上
今日は、久しぶりの晴天であった。
道の脇には未だ解け残った雪が地面を、田畑を覆っていた。
「今日の急な参内要請、嫌な感じがいたします」
馬廻の虎太郎に問われるまでもなく、報せがきた時点で私も思っていた事だった。
「だからと言って、参らぬ訳にはいかんだろう。大雪でもあれば口実になったであろうがな」
天気が悪い、気分が、体調が、と理由を見つけて断ったところで、城に出向いてくるまで何度も呼び出されるに違いない。
守護様が気分次第で動かす事が出来るのは身内の、さらに一握りでしかなかった。
かくいう私も、呼ばれたからと軽々に登城しては、周囲に疑惑が向けられるのだが、それを承知してか、知らずが。
登城したところで通されたのは、その部屋の主の身分とは不釣り合いな、ひときわ小さな部屋であった。
「上条播磨守、ご指示により参上いたしました」
「おぉ、よう参った弥五郎よ。ほれ、入れ、早う入れ」
そう言って招き入れたのは、この部屋の主だった。
「はぁ」
気のない返事と共に部屋に入ると、誰も付いてきていないか確認するように廊下を見回してから戸をそっと締め切った。
「それで守護様、本日は如何なるご用向きでしょう……」
私の言葉が終るのを待たずに、顔をズイっと近付けてきた。
「こたびは、そのような余所余所しい呼び方は止めよ、弟よ。今日はそなたに任せたい事があってな、伝統ある当家の存続に関わる事だ」
そいうと、手にした扇子を私の顔の前でクルっと回した。
「どうじゃ、この部屋は?」
「??どう、と申されますと。部屋、でございますな」
問いの意味が理解できなかった。
「この小さな部屋が、この儂の、越後守護に相応か?と問おておる」
そういう事か。
「そう言われましても、この城、越後は弾正殿により治められております。兄上が、守護職に付けたのも弾正殿のご助力あっての事。だからこそ兄上では、弾正殿の妹子を室に、御子の弥六郎を猶子としたのではありませぬか」
パシッと扇子で床を叩く。
「あの時そうせざるを得なかったのはお主も分かっておろう。でなければ房能を討つことが出来なかったのだ。しかし、その後はどうだ?儂を幽閉するかの如くこのような小部屋しか与えず、自らはこの越後の主と言わんばかりに振舞っておる。この越後の主は守護たる儂であろうが。その儂が、力を奪われ、城の片隅に押し込められておる。弾正は儂の手下ではないか。これは名門上杉家に対する不義、不忠ではないかな?我が弟よ」
とうとう不満が抑えされなくなったか。
元来、この親子ほど年の離れた兄は堪え性が無かった。
先の越後守護で、なおかつ義理の父であった上杉房能に対し、守護職欲しさに敵対していた長尾弾正殿へ味方し、その地位を得たのだ。
しかしその簒奪劇を、関東管領の山内上杉は許さず越後へと侵攻してきた。
当時の関東管領は房能の実兄の顕定であった事も、関東管領が積極的に兵を出す要因でもあった。
その越後侵攻により、ひとたび越後から追われたが、その後なんとか越後へ舞い戻り関東管領顕定を退けで今に至る。
かくいう私も、関東管領に理があるとして弾正殿と争い、敗れ、その血により許されて今があったのだ。
今の守護殿の物言いは、その経緯がまるで無かったかのようであった。
しかし、それをそのまま言った所で、この兄は納得はしないであろう。
「……たしかに、守護職にこの部屋は少々手狭でしょうな」
「!そうであろう、そうであろう。この兄の、不相応な今を何とかしたいとは思わんか?ん?」
自主を促すような強制。天は、自らの想いに応えるために在るとでも思っているのではないのか。
「……確かに今の守護様の処遇には、腑に落ちない点が無いとも言い切れません」
扇子で肩を軽く叩かれる。
「であれば、なるべく早う為景を除くため、兵の備えをよろしく頼む。為景を越後から追い出した暁には、次の越後守護はお主に、と思っておる」
守護殿には男子がなく、婿に取ったのはその弾正殿の子である弥六郎定景しかおらず、弾正殿と敵対すると跡取りが不在となってしまうのだ。
その後継という地位を餌に釣ろうというのだ。
今の、実質なんの力も無い兄の、差し出せる唯一の条件であった。
武門の家に生まれた者として、その家門の長となる欲求はあった。
しかしそれ以上に、この無思慮で権力欲の化身たる兄からは、権威を奪うべきである。
長尾家を抑えて兄を地位から遠ざけた上で、自分が越後一国を差し出しさえすれば、関係が拗れている山内上杉、そしてその先、本家の扇谷上杉との関係修復も可能かもしれない。
それが可能なのは、先の関東管領の越後侵攻で関東管領側に味方した自分しかいない。
そして、本家と敵対し続けるのは、越後上杉とその分家の上条上杉の終わりを意味する。
懸念となるのは、相対するのが長尾弾正為景、その圧倒的な武力であった。
そして、その武力を嫌というほど自分でも理解しているのだ。
人物紹介
上条弥五郎定憲:播磨守を称す。越後上杉の分家、上条上杉家当主で越後守護上杉定実の弟。長尾為景と長い間争った。
上杉定実:越後守護。出自は上条上杉だが、本家越後上杉に婿入りして本家入りし、その義父を長尾為景と共にうち、越後守護を簒奪する。最後の越後上杉当主。
長尾弾正為景:越後守護代。越後守護だった上杉房能襲撃してその子の定実を傀儡として擁立。房能の兄の関東管領上杉顕定を越後から一時おいやられるも討ち取り越後を取り返す。上杉謙信の父。
弥六郎定景:為景の嫡子。のちの晴景。定実の養子で越後上杉の後継候補だったが結局は長尾家を継ぐ事に。
虎太郎:定憲の馬廻り。創作上の人物。




