第19話 久しぶり!
ふたたび共同稽古の日が訪れた。
教室の戸を開けた私を待っていたのは、希里華だった。
「お久しぶりでございます、ルリさま! 会いたかったですわ!」
「私も一昨日とか、ものすごく会いたかった」
希里華も凛之助もおらず、六郎と知り合う前の共同稽古はほんとうに神経がすり減らされた。
できれば、こんな思いはもうしたくない。
「ルリさま、こちらお土産ですわ」
「ん、ありがと」
そういえば、希里華が休んでいたのは秘湯めぐりに行っていたからだったっけか。
「えへへ、ルリさまにピッタリの柄の手ぬぐいを見つけたので、ついつい買ってしまいました」
「へえ、手ぬぐいね」
てっきり、入浴剤とか温泉まんじゅうとかだと思っていた。
でも、こうして形に残るものも今の私にはけっこう嬉しかったりする。
転生してから日が浅いからか、どうにも身の回りのものに対して、自分の物という意識がわかない。
その点、こうして贈られたものなら、愛着をもてそうで、そういうのはなんか良い。
「ありがと。大事にするわ」
それから私は、なにが美味しかったとか、どこが綺麗だったとか、希里華の何でもない話に耳を傾けながら、緑髪の少女の表情がころころ変わるのを眺めていた。
「よう、心葉瑠璃」
「あ、凛之助じゃん」
希里華の旅行話をさえぎったのは、久しぶりに聞く凛之助の声だった。
以前と変わらず元気そうな声に、私は少し安堵した。
前回の稽古にいなかったので、正直、ちょっと心配していたのだ。
現代で私がふれてきたフィクション作品の中には、まさに今の私みたいな「決定づけられた未来を変えるため頑張る」作品もあった。
そして、そういう作品にお決まりのワード。その名も『歴史の修正力』。
回避したはずの悲劇がなぜか違う形で再びふりかかるという、主人公泣かせなトンデモシステム。
そもそも、乙女ゲームの世界に転生するという事態の時点でむちゃくちゃなのだから、それくらい起きてもおかしくないと私は思っていた。
もし『歴史の修正力』が発動して、凛之助がまた妖怪に襲われでもしていたら……そうと思うと、夜しか眠れなかった。
「そういえば、前回の稽古、あんた休んでたけど、どうしたのよ」
「実はな、妖怪と戦ってたんだ」
「え」
……まさか、ホントに『歴史の修正力』が?
思わず息をのんだ私とは対照的に、凛之助の表情は晴々としていた。
「せっかくの三連休だったから、久しぶりに故郷の村に戻ってたんだよ。そしたら、最近、村に出る妖怪が多いらしくってさ。そこで俺の出番ってわけ!」
凛之助は親指をぐいと立て、自らを指した。
「そんでもう、妖怪をちぎっては投げ、ちぎっては投げの大活躍! 村のみんなもそうとう困ってたから、そのまま妖怪退治が一段落するまで残って手伝ってたんだ」
「それはご苦労さま、けっこう疲れたんじゃないの」
私が労いの言葉をかけると、凛之助はチッチッチッと人差し指をふった。
「いやいや、むしろ逆だね。初級試験からつづけて、一気に実戦経験を積んだおかげで、妖術の実力もグンと上がった実感があるんだよ。もうこのまま中級試験まで突っ走りたいくらいだぜ」
「ふぅん、寝不足で躁になってんじゃない?」
「……そう、ってなんだ」
「あー、深夜テンションみたいな」
「……てんしょん、ってなんだ」
くっそ、めんどくさいな。
私は応じるのもだるくなって、凛之助の渾身のジェスチャー付き武勇伝を適当に切り上げた。
まあ、無事だったのならなんでもいい。
それよりも、凛之助の話を聞いて思い出したことがあった。
凛之助に降りかかる災難はまだ残っている。
それは『歴史の修正力』なんてフワフワしたものじゃなくて、『ゲームの設定』というもっと明確で現実的な筋書きだ。
『くくり姫』での初登場時から、凛之助は妖怪を激しく憎んでいる。
表情は今の彼からは想像できないほど暗く、瞳は泥のように濁っていた。
その理由は、自らが黒雷に襲われ霊力の器を失ったことだけじゃない。
凛之助が妖怪を憎むもう一つの理由。
それは、故郷の村を妖怪に滅ぼされたことだ。