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怪異調査事務所へようこそ  作者: とど
三章 九十九八雲の理想
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3-8 信頼

 八雲の胸騒ぎが的中したのを知ったのは、それからすぐに後のことだった。

 ようやく落ち着いた美咲と共にとりあえず氷森支部へ戻ろうとした八雲と七海。しかしそんな時に、不意に八雲の携帯がけたたましい音を立て始めたのだ。


 この音を聞く度に彼はいつもぞっとする。なぜならそれは事務所のメンバーが怪異との交戦中に危機に陥った時に掛けて来る電話なのだから。それを知っている七海も表情を引き締め、厳しい顔で八雲を見つめた。



「……もしもし」



 画面に表示されていた名前は恭一郎だった。本当に緊急時はワンコールで電話を切るようにと言っているが、今回は八雲が出るまでずっと鳴り続けていた。別の端末で彼らの位置情報を調べながら電話に出ると、比較的冷静に聞こえる恭一郎の声が聞こえて来る。


 ひとまず最悪の状態ではなさそうだと彼はひとつ息を吐いた。



「何があった?」

「敵の襲撃を受けています。今は隠れてやり過ごしていますけど……」

「やばい怪異なのか?」

「それが」



 受信した位置情報が四人全員まとまっているのを確認しながら問いかけた八雲に、恭一郎はやや困惑したような声色で事情を説明しようとする。しかしそれを遮るように電話越しに聞こえて来たどこかで聞いたことのあるような大きな音に、一瞬彼は携帯を取り落しそうになった。日常生活では殆ど聞くことのないその音と共に、雅達の悲鳴が小さく聞こえて来る。



「おい、怪我は!?」

「大丈夫です、まだ見つかってません。威嚇のつもりだったんでしょう」

「……今の、銃声だよな」

「はい。事務所から帰る途中で突然どこからか狙撃されました。幸い腕は良くなかったのか当たりませんでしたけど……それから何度も発砲されて、今は廃校に隠れています」

「向こうの人数は分かるか?」

「多分複数だと思いますが、細かい人数までは」

「分かった、とりあえずすぐにそっちに向かう。少し距離があるからそれまで見つからないようにしてくれ」



 了解の言葉を聞いて電話を切った八雲は苦々しい表情で七海達を振り返る。敵が怪異か人間かは分からないが、こんな現代日本で銃器を使って攻撃してくるなど想像もしていなかった。誰かが手引きしたとしか考えられない。



「八雲、銃って言ったわよね」

「ああ……もしかして、さっきの榊の言葉は……」

「誰にやらせているのか分からないけど、きっと彼、最初からあなたを潰すことを考えていたとしか思えないわね」



 百パーセントとは言わないが、榊の企みである可能性が高い。上層部と通じているのなら銃器を購入することも決して不可能とは言わない。むしろ銃を持っているということ自体で首謀者は随分と絞られるのだ、タイミングから考えて間違いないだろう。


 八雲に不正を問いただされてからでは指示する時間などなかった。だからこそ、榊は初めから恭一郎達を狙う計画を立てていたのかもしれない。所長の不在時に職員に何かあれば……仮に命を落としたとしたら、八雲に掛かってくる責任は計り知れない。そうして八雲の立場を地に落として自分に有利に交渉を運ばせようとしたのか。

 細かい理由など分からない。しかし今それを検討している場合ではないのは確かだ。



「俺はすぐに影白に戻る。七海は神凪さんを」

「私にも行かせて下さい!」

「神凪さん?」

「お願いです! ……うちの事務所の所為なんですよね。私にも責任があります」



 七海に美咲のことを頼もうとした矢先、美咲が切羽詰った表情で八雲の腕を掴んだ。しかしいくら榊の仕業だとはいえ、美咲が気に病むことではない。


 八雲はそう言おうとしたものの、彼を見上げる美咲の強い瞳に口を閉じた。今は押し問答をしている暇はないし、味方は多い方がいい。幸い彼女は信じるに値する人間だと八雲は確信していた。



「分かった、協力してくれ」

「はい」



 美咲が足元に落ちた薙刀を手に取ったのを確認した後、八雲は七海に「後は頼む」と言い残して美咲と共にその場から掻き消えた。
















「お前ら無事か!?」



 何せ隣の市に居たのだ。何度も中継点を挟んで異能を使い、そしてようやく四人の元に現れた八雲は正直へとへとだった。しかし彼はそれを表に出すことなくすぐに八雲を見て安堵した四人の傍へと駆け寄った。



「八雲さん! ……それに美咲さん、でしたっけ? どうしてここに」

「ああ。彼女も助けてくれると言ってくれたんだ」

「そうなんですか! ありがとうございます」

「……」



 美咲に気付いた雅がぱっと表情を明るくして頭を下げるが、美咲の表情は思わしくない。自分の責任なのだからむしろ謝らなければならないと考えているのだろう。しかし美咲が頭を下げようとしたのを見計らって八雲が「詳しい状況を」と話を先に進めた為、彼女は謝るタイミングを逃してしまう。



「何度か窓を割ってこっちを威嚇してます。出て来るまで待っているんでしょうね」

「銃器を使うってことは、向こうは人間かもしれないな」

「え、何でじゃあ私達狙われてるんですか?」

「それは……」

「とにかく、お前らはここで待機だ。俺は――」



 その時、突如激しい衝撃音と共に古ぼけた教室の扉が吹き飛ばされた。誰もが驚きながら即座にその場所に目をやると、そこには二体の犬のような怪異が牙を剥き出しにして彼らを見ていた。


 すぐさま警戒してナイフを構えた八雲に、しかし彼をまるで庇うように空が一歩前に出る。



「空?」

「八雲さん、どうやらこいつらだけじゃないみたいです。……其処此処に、怪異の匂いが集まってきました」

「なんだって?」



 異能者が六人もそろえば自然と怪異は寄って来る。空の言葉に八雲は周囲に気を配るが、しかし何かがいそうだということしか分からない。彼だからこそ分かったのだろう。



「こいつらは俺達がどうにかします。だから八雲さんは」

「外のやつらを、か。……そうだな」



 単純に外に逃げるだけなら八雲が全員を連れ出せばいい。しかし銃を持ったやつらをこの町で放置しておくわけにはいかない。やつらが榊に飼われた怪異だという可能性だってあるのだ、八雲達でどうにかしなければならない。

 適材適所。自由に移動できる八雲の力は、狙撃する者にとっては厄介でしかないだろう。



「神凪さん、俺の方を手伝ってくれるか」

「はい」



 飛び掛かって来る怪異を焼き払う空を見ながら、八雲は隣で薙刀を構えた美咲にそう言った。彼女の異能ならば八雲と同じく素早く動ける。それに風を使う彼女は外の方が戦いやすいと踏んだ為だ。


 強く言葉を返した美咲の手を再び掴んだ八雲は既に戦い始めた四人を見渡して「絶対に無理はするなよ!」と声を掛けた後、異能を発動させた。



「……無理するな、だって」

「自分が一番無理してる気がするけどな」



 雅に蹴り飛ばされた怪異を空が焼き尽くし、菜月が警棒で払い除けたものは恭一郎がナイフでとどめを刺す。




「もう……これで、どうだ!」



 次々と教室へ押し寄せる怪異に苛立った菜月が、怪異が飛び込んで来る瞬間を狙って吹き飛ばされた扉を修復すると、突然現れた扉に直撃した怪異と更にその後ろから走って来た怪異が衝突したようで、鈍い悲鳴が扉越しに聞こえて来た。



「おお、そんな異能の使い方が!」

「音羽……お前意外と」

「だから馬鹿じゃないって言ってるのに!」

「お前ら、アホな会話してる余裕があったら集中しろ!」



 恭一郎の怒声が飛び、菜月達は大人しく戦いに没頭する。しかしそんな会話をする余裕が生まれるほど、彼らは何処か負けないと確信していた。あまり強い怪異ではないというのもあるが、決して油断している訳ではない。狙撃を警戒して窓にも近づけなかった先ほどとは違い、今はただ目の前の敵に集中することが出来る。

 それは、彼らが八雲を信頼しているからに他ならなかった。



「最後だ」



 恭一郎が残りの怪異にナイフを突き立てると、辺りは静まり返る。空が確認するも、どうやらここに居た怪異は全て倒したようだった。



「……後は、八雲さん達だな」

「まあ大丈夫だろう……あの人なら」




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