05. 神技炸裂! スーパー玄人なタイプミス
結衣の教育係を任された佐藤は、自席でゴクリと唾を飲んだ。
デスクの上には野村部長から譲られた胃薬の大瓶が、右隣には問題の彼女が鎮座している。
「……それじゃあ芽上さん。業務説明を始めるね」
佐藤は、覚悟を決めると、結衣に向かって話し始めた。
「まず、うち……『デジタル・ハーモニー社』について。表向きは『AIで未来を創る、最先端IT企業』で通しているけど……そんなのは建前だ。実態は『物流システム』メインの会社なんだよ」
「物流……。日本中の倉庫やトラックをシステムで繋ぎ、『モノ』を目的地へ届けるということですね」
「そう。少し前までは『大和情報技研』って名前だったんだけど……グループ再編で、社名も業種も一新されちゃって」
佐藤は自嘲気味に笑い、肩をすくめた。
「『大手SIer』ぶって、金融とかWebとか手広くやり始めたんだけど……結局、会社のキャッシュフローを支えてるのは、今も『物流』だ。地味だし古臭いし、誰もやりたがらないけどね」
「なるほど……。その『組織構造の歪み』が、バグを無限に生む要因なのですね」
(私が遣わされた理由が、よく理解できました)
結衣は納得したように、深く頷いた。
「し、辛辣だね……。まあ……否定はできないけど……」
佐藤は引きつった苦笑いを浮かべながら、部屋の奥へ視線をやった。
その視線の先には、配線がむき出しになった無骨なサーバーラックと、その前でモニターをにらむ男――黒川徹の背中があった。
「……その物流を支える基幹システムが……あそこにある『X-CORE』。ここ『開発二課』は、X-COREの保守・運用を任されている」
「たとえば、メーカーが受けた注文を倉庫へ流し、トラックを手配して、製品を出荷し、最後に請求書を発行する。そういったバラバラな部署のデータを一手に引き受けて回しているのが、このシステムなんだよ」
佐藤の声が、さらに低く、重くなる。
「社内では『金食い虫』とか『レガシー』とか陰口を叩かれているけど……。X-COREが止まれば、会社のキャッシュフローが即座に死ぬ。あそこにいる黒川主任が、文字通り不眠不休で守り続けてきた、うちの生命線だよ」
結衣は、黒川の目の前にあるラックを見つめた。 床には太いLANケーブルがスパゲッティのようにのたうち回り、ファンの駆動音が唸りを上げている。
「生命線……。にしては、随分と無防備ですね」
「あれは開発用の『テスト環境』だよ。本体は、廊下の突き当たりにある『サーバールーム』の厚い扉の奥で、厳重に管理されている。普段僕らが触るのはこっちだから、本番環境についてはまた今度説明するね」
「じゃあ、テスト環境に接続してみようか」
佐藤は結衣のために用意した端末を操作し、黒いコンソール画面を立ち上げた。そして、声を潜めて警告する。
「……テスト環境とはいっても、ナメちゃだめだよ。黒川さんが独自に組んだセキュリティが走ってる。変な操作をしたら一発で検知されてシメられるから、気をつけて」
「検知……。私の行動は、全て彼の監視下にある、ということですね」
結衣の言葉に、佐藤は重々しく頷いた。
「そうなんだ。もともと厳しい上に、昨日のアラートの後、さらに警戒を強めたみたいでね。あそこで、ずっとログを監視して調整してる。……多分、昨日から一睡もしてないんじゃないかな」
佐藤の視線の先。 黒川の背中からは、人を寄せ付けない鬼気迫るオーラが立ち昇っていた。
「黒川さんは技術は神レベルだけど、それ以上に気難しい。ここの絶対君主だから、逆鱗に触れないようにね」
「……承知しました」
結衣はキーボードを見つめた。
面接の時は「神力」で直接データを書き換えたが、日常業務でそれをやれば、正体が露呈する。 よって、この『キーボード』なる物理インターフェースを介し、人間のふりをして入力せねばならない。
(まずは、構造を確認しなければ)
結衣の指が、確かめるようにゆっくりとキーを沈める。
――――カチリ……カチ……カチリ。
「そうそう。間違えないように、ゆっくりでいいからね。手順書通りに……」
「――解析完了、入力を開始します」
「えっ?」
――――タタタタタタンッ!!
『ssh yui.megami@test-server-01』
「はっ、速い!? コマンドが一瞬で……!!」
――――カタタタタタタタタタタタタッ!!
『mkdir -p ~/work/study && cd $_ && cp /etc/x-core/config.template ./settings.conf ; chmod 644 ./settings.conf ; export XCORE_HOME=$(pwd) ; ls -la』
「芽上さん、ちゃんと手順書通りに……いや!なんだこの無駄のない『ワンライナー』は!? これは…… 紛れもない玄人の仕事だ!!」
――――ギュイイィイイイイイイイイィィィンッ!!!
結衣の打鍵は、もはやリズムを通り越し、モーターが焼け焦げるような異音と化していた。
あまりの入力速度に制御チップが悲鳴を上げる。
画面上の文字が入力に追いつかず、バラバラと崩れ、欠損し始めた。
『sd -i 's/ba_p: \//x-c/b_p: \/h/yui.eam/ui_o/g' .sttgs.nf ; se -i 's/l_lvl: INFO/l_lvl: DBG/g' .sttgs.nf ; snc ; eo "RDY" ; 』
「あれっ、急にタイプミスが――って違う! USBのポーリングレートが追い付いてないんだ! 指の動きが通信規格を超えて……いやいやそんなバカな!?」
「あっ!!待って、エンターは待って――!」
佐藤が制止しようとした次の瞬間、テストサーバーの脇に設置されたパトランプが赤く明滅し、警告音がフロア全体に響き渡った。
――――ピーピーピーピーピー!!
「佐藤ォッ!!! 新人ッ!!! 何をやらかしたぁああ!!!」
すかさず怒声が飛んできた。黒川だ。
彼は血相を変えて二人のデスクに詰め寄ると、バンッと机を叩いた。
「なんだこのクソみてぇな入力は!? 秒間500打鍵だぁ!? ツールを使ったDoS攻撃か!? 小学生のイタズラかよ、遊んでんじゃねぇ!!!」
「ち、違うんです! 芽上さんのタイピングが速すぎて……! キーの信号処理が追いつかなかったみたいで……!」
「あぁ!? 人間がそんな速度で打てるわけねぇだろ!」
黒川は佐藤を押しのけ、荒々しくモニターを覗き込んだ。 画面には、入力の処理落ちによって文字が欠損し、意味不明な文字列と化したコマンドラインの残骸が、延々と表示されている。
「……『sd -i 』?『sed』の打ち損じか。いや、『入力ミス』なんてレベルじゃねぇな。クソが」
黒川は鼻を鳴らし、冷ややかな視線を結衣に向けた。
「まともにキーボードも叩けねぇのかよ。速打ち練習なら、家でやれ。現場で無駄な負荷かけんな」
吐き捨てるように言い放ち、苛立たし気な足音と共に席に戻っていく。
残された結衣は、プスプスと焦げ臭い匂いを放つキーボードを無表情で見つめた。
(……人間の道具は、神の出力を受け止めるには矮小すぎるようです)
物理的な力押しは通用しない。ならば、アプローチを変える必要がある。
(ここは、「論理」でデバッグするのが最善ですね)
結衣は小さく息を吐くと、人間たちが作り上げたアーキテクチャ……プログラミング言語とハードウェア構造の解析へと静かに思考をシフトさせた。
お読みいただきありがとうございます!
本エピソードのITギャグ解説をnoteに掲載しています。
よろしければ、こちらもぜひどうぞ!
https://note.com/endi_neer/n/nde7cd8b82e1a




