48 探索の旅(王国編-14)
『兄さん、入るわよ』
“水辺の人”姉弟に案内されて入ったのは、回り階段の先の一部屋だった。
薄い布一枚だけ掛けられて横たわっているのは、ノコギリ状の歯を見せて息を荒げている鮫肌の男だ。
姉弟よりも頭一つ背が高くがっしりした体格だが、苦しそうに顔を顰め、部屋に人が入って来たことも気がつかない様子である。
『大分うなされているな。症状と期間は?』
『つい二日前からで、熱は少しだけ。でも体が痛むみたいでまともに話せないし食欲も無いみたい――と言うか、まあ、食欲に関してはすぐに分かると思うの』
やはり言葉を濁す鮎姉。
「この布を取っても?」
アスクレスが言うのを聡慈が訳すと、鮎姉は「ええ」と頷いた。
「失礼しますね……!」
布を捲り上げたアスクレスは、鮫兄の体を見て息を呑んだ。
腹の辺りが細く盛り上がり、それが移動している。
患者の家族の前だからか、アスクレスは声こそ上げなかったが気味悪さは感じた。
『不気味でしょう。これってやっぱり呪いなの?』
『何故そう思うのかね?』
鮎姉は悲しそうな顔をしている。
聡慈は思うところはあったが、一先ず彼女の意見を聞こうと思った。
『つい二日前、ここら辺は結構天気が荒れたの。その時に海と川の境界を守ってる神様の祠が少し壊れてしまって――そこの様子を見に行った後みるみる兄の調子は悪くなってしまったから』
以前も同じように祠が壊れ、同じように調子を崩した者がいたそうだ。
その者は今の鮫兄と同じ症状を呈し、衰弱して亡くなったと言う。
『祠を守れなかったから呪いが降りかかったんだわ』
鮎姉は身を震わせた。
「アスクレスさん、呪いと言う概念はよく分かりませんが、これは病気と言うよりは」
「ええ、これは」
聡慈とアスクレスが何か分かったような素振りをする。
ライオホークが一人首を傾げたところで聡慈が言った。
「寄生虫ではないだろうか」
「僕もそう思います」
アスクレスはそう言って鮫兄の盛り上がった部位を手で押す。
ジワリ、と盛り上がった部分が動き、苦しそうに鮫兄が呻いた。
聡慈は鮎姉と太刀魚弟に自分たちの見解を伝えた。
『ええと、つまりこの盛り上がった部分は虫が這ってるってことなの?』
説明を受けた鮎姉は恐ろしげに目元に皺を寄せた。
『そういうことだ。しかし確かではない。君たちが寄生虫を知らないように私は呪いを知らない。原因を特定するためにお兄さんの取った行動を調査してみなくてはならないだろう』
寄生虫が体内に入ったなら、食べ物からなのかそれとも耳や鼻から侵入されたのか。
呪いと言うならどのような行動をして何者から呪いと言う力を受けたのか。
聡慈は姉弟に尋ねる。
『待って。さすがにこんな物が口や耳鼻から入ったら気付くでしょう?』
鮎姉は兄の盛り上がっている部分から分かる寄生虫の長さに疑問を抱いた。
『米粒以下の大きさの卵から孵った虫でも、人の体内で栄養を取り何メートルにも成長する奴だっているんだ。発症前のお兄さんの行動を教えてくれないか? 君たちと変わった飲食物を口にしたか? 他には……』
聡慈からの質問を受けた鮎姉は弟と話し合い、再び聡慈たちを向いて、今度は首を横に振る。
『兄は私たちと殆ど一緒にいるわ。食べ物はいつも一緒ではないわね。でもこの辺の魚についてる虫なんかたかが知れてるんだけど?』
やっぱり呪いなんじゃないの、と彼女は答えた。
聡慈は姉弟の見解を訳してアスクレスとライオホークに伝えた。
アスクレスが何か言いかける。
それを止めて聡慈はライオホークに問いかけた。
「リオ、お前はどう思う? 原因特定にはどうすればいいだろうか」
「――え、俺ですか?」
突然意見を求められたライオホークの顔は鳩が豆鉄砲を食らったみたいになっている。
分かりません、とは言わない。
聡慈が無知な自分に尋ねるのは何か理由があるはずだからだ。
もし、万が一聡慈が調査に行き詰まって自分に尋ねているならば、何としてでも何か答えねばならない。
このプレッシャーは彼にしか分からないものだ。
「あ、そうだ!」
しかしそんな中で彼は思い出した。
「あの、さっき言ってたじゃないですか。神様の祠が壊れたせいだって。だからですね、ええと、そこから見てみたらいいんじゃない、かなぁ……と」
「まあいいんじゃないの」
ヒョットコのような顔をしてアスクレスは素っ気なく言った。
(何だあの顔!)
ムッとするライオホーク。
だが聡慈が満足そうな笑顔をしていたので全ては許された。
「ではその場所を見分させてもらおうか」
聡慈はライオホークに笑顔で答え、姉弟の方を向いた。
『神様の祠という所は私たちも入っていいかね?』
『いいけど、ちゃんと私たちの言うことは聞いてね』
鮎姉の渋々の態度からすると、あまり余所者には公開したくないのか、普段立ち寄らない場所なのだろう。
とは言え原因が潜んでいる可能性のある場所である。
聡慈は“水辺の人”にとって不快な思いをこれ見よがしにするつもりは無いが、遠慮してはいけないとも自分に言い聞かせるのであった。
一旦洞穴から出て祠に向かう。
洞穴は姉弟たちだけの住居だけではなく、蟻の巣状に何部屋にも別れ、幾つかの世帯を形成している。
彼らなりのルールによって、部屋の位置や大きさが決められており、祠の保全は当番制らしい。
途中何人か“水辺の人”の気配は感じたが、誰も声をかけて来る者はいなかった。
姉弟は野人種を祠に連れて行くという説明をすることで仲間たちに余計な不安を招いてはいけないと、わざと挨拶せずに通り過ぎたようだ。
聡慈たちも彼らの意を汲んで何も言わずについて行った。
聡慈たちは屈んでしか通れない位の天井の低い通路と、仕切りを設けられた住居の間口らしい広めの空間を交互に通過する。
やがてその広い空間が無く通路だけになってきた。
『あなたたちにはちょっと狭いみたいね。でももうすぐ着くから』
鮎姉が言ってしばらく進むと、吹き込む風と強い外の光を感じるようになってきた。
そして間もなく、外の景色が見える場所へと足を踏み入れた。
『さあ着いたわよ。外を覗き込んで落っこちないようにね』
祠は三メートル四方、高さ二メートル程の部屋に建てられた、屋根の付いた縦長の箱のような物だった。
『海が川を侵さないように守る神様』を祀る祠だそうだ。
鮎姉が注意したように、外を見るとここが崖の中ほどに開けられた空間なのだと分かる。
海面までの高さは約七、八メートル。
その上は約二メートルで地表があるようだ。
『さて、お兄さんの行動を教えてくれないか。ここで何をすべき役割だったのかをね』
聡慈は姉弟に尋ねる。
『役割って、大したことはないわ。たまたまうちの家族が掃除の当番だっただけなんだから。でもそこもたまたまね、風が強くて上の木が倒れてここに入って来ちゃったの。で、私たちと兄で何とかその木を下に落としたわ』
鮎姉の言うように確かに真下にはまだ木の残骸が残っている。
当時は三人で地上から木を切った後、鮫兄一人が祠の修繕をしたそうだ。
(特段寄生虫につかれる要因も無いように聞こえるが、やはり一人の時に何かしたのだろうか?)
聡慈は祠と部屋を見る。
キラッと光が反射して彼の目に差し込んだ。
(あれは?)
光った方に近づくと、祠の影になったそこには、水溜りができており、一枚の羽根が落ちていた。
(木がかぶさって来たのだったな。そこに居た鳥に寄生虫がいてもおかしくないか)
聡慈はその羽根を調べてみようと思った。
どうやって調べるかは、今から考えるのだが。




