第50話 黒の独白!
我は貴様から受け取った地図を頼りに、龍を探して各地を回っていた。
人の街では非力な犬の姿をとらざるを得なかったが、外ではそのような必要も無く、捜索は実に順調に進んだ。
地図に記されたバツ印は殆ど外れだったが、結果的に当たりを引き当てた事を思えば、貴様と組んだ事は悪い選択では無かったやも知れぬ。
……でしょ、では無い。
あの地図は知己を頼って得た物なのだろう。他者の功で調子に乗るな。
……話題が逸れたではないか。
とにかく我は地図を頼りに龍を探し、そして見つけ出した。
白い龍だった。
その体はまるで――
……何、知ってる?
一週間以上、前に遭遇しただと?
あぁ、そういえば貴様はそうだったな。
……ええい、そんなに訝しがるな。
我がそれを知っている理由も今から話すつもりなのだから、貴様はいちいち口を挟むのを止めろ。話が進まぬ。
まずは大人しく黙って聞け。
良いな?
とにかく、我は白い龍に会った。
龍は基本、温厚な妖怪だ。
手を出せばただでは済まぬが、不利益を与えぬ限り、そう牙を剥く事は無い。
だが、此度の龍はそうではなかった。
……いや、あれを龍と呼んでもいいものか。
端的に言えば、あの龍は先程までの我と同じ状態にあった。
我は元に戻れたが、あの龍はどうであろうな。龍ほどの力があれば抵抗できる期間も長いであろうが、それでも時が過ぎてしまえば元には戻れぬ。
さて、我と龍だったものが会った場には、他にも一人、妖怪がいた。
そう怪訝な顔をするな。
一匹ではなく、一人で間違いない。
あの妖怪は一見して人間と区別のつかない姿形をしていたからな。
彼奴を匹と呼ぶなら、貴様らも匹と呼ばねばならぬ。我としてはそれもあながち間違ってもいないと思うが……まあ、ここは余計な混乱は避けておこう。
その妖怪は、一見すると長身痩躯の人間の男だった。
何よりも目を惹いたのは、その痩せ具合だな。
背が高かったからより目立ったというのはあるだろうが、それにしても痩せていた。
初めは食事に困るほどに困窮しているのかとも思ったが、着ている服は随分と高価に見えた。
……そうだな、小娘、貴様の屋敷の女主人の服装と比べても遜色ない程に質が良かったといえば理解できるか。
月明かりの所為かも知れぬが、肌も異様に青白く感じた。銀髪に紅い瞳というのも珍しかったな。
ああ、言い忘れていたが、我が龍と出会ったのは夜中だ。月が明るかったとはいえ、色はあまり参考にするな。
『へえ、そっちから来てくれるとはな。今日はツイてるぜ』
我を一目見るなり、奴はそう呟いた。
値踏みするような……いや、既に値踏みを終えた食材をどう料理するか考えるような、そんな不躾な視線が絡みついてきた。
風貌といい、龍の隣に平然と居る事といい、おおよそまともな人間とは思えなかった。『貴様は何者だ』と問いかけると、男は自らを真祖だと名乗った。
貴様ら人間は預かり知らぬだろうが、妖怪の間では特に力を持つ六つの存在を六大妖怪と称している。
真祖はその内の一つだ。
男の言葉が真であれば、偉大なる天霆様には遠く及ばぬとはいえ、決して侮れる相手では無い。
……そうだな、まずは真祖という存在について軽く説いておこう。
真祖は老いることもなければ、頭と胴体を切り離しても死なぬらしい。だが、陽の光を苦手とするとも聞くゆえ、完全に不死身というわけではないやも知れぬ。それでも、おおよそ通常の手段では死なぬだろうな。
しかし、彼奴の真に恐ろしいのは其処ではない。
最も警戒すべきはその呪いだ。
仕組みは分からぬが、真祖は相手を意のままに操る呪いをかけることができる。
彼奴はそれを『眷属化』と呼んでいた。
眷属にされた者は、体を蝙蝠に変化させたり、敵の生命力を吸収し自らの生命に換えたり、真祖と似た技を使えるようになる。その代わり眷属は太陽の下を歩けず、また、真祖の命令には決して逆らえない。
真祖の隣に居た白き龍は、すでに眷属にされていた。
我が龍を探していた理由は、天霆様の御座す空へと運んでもらうため。
その龍が眷属となっているなら、交渉すべきは真祖の方だ。
我がをその旨を述べると、真祖は軽くうなずいた。
『そうだな……妖祓師の試験会場で何があったのか話すならいいぜ』
正直、困惑した。
何故、真祖がそのような事を気にするのか。そもそもあの場に我が居た事をどうして知っているのか。
悩んでいる我を見て、真祖はクックッと笑った。
『そりゃ、お前を試験会場に入れたのは俺だからな』
あの日、我は気づけば試験会場にいた。
何故か分からなかったが、その疑問はようやく解けたといえる。
『せっかく、霊力を取り戻せるように極上の餌場へと放り込んでやったのに、一人も食わずにいつのまにか逃げ出してるから驚いたぜ。……なあ、あの場で何が起きた』
試験会場で貴様ら三人と出会った時、すでに我は周囲の監視術式を破壊し、妨害を展開していた。
理解の及ばぬ状況で一方的にジロジロと見られるのは不快だったのでな。
おそらく、それゆえに真祖は我らの邂逅を詳しく知らなかったのだろう。
『お前が三人の子供と接触したことはわかってる。試しに龍をけしかけてみたが、ぜんぜん手応えがなかった』
小娘、貴様は街の中に居ると思っていたゆえ、これには半信半疑だったが、今ここで我らが出会ったということは事実なのだろう。
『いくらお前が霊力を大幅に失っていたとはいえ、あの子供たちじゃあ勝てるとは思えない。となると、お前が餌のひとつも食わずに逃げ出した理由がなんなのか、俺にはさっぱりわからねえんだ』
我は答えた。
『まずは我を空に連れて行け。辿り着いた時、そこで我が知る全てを貴様に話そう』
『おいおい、べつに減るもんじゃないんだぜ。今、話してくれてもいいだろ』
『それでは、貴様が約定を果たす保証が無い』
『これまた、天霆の狗の分際でずいぶん強気だな。頼むから困らせないでくれよ。もったいないことはしたくないんだ』
何がもったいないのかは理解しかねたが、いずれにせよ、真祖は信用のおける相手には見えなかった。
迷った末に、その場を離れることを決めた。
我としては穏便に立ち去るつもりだったが、彼奴はそうさせてくれなくてな。なし崩しで戦う羽目になった。
だが、相手は真祖とその眷属と化した龍。まだ霊力の戻り切っていない我では力が及ぶ筈も無い。
眷属化の呪いをかけられ……そして今に至るというわけだ。
眷属化の時の記憶は無いゆえ、どういう経緯でここに辿り着いたのかは分からぬがな。




