13-7
「とりあえず、わっちがぶちかましてみようぞ!」
ラクシャーヌが一番槍を買って出た。
最近戦闘不足だったので、やる気に満ち溢れているようだ。
空中に跳び上がって魔法を撃つようだ。
飛ぶことはまだできないが、多少浮遊することはできるようになっているらしい。
「ラクシャーヌが先制で一発かます。その後、適宜自由に攻撃参加してみてくれ」
俺はココたちに指示を飛ばした。
各自で自由にやる方が多分いい。特にクーンなど統制できる気がしない。
「おお、ついにクロウの兄貴の戦いが見れるんスね!」
アリーがなぜかはしゃいだ声をあげる。どういう心境なのかさっぱり分からない。というか、戦力的にもどう戦うのか不明だ。イルルと同系統であれば、それなりに動けるはずだとは思うが。
「気持ち悪いやつ、やっつけるぞー!」
ココが拳を突き上げて吠えた。災魔同様にこちらも気力十分のようだ。
「けど、お前、今日は魔獣連れてきてないよな?」
「大丈夫なのん!今日はこっちー!」
元気よく黒光りする籠手を掲げていた。そう言えば、格闘術系にはまっていたんだったか。最近は魔獣使いなイメージになっていたが、普通に近接戦闘で動けていた。
しかし、あの巨大そうなキメラ、合成獣に対して拳闘はどうなのだろうか。
不釣り合いな光景に見えて仕方がないが、やってみなければ分からないか。自分だって剣一本だ。大きさの対比にあまり意味はないか。
そんなことを考えていると、頭上で大きな魔力が動いているのが分かった。
ラクシャーヌがそろそろ放つようだ。
見上げると、何やら暗雲が広がっていた。
既に辺りは夜なので暗いというのもおかしいが、見上げた空はより真っ黒な何かに覆われていた。星明かりなどが一切見えない。
災魔が呼び出したであろう黒い雲が居座っており、時折稲光のような光が瞬いていた。不思議なことに音はない。
「わっはっは!ゆくぞ、みさらせ!!」
ラクシャーヌがそう言うや否や、暗雲が想像の何十倍ものスピードで移動した。いや、それは飛んで行ったという方が正しい。
ゆっくりとその範囲を広げたりするのかと思っていたが、そのまま広範囲の暗雲は物凄い速度で正体不明の何かへと向かってゆく。
そうして遠方で光が弾けた。
一陣の風がすぐそばを吹き抜ける。それは今の魔法の余波だろうか。
集中してキメラのような何かを探る。ぐちゃぐちゃな色に変化は特に見られなかったが、一部が辺りに散らばっている。
「くふー、思った以上に強固じゃぞ、あやつめが……」
ラクシャーヌがクロウの馬上に降りてきた。
「手応えはいまいちか?」
「そうじゃな。あわよくば半壊しろというぐらいの威力は込めたつもりじゃが、何かに阻まれた感覚があったのぅ」
「阻まれた?」
「うむ。わっちの魔法を何かが妨害していたように思う」
「魔法に対抗する手段があるってことか」
「魔獣であれば当然ではあるがの。じゃが、通らんわけでもない。おぬしが誰かが隙を作れ。その間に、今度こそぶちかましてやろうぞ」
「それなら、もうココが突っ走ってるな」
こうして話している間にも、褐色姿の小さな影が馬から降りて駆け出していた。馬ごといかないのは危険すぎるからだろう。クロウもまた、途中で馬からは降りるしかないと思っていた。
その後をクーンも疾走していた。何か仕掛けるつもりだ。
「俺も続くべきか……」
「いや、クロウは少し待て。ココたちの攻撃がどの程度通るか見たい」
ラクシャーヌがそう言うので、まだ遠巻きに様子見することにした。アリーも動く気はないようだ。多分、クロウの警護役のつもりで残っているのだろう。
正体不明の何かはそろそろ目視できる距離に近づいている。
馬でギリギリまで距離を詰める。
そうしてその姿の一部が見えた時、クロウは言葉を失った。
それは想像以上に異様な形をしていた。異形の魔物だった。
「こいつは……」
「ひどいもんじゃな」
頭の上の蜘蛛、オホーラも認める醜悪な外見がそこにはあった。
「合成獣っていうより、ごちゃ混ぜの何かッスね」
アリーは淡々と感想を述べたが、そこには嫌悪感が含まれていた。全体的な印象は確かにその通りだ。ごちゃ混ぜ、混沌とした何か。そう表現するしかない物体。
幾つもの動物の手足、体毛、羽根らしきものも見える。それらが渾然一体となっているようで、どこかちぐはぐだ。基本というか、核となるものすら判別できないからだろう。例えば、本体として何かの獣を中心に別のパーツが組み合わさっているのなら、まだ生物として整合性が取れているとも言える。
だが、見えているものにそんな合理性は皆無だった。ただ、混ざり合っている。そんな得体の知れない何かが、しかし動いている。奇妙でおぞましい。
全体的に暗色で統一されているそれは、蠢くように進んでいた。ゆっくりではあるが、思っているより遅くもない。人が歩くくらいの速度は出ている。
そんな物体にココが突っ込む。なかなかの度胸だ。正直、気持ち悪くて近接戦闘には忌避感を抱く者がほとんどだろう。
触りたいとは決して思わない何かだ。その物体へ容赦なくココは拳を突き上げた。アッパーのような形で下から上へと飛び上りながらすくい上げる。
何かいい焦点があったのだろうか。それの一部が抉られて弾け飛んだ。
少なくとも攻撃は通っている。だが、相手は痛痒も何も感じていないのか、反応がなかった。
「ぬにゃーーーーー!!?」
奇声を上げてココが急に飛び退いた。
次の瞬間、さっきまでココがいた場所に何かが降りかかった。じゅうじゅうと嫌な音と土煙が上がる。
「まさか、酸かっ?」
オホーラの言葉に合点がいく。あれは物体を溶かす何かしらの液体を発生させられるらしい。そうなると近接は危険か。
しかし、ココはかまわずに他の部位にもキックやパンチを繰り出していく。あきらめる気はないらしい。
その間に、クーンも魔法を発動していた。
土魔法の系統のようだ。地面が突然隆起し、混沌としたそれが浮き上がる。地面から鋭い突起物が無数に空へと伸びていた。土槍とも呼ばれる魔法の類だ。
その槍に貫かれて串刺しの何かがその場にはりつけにされた形になる。一瞬、それで倒せたかのように錯覚する。
無数の土槍は巨体を押し上げるように見事に地面から貫通させていた。
もしもそれに声を上げる口があったのなら、断末魔でもあげそうな状態に思えた。
が、その巨体がぶるりと大きく震えると、それは瞬間的に分散して土槍から逃れると、一部を捨ててまた融合した。
そんな挙動にしか思えなかった。
土槍は剥がれた一部と共に溶かされ、再びそれは動き始める。結果、クーンの魔法は肉塊を多少削ったような形で終わった。
「なんと面妖な……あれを魔法生物とするならば、魔核以外は効かぬということか」
オホーラが分析する間にも、ココがまた攻撃を仕掛けている。
様々な場所を多角的に試すように蹴ったり殴ったりを繰り返していた。魔核を探しているのかもしれない。
(魔核を探れるか、ラクシャーヌ?)
(とっくにやっておるわ、馬鹿者めっ!じゃが、あれは雑過ぎて厳しい。逆にそれが目的だとしたらうまくやっているとしか言えぬな)
(雑過ぎる?)
(魔核があるとすれば本体のようなどこかじゃろうが、それすら皆目見当がつかぬ。あのでたらめな混ざり具合がカモフラージュとなっておるわけじゃ)
(そういうことか……なら、あのもう一つのヤツをやってみる価値はあるな?)
(おぬしが言っていた別の個体とやらか?)
(ああ。そいつをぶった切ったら何か変わりそうじゃねぇか?)
(ふむ、やってみる価値はあるな)
その同意が得られたなら、後はやるだけだ。
「ちょっと、一斬り試してくるわ」
俺はオホーラをアリーに預けて馬から降りる。
「クロウの兄貴、何をするつもりなんスか!?」
「あの中に混ざっている何かを斬ってみる」
それだけを告げると、クロウは一気に加速した。ラクシャーヌが内部にいるので身体強化された状態だ。あっという間にそれとの距離を詰める。
「ココ、一旦離れてろ!」
「ほーい」
ココの返事を耳で流しながら、クロウはそれを集中して視ていた。
違和感のあった場所を探り、そこへ到達するための最短距離を計る。やはりどこか色が違う。奥の方にある何か。
得体の知れない手足、胴体、液状の表皮からはまったく見えない場所に何かがある。
中剣を抜く。
途端に、それが反応したことが分かった。
今までまるで気にもかけていなかったはずの何かが、急にこちらへ視線を向けてきた気がした。その目はないはずなのに、だ。
じっと見られている、そんな感覚を覚えたクロウは、逆に自分が正しい行動を取っているのだと分かった。
(わっはっは!やる価値はあるようじゃぞ、クロウ)
災魔もその気配を感じ取ったのか、不敵に笑った。
「……みたいだな!」
クロウは頭上から降り注ぐ何かを避けてながら、上段に剣を構える。酸の雨がすぐそばで地面を溶かし始めた。それはクロウが近づくのを嫌がっている。間違いなくそういう反応を示していた。
そんな相手にかまわずにクロウは剣を振り下ろした。
魔力を乗せた一撃が、それを縦に切り裂いてゆく。弾かれはしない。内部を一陣の風が滑るように通り過ぎてゆく。
ガッと轟音が響いて、その風が突然止まった。いや、止められた。
やはりあの違和感のあった場所付近だ。そこで何らかの防衛反応があった。
ならばそこをもっと攻めるべきだ。
連続で二波、三波と繰り出した。同時に相手も動いてくる。腕のような足のような何かが振り回され、クロウ目掛けて飛んでくる。というのも、腕や足といってもそのような形状をしているだけで、機能的にはそういう風に動かせないようだ。だから、自らその部分を切り離して飛ばしてくる。
身体的に最初から狂っているとしか言いようがない。設計ミスでしかない。
酸も降り注いでくる中、クロウは後方へ飛び退った。
斬撃の方はまたもや防がれた感があったが、不気味なそれ全体が振動していた。何らかのダメージは通っている。
「わしと合わせろ、クロウ!クーンも続け」
ラクシャーヌが外へ飛び出していった。
ある種の共同体であるクロウたちは、災魔のその意図を正しく理解した。「ココもやるのん!」と直接命令されなかったココも動く。
正体不明の合成獣が、クロウたちに視線を向けた。そんな気配があった。
本能的な危機感からか、ベリオスの町へひたすら向かっていたその足が止まって本腰を入れたかのような空気が流れた。
本気を出すってか?
クロウが一人そんな感想を抱いた次の瞬間、物凄い量の臭気がそれから発せられた。まるで腐敗した霧のようなものが全身から一気に広がる。
慌てて距離を取らなければならなかった。その霧には酸と同様の効果があった。触れてはならない。
ラクシャーヌだけはどうにか上空へと更に上昇することで逃れたが、クロウとココは致命的な間合いを開けられた。近接攻撃をする上では圧倒的に不利な距離だった。
これでは災魔の攻撃に合わせられない。
敵の狙いはまさにこちらを分断することだったのだろう。それだけの知性があるということだ。
(まずはわらわがあの霧を吹き飛ばしましょう)
クーンが次の魔法の準備に入った。さすがに戦闘となれば協力的になってくれるようだ。
「ココ、俺の狙った場所に続け。そいつをぶっ飛ばして引き離すんだ」
ここからは連携攻撃が必須だ。
ラクシャーヌに合わせるのではなく、こっちに合わさせる。クロウはその方針を固めて剣に魔力を込める。
薄闇の中で緊張した風が吹き抜ける。
その風鳴りがやけに大きく聞こえた。




