恵比べならまだしも、力でダリアに勝つことはできない。
ましてや、平気で仲間を殺す可能性があるダリア相手に、下手なことはしたくなかった。
ファラクの顔。そして、顔も知らない親の顔。
その二つを順番に思い浮かべながら、テリは一思いに生肉を頬張ろうとした。
その時だった。幹部室の扉が開かれた。ヴィディア・アネル。四人目の幹部の登場によって、テリの寿命は少しだけ延びたのだった。
◇◆◇
「……ガンツは?」
アルマ村の西部にある丘の上。出撃の準備を進めていたヴィディアは、近くにいた部下へ話しかけた。
「は、腹が痛ぇそうで!」
部下は目を合わせず、明後日の方向を向きながら報告した。
「それで、今はどこに?」
「近くで用を足してくると言って、まだ……」
「出てきてないの?」
「う、うっす。すいやせん」
まるで自分の失態であるかのように深く頭を下げると、槍を両手に持った男は、テリと入れ違いになるようにして持ち場へ戻っていった。
「あんなもん食ったからだろ。馬鹿ガンツが」
出陣に間に合わない失態をやらかすくらいなら、せめてダリアの前でぶちまけておけ。昨日の出来事を思い返し、テリはありったけの舌打ちを鳴らした。
「聞こえるわよ」
「ん? おっと」
ヴィディアが顎で示した先には、“あんなもん”を口にしながらこちらへ歩いてくるダリアがいた。どうやら、テリの失言は耳に入らなかったらしい。
テリは大事を逃れた。
「……お前、まだそれ食ってんのか?」
「私の料理よ? 美味しいに決まってるじゃない」
「そこじゃなくて……いや、もういい」
腐っていないのか。そう聞こうとしたテリだったが、もはや何が彼女の地雷になるか分からなかったため、安易に問いかけることはしなかった。
「ヴィディアも食べる? 私の最高傑作」
「いらないわ。お腹を壊しそう」
「……私の料理は、お腹壊さないから大丈夫よ?」
「それは貴方が強いからよ、ダリア。一家の切り札の力を見せて頂戴」
自分の料理を侮辱されたことに対し、ダリアは強い不満を示した。だが、ヴィディアに持ち上げられると、まんざらでもなさそうに頬を緩める。
そして、少し照れながら自分の持ち場へ戻っていった。
「ダリアの扱い方、うまいよなお前」
見事な対応に、テリは素直に感心した。
「お頭が不在なら、あの子は素直よ。もちろん、気分を害さなければだけど」
ファラクとダリアの間に深い溝があることは、互いに承知している。けれど、それが何なのかは知らない。一家の中で触れてはならない“三つのタブー”の一つだからだ。
「これが終われば、ようやくあの人に会える。聞きたいことが山ほどあるんだ。さっさと終わらすぞ」
テリも自分が率いる隊の先頭に加わり、何やら物をせっせと運んでいる兵士たちを見下ろした。
情報通り、目標は村に留まっている。やるなら、これ以上ない絶好の機会だった。
「ファラク、早く来ないと終わらせちゃうから」
ヴィディアは口元を手で隠し、すすり笑う。そして、天へ向けて旗を掲げた。羊の紋様が描かれた、アザゼル一家の旗を。
「――アイツらの身ぐるみ、全部剥いでやれ!」
地鳴りのような咆哮が、周囲一帯に響き渡る。
それを合図に、アザゼル一家は一斉に丘を駆け下りた。
◇◆◇
「カ、カルロ騎士団長! カルロ騎士団長はおられますか!」
カルロが王城から東壁へ戻った直後、飛び込んできたのは伝令兵だった。
「今度は何だ? 王が出陣した件なら、もう聞いている」
一瞥することもなく、カルロは体を休めるために城壁上に立てた野営用のテントへ入ろうとする。
しかし、
「お、お待ちを! その報告に関しての追加連絡となります!」
背を向けたカルロへ向かって、伝令兵は大声で叫んだ。カルロは強い苛立ちを覚えた。だが、追加の報せという言葉を耳にすると、静かに怒りの矛を収める。
「よい。話せ」
まさか、もうぶつかったのか。それとも、恐れをなして引き返してきたのか。多くの予想が頭の中を巡る。だが、伝令兵が口にしたのは、カルロの予想外のものだった。
「そ、それが、ガスト王の率いる三千の軍は西壁から進軍したのですが……城門を抜けた直後、南壁の方角へ向けて迂回したとの報告が」
「……何?」
西壁を抜けて進軍すれば、カリオン軍は目と鼻の先だ。今日中にでも衝突し、その勝敗は明らかになるはずだった。しかし、南壁の方角へ進軍するのであれば、話は大きく変わる。なぜなら、南へ向かうということには、別の意味があるからだ。
南方、そこにいるのは、アクアブルク軍である。
「――正気か、あの王は」
カルロは掠れた声で、そう呟いた。




